第3話
目が覚めるとそこは現代の民家だった。
ああ、ここは天上界ではない。前回いた事のある地上だ。同じ日本であっても翁も嫗もいない寂しい場所だった。輝夜はガクリと肩を落とした。
けれどかぐや姫だった時代と違ってここの居心地は悪くない。寒くもないし、綿の入った布団もある。
確かに便利な物が沢山ある。
水は蛇口から出てくるらしく、わざわざ汲みに行かなくてもよい。
昨日来ていた人達を見ていたら、火だって簡単におこせるみたいだ。
厠《かわや》にかんしては言うまでも無い。
輝夜は、布団から起き上がり洗面所へ向かった。
恐ろしいことに、そこには鏡がある。
見たくもない自分の顔と向き合わなければならない。けれど顔を洗わないわけにはいかない。
仕方なく朝の身支度をした。
ガシャン!
その時外で音がした。
何事かと思い、輝夜は急いで外へ出た。
子供が三、四人この家を見ながら笑っている。家に石を投げられたみたいだった。
「お前んち、おっ化け、屋~敷~」
「ははっ!わーこえー」
子供たちは、歌いながら走って逃げて行った。
輝夜は口をぽかんと開け、あっけにとられた。
今も昔も子供というものは、くだらないことに体力を使うんだな。
子供の悪戯、変わらないものに懐かしさを感じた。
けれど庭に出てみると、家の近くには小さい物から大きい物まで、大小様々な石が転がっている。何度も投げられたんじゃないかと思うくらい沢山落ちていた。
こんなに投げつけられていたら、いつか家が壊れるではないか。
今度来たら反撃することにした。
明るい日差しの中で、外側からこの民家を見ると、非常に荒れ果てている。
なるほどお化け屋敷というのは言い得て妙だ。
手入れが行き届いていないというか……
所々、土壁が剥がれかけているし、庭には雑草が生い茂り、雨風にさらされて門柱は腐りかけている。
お婆さん一人では管理ができなかったんだろう。
綺麗に掃除をし、傷んだところを修繕しなければならない。
とにもかくにも、ここに当分の間いなければならないのだから、せめて自分の生活空間くらいはきちんと整えたい。
けれどいくら輝夜だとはいえ、この家を丸ごと一つ自分一人で片付けられるとは思わなかった。
家の中もごちゃごちゃ訳のわけの分からない物がたくさんあり、動くときに邪魔になって仕方がない。
物がたくさんあるというのも考えものねと輝夜は思った。
掃除はともかく、生きるために最低限必要な食料を、何とか調達しなければならない。
それが最重要事項だ。
昨夜から何も食べていないので、輝夜はかなりお腹がすいていた。
時期が冬場だから、柿や栗、きのこや山菜などは手に入らないだろう。
しかも周りは竹だらけ、猪や鹿などの動物もいない。魚を捕る川や海なども近くになさそうだ。
家の中に食料があるかどうか探さなくては。
輝夜は台所へ行き、いろんな箱を開けてみた。
大きな扉が付いている、つるつるした入れ物の中には卵が入っていた。
その中に入っている小さな箱の中に、多少の食べられそうな物体があった。
どのように調理すればいいのか、輝夜は分からなかった。
けれど、ありがたいことに、大きな袋の中に真っ白な米が入っていた。
白いお米など贅沢でめったに食べることができないもの。
それがたくさん入っているところを見ると、もしかしたらこの家に住んでいたおばあさんは、泥棒に入られないためにわざと貧しく装っていた可能性がある。
本当は裕福だったのかもしれないと感じた。
なんとかコンロの火をつけることができた輝夜は、蛇口から水を出し、鍋に米を入れ火にかけた。白い粉は塩のようだ。米と塩があれば、なんとか生きられるだろう。
+++++++++++++++++
太陽が真上に昇る頃、外が騒がしくなった。
窓からこっそり覗いてみると、朝やって来た子供たちがこの家の様子を窺っているようだった。人数は増えている。十人くらいいるかもしれない。
また石を投げられる?
……輝夜は考えた。このまま悪戯ばかりされたんじゃたまったもんじゃない。
『お化け屋敷』あの子達はここがお化け屋敷だといった。
この時代も、やはり鬼や妖怪、モノノケがいるんだろうか?
人々は疫病や日照り大雨や洪水に悩まされているのか?
ならばそれを上手く使えば……
「キエエェェッー!ティヤ!ハッ!」
輝夜は、仏壇の蝋燭を頭に立て、白い布で固定した。お婆さんの着ていたらしい着物を上から羽織り裸足で子供達の前に走り出た!
髪の毛は地面に着きそうなくらい伸びているし、この真っ白い肌とぎょろりとした目は幽霊そのものだろう。
「ギャーーーーーーーキエエェェッー!ティヤ!ハッ!」
自分でも何を叫んでいるかわからないが、とにかく子供らを驚かせる事が重要だ。
「……」
「ひゃー、な、ごめんなさい!!」
「ぎゃー、ごめんなさい!ごめんなさい」
子供たちは、腰を抜かさんばかりに驚いていた。
そして泣きながら輝夜に謝ったのだ。
輝夜はこうやって子分を手に入れた。
子分どもを一列に並ばせて、私のいう事を聞かなければ、末代まで呪ってやると脅した。
それから、この時代の道具の使い方を教えるように年長の子供に命令する。
何よりもあらゆる道具の使い方が全くわからなかった。
この時代には電化製品という物がたくさん存在しているらしい。
電気という目に見えないものを動力に、この世の中は動いているようだ。
莉子という小学五年生の身分の女の子が使い方を教えてくれた。
いろんな箱に書いてある記号のような文字は輝夜には読めない。
読み書きは一年生の教科書から順に覚えることになった。
子供たちは、学校で読み書きを学ぶらしい。
体力だけが自慢の男児は、草刈りや家の片付けをひたすらやってもらうこととなった。
十人いれば、子供とはいえ結構使える。
老人の一人暮らしだったこの家に、お化け屋敷といい、石を投げていた罪はこれで償わせればいい。
お婆さんも天界でざまぁと喜んでいるだろう。
六年生の龍という子がスマートフォンという電化製品を貸してくれた。
輝夜は感動していた。
スマホというものはすごい速さで情報を収集できる。なんてものを人類は発明したんだ。
これが欲しいと龍に言ったが、人にあげたら母上に怒られると言われた。
そしたら子分を辞めなくてはいけない。そうなると困るので仕方なくあきらめた。
前世、竹林から発見された時は三寸だったけど、雨後の筍の如く、ぐんぐん成長し、生後三ヶ月で成人したくらい輝夜は抜群の成長力を持っている。
そういうわけだから、輝夜は当然、身体、学習能力は並外れて超人的だ。
字を覚えてしまえば早いものだ。
一度読んだものは忘れないし、頭の中だけではあったが、ここで暮らしていく為の生活スキルを得る事ができた。
子供達の通っている寺子屋はあらゆることを教えてくれるらしい。生活や社会、音楽や体育など。しかも昼になると給食という御馳走が食べられるという。
輝夜も学校という寺子屋へ通いたかったが、年齢が高すぎて無理だと言われた。
「その髪の毛、長すぎて怖い」
「長い髪は美しいもの。童じやないんだから切るなんておかしいだろう」
「今っぽくないし、ダサい」
確かに莉子は短い髪だし可愛らしい赤い髪飾りを付けている。
「金ないのかよ」
男の童が輝夜を馬鹿にした。
「ある」
「散髪に行けよ」
「髪を切るのに金を使うのはおかしい。裕太が切ってくれたらいいだろう」
「マジかよ、変になっても知らねーぞ、後から文句言われるの嫌だからな」
「ならば、自分で切るしかない」
ハサミの使い方を教わって自ら毛を短くすることにした。
動画というものはなんて素晴らしいものなんでしょう。今流行りの髪型を、切り方まで丁寧に教えてくれる。
輝夜は動画を見ながらいちばん簡単そうな髪型にカットし始めた。
誰かに頼るしかない。知り合いは全くいない状態から輝夜は、子供たち10人の仲間を得た。
昨日話していた大人たちは皆どこかへ去って行ってしまった。初めてできたこの子分、もとい、仲間を大事にしようと思った。
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