ご飯には厳しいです
それぞれの狩りが終わった頃には昼はとうに過ぎ、太陽が頂点からすこし傾いていたように思える。とても腹が減ったが、食べたいのなら作らなければならない。
「携帯食料はいつでもお好きなときに」
と先生たちが促してくる。だが、私は断固拒否。
今回メイナードがついてきていて、先生たちは優雅にテーブルまで出して食事を摂っていた。しかもなんだか美味しそう。
「フォレスト先生ずるいです」
「私も昔野営実習はやった。良い思い出だ」
「塩こしょう香辛料以外の食べ物の持ち込みを禁じられたんだ」
じろっとデクランを睨んだら言われた。
「さあ、諦めて携帯食料を食べるか、とっとと収穫した物で食事を作るかだ」
教師たちの羨ましすぎるテーブルから離れて、採ってきた物を取り出し、野菜を洗浄する。洗浄の魔導具は本当に便利だった。
「細くて強い枝は肉を刺すのに使おう」
これも洗浄して私が触ってみる。例の手袋をしているので毒性があれば反応する。大丈夫そうだ。
「作業するのにテーブルがないのが大変だな」
「真っ平らな石とか、その中に入っていないんですか?」
デクランに聞くが首を振る。
「次からは入れておくよ」
香辛料は聞いていたが、細かいところでなかなか必要な物がある。
「こんな経験初めてだから仕方ないですよ。……不便も楽しいです」
ダレルが言うと、イーノックが頷く。
「食事は勝手に出てくるものだったからな。寮に入って自分で身支度をすべて整えるのにとまどっていたが、それ以上だ。でも、ダレルの言う楽しいのには同意だ」
「この際土が付いてもいいから地路で少し地面を盛り上げてその上で調理して、洗浄しましょう!」
私が宣言するが、デクランは首を振る。
「支給された鍋の中で切ればいいじゃないか」
え、そんな器用なことできるのか?
と思っていたら出来ましたね。
「デクランさんすごいです。ナイフ使うのお上手ですね」
「素材の処理と同じだ」
フィニアスはその横でもう二羽とってきたウサギを捌いている。
かまどはなんと、地魔術に魔術式がある。
ダレルが三つほど作ってくれた。
「実習に備えて覚えてきました」
そうやって取り組めるのは優秀だと思う。地魔術はまだ有名どころしか覚えられていない。
鍋の中でナイフを使って切り分けたウサギ肉を、先をとがらせた枝に刺す。そして塩こしょうを振りかけ、火をつけたかまどに、横になるように置く。たまにひっくり返しつつしていれば焼きウサギのできあがりだ。
鳥は……本で見ただけなので大きさがわからない。
鍋で煮込みにしたいが、どうしよう。
ちなみに水も支給された。魔術では飲み水は出せないし、そこら辺の池や川でというわけにもいかないのでこれまたメイナードの便利闇泉で持ってきている。
「お肉美味しそうに焼けてきましたね……食べたい」
「別にいいんじゃない? リリアンヌの分を食べるのは。なんなら一人半分食べられるし。ちょっと多いくらいだ」
フィニアスから許可が出るけどさすがにそれはいけないなとも思うのだ。あとちょっとフィニアス私に甘い。そして近い。隣に座りすぎ。
「遅いですね、ギルベルト殿下たち」
何でこんなに遅いんだろう。
「ウサギ肉たくさんあるから大丈夫だよって言いに行きましょうか?」
照れ隠しにそう言って立ち上がると、遠くから騒がしい団体が帰ってきた。
あー、マーガレットが混ざってる。
彼女、採取とかには行かないくせに、こういったイベントには参加するのだ。
楽しく騒がしくご帰還のギルベルト殿下は自慢げに鳥を掲げる。二羽いた。
「向こうで一緒に狩りをしてね。あちらと半分でいいか?」
マーガレットがギルベルト殿下の腕にかじりついている。本当に……大丈夫か?
「構いませんけど捌くのはご自分たちで。ギルベルト様、もうウサギ肉焼けていますよ。鳥は野菜と煮込みましょう」
「ええー、ギルベルト様一番だったんですね。すごいです。いいなぁお野菜。私たち、この鳥ととってきた葉っぱだけでしょう?」
うるうるってしてる。
「それだけじゃ確かにたりないだろうなぁ。十人分だ。ウサギが五羽いるならいいだろう。この鳥は全部――」
「ダメです。さあ、早く捌きましょう」
捌き方は先ほどデクランとフィニアスが、殿下たちより前に帰ってきた班の鳥を、剣術の先生が捌くのを見ていた。
「別に良いではないか。これだけ全部食べきれないだろう」
確かに鳥はウサギより大きかった。
「ダメです。ギルベルト様は明日の朝ご飯何を食べるおつもりですか?」
「朝?」
「はい。朝ご飯が支給される保証はありますか? 焼いておいて闇泉で保管。これが最善手ですよ」
「ひどおい……リリアンヌさんは私たちに飢え死にしろって言うの?」
なんだよそのポーズ。両手を握りしめて口元に添えるって。どんな意図のある仕草?
「携帯食料があるから死にはしませんよ。私はあれを食べたくないので、多めに採ってきているのは大歓迎です」
頑なに拒否する私と訴え続けるマーガレットに挟まれギルベルト殿下はとうとう権力を振りかざそうとする。
「いい加減にしろ、リリアンヌ。こういった実習はお互い協力し合って――」
「ならばギルベルト様の分を差し上げてください。それなら文句は言いません。その代わり、ギルベルト様は携帯食料です。さあ、調理の時間が必要です。日が暮れる前にすべてを終わらせなければなりません。というか、これだけ時間かけて二羽ってどういうことですか。しかも他の班員の分もとか……あれ、クリフォードさんやイライジャさんがいらっしゃいませんね? いっしょではないのですか?」
「クリフォードとイライジャは別の班なの。Cクラスは全員参加だから班を二つに分けたのよ」
あー、アンジェラもさすがにあちらの班に入り込んでるのかな? 要領のよい子だから心配はいらないとは思うが。
「他の班も大体二羽から三羽狩ってきてるのに、なんで二班で二羽なんですか?」
どーせ気の抜けた狩りでもしてたんだろう。
と、後ろから声を殺して笑っていたが漏れてしまったメイナードがやってくる。
「リリアンヌはそうとう携帯食料を食べたくないのだな」
「そういう先生は食べたいのですか?」
「食べたくないから食堂で料理を作ってもらって闇泉に沈めて持ってきたんだ」
教師から拒否される携帯食料って!
「ただ、栄養価だけは抜群だぞ。これさえ食べておけば一日に必要なものはほとんど摂れる。吐き出さなければな」
メイナードの言葉にギルベルト殿下は顔色を変えた。いやべつに、吐き出すまでではないが。変な塩味ともそもそボソボソ食べにくい。
「さあ決めてください殿下?」
教師ですら拒否する携帯食料を食べる気にはならなかったようで、マーガレットたちの班と半分にすることになった。
あとで班分けの模様をアンジェラに聞いたところ、マーガレットと一緒の班になりたい取り巻きが十人以上いて、どうぞどうぞと譲って残った方にクリフォードとイライジャがいた。それだけだ。「地魔術師がいなくて行軍大変だったのよ~」とも言っていた。
「こ、この調味料を入れたらまた美味しくなるかも!」
「やめるんだリリアンヌ嬢! 味が濃くなるだけだろう! かなり動いたから味の濃い物は嬉しいが、これくらいで十分だ!」
必死のアーノルドに止められしぶしぶ調味料をしまった。
椀とスプーンフォークは担いできている。それに勝ち取った野菜と鳥を一緒に煮込んで、味付けの段階だった。
ウサギ肉は全部焼き終わり、煮込みが出来る前に食べ終わっている。残った分は闇泉に沈めた。便利バックだ。
途中、十分だと思っていた薪が足りなくなってしまい、熾火の魔術式を使う羽目になった。これ、出力を絞るためにかなり魔力を使う。じっくり長く煮込む際にはなかなか魔力消費量がきついものだ。他の班でも薪が足りなくなったと何度も林の中に薪を取りに行く班もあったが、私は面倒になりました。
魔導具作りに励んでいるデクランとダレルが器用で、野菜も切ってくれた。
私は……指を切り落としそうだと止められた。
「なんでもできるリリアンヌの意外な一面だね」
隣でフィニアスがとても楽しそうに笑っている。
「私は何でもできるわけじゃないですよ。苦手なことだってたくさんあります」
「例えば?」
「例えば……て、みなさんなんでこっち向いてるんですか!」
ニヤニヤされている気がするっ!!
「リリアンヌ嬢の苦手には興味がある」
アーノルドに続いて私も私もと皆が賛同する。
弱みを見つけてどうするつもりなのだ!
ぐっと押し黙るが皆も同じく他の話をする気はなさそうだ。
暴露大会なの!?
「実は、さっきのウサギとか、鳥の解体は、体よく押し付けました……」
「途中で捕ったものをぶら下げて駆けていたのに?」
ギルベルト殿下が本気で驚いている。
「持つくらいは別に。でも捌くのは、できれば避けたい」
「あのぶら下げて歩いている姿のほうが衝撃的だったんだがなぁ」
殿下、捌くの見るのは平気だったらしい。
「他には?」
まだ弱点を求めてくるフィニアス。
なんでこの人はこんなに、優しそうな目をして無体を働くのか。
「まだ必要ですか!?」
私の抗議とも受け取れるはずの返事に皆が頷く。
ええええ!?
「し、刺繍は苦手です」
「そうなの? その手袋のは自作かと……」
女子生徒が目敏くチェックを入れていた。
「これは注文して職人に入れてもらいました」
令嬢が刺繍がダメなのはちょっと恥ずかしいことだ。
「そうか、残念」
フィニアスがなぜ残念がるのか、聞けば墓穴を掘る気がするので、あえて聞かない!
が、今日はやたらと押しが強い彼は無敵だった。勝手に話を続けるのだ。
「苦手なのに刺繍入りのハンカチはねだれないな」
女子生徒二人がキャッと喜ぶ。
皆の前で、いや二人のときでも、急なアプローチはやめていただきたい!
「そ、そういったことは婚約者に求めてください」
ギルベルト殿下が複雑そうに見ていた。
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