第4話
ここの暮らしにもずいぶん慣れた。
あれからひと月が経とうとしていた。こちらの暦でいうと、師走の二十二日。町はクリスマスの装飾でピカピカしている。
輝夜は子供達から教わった無料の公共施設を利用していた。朝は必ず図書館へ行き、あらゆる本を読みまくった。こちらの世界のお金の使い方も、インターネットの使い方も学んだ。
子供達が輝夜の家に入り浸っていることを親たちが心配したらしく、変な女だという噂が立ってしまった。
怪しい大人な輝夜は警察に通報されそうになる。
まぁ、間違いなく変な女である。だって転生してきたのだから。しかも前世はかぐや姫、ありえない話だ。
そこで輝夜は、天女の羽衣を使い、親たちの考えを変えることに成功した。しかしこの効果は数カ月のみ。
悲しいかな、この子たちと付き合えるのも後数カ月だけだ。
けど、その間は好意的に私を受け入れてくれるから、それまでに怪しい女を脱却すればいい。
今日は莉子の家に遊びに行く。両親は仕事で帰りが遅いらしい。
学校から帰ってくる時間に合わせて輝夜は莉子の家に向かった。
「ねぇ、輝夜ちゃん。私宿題先にやっちゃうから、お兄ちゃんの部屋でマンガ読んで待ってて」
莉子は毎日宿題に追われている。学校というのも結構面倒くさいものだ。
莉子の兄はもう大学生になっていて、家から出て大学の近くに下宿しているらしかった。彼の部屋にはゲームや漫画がたくさんあった。絵付きでいろんな物語が楽しめるので、輝夜は漫画がとても好きだった。
ガチャリとドアが開く音がする。
「……」
若い男性が輝夜の部屋に入って来た。男性は輝夜を見て驚いた様子で、一瞬体が固まったように動かなかった。
次の瞬間、ドアを静かに閉めると無言で出て行った。
「おい!莉子!俺、俺の部屋に女がいる。めちゃ泣いてたぞ。誰だよ!」
隣の部屋から声がする。知らない女が自分の部屋にいることに驚いたようだ。
ああ、莉子のお兄さんだなと思った。
困ったことに、今は天女の羽衣を持ってきていない。この困難な状況を何とか乗り切らなければならない。
「なんで!勝手に部屋に入ったの?変態なの?お兄なんで家に帰ってるのよ!」
「は?何言ってんだよ、俺んちだろ、ってか俺の部屋だろ」
バタンとドアを開ける音がして、莉子が慌てて輝夜の部屋に入ってきた。
「輝夜ちゃん大丈夫?なんで泣いてるの?お兄に何かされた?」
輝夜は首を横に振ってマンガを置いた。
「は?こ、この人誰だよ、莉子の……お友達ですか?……ってか、人の漫画、宇宙〇弟の40巻読んで泣いてんじゃねぇよ!」
莉子の後ろからお兄ちゃんが、声をあげた。
+++++++++++++++++
「あらぁ!みんな帰ってたの?輝夜ちゃんいらっしゃい。
莉子の母親が帰って来た。お兄さんの部屋にいる輝夜たちを見て、嬉しそうに話しかけてくれた。
「お言葉に甘えて」
有り難いことに夕食をごちそうしてもらえるらしい。
実廉という莉子の兄は目を丸くして食い気味にかぶせてきた。
「誰だよお前、飯まで食ってんじゃねぇよ!」
実廉は年の瀬の休み期間に入ったらしい。
「それで実家に帰って来たんだ。もう、邪魔なんだから、お兄がいたら冬休み楽しめないじゃん」
「いや、お前。俺がいようがいまいが、今まで特に絡んできてないだろう」
兄妹げんかは見ていて微笑ましい。そう思いながら牛肉をいただいた。
肉という物は今まであまり食したことがない。穢れがあるので食べる物ではないと思っていたが、なかなか美味で口に合う。
「肉ばっか食ってんじゃないよ!ってか、お前誰だよ」
さっきから実廉は『誰だよ』しか言わない。まったくワンパターンな男だ。語彙力という物がないのかもしれない。
「いいじゃない。まだまだお肉あるから、たくさん食べてね輝夜ちゃん」
莉子の母親はいい人だ。
だけど、やはり気になっている。彼女が息子につけた名前、実廉『みかど』という名はいかがなものか。
恐れ多くも、帝である。
彼はそれほど高貴な存在ではないし、この世に今上天皇が御座せられるのだから、なんと厚かましい名前なんだろうと思ってしまう。
+++++++++++++++++
「送る。俺が輝夜ちゃん?を送っていく」
食事が終わると、実廉がそう言いだした。
「なんで!お兄が送ってくの?ずるい。私も輝夜ちゃんちに行く」
「そうね、暗くなってるから、女の子一人じゃ危険よね。実廉が輝夜ちゃんを送ってあげて」
「えーーー!莉子も行く」
莉子の言葉は母親にスルーされた。
別に送ってもらわなくともいいのだけれど、最近、夜遅くに女性が出歩くと事件に巻き込まれたりするらしい。
そういう記事を新聞で読んだ。
師走は何かとおかしな頭の人が増えるという。
腕っぷしは強くないだろうけど、従者として付き添ってもらったら少しは安心だ。
けど、実廉が考えていることは分かる。そうよね、私が誰なのか気になるわね。莉子の母親は天女の羽衣効果で輝夜の事を怪しいと思っていない。ただの輝夜ちゃんというお友達だと思われている。
年齢が18歳で小学生の友達がいること自体おかしいし、そもそも輝夜には戸籍がない。
働いてもいないし学生でもない。
そんな怪しい大人を小学生の我が子に近づけるなんて普通なら考えられない事だろう。
「……で、輝夜ちゃん。君は誰なの。親はなんの心配もしていないみたいだけど『輝夜ちゃんよ、莉子のお友達』って紹介されても、俺は納得できない」
ですよね。
実廉は二人きりになるとすぐに問い詰めてきた。夜道で話すにはいささか込み入っているし、ここで正直に話をしたって、頭がおかしい女認定間違いなしだし。
どうしようか……
とにかく誰にも真実を話したことがないから、転生したって言ってみようかな。
家に着いたら天女の羽衣でごまかせばいいし、何とかなるかもしれない。
輝夜は持ち前のチャレンジ精神で実廉に事実を話してみることにした。
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