初めてのテント泊、からの〜

 食事は暗くなる前に強制終了。作れなかった者たちは携帯食料を食べて水をがぶ飲みしていた。もそもそするのです。口の中がどうしようもなくなるのだ! 苦しむがいい!

 そして日が暮れる前にテントに入り就寝。教師たちも豪華なテントを立てていたというか、立ってたものを取り出していました。闇泉の容量が計り知れない。

 眠りに入る前、女子二人からはフィニアスとのことを思い切り応援された。

「家格が合いませんし」

「それを乗り越えての愛ですわ!」

「フィニアスさんなら絶対どうにかしてくれます!」

「「かのシュワダー•レフサーもおっしゃっています!」」

 ここにも信者がいた!



 初めての屋外での寝泊まり。ベッドではない、お世辞にも寝心地が良いとは言えないテント。

 とうてい眠れるわけが――昼間の余計な疲れからか、ぐっすりでしたよ。

 そして、深く眠りに入っていた時に、急にガンガンと大きな音が鳴り響いた。一瞬自分が今どこにいるか把握できなかった。

「はい、敵襲! 起きなさい! すぐ準備すること!」

 ね、眠い! こんな野営実習聞いてません!!

 飛び起きてブーツを履く、のに時間がかかる。これは、戦場だと靴を脱いで寝るなどといった悠長なことはしていられないということか。

 手ぐしで髪を整え、テントの外に出ると、教師たちが話をそのまま続けている。

 あたりにはいつの間にか篝火が大量に焚かれていた。

「今は国同士の戦いはありません。相手が人ならばこうやって見張りも立てずに寝ていたら一晩で全滅でしたね。見張りは大切です。今回は魔物狩りを想定しました。見張りをしていた者からの合図です。まず何をしますか?」

 まだ半分寝ぼけている生徒たちと教師の質疑応答が繰り返されるうちに、やっと目が覚めてきた。

「それでは訓練と参りましょう! 呼ばれた者から魔導具を装備、相手は教師です。気にせず全力を出しなさい!」

 闘技大会のときつけていた、衝撃や魔術を吸収する物だ。

「ギルベルト様どうぞ」

 剣技の先生が優雅に礼をして、魔導具を差し出す。あちこちに散らばる教師のもとへ、名を呼ばれた者は駆けていった。

「リリアンヌ•クロフォード」

 体術のモルレア先生がいいなぁと思っていたのだが、呼ばれたのはメイナードだ。

 どうしようか悩んだが、杖は使わないことにした。

「術式一つなら杖で完成させる間待つぞ」

「いえ、魔術で敵うとは思えませんので」

 まっすぐ踏み込み、途中土壁を作って蹴り軌道を変える。その際土壁の横から火球を三発投げつける。

 気をつけなければならないのは着地地点。なのでそこにさらに土壁を生み出しそのまま上に飛んだ。

 こうなると、方向が変えられず、基本は相手の反射速度で負ける。ので、目の前に土壁を生やす。同時に火矢をその土壁両側から射る。その瞬間土壁を解除、さらにメイナードの下の地面に土壁を生み出し、あちらから来てもらう。

 そこで渾身の打撃!

 が、メイナードの姿が歪んだ。

 私の拳は虚しく空をかく。

「闇霧は聞いてないです……」

「闇の魔術式まで知っててなぜ想定しない!」

 いつの間にか後ろにいたメイナードに右足首をつかまれそのまま投げ捨てられた。もちろん無様に伸びることはしないが、次の動作に移ろうとしたところを止められた。

「魔物相手と想定しろと言っただろ。君は完全に私想定の戦い方だったぞ」

「先生、体術もなさるんですね」

「体術も剣も扱える……何度フェイクを入れるつもりだ」

「先生の首を獲る気でやりました……魔物相手なら青炎一択ですよ」

「それをここでやられても困るがな……あちらで治療を受けなさい。足をやっただろ」

 えっと思うと急に痛みが出てくる。

「あっれ!?」

 メイナードがふらつく私の腕をとり、支えた。

「先生、生徒相手に……」

「君が対人戦を想定しすぎだからだ。少し本気になってしまった」

 お褒めの言葉をいただいた。

「連れてってやれ」

 そう言って腕を離す。バランスが、と思ったところを抱き上げられた。

「じっとしててね」

 いつの間にか後ろにフィニアスがいたのだ。

「立てます! 歩けます!」

「本当に? しっかりと治療を受けないと帰り歩けないよ? その時は私がおぶって行くことになる」

 にやりと笑うその瞳と視線がぶつかり、敗北を認める。

「ほら、落ちてしまうから腕を首にかけて」

 言われた通りにすると、さらに顔が近くなる。思わずうつむく私の姿にフィニアスは楽しそうに笑っていた。

 敵わないなぁ。


 治癒を学んでいる光や水魔術師の生徒が並んでいる。私も仕切りのある場所でブーツを脱いだ。

「だいぶ腫れていますね。かなり痛かったんじゃないですか?」

「そのはずだったんですが」

 怪我してすぐは戦いの興奮作用であまり痛くなく、その後はフィニアスのせいで痛みを忘れた。

 今さすがに落ち着いて、私の足はじくじくと痛みを訴えてくる。

 何度か魔術式を展開するが、効きが悪い。

「ごめんなさい、先生を呼びます」

 というか、衝撃と魔術は魔導具に吸い込まれるはずだ。これはどういうことだろう?

 先程の女子生徒につれられ、光魔術の教師がやって来る。

「あら、これはひどいわね。だあれ、女の子相手に本気になったお馬鹿さんは。」

 ……あれ? 先生怒ってる?

「ええっと、魔導具を付けていてもこんなふうになったのは、先生に本気を出させたからということですか?」

「そうね。手加減することを忘れたということよ。魔術なら吸い込まれるし、衝撃も同じ。ただ掴んだりは少し違うからね。モルレア先生かしら」

「い、いえ違います」

 名前を言ったらメイナードがめちゃくちゃ怒られそうだ。

 治癒の光に包まれた足首は次第に痛みが引いていった。

「ありがとうございます」

「あの魔導具も完璧ではないからね。さあまだ夜更けよ。終わったらテントで休みなさい」

 仕切りを出るとフィニアスが待っていた。

「大丈夫? ……歩けそうだね」

「先生にしっかり治していただきました。フィニアスさんはもう終わったんですか?」

「うん。リリアンヌより先にね。だから見に行ったらとんでもないことになってたね」

「魔術だけかと思ったら身体強化に闇霧ですからね。わたくしが土壁で視界を遮ってる間に作ってらしたんですね」

「火球や火矢を飛ばしていたからやりにくそうではあったけどね」

 闇霧は闇で偽りのものを作り出す魔術だ。そのものの影を使えばかなり似たものが生まれる。

「ご自分の影を使っていたんですね、気付けなかったのが敗因、というか、あんなにそっくりにできるものなんですね」

「そばで見てた先生が、似すぎてて怖いって言ってたよ」

 闇は興味があってさらっと読んだところなので、詳しくは知らないのだ。闇泉の魔術式は覚えた。

 そんなことを話しているうちにテントに着く。

「おやすみ、リリアンヌ嬢」

「おやすみなさい、フィニアスさん」

 ちょっと戦闘後の興奮状態で眠れるかわからないが。

 テントの中ほ明かりがついていて、すでに二人は帰ってきていた。

 そしてキラキラした目をしている。

 うっ、とテントの奥へ行くのをためらう。

「見ましたわよ、リリアンヌさん!」

「やあ〜ん、トキメイてしまいました」

「みんな大注目ですわっ!」

「フィニアスさんは背が高くていらっしゃるから、見栄えがありますね〜」

「フォレスト先生が当たり前のようにフィニアスさんに任せていらっしゃいましたもの」

 間に口を挟もうにも二人がかわりばんこにこんな様がよかった、周りの反応はと話し続けて止まらない。

 諦めて寝ることにする。何時かは分からないが、真っ暗なのでまだ夜中だ。明日も早く起こされそうだし興奮した2人を無視して目を閉じた。

 隣でずっときゃっきゃと笑い合う声が聞こえていた。


 朝になり、水と携帯食料が必要な人には配られた。

 私達はうさぎと鳥の残り物だ。

「やはり先生方は強いな」

 デクランは水魔術の先生と対戦したそうだ。なかなか面白かったと語っていた。

 そしてもう何度目になるかはわからないが、なぜかマーガレットがギルベルト殿下の隣にいる。

 朝食を一緒にしましょうというので、取り出した肉とスープを人数分きっちりと用意した。まあ、皿や椀に入れた状態で闇泉に沈めたのできっちりしかないわけだが。

「マーガレットの班は朝食は携帯食料か。なら少し私のものを分けてやろう」

 なんかアーノルドを見ると、もう目を伏せて何も見えませんみたいなことになっている。

 今回は、デクランも交友関係が変わっている。前はマーガレットを中心にクリフォードやアーノルドとも仲が良かったように思えたが、今回は文化祭の魔導具作りでクラスで魔導具に関わる生徒とのほうが仲が良い。

 スカーレット様とはたぶんメイナードの弟子的位置を争っているような雰囲気で、お互いにライバル視しているような感じだ。ただ、別に喧嘩をふっかけるなどというような関係ではない。それに先日の採取のときに話していたように、デクランはスカーレット様の能力を認めている。

 フィニアスは今朝も変わらない態度で話しかけてくるし、女子二人はそんな私たちの様子にキャッキャしてる。

「今日は何をするんだろうなぁ」

「何でしょうね。もうこのまま帰るとか――」

「そんなわけあるはずがなかろう」

 メイナードがいつの間にか後ろに立っていた。

「足首はどうだ?」

「しっかり治癒してもらったのでもう痛みもありません」

「そうか、それは良かった」

 こころなしかゲッソリしてるのを見て、これは、私の件で怒られたなと推察する。じっと見ていると目が合った。

「……そなたの戦闘訓練は、いつもあれか?」

「いえ、普段は体術のみですよ。まだ一年生ですもん。あれは対フォレスト先生用です」

「今度もっと高性能の魔導具を付けて訓練しよう」

「「フォレスト先生!」」

 一つはフィニアスの声。

 そしてもう一つはさらに後ろにいた、光魔術の先生の声。

「わたくし、生徒相手にやりすぎだと申し上げたのですが、覚えておいででなかったのかしら? あれだけ時間をかけてお話いたしましたよね」

 光魔術の先生は金髪碧眼の貴族の色味そのもので、背筋がピンと伸びてその眼差しは普段は柔和で物腰柔らか。しかしこうなると、すぐさま平身低頭したくなるような凄みがある。二十前半に見えるメイナードよりかなり上だと思う。

 一番動揺していたのはメイナードだった。

 結局謝罪をしながらこの場から連れ去られていった。

 また怒られるのかな。

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