第5話
「……と、いうわけで私は転生してきたかぐや姫なの」
「なるほど……って俺が納得するわけねぇだろう。お前怪しすぎる」
やっぱりそうよね。
家に着くまで、輝夜の経験したことをできるだけ詳しく説明したが、納得していないようだった。
無理だわ。
自分でも状況がよくわからない事、気が付いたらここにいたことなど話が終わるまで、実廉は一応黙って聞いてくれた。
仕方がないから天女の羽衣使いましょう。
「ここなの?家」
「そうよ」
暗いままの我が家を見て、実廉は中に入ってもいいかと聞いてきた。
ま、入ってもらわなくて困る、羽衣が使えない。
「とにかく、あんたが頭がおかしい事はわかった。で、病院へ行かなきゃいけないと思うんだけど、この家で一人暮らしなんだよな」
「そうよ」
「記憶喪失。あるいは精神的な何かの病気だと思うけど、親御さんとかいないんだよな?」
「親もいないし、戸籍もないし。勿論、保険証なんて持ってない」
実廉は顎に手を当てて何か考えているようだった。
「あのさ、この家に来たのはなんで?転生した時は別の場所にいたんだろう?町内から歩いてこの家に来たんだよな」
そう。まさに、ここに吸い寄せられるように、一直線にやってきた。迷うことなくこの家にたどり着いた。
「そうよ」
今まであまり考えてなかったけど、ここに来たのには意味があるのかもしれない。
「んで、この家のおばあさんは亡くなってて、近所の人があんたの事を輝夜ちゃんだって言ったんだよな。しかもお前の名前はかぐや姫だろ?」
「そうよ」
「なら、お前、輝夜ちゃんじゃね?」
「そうかしら」
「そうだろ」
「確かに。そうかもしれない」
そうか、私、輝夜ちゃんだったんだ。この時代のこの世界の輝夜ちゃん。ならば戸籍があるはず。
輝夜はいろんな書類が入っている引き出しを引き抜いて、ちゃぶ台の上に置いた。自分が輝夜ちゃんである証拠がここにあるかもしれない。
「ここに住んでいた輝夜ちゃん3歳は、何かのトラブルに巻き込まれた。事故なのか病気なのか、分かんないけど、とにかく自分が誰なのか記憶をなくしたんだ。でも、祖母の家と自分の名前は憶えていた。だからここへ来たんだ。君が君である証拠を見つければいい。母親がいるんだろ?おばあさんの娘。その人を捜せばいい」
俺もいいか?と尋ねて、実廉も書類を読み始めた。
++++++++++++++
家探しの結果、見つけたものは、十年前に送られてきた葉書きが一枚だけだった。
他にめぼしいものはなく、輝夜につながる物は幼いころの写真のみ。
「輝夜の母親の名前は、多分、大友美幸。だからお前は『大友輝夜』ばあさんは佐貫みやこ。お前のかあさんは結婚してるから名字が変わった。旧姓は佐貫美幸」
「大友……」
確かに知っている名前だ。前世に大納言大友御行(だいなごんおおとものみゆき)という者がいた。しかし彼は男だった。
実廉はこの葉書きに書いてある住所を検索した。
「一応マップには現在もある家として載ってるな」
輝夜の家に着いてから一時間は経っていた。
輝夜を送りに行ったまま帰ってこない実廉を心配して、実廉の母上から電話があり「やべぇ、明日また来る」と言って、やつは家に帰ってしまった。
++++++++++++++
朝が来る。
さっぶ……
現代の日本はなんと寒いんだろう。囲炉裏がないから凍え死にそう。
輝夜は朝の支度にとりかかった。
鏡をのぞくと、やはりあまり美しいとはいえぬ顔。
だが、莉子や裕太いわく、この時代ではかなりいけてる方だという。
美人というのは時代によって定義が変わるのだと驚かされた。
「おはよう!輝夜ちゃん」
玄関から大きな声がする。
誰か来たのかと様子を見に行くと、そこには石材店の山田が立っていた。
山田石造は
「おはよう」
「輝夜ちゃんが欲しがってた、火鉢を持ってきた。本当にレトロ好きだなぁ。火鉢って石じゃないんだよねー、陶器なんだ。俺、結構手に入れるの苦労したんだ。それに、あれ、豆炭も袋ごと買ってきたから」
「それはご苦労だった。これで暖がとれる。ありがたい」
山田は勝手に家の中に上がって、火鉢を畳の上に置いた。玄関の脇に炭の袋もどさりと置いてくれたので、重いものを運ばずに済んで助かった。
「おはようさん、輝夜ちゃん!」
次にやってきたのは地主の阿部さんだった。
阿部さんは還暦を過ぎているらしいお爺さんだが、相当お金持ちみたいで地元の有力者らしい。
輝夜の知らないここの土地に関することを教えてくれる。
「阿部さん。若い子の家にしょっちゅう顔出してるの、なんかおかしくないですか?変な噂が立ちますよ」
山田と阿部さんがなんだか言い合いをしている。
「若い子だから心配してるんだ。石材屋みたいな悪い虫がつかんように見張っとかにゃいかんからなぁ。わしはもう爺さんだから、輝夜ちゃんは孫のようなもんだ」
「阿部さん。米がもう少なくなった。この間もらった豆と芋は美味しかったから、また持ってきてたもれ」
輝夜が飢えずに済んでいるのは、この貢物のおかげだった。
輝夜の家に来る者は皆、結婚の申し込みをしようと企んでいるだろう。しかし昔の輝夜と違って、無理難題は吹っ掛けるつもりはない。
世が世なら時代に合わせた対応をしなくてはならないと考えての事だ。
阿部さんは餅と味噌、大根と白菜、里芋をくれた。
二人は喧嘩しながら帰って行った。輝夜はさっそく火鉢に火を起こした。豆炭という物は中々便利だな。使いやすいし、すぐに火が付く。
輝夜は昼になったらもらった餅を火鉢の上で焼くことにした。
料理の本を図書館でたくさん読んだので、現代の調理の仕方が頭の中に入っている。
味噌に砂糖を混ぜて、餅に塗って火鉢で焼いてみようと思った。
正月でもないのに何とも贅沢だ。
白菜は刻んで塩を揉みこんで昆布と共にビニール袋に入れた。
大根は隠し包丁を入れ下茹でする。
大根は時間をかけてゆっくり煮込むことで味がしっかりと染み込み旨くなる。出汁が粉末で売られているというのはとても有り難いことだ。
現代というのは簡単に美味しいものが作れる素晴らしい世界だ。
輝夜は赤く色付く炭を見ながら、本で見た清少納言の枕草子を暗唱した。
「冬はつとめて。雪の降りたるはいふべきにもあらず。霜のいと白きも、またさらでも、いと寒きに火など急ぎ熾して炭もて渡るも、いとつきづきし」
輝夜がいた時代の少し後には、こんな素晴らしい随筆を書く者が生まれてくると思うと感慨深い。
清少納言、レベチ。
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