第9話
二人の野党が心変わりした。
おとなしくなり、良い心の持ち主になった二人を、隙を見てビニール紐で拘束する。
逃げられないように足に、そして腕に紐をグルグル巻きにし、それから口に猿ぐつわをした。
「実廉。よくやったわ。兎に角、薬をもう一度塗りましょう」
絞められた実廉の首に赤々と跡が付いている。
実廉はハァハァと肩で息をして、何も言わずに床に倒れこんだ。
意識が朦朧として、力尽きている彼に輝夜はまた『不死の薬』を塗った。
グッジョブ実廉。お手柄だわ……
服は破け全身血まみれ、彼は全力で戦った。最後まで意識を手放さなかった実廉は漢だ。
とにかく、この夜盗たち。いや、夜盗というより殺し屋というべきか。
いったいなんで輝夜たちを殺そうとしたのか、理由を知る必要がある。
良心に目覚めた彼らはちゃんと理由を話してくれるだろうか。
室内を物色するわけでもなく、金目のものを狙っていたようでもない。泥棒ではないだろう。
命を奪う目的で輝夜たちに襲いかかってきたのは間違いない。
呻きながら横たわっている彼らはいったい何者なんだ。
さすがに輝夜一人で彼らの尋問を始めるのは不安だ。
実廉が起きるまで待つことにした。
興奮しているせいか、この状況では眠れそうにない。まぁ、殺し屋と一緒にいるのに、眠るわけにはいかないだろう。
部屋の中は荒れ放題。机はひっくり返り、デスクスタンドは落っこちて壊れている。
狭い部屋に男が三人寝転がる。足の踏み場がない。
彼らを横目に捕らえながら、部屋の中を片付け始めた。
大の男を移動させることは困難だったため、仕方なくあまり視界に入らないように、彼らに毛布を掛けた。
男たちの目から涙があふれているのが見えた。後悔の気持ちが沸き起こっているのかもしれない。
悪の心が強いほど、羽衣効果は善の方向へ強く働く。
彼らは聖人になったのだろう。ま、数カ月だけの話だけど。
実廉はすやすやと眠っている。彼の顔は血まみれだ。見ていられないので綺麗に拭いてあげることにする。
服も刺されてボロボロだから着替えさせたいけど、服に着いた血液は洗っても落ちないだろう。脱がすのも面倒なので、ハサミでトレーナーを切った。
下着のTシャツまで血がしみ込んでいる。刺されたので破けているのは当然だ。仕方がないからシャツも切って上半身裸にした。
疲れ切っているのか、どれだけ体を動かしても、実廉は目を覚まさなかった。
洗面器にお湯を入れスポンジで彼の顔を綺麗にする。傷は見当たらない。薬の効果は絶大だった。
髪までは綺麗にできないので、後で風呂に入って自分で洗ってもらおう。
けれど、かなり失血しているようだった。傷はすっかり治ったとはいえ、出血してしまった血液は元に戻らない。
起きたとしても貧血状態かもしれない。少し心配になった。
「本当に後悔しています」
「自首して、警察で洗いざらい罪を告白します」
夜盗は涙を流しながら、土下座していた。
「んで、あんたたちは殺したはずの輝夜が、ここに帰って来たという噂を聞いて忍び込んだんだな」
「殺して船で沖まで連れていき、重しを括り付けて海の底に沈めました」
「殺人は、死体が出なければただの行方不明で処理させるんで……」
「まさか生きているなんて思ってなかった」
「でも死んでいなかったってことだ。どうやったかは知らないが、輝夜は生還してまたここに戻ってきた」
そうですというように、うんうんと彼らは頷いた。
輝夜は芸能界を夢見ていた。親の反対を押し切って、東京でデビューすると言って高校を辞め家を出て行ったらしい。
しかし、頑張ってもうまくいかなかった。アルバイトしても未成年だから、大して稼ぐことができず、生活に行き詰まった。実家に帰ることもできず、仕方なく夜の世界に身を沈めるつもりでドアを叩いたのが、流氷会という反社会勢力の事務所だった。
輝夜は、男を知らないまっさらな女の子だった。
彼らはこれは金のなる木だと、輝夜をうまい具合にそそのかし、金持ち相手の闇のオークションで売られることになる。人身売買だ。
一年契約で二千万の値が付いた。
けれど、おじけづいた輝夜は逃げ出した。
お金を貰った訳ではないから逃げても大丈夫だと思ったらしい。
ヒッチハイクで地元までなんとか帰り着く。
しかし彼らは輝夜を許してはくれなかった。
居場所が見つかり、最悪の状態で彼女は殺されたのだった。
きけば聞くほど、この体の元の持ち主はバカだったんだろうかと思ってしまう。
死んだ人の事をとやかくいうのは、いけない事だとわかってはいるけど、浅はかだ。
子供だったと言ってしまえばそれまでだけど、自業自得な感は否めない。輝夜は体の持ち主がそういう事で命を落としたのかと知りショックを受けた。
「こいつがバカなのは今に始まったことじゃないのは分かる」
実廉がなぜか納得している。
「え……そこ?」
「けれど、殺していい理由にはならないし、君らは凶悪犯罪者だ。警察に自首することはもちろんだけど、ちゃんと東京の人身売買しているようなオークション組織ごとぶっ潰さなければ意味がない」
「はい。俺らもそれは分かっています。知っていることは全て警察で話します。勿論今まで犯した罪も全部告白します。貴方たちには今後一切ご迷惑をおかけしません」
せめてもの償いにと彼らはこの家の外壁を修繕してくれた。彼らの表向きの職業は左官屋だそうだ。
草もきれいに刈ってくれて、ペンキも剥げているところを塗りなおしてくれた。
娑婆でできる最後の仕事ですと嬉しそうに家を綺麗にする姿は善人のそれだった。
「出頭する前に一つだけ聞きたいことがある。輝夜の母親は殺してないよな?」
「母親ですか?……見た覚えはありません。輝夜さんを拉致した時家には誰もいませんでしたし、手にかけて船に乗せた時も十分辺りを警戒して怪しい船がいないか確認していたので」
「お前たちを追いかけて、輝夜を助けようとしていた可能性はないのかな」
「え!そうだったの?」
確かに、母がいなくなった時期を考えたらその可能性があるのかもしれない。
「いいえ、誰にも追われていなかったですし、その後誰からも接触はなかったので。わかりませんが、俺らの知る限りではそのような人物に心当たりはありません」
分かったと言って実廉は彼らが警察署へ入っていくのを見届けた。
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