野営実習、少し難易度を上げられた?

 野営実習はほとんどがお遊びだったのだが――、

「本気で魔術師や騎士を目指すものがほとんどだからな、こちらも予定を少し変更することにした」

 体術のモレルア先生だ。

 何を変更するのかと思ったら、まさかの林の中を駆け足行軍だった。

 テントの材料などは皆均等に分けられている。身体強化を使えない者と使える者、そこら辺は考えて分けられていた。それを背負っての行軍だ。

「【地路】!」

 後ろから助かると声がする。が、魔力がもったいないのですぐ解けます〜。残念。

 自分の班員が渡るくらいの時間しか維持しません!

 私たちの班は先頭を地路を展開する私、二番目に最初の探索を行うフィニアスと続いていた。

 最初私が先頭を行くことに反対されたが、地路のことを考えると私が行くのが一番だったので黙らせた。

 私がこんなふうに本気を出しているのは、この林抜けを一番に終わらせた班が夕食時の野菜を提供されるからだ。

 ギルベルト殿下あたりは、そんなことかみたいな反応をしていたが、ここにいる人間、みんな、携帯食料の不味さを知らない。

 私は以前、好奇心で食べてみて後悔した!

「十一時の方向に小型」

「ウサギ系なら肉として欲しいので、ギルベルト様、標的を! その後氷弾!」

 標的はターゲットを薄暗い中で光らせ狙いやすくする。しかも場所にかけて、そこにいる一定以上の大きさのものを光らせた。虫などには反応しないのだ。一度光らせればその場を離れてもしばらく光り続ける。

 思った通りウサギのようだ。

「【氷弾】!」

 三発放つが惜しい、逃げられる。

「【風刃】!」

 フィニアスが氷弾から逃げた先を狙い仕留めた。

 うん、首が飛んでる。

「まるまる太ったよいうさぎですね!」

 私は逆さまに持って地路を展開、先へ進む。ちょうどよい、血抜きだ血抜き!

 ギルベルト殿下はその様子に顔をしかめていたが、お構いなしだ。

 お肉と野菜をぶち込んで煮込めば携帯食料よりはマシなものができる!

 その後も二羽ほど、計三羽のウサギを携え林を抜けきった。

「よし、Aクラスが一番だな。夕食の野菜は君たちのものだ。もう少し行った先に先生方がいるから、テントを準備しなさい」

 言われたとおり進むと、先生方もテントを用意していて、私たちの元へ剣技の先生が近づいてくる。

「いいウサギを手に入れたんだな」

「ただ、捌き方がわかりません」

「ああ、テントを組み終わったら教えてやろう」

 テントは、事前に調べていったはずがわけがわからなくなった。

 男子生徒のテントが二つ、私たち女子生徒のテントが一つなのだが、あちらが組み上がっても、未だに潰れたままだ。

 見かねてフィニアスが手伝いに来た。

「こっちを先に組むんだ」

 さっきまでこねくり回しても何の変化もなかった骨組みが、不思議なことに形となってテントが出来上がった。

「中はかなり広いんですね……」

 二人の荷物を預かり、テントの奥に置く。振り返ると、フィニアスがいた。

「なっ!」

「リリアンヌ、聞いて」

 反射的に身体を引いて奥へ倒れそうになるのを、フィニアスが腕を掴んで引き寄せる。

「国の意向がようやくわかった。国、と言うより母親だが」

「今は、実習中だから……」

「私の母とジュマーナの母は姉妹だ。私の瞳が赤目でなかったので、母たちの父親、祖父はジュマーナの玉座に期待した。そして、私にその側で支えよと命じたんだ。だが、ジュマーナの即位を阻止するために、第二妃はジュマーナをはめた。国宝の魔導具を壊させた。それによって王から不興を買い、玉座争いから遠ざけられた」

 ジュマーナが激昂し、怒気を露わにした時の話だ。

「祖父は血筋からの王を諦めきれず、赤目の必要性をなくそうと呼びかけていた。それで、私はあの場が面倒で逃げてきた。命を狙われることが多くなったしね。だが、私が入学してすぐ、ジュマーナが壊した魔導具が修復された。これでジュマーナの汚点がなくなったと、再度ジュマーナを女王として擁立する動きがある。そしてその時の伴侶に、ジュマーナは私を求めた。赤目以外はすべてを持つ私がね」

 囁くように話すフィニアスの息が、私の髪を揺らす。

「フィニアスさん、今は……」

「ジュマーナのことはいい加減はっきりさせる」

「なら、それからにしてください……」

 身を捩るが、フィニアスが強く掴んでいる腕はびくともしない。

 テントは中で立ち上がることはできず、私は完全に座った状態だし、フィニアスはその上に身を乗り出してきている。

 この態勢は不安だ。

「始末をつけるのにもう一月くらいかかりそうなんだ。その間に、リリアンヌの心が離れるのが怖い」

 腕を掴んでいたはずの手が、ずらされ、私の手を握る。

「リリアンヌ、待っていて」

 ぐいっと、強い力で引き寄せられた、そのまま、手のひらに口づける。

 空色の瞳と目が合った。

「フィニアス、先生が来た」

 アーノルドの抑えた声に、フィニアスはそのままテントから出ていった。

 入口からアーノルドの顔が覗く。

 アイスブルーの切れ長の瞳が面白そうに歪んだ。

「君のそんな顔が見られるとは思わなかった」

 慌てて右手で口元を隠す。

「立てるか? 生徒たちが林から出てきたから、そろそろ次の課題に入るんじゃないか?」

「あ、アーノルドさんはっ」

「君は人の世話をしてばかりだろう? 私が少し世話を焼いても問題はなかろう。フィニアスとはそれなりに友だちなんだよ」

 さあ、と促されるが、か、顔が。心臓が。

 足に力が入らない。

 アーノルドがそっと眉を寄せる。

「立てなくなるようなことまでされたのか?」

「ない、ないないない、ないです!」

 気合いで立ち上がりテントを出る。

 少し先で、剣術の先生がちょうどウサギをさばくところを見せてくれていた。

 他の班員もそれを見ている。地魔術で穴を掘り、いらない部分は捨てて行く。最後に洗浄の魔導具でウサギも手もナイフも丸洗いだ。

「誰かやってみるか?」

 デクランと、フィニアスが手を上げる。

 今回の実習にあたり、ナイフなどの便利な道具は各自準備するよう言われている。私は採取に必要なので一通りそろえていた。皆もそうなのだろう。

 つど先生に指導を受けながら、二人はナイフを入れて器用に皮を剥いでいった。

 特別製の手袋なのだろう。その後魔導具で洗浄するわけにはいかないので今は素手だ。フィニアスのその手を見てまた先ほどのことを思い出してしまう。

 これでは、明日の昼間での実習がままならないので何度もこっそり深呼吸をして息を整えた。

 

 生徒たちがだいたい到着し、最後の班もテントを広げだしたところで次の課題が告げられる。

「この先の草原に大変美味しい食用のラーダ鳥がおります。それが今日のあなたたちの夕食となります。また、林の中にこのようなペラ菜という食用の葉が地面に生えています。これは肉と煮込むとなかなか美味しいです。さらに、ローゼラというハーブがあります。肉と焼くときに重宝するものですね。薪もとってきてください。全員で林に向かって、それからラーダ鳥を捕りに行くもよし、班を分けるのもよし。日が暮れる前に食事を終えたいので大急ぎですよ。あと、必ずとったものはまず教師に見せること!」

 こういった実習が面倒だと思う者はさすがに来ていなかった。採取と獲物の狩りがあるとは事前に告げられていたのだ。

「林班の方が荷物が多くなりそうですね。そちらに人員を割きますか?」

 アーノルドがギルベルト殿下にお伺いを立てる。

「そうだな……草原の中の鳥は、標的がないとなかなか見つけられなさそうだから私と、あと二人くらいで行くか」

「いや、実は闇泉を使えるようになったんだ」

「デクランさんずるいっ!! わたくしまだ使えないのに!」

 ぬ、抜け駆けだあああああ!!!!

「……リリアンヌ嬢は闇を持ってすらいないだろう。だいたい、私に早く習得しろとせっついたのは君だ」

 悔しい!

 風魔術は獲物を仕留めるのに、風刃が一重でかなり使い勝手の良いものなので鳥狩りにしようとなった。

「風魔術は三人だから、……フィニアスは採取へ。高いところのものをとるのに風魔術師は必要だろ? 他二人が狩りに行こう。あとは私と氷弾もいいな。この五人で行こうか」

 ということになった。

 こちらは来た道を戻り、林の中へ向かう。まだテントを組み立てている班もあり、早めにめぼしいところを摂ってしまおう。

「ウサギも捕れたら捕りましょう。まあ、もし捕れたら、ですね。仕留めなくてもデクランさんの闇泉に沈めてしまえばこちらのものです」

「ウサギが入るくらいの大きさはあるな」

 闇泉は使用者の熟練度が上がり魔力があがると泉の大きさが広くなる。つまり先日メイナードが倍化した狼を沈めるだけの広さのある闇泉を出したのは、それだけ習熟度が高いと言うことだ。

「闇泉羨ましい……」

「無い物ねだりをしても仕方ないだろう。フィニアス、探索は頼んでいいかな?」

「ああ。ウサギを見つけたら知らせるよ」

 先ほどはとにかく駆け抜けることを目的としていたのでそこまで周囲に目は配っていなかった。改めて辺りを見渡すと、幹の細い、背の高い木々が群生している。採取でもこちら側には来たことがなかったので初めての場所だ。

「とにかく薪がなければあのウサギすら焼けないから、薪はしっかり持って帰ろう」

 デクランの呼びかけに皆が頷き黙々と集めながら進んだ。

 実習の中でこの林の中の採取と鳥狩りはアシュリーお兄様に聞いていたし、他の生徒たちもなんらかの伝手で耳にしていたそうだ。

「塩こしょうと他の香辛料もいくつかは持ってきた。とにかく、携帯食は食べるなという話だったな。そんなに不味いのだろうか?」

 水筒の水をちびちびと口に含みながらデクランが言う。

「デクランさん食べてみてくださいよ」

 仲の良い魔導具作り好きの地魔術師だ。ダレル・ロンウィット伯爵令息。もう一人は火魔術師のイーノック・ジョーンセント。火魔術師は先ほどの背の高い草の生えた草原では引火の恐れがあってあまり上手く活躍できない。もちろんこの林でもそうだ。

「わたくしはその賭けには絶対に乗りません」

 見つけたローゼラを闇泉に沈める。薪もペラ菜もそれなりに集まった。

「きのこ類はちょっと怖いですね」

「お腹を壊したら大変なのでそれはやめましょう」

 私の台詞にイーノックも首を激しく動かす。

「きのこは本当に危険だって聞いた。先生の中に専門家がいれば別だけど、絶対やめて」

 ちらほらと周囲に生徒が増えてくる。と、墓穴堀の取り巻きが同じように薪を拾っている姿を見つけた。マーガレットの姿は見えない。クリフォードは絶対鳥狩りだろうから、そちらについて行ったのだろう。アンジェラの姿が見えないのは面白い方について行ったからだろう。彼女は水なので、氷弾もあるし、たぶん、それなりに役に立つ。たぶん。

「あ、セローマ草……デクランさん。魔導具の素材です」

「なに!? よし、少し採っていこう……あっちにファマの実が生ってる! フィニアス頼む」

 ちょっと寄り道もしたが豊作でした。鳥組はどうなったか。 

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