第8話

「電気もガスも止まってない。有難いな」


実廉は家の中を一通り確認した。


近所のおばさん(田中さん)いわく、輝夜の母親は船で沖に出たまま行方不明になってしまったという事だった。

その後何日も捜索が続いたが結局見つかっていないらしい。


輝夜は三カ月前までここにいたが、ある日突然いなくなったとか。そしてその後すぐに輝夜の母も沖でいなくなった。


年齢は十八歳。成人しているので、輝夜の事はそこまで心配されていたわけではないようだった。


輝夜の母親は一人で輝夜を育てた。父親の事は分からない。誰も父の姿を見たことがないので、多分結婚したけど離婚したのかもしれない。姓が媼と違うけど、そのまま使う人も珍しいわけではないと聞くのでその辺はあやふやだ。

けど母子家庭だったことは間違いない。母はわかめ漁をして生計を立てていたようだ。家の様子からして裕福ではなかった感じだ。


「まだお母さんは見つかってないけど、あきらめないでね。いつでもここに戻ってくればいいから」


涙ぐみながら田中さんは輝夜の肩を抱いた。


郵便受けは田中さんがいつも確認してくれているようだった。

重要そうな書類はまとめて袋に入れてくれていた。


「ああ、なんだかいろいろ来てるぞ」


実廉は封筒を一枚一枚確認していた。


輝夜の自室であっただろう部屋の机の引き出しに、マイナンバーカードと通帳があった。これで身元の確認ができる。ここに写っている写真は輝夜本人の物だった。


本棚には卒業アルバムもあった。必要になるかもしれないので、重要なものは写真に撮った。

この世界の輝夜は、高校を中退している。その後上京し、何年かしてまた徳島に戻ってきたようだ。そして母親と共にここで暮らし始めた。


母親がいなくなったことを輝夜は知らないんじゃないかと近所で話していたと言っていた。もちろん知らなかった。時系列的に、輝夜が家から出て行った直後に母はいなくなっている。やはり田舎が嫌になって輝夜はまた東京へ戻ったと思っていたようだ。


何を聞いても記憶にないし、思い出しもしない。


話を聞く限りでは、以前の輝夜はそれほど人生満喫して生活していたわけではなさそうだ。当時輝夜は未成年で家出じゃないかという感じで上京している。

田舎から出て上京した事や、正職についていない事を考えると都落ちした田舎娘説が有力だろう。


「何か思い出した?」


心なしか実廉が優しくなった気がする。


「まったく思い出せない。けれど無職の女だという事は分かった。明日、役場に行って、戸籍謄本を取って払わなくてはいけない物を支払って手続きをしてくる」


「母親をここで待たなくてもいいのか?ばあさんの家に戻るのか?ここに居れば、輝夜の知り合いに会える可能性が高い。同級生とか、近所の人とか。記憶が戻る可能性を考えたらこの家に住んだ方がいいかもしれない」


「会えたとしても、全く覚えていないから困るだけだ。思い出して帰りたくなったら帰ってくることにする」


輝夜はそう言うと、以前使っていただろう自分の部屋のベッドに横になった。


ここで生きていた現代の輝夜の人格はどこへ消えてしまったのだろう。

私が彼女の体を乗っ取ってしまったのなら、さぞかし不服だろう。もしかしたら仲の良い友達や、恋人がいたかもしれない。

考えてもどうしようもない事だ。わかってはいるけど、申し訳ない気持ちになる。

けれど自分にはどうすることもできない。


そんなことを考えながら輝夜は目を閉じた。



草木も眠る丑三つ時。


深夜の二時を過ぎたころ、誰かが輝夜のベッドの傍で体を揺すってくる。

こんな夜中に誰だと思い目を開けると、実廉がいた。


「……なんだ。実廉、夜這いか」


輝夜は夜這いに慣れていた。なにせ竹取の屋敷では、夜になると男どもが輝夜目当てに毎夜忍び込んできていたから。

ああみえて翁は腕っぷしが強かった。老人とは思えぬ腕力で男どもを殴り倒して、追い払ってくれていたのだ。

当時は輝夜も気配を察知する能力が鍛えられていて、すぐに隠し部屋へと逃げ込んでいた。大事になることはなかった。




「誰か、いる……」


「え?」


「下の部屋で寝てたけど、寒かったから隣の部屋に布団を取りに行ったんだ。そしたら物音が聞こえて……台所に誰かいる」


実廉は少し怖がっているようだった。

翁のようには戦えないだろう。



モノノケの類かもしれない。陰陽師を簡単に呼べる世の中でもない。

輝夜は考えた。現世で忍び込むものといえば、泥棒。


やはり戦うしかない。


「実廉、お前弓の名手ではないか?」


「は?弓?」


「ないなら仕方がない。これを使って」


輝夜は、リュックの中からビニール袋を取り出した。


「何これ……5250円……」


「いざという時のために持ってきたの。全財産よ」


「いや、少なすぎじゃね?ってか、現金ビニール袋に入れるなよ。財布なかったのかよ」


ガタゴト、バタン!


ドアが勢いよく開いた。


「ひえええぇぇぇえ!」


夜盗は入り口のスイッチを押し、輝夜たちの姿を見て声をあげた。


「お前……なぜ生きている。確かに殺したはずだろう」


「そうだ、なんで生きてるんだ」


金属バットを持った夜盗は輝夜たちに襲いかかった。

実廉は5250円を投げつけたが、それは夜盗の手ですぐに払いのけられた。

まずは男の方からと思ったのか、一人が実廉を押さえつけもう一人がバットを振り下した。


そのバッドは実廉の右側頭部をかすった。いや、ゴリッと変な音がした。

実廉の頭から血が流れた。流れたという表現より、吹き出したと言った方が正しいかもしれない。


男たちは血が吹き出すその光景に動じることもなく、次に輝夜に視線を移すとニヤニヤ笑った。




「おい、女を押さえろ、次こそ確実に息の根を止める」


輝夜はリュックを漁り始めた。


確か今回の旅に持ってきたはず。


中から目当ての物を取り出すと、実廉の元に駆け寄った。


「今更、何をしたって間に合わないぜ」


はははっと笑って男たちは輝夜の行動を見ている。


そんなことは気にせず、漆塗りの箱を開け、薄緑色のねっとりとしたクリームを手に取った。

軟膏なので非常に塗りにくいが、両手にそれを擦り付けて実廉の血が吹き出している頭に塗布する。


「もう無理だぜお嬢さん。頭蓋骨は粉々だ」


夜盗はニヤリと笑った。


いや、無理じゃない。これは『不死の薬』死んでさえいなければ大丈夫だ。


次の瞬間、体がピクリと動いたかと思うと、実廉がむくりと起き上がった。


「行って!行くのよ実廉!」


「うおぉおおおお!!!!」


火事場の何とかで実廉は夜盗に突進する。腰を抜かさんばかりに驚いている相手の脚にタックルだ。

倒れた男の胸に馬乗りになって実廉は相手を殴りつけた。


顔面が血まみれの実廉が、我を忘れたように何度も拳を振り下ろす姿は、まさにホラーだ。

ぶるぶると震えていたもう一人の男が、我に返り、懐からナイフを出し、背中から実廉を刺した。


「うわぁーーぁぁぁーー!死ね!」


「ううっ……」


うめき声と共に実廉は力なく夜盗の上に倒れこんだ。

夜盗は実廉の体を払いのける。

すかさず輝夜は実廉の元に駆け寄り傷口にまた『不死の薬』を塗り込んだ。


背中を刺された実廉は復活。

また立ち上がった。


「行くのよ!」


実廉は足でナイフを持った男の手をキックした。


「な、なんだこいつっつ!化け物かよ」


「くそっ!」


今度は夜盗二人がかりだ。

一人が実廉の足を抑え込み、もう一人が実廉の首を絞めにかかる。

実廉は暴れて抵抗している。


「かぐ……ばっ……とを、つかえ……」


「何!聞こえない。がんばれ実廉!まだ大丈夫よ」


輝夜は一生懸命応援する。左手に漆の箱を持ち、また実廉がやられても復活させる準備は万端だ。


実廉は暴れながら、私に腕で合図する。

指はバックの方を指している。



「かぐ……バット……」


そうだ。そうよ。


輝夜はやっと気が付いた。


そしてリュックの中から『天の羽衣』を取り出した。

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