裏でコソコソ動くのってとっても楽しいです

 その後は、割と浅めの亀裂の向こうに渡るために班ごとで知恵を絞ったあと、最後の駆け足行軍だ。

 さすがに体力がきつかったので、どの班もいかに休憩をとるかであった。

 寮に着いた頃には皆ぐったりだ。明日が陽の日で助かった。


「アンジェラ、きつくなかった? なんだか付き合わせてごめんね?」

「キツかったけど、楽しかったわよぉ〜! 聖女サマ、神殿の訓練がほんっっとうに面倒らしいわね。学生の間は放っておいてほしいのに、とか愚痴漏らしてたわ」

「ん……? 班は二つに分かれたんじゃないの?」

「そうだけど、ほら、聖女サマの取り巻きこっちの班にもあぶれていたから、まあ一緒に行動していたの。ただ途中そっちに行ったりしてたでしょ? 狩りとか採取とか私たち任せよ〜困ったもんよね」

 相変わらず自由にしていたらしい。

「何か他に楽しそうなことなかった?」

「明日から本格的に市井に石鹸による冬の場の流行病防止に力を入れるらしいわ」

 それは私も聞いていた。石鹸を使っての手洗いがベストだが、そうでないならせめて食事前に手を洗い、汚れを落としてから食卓に着くように説いていくらしい。

「で、陽の日にはマーガレットも神殿で石鹸配布を手伝うらしいんだけど、それにジュマーナもとても興味を示しているらしいわ」

「ジュマーナが??」

「そう。向こうでも流行病とか、衛生面の向上とかは問題が多いらしくて、それで神殿に赴きたいとか言い出したそうよ」

「ええ!? アーランデの王女様がそれは拙いでしょう」

「もちろん側にいた騎士の女性がすぐ止めたそうよ。で、ここからなんだけど……」

 ひそひそと、とても有益な情報をいただいたので、アンジェラの課題を手伝いました。



 陽の日は日がなごろごろと過ごしたかったが、スカーレット様が図書室に行くというので一緒に参る。土の魔術式をもっと学びたいと思ったし、やはり他の属性も覚えておいた方が対人戦には有効だ。スカーレット様の魔術師となるなら、メインは対人なので押さえておきたい。

 さらには、有用な魔導具についても調べたい。しかし、この有用な魔導具については、実戦経験のある人に聞く方が有益な気もする。今度モレルア先生としっかり話し合いたい。

 スカーレット様の前には本が相変わらず山積みだ。

 たくさんのメモにはもう私には理解が追いつかない魔導具の設計図やたくさんのシンボルが描かれている。もともと真面目な性格だから、のめり込んでとことん追求しているのだろう。

 そんな集中しているスカーレット様を横目でチラチラ見つつ、私も自分のことをしていると、陰が差す。

「こちらの席は空いているかな?」

 スカーレット様は無反応だ。そして私にも断る理由がない。

「どうぞ」

 フィニアスは数冊の本とともにリリアンヌの前に座る。

 風魔術の本のようだ。

 あとは、……この国の法律書。

「珍しい物をお読みですね」

「少し勉強しておくべきだと思ってね」

 にこりと笑うのはいつものフィニアスだ。しかし、野営実習からこちらの方がなんとも意識をしてしまって真っ直ぐ見返すことができない。

 なるべく自然となるように目をそらすのだが、彼がそれを許さない。

「昨日はお疲れ様。さすがにぐったりだったよね。朝まで夢も見ずに眠ったよ」

「そうですね。あんなにきつい物だとは知りませんでした」

 前回は参加していないが、それでも参加した生徒からは楽しかった程度の話しか聞いていなかった。

「足首は大丈夫?」

「ええ、なんの後遺症もありません。先生がきちんと治してくださいましたよ」

「それはよかった。フォレスト先生を恨んでしまうところだったよ」

 フィニアスの言葉にスカーレット様が顔を上げた。

「何かあったの? リリアンヌからは先生方がレベルを上げてきたからとても疲れたとしか聞いていないわ」

 私は止めたのだが、一部始終をスカーレット様に知られてしまう。

「先生に本気を出させるなんてすごいじゃない。けど、怪我は本当に気をつけてね。治る物でよかった。それにしても――」

 そう言ってフィニアスに向き直る。

「そんなことをして、ジュマーナ様の矛先がリリアンヌに向くのは困るわ」

 そんなこととは、私をフィニアスが抱き上げて運んだ事件のことだ。止めているのにお構いなしにスカーレット様に話してしまった。

「他の誰にもリリアンヌを運ばせたくなかったので」

 フィニアスのスタンスも変わらなすぎて困る。

「はっきりと決められないならリリアンヌから距離をとるべきよ」

「私自身はもう決めているんですが。まあ、正直こちらもはっきりと国側の意向は確認したので詰めているところです。もう少しお待ちください」

「身辺を整理してからリリアンヌに近づいてくださる? ほら、いらっしゃったわよ」

 フィニアスの名を呼ぶ少女が近づいてくる。彼から深いため息が漏れる。

「こんなところにいたのね、フィニアス、一緒にお茶をしましょう」

「悪いが私はこの学園に学びに来ているんだ。君と違ってね。やることもたくさんあるからそうそう付き合ってはいられないよ」

「なら、わたくしもここで本を読むことにします」

 そう言って当然のようにフィニアスの隣に座る。

 その後ろには騎士と側仕えが立ってこちらを見ている。

 面倒な構図だなと思いつつも、とりあえず目の前の本に没頭することにした。

 したが、――うるさい。

 ジュマーナがずっとフィニアスに語りかけているのだ。どんなに邪険にされてもめげないその姿勢には感心する。

 が、うるさいのだ。

 フィニアスからも何度も注意され、だがまったくめげないので、仕方なく私がいくしかないかと思ったところへ、先にスカーレット様から厳しい言葉が飛び出した。

「静かにできないのなら談話室へでもお行きなさい。フィニアスさん、迷惑です」

 ジュマーナは目を見開き怒りを露わにし、フィニアスは本を閉じ立ち上がった。

「ご迷惑をおかけしました」

 そう言ってさっさとその場を後にする。

 その日以来、食事と授業以外、フィニアスが男子寮から出ることはなくなった。

 ジュマーナはなんとか引っ張り出そうと努力するが彼の態度は変わらない。日に日に、恨みつらみがこちらを向いてくるのがわかった。

 それに対してスカーレット様がとても怒っていた。

「身辺に気をつけなさい」

「わたくしの方が強いです」

「腕力の話じゃないでしょう、リリアンヌ。わかってて言ってるわね」

「もうしわけございません」

 わかってはいるのだが、相手からのアクションに対して動いていくしかないので、やれるとすればそのアクションについて考え得る対策を練るくらいだ。

 それよりも、こちらの仕込みが完成しているのでその広がり方が楽しみでしかたない日々だった。

 そう、バンドウェンゴ歌劇座の新しい劇がお披露目されたのだ。

 それは陽の日の前日、土の日に大々的発表された。

 平民の少女が王子の妃になる話は、発表当日から満員御礼。陽の日には四回公演という異例の行いだ。ついでに、公演の最後に私の独断で衛生面の向上の話を国が主導で行っていて、神殿も協力していると付け加えてもらった。ただいま、神殿で聖女マーガレットがそのことについて説いている、もしよろしければ帰りに寄ってみるのはいかがだろうと。

 そして、そこでフォースローグ王国の第一王子と聖女が仲良く寄り添い、石鹸を配っている姿を皆が見ることとなった。



 王子の醜聞はそれはもう恐ろしい早さで広まった。

 翌日には学園内で知らない者はいないほどになっていた。

 スカーレット様のお気持ちが気になって仕方ない。さすがにショックを受けているだろうと私は朝から授業中はもちろん、授業の間もずっとスカーレット様とともに過ごした。

 ちなみに、朝食にギルベルト殿下は現れなかった。どうやら学園にいないようだ。

 これはしこたま陛下に怒られているな。

 だが、厚顔無恥のマーガレットと、イライラを溜めているジュマーナは今日も元気だ。

 取り巻きを従えて食堂の真ん中で笑い合っていた。

 夕食の席にも現れないとは、かなり緊急事態である。

 スカーレット様の周りは私を始め、いつのも令嬢たちでがっちりガードしてるので漏れ聞こえる話を、スカーレット様に届かせないよう振る舞っている。

 意外にも、アーノルドやクリフォードもそうやって動いてくれているようだ。

 

 魔力練りの時間の見張りはフォレスト先生だった。

 初期の頃とは違って、みんな自分のやり方を見つけてきている。つまり、私もこの時間の中はずっと集中して魔力練りができるということだ。

 早く、早く闇を得たい。その一心で魔力を練っていると肩を掴まれた。

「リリアンヌ、ペースを下げろ」

「い、いやです! もう少しで、わたくし闇の片鱗を捕まえている気がするのです!」

「それにしてもやり過ぎだ。君だけではなく他の生徒も最近は限界を求めだしているのだ。君だけを見てはいられない」

 ぐぬぬと心の中でうなりながら、かなりペースを落とす。

 この程度なら話しながらもできる。

「フォレスト先生、身を守るための魔導具で良いものはありますか?」

「君は十分強かろう」

「ですよね、そう言うのですが、皆が身の回りに気をつけろと」

 私の言葉に、ああ、と漏らす。

「そちらのことならまあいくつかはあるが……アレでいいだろう」

「やっぱりアレでいいですよね。そうしたらあとは魔石かな」

「魔石はかなりの数がいるだろうな。伝手は?」

「グランド商会を通して買い付けます」

「そういえばあそことつながりがあったな」

 私とフォレスト先生の会話を、スカーレット様は隣で聞いているようだ。時折頷いていた。

「学園祭でお披露目をしたのがよかったな。生徒もだが、親も歌劇座で直接見ている者が何十人もいたそうだ。映像が本物であると、彼らが保証していた。つまり、証拠能力は十分だ」

 お墨付きをいただいた。

「あとは怪しい呼び出しに応じなければいいだろう。スカーレットも気をつけなさい」

「ご心配ありがとうございます」

 ふふふとスカーレット様が笑う。

「スカーレット様にはわたくしが常についておりますからね! 研究室の送り迎えも続けますし」

「……まて、送り迎え?」

「え、そうですよ? まあ、先生の研究室には入らないのでご存じないでしょうけど、わたくしスカーレット様を研究棟までお送りしてますし、タイミングを見計らってお迎えにもあがっております」

「……それはやめなさい」

「嫌です。特に今は護衛をつけられないですしきっちりしておかないと!」

「……せめて迎えは必要ない。私か、デクランがいたらデクランにしっかり送らせるから、君はなるべく一人でうろうろするのは避けなさい」

 私はスカーレット様の盾なのに。仕事の邪魔はしないでいただきたい。

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