第3話
「マジ……なんなのあいつ……」
ウチの目の前には、クラスのほとんどのちびっ子たちに囲まれて、もみくちゃにされている影森の姿があった。
最初は予想通り、ウチの周りに活発な子たちが集まって、控えめな子たちは少し離れたところで、ウチと影森の様子を窺っている状態だった。
控えめな子たちは、どちらかと言うと影森の方に寄ってはいたけど、近づくだけ。
影森もその近くで床にあぐらを書いて座り、置物のようにじってしているだけだった。
でも、その少しあとに影森の方から園児たちに近づいていくところは見た。
ウチはウチで次々と腕を引っ張ってくる子たちの相手をしていたから、影森がどんな声かけをしたのかまでは聞き取れなかったけど、本当にそのすぐあとの事だった。
「あ〜!!ゆうくんがニコニコしてる!!なにしてるの〜!?」
ウチの周りに集まっていた子たちの中でも、一番元気な男の子が、指さして大きな声を上げた。
それにつられてウチも指のさす方へ目を向けると、さっきまで不安げにチラチラと様子を見ているだけだった子たちが、影森の腕に抱きついたり、膝元に座って頭を撫でられていた。
どの子も少しだけ恥ずかしそうにしつつも、嬉しそうに顔を綻ばせていた。
「私でもだいぶかかったのに、あの子すごいな……」
教室の中で、園児やウチらの様子を見守っていた保育士さんも驚いているようだった。
きっと、人見知りが激しい子だったんだろうな。
影森に何かシンパシーでも感じたのかな。
なんて、ボケっと見てしまっていたけれど、その元気っ子が影森たちの方へ走っていくのを見てハッとした。
人気者の男の子が動くと、皆がそれについて動いていってしまう。
きっとあの控えめなあの子たちの元へ走らせてしまったら、せっかく心を開いたあの子たちがまた輪の外側に弾き出されて、ウチらに甘えるのを遠慮してしまうかもしれない。
けど、影森に興味を持ってしまった男の子に続いて走り出した元気っ子たちは、既に彼らの遊んでいるところへ雪崩込んでしまっていた。
床に座っていた影森は、あっという間に園児たちの波に飲み込まれてしまったのだった。
普段からされるがままの影森だもん、この状況は収集つかなくなっちゃうんじゃないかと思った。
そう思ったのも束の間、ガヤガヤとしていた園児たちの声が次第にまとまっていくのに気がついた。
「はい、これ読める人〜」
「「「はーい!!!!」」」
「はい、じゃあ君。お名前は?」
「ゆき!!」
「ゆきちゃんね。ゆきちゃん、これなんて読むかな?」
影森は座ったまま、園児たちと目線を合わせるようにして、声をかけていた。
自分の胸の辺りにつけている名札を指さして、なんて読むでしょうかって園児たちに質問して、興味をそちらに向けている。
あの名札はこの体験学習のために、家庭科の時間に作ったもので、園児でも読めるように平仮名で名前を書いている。
彼は苗字の「かげもり」と書いたらしい。
ウチも同じように胸のところに「みお」と書かれた名札をつけている。
「かげもり!!」
「あっ、すごい!大正解だよ〜!!」
普段聞いた事のない軽い声を出して、ゆきちゃんに向けて拍手をしてあげる影森。
ゆきちゃんはそれはもう嬉しそうだし、他の子たちも、自分も褒めてもらいたいと次々と手を挙げて「おれもよめるよ!!」「あたしも!!」と声を上げはじめた。
その光景をただただ呆然と見ていた。
ちびっ子たちに負けじと声を張るわけでもなく、ゆっくり穏やかに話している。
ちびっ子たちは影森の視線を自分に向けて欲しいこともあって、彼の言葉を聞き逃すまいと、彼が話出せば皆彼の言葉に注意を向けていた。
ウチでも落ち着くようなその声のやわらかさに、あの子たちも心を開いたんだろうなって、何となく分かった気がした。
「じゃあ、あっちのお姉ちゃんのお名前わかる人〜?」
「えっ」
突然、影森がウチのことを指さしてそう言った。
ちびっ子たちの視線が一斉にこっちに向けられる。
「えっとね〜」
一応最初に自己紹介をしてはいるものの、さっきは初めて来た人たちにテンションが上がりすぎて、皆はしゃぎまくってたから、ウチの名札もあまり記憶に入っていなかったんだろう。
なかなか名前が出てこないことに、クスッと笑ってしまう。
答えを言ってあげようかと思ったその時、影森がまた口を開いた。
「まだわかってなかった〜って子は、もっかいお姉ちゃんの名前見ておいで〜」
するとちびっ子たちは彼の言葉に素直に従って、またキラキラした目を向けてこっちに走ってきてくれた。
影森がそう仕向けてくれたこととはいえ、正直またちびっ子たちがウチの周りに戻ってきてくれたことが、すごく嬉しかった。
そこまで通して、影森が自分からこんなに話していることも、上手くちびっ子たちの相手をしていることにも驚いたけど、このあとさらに驚くことが起きた。
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