第10話

「結局、輝夜は生きているわけだから殺人未遂って事かな。俺への暴行罪とかも追加できるけど」


「あの人たちの話を聞いていると、過去に何人か手にかけて、同じ方法で海に沈めたことがあるみたいだったし。凶悪犯だし……」


「そうだな。出所はできないだろう。なんか、最後は良い人だったけど。あんな人でも犯罪を犯すんだな。俺は人間不信に陥りそうだ」


天の羽衣で今は罪を償う気満々だろう。警察でも洗いざらい罪を告白し、ちゃんとした裁きを望むだろう。けど、数か月後にはまた元の凶悪な心に戻る。


彼らには、警察署で輝夜への犯罪行為を告白したとしても、輝夜本人の記憶がない今は何も覚えていないので意味がないと言った。

できればそっとしておいて欲しかった。


人身売買オークションや殺人が今もなお行われているのであれば、明るみに出して犯罪を犯した人は罪を償わなければならない。


輝夜以外にもたくさん被害者がいるだろう。日本の警察は優秀だ。後は彼らに任せよう。


実廉と二人でそう結論を出した。



「とにかく私の記憶は戻らない。けど、証明書は手に入ったから、これで日本人として生きて行く事が可能になった。働けるし、税金だって納められる。スマホも持てる」


「おう。そうだな。それはいい事だ」


市役所まで付き合ってもらい必要な物を全て手にすることができた。

もうそろそろ日が暮れる。


今日は輝夜の実家に泊まり、明日ゆっくり帰ることにしようと決めた。


世の中はクリスマスムード満点だ。


「気づかないうちにクリスマスじゃん」


なんだかいろいろな事がありすぎて意識してなかったと実廉が言った。


クリスマスという不思議なイベントが現代ではあたりまえのように大々的に行われているようだ。今日はその前日イブにあたる日だという。


「クリスチャンではないだろう。なぜキリストの誕生を祝う」


日本人というのはいつからこんなに浮気性になったんだろう。お釈迦様の誕生日である四月八日を祝うべきではないだろうか。

でも、郷に入れば郷に従えでキラキラとしたイルミネーションは綺麗だったし、プレゼントをもらえる日なのもなんだか喜ばしいので、キリストの誕生日を祝うこともやぶさかではなかった。



「宗教にそれほどこだわっていない人が多いってことだ。それと夜にケーキを食っても罪悪感を持たなくていい日だ」


「確かに、人は死んだあと自分がどうなるかなんてわからないものだ。もしかしたら転生するかもしれないんだから。それとケーキは食べたことがないのでわからない」


「お前、本当に日本人かよ。記憶喪失って、ケーキを食べた記憶すらなくなちゃうのか?」


実廉はあきれた様子で商店街の方へ足を進めた。


「いや、ここ田舎過ぎて店がねぇな。コンビニケーキとかじゃ味気ないしな」


どうもケーキを買ってくれるようだ。パンは好きだが、甘いパンはあまり好ましくない。だからケーキが口に合うかどうかはよくわからない。


「せっかく親切なカーナビのお姉さんがいるのだから、外で検索するのが賢いとは思えない。車に戻ろう。ここの寒さは異常だ」


輝夜は小刻みに震えながら車の方に走っていった。


結局その日は帰りにこの県で一番大きいらしいショッピングセンターに立ち寄り、そこでケーキとチキンを買った。

味気ないとは言っても輝夜にとっては初のクリスマスケーキだ。なんだか少しウキウキした。


「これを吹き消すんだ。多分、自分の誕生日以外でケーキの蝋燭を吹き消すチャンスはここでしかないだろう」


実廉はクリスマスケーキに蝋燭を立てて、輝夜に吹き消すように言った。

しかし蝋燭の火を吹き消す事など珍しくもなんともない。何なら毎晩やっていた。


実廉は輝夜が喜ぶと思ってしてくれたんだろう。


「おめでとうキリスト!」


一応宗派は違うがキリストを祝っておく。


「メリークリスマス!」


子供たちのためのイベントなのかもしれない。ちょっと二人だけでは寂しく感じた。


「莉子もいたらよかった。みんなでパーティーしたら賑やかだっただろうな」

「お前、俺に感謝はないのか」


実廉は少し拗ねたようなので。


「ありがとう。感謝しているぞ。さぁ!ケーキを食べよう」


笑顔で答えた。


誰かを喜ばせようと思う気持ちは、とても優しく心地よいものだ。

現世に来て、いろんな人からその温かい気持ちをもらっている気がする。


貰ってばかりでは気が引けるので、必ずいつかお返ししなくてはならない。

特に実廉は、失血していて記憶はあやふやだろうが命がけで輝夜のために戦ってくれた。いったいこの恩はどうやって返せばよいのだろう。


輝夜は自分のケーキの上に乗っているイチゴをひとつ実廉のサラの上に乗せた。


「ん?」


「感謝の気持ちだ」


実廉はありがとうと言ってイチゴを口に入れて笑った。




「ところで、輝夜、お前なんか洋服持って帰れば?今まで着てるやつって全部ばあさんの服だろう。なかなかの昭和感が漂ってるぞ」


そういわれれば、サイズも合わないし、薄橙色のももひきはお年寄り仕様な気がする。


「そうだな。タンスに輝夜の洋服が山ほどしまってあるからそこから持っていこう」


「まとめて段ボールに詰めといたら、宅急便で送れるから、今着ない服も一緒にまとめといたらいいんじゃね」


そういわれて段ボールに二箱分の洋服を詰めた。十代の女の子の洋服の趣味がいまいちよくわからず、実廉に選んでもらった。面倒くさかったので助かった。


化粧品も沢山あった。昔と違って白粉や、お歯黒は必要ないようだ。

ナチュラルメイク動画を参考に必要な物を適当に選んだ。


「なぁ、明日だけど、せっかくだし、有名な美術館へ寄って行かないか?」


「美術館?」


なんにしても、初体験だ。経験することは必要だし特に異論はなかったので承知した。


輝夜のクリスマスイブはそんな感じで過ぎていった。




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