第7話

何とも美しい島だ。


徳島は素晴らしい。鳴門の渦潮を見学した。まさか海の上を渡れる橋があるなんて想像もしていなかった。海中に吸い込まれそうな迫力があった。渦がぐるぐる巻いてまさに圧巻。

橋は網目になっていて、所々歩道がスケルトン仕様に作られている。

海からの強風で体が飛ばされそうになり、寒さで凍りつきそうになったが、とても楽しかった。


「輝夜さ、俺ら観光しに来たんじゃないから。とにかくこの住所までいかなくちゃならない」


渦潮は見るべきだといったのは実廉のくせに、観光するなと言っている。


右手にフルーツ大福、左手に金時饅頭を持ちながら実廉の意見を聞いた。両手が使えるので、リュックを買ってよかったと思っていた。


輝夜はタブレットを取り出すと、大鳴門橋をバックに記念撮影をする。

実廉に写真をお願いした。


「え、お前ひとりだけ写真撮るのかよ。俺はカメラマンか何か?」


文句が多いので、スマホで実廉の写真も撮ってやった。


それからレンタカーでハガキにあった住所へと向かった。実廉はいっちょまえに車の運転ができた。大人になったらほとんどの人が普通自動車免許を取得する世の中だと教えてくれた。


ネットで調べると、母親が住んでいる場所は海に近いさびれた漁村だった。一軒家だが、かなり古びた家だった。

カーナビの中の女性は、道を間違えても怒らず丁寧に誘導してくれる。とてもできた女だった。

母親の名前は『大友美幸』大友の表札を探す。


しかし、いやな予感しかしない。


竹取物語の中に大納言大伴御行みゆきという者がいる。輝夜が竜の頸の珠を取って来るよう命じた大納言だ。彼は海に漕ぎ出し、嵐に会い船は漂流した。そして死にかけたので、帰ってきてから輝夜に逆切れした男だ。

男と女の違いはあるけど、大友美幸が母だったとは。

ちょっとずつ、何かが違うけど、登場人物の名前は現世で輝夜が出会っている人たちと酷似している。


大納言は輝夜に求婚するため、当時結婚していた妻と離縁した。

美幸という母親も離婚しているんじゃないだろうか?

輝夜を好いていてくれるだろうけど、最後は逆恨みされるので、現世であったとしても結果が良いものと出る気がしなかった。


「どうする?ここだよな輝夜んち」


全く記憶にないけど、多分ここだろう。住所はあってるし、表札も大友となっている。


「一応念のため、武装していった方がいいかもしれない」


「なんで……」


「なんとなく殺気を感じる」


「いや、それ訳わかんないし」


ほら行くぞ、と言われて、なかば無理やりドアのチャイムを鳴らした。

中は静まり返っている。誰もいないかもしれない。


お金持ちとはいいがたいその家は、所々壁が崩れ庭の草も生え放題だ。

人が住んでいる気配はしない。


しばらく待っていたが、誰も帰ってくる様子はなかった。


「誰も住んでないのかもしれない。郵便ポストも空っぽだし」


「逆に、ポストが空だという事は誰か住んでるんだよ。もう少し待ってみるか」


極寒の中、家の前で、実廉と待つことにした。

こんな寒空の下、なぜ実廉はここまで輝夜に付き合うんだろう。


急に疑問がわいた。

 

今まで現世で自分に親切にしてくれている人は、少なからず輝夜に求婚してきた者たちの名を継いでいる。


過去の世界で、輝夜は結婚の条件として5人の貴公子にそれぞれ無理難題をふっかけた。今となっては酷い事をしたと反省している。


石作皇子いしつくりのみこは多分石材店の山田。山田には蓬莱の玉の枝。右大臣阿部御主人うだいじんあべのみうし、自治会長の阿部さん。彼には火鼠の皮衣。大納言大友御行だいなごんおおとものみゆき、輝夜の母親には龍の首の玉。


こうやって出会う人が全て竹取物語の登場人物だとすれば、蓬莱の玉の枝を持ってくるように言った庫持皇子くらもちのみこ、燕の子安貝の中納言石上麿呂足ちゅうなごんいそかみのまろたりにはまだ会っていない。


そして、忘れちゃいけない。物語の中の、みかど(御門) は天皇だ。


「実廉、お前は私の事が好きか?結婚を申し込むのか?」


急な質問に実廉が口をあんぐり開けて驚いている。


「は、なんでそうなる。付き合ってもいないのに結婚するわけねーだろう。そもそも……え?なんでそう思った?」


「だが断る」


「いや、質問の答えになってないし。告白してないのに振られる系とか……ないからそれ。てか、お前、断んなよ、失礼極まりない。俺がここまでお前の為に付き合ってるというのに、いや、付き合おうとかないし、そういう風に見てねーし。なんなら頭のおかしい女の面倒見てるし、介護だし」


実廉が興奮している。怒らせてしまったようだ。

だけど、結婚する気はなさそうでよかった。


「輝夜ちゃん!輝夜ちゃんじゃない?」


誰だかわからないけど、多分近所に住むおばちゃんに声をかけられた。


「……こんばんわ」


恐る恐る挨拶してみる。


「いやー何してるの?中に入ったら」


「その……」


「あ、鍵がないのね。そうか、ちょっと待っててね。私家から持ってくるわ。カギ、預かってたからね。まぁ、彼氏と一緒に帰って来たのね。寒いのにご苦労だったわね」


そう言いながら、おばちゃんは走って自分の家まで戻っていった。

また、輝夜ちゃんに認定された。彼女は私を知っているようだ。やはり私は現世で輝夜ちゃんだったんだ。


「鍵を取りに行っている時点で、ここにおまえの母親はいないとみた。鍵を預かっているという事は長期間不在にしている。旅行か仕事か……」


「あるいは船旅で遭難しているか」


「縁起でもねぇこと言ってんじゃねえよ」

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