第6話

「なに?枕草子?本当に麻呂ってるんだなおまえ……」


麻呂ってるとは?

意味が分からない。


やってきたのは、実廉だった。


実廉は「俺も餅食うからな」と火鉢の傍に腰掛けると、持ってきたカバンからタブレットを出した。


「ほら、これな。お前、スマホ契約できないだろうから」


「貢物か?ありがとう」


「貢物って、なんなの?お前大名かなにかなの?やる(あげる)んじゃない。俺が昔使ってたやつを貸すだけだ」


輝夜は新しく手に入れた文明の利器を嬉しそうに弄り始めた。


実廉は輝夜の家に持ち込まれた食材や火鉢を見て首をかしげる。


「誰が怪しさ全開のお前に、こんなに差し入れしてくるんだ。近所の人とか?金を払ってる訳じゃないよな」


『山田石造と地主の阿部さんだ』と説明した。


輝夜が町から帰ってくる途中に、山田の石材店があった。

寺院の灯りのために作られた石灯篭は、輝夜の時代にもあったもので、懐かしさを感じ店に入って山田と知り合った。


阿部さんは、この地域で自治会長をしていて、媼の事もこの竹林の事もよく知っていた。この辺の住民の世話をする立場にある人だ。


「その阿部さんに、輝夜の母親の事とか聞いてみた?」


「母は高校を出たと同時に町から出て行った。それで子供を連れて十五年前に一度ここに戻ってきたらしいが、それっきり姿を見ていないという。私の方が母親の事を分かっているだろうと言われた」


実廉はウンと頷き、貸してといって私のタブレットを奪った。


仕方がないので昼食の準備をする。

今日は餅があるので、昨日沢山作ったけんちん汁と香の物にしよう。

ぬか床に野菜を漬けている。これは亡くなった媼のぬか床だ。孫である(と思われる)輝夜が、勝手に引き継ぐことにした。


「昨日、引き出しの中から見つけた古いハガキだけど、あの住所へ行ってみようと思う」


突然実廉が言い出した。


「……そうか、道中気をつけてな」


母親という人は徳島県にいるらしい。いや、十年前はそこに居たようだ。

今もいるかどうかは分からない。

天竺や蓬莱山ほど遠くはないが長旅になるだろう。


「いやいや、さすがに、なんで俺が一人でそこへ行く前提?お前も来るんだよ!」





人生初めての電車だった。

電車というのは、すごいスピードで沢山の人や物を遠方まで運ぶ。


流れ去る景色の中の家々は、人々がここで生活していることを物語り、輝夜の知らない間に和の国は目覚ましく発展したんだなと感心した。


食べ物を放置したままだと腐らせてしまうかもしれないので、実廉の家の母上にあげてきた。ぬか漬けを喜んでくれたので、帰ったらぬか床を分けてやろうと思った。


「んでだな、先ず第一目標は輝夜の母親を捜し出す。そしてお前の身分証明書を手に入れる。ちゃんとした年齢も分からないんじゃ、仕事どころか病院にだって行けない。学歴だってわからないだろう。そもそも、義務教育はともかく、高校は?まさかの現役とかじゃないよな……」


さっきから実廉はごちゃごちゃ煩くてしょうがない。最悪、何もわからなくとも今のところ、そう苦労はしていない。

住む家もあり、食べる物もある。知り合いだって増えた。友もいる。意外とエンジョイしている。


「この青春18きっぷというのは、青春している証明書がなくても買えるのか?」


この切符があればどこまでも電車で移動できる。これを使って目的の徳島まで行くらしい。


「まぁ、そうだけど。問題はそこじゃない。輝夜、ちゃんと人の話を聞け。だいたい輝夜はこれからどうやって生活していくつもりなんだ?先の事ちゃんと考えてんのか?将来どうしたいんだ?何がしたいんだ?」


「……ああ。とりあえず、ナサへ行って月面着陸を目指そうかと思う。まずは種子島だな」


「いや……漫画に影響されてんじゃねぇよ!」




この時代は不思議だ。

輝夜がいた世界では、天竺はあったし、蓬莱山もあった。龍もいた。令和という社会では、蓬莱の玉の枝、火鼠の皮衣、仏の御石の鉢、龍の首の珠、燕の子安貝、全て物語上の宝だと思われているようだ。輝夜がいた時代に存在した物は架空の物となっていた。

勿論月の世界なんてものはないといわれていた。

アポロ十一号が月に行って確認したらしい。


けれど、月はわが故郷。

輝夜が持っている『天の羽衣』と『不死の薬』が月の世界が確かに存在するという証拠となるだろう。


現代では月に生命体がいるはずはないと化学的に証明されているわけで、実廉に、これ(天の羽衣や不死の薬)を見せては駄目な気がした。

研究するため取り上げられたら大変だ。

非現実的な事や物は認められない世の中だろう。


これほど文明が発達しているのだから、これらの物は必要ないかもしれない。



「ところで、実廉はお金持ちなのか?」


「んなわけないだろう。俺は学生だぞ、アルバイトして節約して生きてる。親に学費を出してもらって、小遣いもらって生活してる」


「なら、この電車代や徳島での宿代はどうする?実廉の母様に出してもらっているのか」


それは申し訳ない。ぬか床のおすそ分け程度では足りないだろう。

輝夜は懐から巾着を出してその中から金の塊を実廉に渡した。


知っている人は知っているだろうが、竹を切ったら黄金が出てくるという竹取物語あるあるだ。

試しに、媼の家にあったノコギリで竹を一本切ってみると中からゴロゴロと金の塊が出てきた。


調べてみると、現代でも金は価値がある物らしく、換金して現金にできる。ただ、輝夜は換金する術を持っていなかった。

金を売却するには、運転免許証や健康保険証、パスポートといった身分証明書の提示を求められる。

実廉ならきっと現金化できるだろう。


「おま、なにこれ?本物?やばいだろ」


小さなうずら卵ほどの大きさのそれはヤバいらしい。

実廉は急に「次の駅で下車する」と言い出した。


これをどうしたのか、どうやって手に入れたのかと質問された。

あまりにしつこい質問。竹から出てきたなんていったって信じてくれないだろう。面倒だったので、死んだ媼の遺産だと言った。


「昔の人だし、現金は全部ゴールドに変えたんだな」


実廉は何故かすんなり納得した。


「というわけだから、今回の旅の路銀に充ててくれたらいい」


「わかった。換金するために大きな町に先によるから。ってか、こんだけあったら新幹線に乗れるぞ」


実廉は納得したようなので、徳島への旅は続行される事となった。

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