第4話
年長さんにもなると、割と身体の大きい子もいる。
男の子も女の子も、活発な子たちは走り回ったりと身体を動かすことが好きなようで、抱っこして、おんぶしてって言ってくる子がちょこちょこでてきた。
けど、ウチが抱き上げられるのは小柄な子くらい。
もっと腕力をつけておけば良かったなぁ……
「ちょっと待ってね〜」と言っても、待ってる子たちは早く抱っこしてほしいと訴えてくるし、抱っこされてる子はまだ下ろして欲しくないってウチの首にしっかりと腕を回してしがみついている。
そんな時に、影森がスっとウチの方に来て「はい、二人ずつね〜」って両腕に一人ずつ抱き上げてくれた。
もやしみたいに細いって思ってたけど、ジャージを捲りあげた上腕は、服の上からは分からなかっただけで、ちゃんとがっちりとした筋肉が盛り上がっていたことにまずびっくりした。
どうやら影森は着痩せするタイプだったらしい。
彼はちびっ子たちの関心が抱っこに移っていると察すると、二人ずつ抱っこしてホールを一周したら次の子と交代。そして、待っている間に飽きてしまわないように、ウチが一人を抱っこしつつ、お絵描きしたい子たちを見守るみたいな役割分担を提案してきた。
ウチもそれに頷いて、すぐにやってみることにした。
そうして実際にその役割で遊び始めてみると、次々と順番が回ってくることで、ちびっ子たちも大満足の様子だった。
けれど、ちびっ子たちの有り余る元気を測りきれていなかった。
というよりもたぶん、影森による抱っこランニングが思いのほか盛り上がり過ぎたってところあるんだと思う。
ゼェゼェ言ってる影森にも、ちびっ子たちは容赦しない。
早く抱っこしてくれと腕を引っ張り続けていると、影森もついにマスクを外して、「分かった、分かったよ!やってやろうじゃん……!」ってまたちびっこ達をまた抱っこした。
割と早いペースで順番が回ってきていたはずだけど、それでも待てなくなった子たちが両手の塞がった影森の体をよじ登りはじめた。
そうして影森は両手に一人ずつ、首にぶら下がるように前と後ろに一人ずつ。
「く、首……首閉まってるから……!」
そう言いつつも影森は一人で四人の子たちを身体にぶら下げたままホールを歩いて回ってきた。
ちびっ子たちからしたら、ちゃんと相手してくれるし、いつもよりも高い抱っこをしてもらえるし、加えてそのまま動いてくれるとなれば、最高のアトラクションみたいな気分なんだろうな。
「はぁ……はぁ……皆、元気すぎ……」
「かげもりにーちゃん、もういっかいやってー!!」
「つぎおれだよ!!」
「あたしだもん!!」
「はいはい……喧嘩しないの……二人とも掴まっててね〜……よいしょっ!!!」
あはは。影森めちゃくちゃ人気者じゃん。
へろへろになりながらも、また立ち上がって二人のこと抱っこしてる。
「ま、また首が……!」
すっかり身体をよじ登るのも一つの楽しみになってしまったらしい。
また二人のちびっ子が、さっきみたいに彼の身体をよじ登って、首に腕を回してしがみついていた。
ちびっ子が身体をよじ登ろうとすると、その子たちが落ちて怪我しないようにって、体力的にキツイのにまたちゃんとしゃがんでくれるあたり、優しいんだな。
そうしてまた発着場に戻ってきた彼は、さすがに四つん這いになって、肩で息をしていた。
腕で額を拭っている。
そりゃあれだけ相手してたら汗もかくよね。
そこにまた一人の女の子が影森に近づいていった。
また抱っこをねだられるんだろうかと少しだけ笑って、ウチはお絵描きをしている子たちの方へと顔を向けようとしたその時。
「かげもりにーちゃんかみのけじゃまでしょ?いーちゃんがむすんであげる!」
たぶんここ最近で一番の速さで首を回したと思う。
よくやってくれた、いーちゃん。
今はマスクも外してるし、これであの前髪を上げてくれさえすれば、影森の素顔を見られる千載一遇のチャンス。
いーちゃんはウチの期待に応えてくれるかのように、影森の前髪をむんずりと掴んでまとめ始めた。
彼も特に嫌がることなく「お〜、いーちゃん上手だね〜!」とされるがまま。
褒めて貰えたことで、いーちゃんも得意げだ。
そしていーちゃんが彼の前髪をある程度まとめて、ぐいっと持ち上げて、おでこを見せるような形のちょんまげ結びみたいにしてヘアゴムで止めた。
晴れて彼の素顔を初めて目の当たりにした訳だけれど…………
どタイプだった。
切れ長の目で、パッと見は目つき悪っ!って感じだけど、ちびっ子たちに見せる糸目の笑顔はとてもやわらかく見えた。
ウチがよく行くパン屋の店員さんに似てる気もするけど、ウチの学校はバイト禁止だから、たぶん他人の空似ってやつだと思う。
その後は影森の素顔に気を取られすぎて、ちびっ子たちに何回か頬をペチペチと叩かれることになった。
⋆˳˙ ୨୧…………………………………୨୧˙˳⋆
「二人とも今日はありがとうね〜もう皆して、影森お兄ちゃんと美緒お姉ちゃん明日は来ないの?って既に泣きそうになってるよ〜」
保育士さんが困ったように笑いながら、今日の総括をしてくれて、それをもってウチらは体験学習を終えた。
その時には、影森もいーちゃんにヘアゴムを返していたから、またいつもの前髪カーテンを閉めた状態に戻っちゃってた。
保育園から出た後の帰り道が途中まで一緒だったみたいで、ウチらは最寄り駅までの道を並んで歩いていた。
ほとんど無言のまま。
さっきまではちびっ子たちと軽快に言葉を交わしていたくせに、ウチと二人っきりになった途端に、いつものだんまりモードになる影森に、何故かモヤッとしてしまう。
今日楽しかったこととか、ちびっ子の相手してて大変だったところとか、一緒に話したいことはあるのに、口に出せないし、向こうからも出してこない。
隣を歩く彼にバレないようにチラ見してみても、やっぱり髪とマスクに隠されて、彼が今どんな気持ちで隣を歩いているのか、全く読み取ることが出来ない。
「影森はさ、学校では髪……上げないの?」
なんでよりにもよって口から出てしまうのがその話題なんだ。
影森は少し黙ってから返事をくれた。
「……う〜ん。これ、けっこう役立つんだ」
「役立つ?」
「そ。上手く調節すると、見たいものだけは見れて、見たくないものは見ないで済むんだ。それに、ちゃんと隠せるし」
「何か隠してんの?」
「何も隠してないよ」
「なにそれ?」
「あはは。いいのいいの、真中さんは知らないままで」
「なにそれ〜!!」
思わず彼の肩をパシンと叩いた。
思っていたよりも、見ていたよりも、がっちりしてた。
「……やっぱり、髪上げた方が良いかな?」
今度は向こうから話しかけてきて、彼の方を見上げると、彼は前髪を掴んで少しだけ持ち上げていて、その隙間から覗いた切れ長の目がしっかりとこちらに向けられていた。
初めて目が合っただけなのに、今度はウチが黙ってしまった。
学校でも影森のこの顔見れたら……いやいや、なんで?それじゃウチが影森の顔見たいみたい……いや、別に見たいとか思ってないし。
別に上げるも上げないも影森の自由だし。
でも、髪上げたら他の子も影森の顔が見れるわけで……いや、別に見てもいいんだけど。
「ん〜……上げなくてもいいかも」
「ふふっ、なにそれ」
「影森は分からなくていいんです〜」
「……仕返し?」
「……ん」
「そっか」
また見上げた時には、既にまた髪を下ろしてしまっていたから表情は分からないけど、彼のその声は、さっきちびっ子を相手していた時のと似た、とてもやわらかい音だった。
あいつの素顔 夏葉緋翠 @Kayohisui
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