ジュマーナのお茶会
茶会に呼び出されました。
えー、行きたくない~というのが素直な感想だが、スカーレット様と朝食を摂っているときに、ジュマーナ自らが出向いてのお誘いなので断ることが難しい。しかも私も是非と付け加えられてしまった。
仕方なくあくまでスカーレット様の従者として付き従って行くことにしたのだ。
ジュマーナの部屋は、本来公爵令嬢など位の高い者が使う部屋だった。つまり前室があるのでそこでのお茶会だ。
なぜか、マーガレットまでいる。
「急なお誘いだったので十分な物は用意できませんでしたが」
スカーレット様の言葉に従って、私は手に持っていた茶菓子を相手の側使えに渡す。あの日、フィニアスが足を止めた相手だ。彼女は無表情で私の手から茶菓子の入った箱を受け取った。
朝茶会に誘われてすぐに、ユージンに準備してもらったものだ。今城下で人気の茶菓子ですよ!
「急な呼び立てに、茶菓子まで準備させてしまうとは、お気遣いありがとうございます」
私だけでなくスカーレット様の眉もピクリと動いた。
呼び立てだと?
決してはせ参じたわけではないのだが。
「今日は特に用のない日でしたから、良かったですわ。明日でしたらリリアンヌは来られませんし、お断りしなければなりませんでした」
こちらも暇だったから付き合ってやったんだぞ、とスカーレット様。
本来ならこういった憎まれ役は私が買って出たいのだが、高位の者同士のやりとりに口は挟めない。
挟めないのだよ、普通ね。
「まあ、ユーフェールの茶菓子ですよね。今大人気なのですよ、さあ、座ってお茶にしましょう」
マーガレット! 助かる~!!
一瞬ジュマーナが目を見張ってぐっと歯を噛みしめていた。あちらでこのような扱いは受けたことがないだろう。側仕えは無表情ながらもマーガレットを凝視している。
スカーレット様は私にわかる程度ほんのり口元に笑みを乗せていた。
「そうね、お茶にしましょう」
なんとか気を持ち直したジュマーナの言葉に側仕えが動き出す。取り分けるのも全部やってくれた。まあ、当然。ここにそれぞれの側仕えはいない。
「他国の学園はなかなか面白いわ。魔術式も少し解釈が変わったりしているの。寮生活も多少の不便はあっても楽しいわ」
「昨日はアーランデ国の王宮の暮らしぶりをたくさんお話していただいたのですよ。夢のような別世界のお話でした」
談話室でのことだろう。
「アーランデ国は気候も違うと聞きますし、城の作りも違うのでしょうね」
「こちらより気温が平均的に高いので、風通しがよく作られておりますね」
そんな他愛ない話から始まった会話だが、徐々にスカーレット様より私に話が振られ出す。
「リリアンヌさんはスカーレットさんを慕っていらっしゃると聞きました。やはり敬愛する方の側にいるのはよいですよね。わかりますわ」
「フィニアス様とは幼い頃からずっと一緒にいたんです。何をするのもいっしょでした」
「フィニアス様はいつもわたくしを助けてくださいましたの。昔家族で遠出に行ったときのことです――」
とずっとこの調子で、私はうんうんと頷き、そうですかと頷き、まあと頷いてやり過ごした。
小さい頃のエピソードが満載で、聞いていて普通におもしろかった。
「どうです!?」
いつまで経っても私の反応が変わらないのに焦れたのか、ジュマーナは私にとうとう意見を求めてきた。
「フィニアスさんの小さい頃のお話が聞けて楽しかったです」
返答に、言葉を詰まらせている。
お国の面倒なことにこちらを巻き込まないで欲しいので、仕方なく私は質問を続けた。
「フィニアスさんと婚約者として扱われたこともあるとお聞きしましたが、なぜそれが解消されたのですか?」
そのときの変化はそれはもう劇的で、隣に座っていたマーガレットが驚いて身を離すほどだった。
赤い目が燃え上がっているような錯覚を覚える。恐ろしいほどの圧迫感。
「ジュマーナ様」
側仕えからの厳しい声に、ジュマーナはふうぅと息を漏らして顔を伏せる。次の瞬間には元通りの儚そうな少女の姿だった。
「失礼いたしました。その件は国の意向なのでわたくしの口からは申し上げられませんわ」
フィニアスが怒ったときにはあそこまでの変化は見られなかった。これが、赤目の力ということか。とっさに身体強化を巡らせいつでもスカーレット様の前に出られるよう準備してしまった。
そこからは話題は文化祭に移り、マーガレットの石鹸による手洗いの話になった。というか、私がした。
「そういえば、神殿で、マーガレットさんも手洗いによる衛生への配慮を説かれていたと聞きました」
「そうですわ。あれはもともと私の――」
「同じような案をお持ちとは思いもよらず。わたくしはあの場での思いつきでしたが、マーガレットさんは前からだったそうで、今度神殿が中心となり平民に手洗いの重要性を石鹸を無料で配布しながら浸透させていくそうですよ。聖女様の言葉なら平民も受け入れやすいでしょうから、近々お声がかかると思います。頑張ってくださいませ。少しでも多くの人の命が救われるようわたくしも祈っております。学業と神殿での奉仕、とてもお忙しくなりますね」
にこりと笑って見せると、マーガレットも笑顔を返す。
「人々の幸せを願うのが聖女ですもの」
「素晴らしい心持ちでいらっしゃいますのね」
ジュマーナが持ち上げると彼女は満足そうだった。
「スカーレット様はこのことには関わりはないのですか?」
「わたくしは神殿の衛生普及と同じく、領地への魔導具をさらに少ない魔力で動かせないかを研究中です。これが上手くいき、何年もかけて少しずつ広めていけば、石鹸の消費量がずっと減るようになると思いますので、こちらを頑張って行きたいと思っております。陽の日は妃教育で城に行かねばなりませんから、申し訳ないけれど、神殿のお手伝いは難しいですわね」
「もともとこの事業は二本立てなのですよ、ジュマーナ様。大規模洗浄の魔導具で衛生面の向上を望むのですが、魔導具はどうしても作るのに時間がかかりますから。そのための代替案なのです。魔導具が広く普及するまで待っている訳にもいきませんから。手洗いの重要性を広め、衛生観念を植え付ける。そういった試みなのです」
そんなことを説明しつつ、なんとかお茶会を終える。
疲れた。
そのまま夕食の時間なのでスカーレット様とともに、と思ったら部屋へ誘われる。
「軽く昨日のことは説明されていたから、あれでよかったのかしら? 貴族は石鹸事業に関わらない?」
「はい、それで良いと思います。下手に関わって石鹸を要求されたら面倒なので。ラングウェル公爵様は神殿にこの機会にお金をたくさん使わせる気です」
消耗品の支給って、すごくお金がかかる。この先何年も続けることになるやもしれない。
「それにしても、完全にわたくしたちを下に位置づけようとするのは困ったことね。将来の外交に亀裂が入るのは望まない」
「そうですね……」
「なんとか上手くやりたいけれど、リリアンヌはどうなの?」
どうとは?
「言わないとわからない?」
「……髪飾りをいただいた時に、それなりに覚悟を決めてはいたのです。でもそのすぐ後にこんなことになって、なんというか、肩透かしを食らったというか」
人の好意に鈍感ではないと思う。
何が気に入ったのかはわからないが、私に想いを寄せてくれているのもわかった。だがそれはあまりに自分の思い描いていた未来とは違っていて、さらにこの先、変化が著しい未来にどんな事態になるのかもわからない。
迷惑をかけたくなかった。
「フォレスト先生からも聞いているのよ、彼といる時のあなたは楽しそうだって」
「スカーレット様、先生とそんなことをお話しているのですね」
「ふふ、魔導具を作りながら色々なことを話すわ。フォレスト先生は聞き上手なのよ」
スカーレット様の瞳が優しい。
「わたくし、スカーレット様の魔術師になりたいんです」
「ええ、知ってる。フィニアスさんも知ってるんでしょう?」
「はい。私の出した条件を知っているとおっしゃっていました」
「リリアンヌ」
スカーレット様がそう呼びかけ、次の瞬間キュッと抱きしめられる。ふんわり香る薔薇の香水の香りに、私はくらりとする。
「待ちましょう、リリアンヌ。今日の彼女を見たでしょう? 自慢げで余裕のない姿を。あれだけ独占していて、そうではないとわかっているのよ」
スカーレット様の声はこの上なく優しい。
「だけど、今月いっぱいね。四月中にハッキリしてもらいましょう」
私から身体を離して頬に触れる。
スカーレット様の手袋は薔薇の美しい刺繍が刺してある。
「そんなふうに傷ついた顔を見せられてるのは私も辛いわ」
私、やっぱりスカーレット様に一生ついていきます。
四月下旬、野営実習だ。
スカーレット様は前回の魔の森のことがあり、不参加となった。カタリーナや、コリンナも不参加。
魔の森での恐ろしい出来事は、魔術師や騎士を目指すわけではない者たちに深く根付いたようだ。
反対に、騎士や魔術師を目指す者たちは実践的なことに飢えていた。
Aクラスも半数くらいが参加となる。
その中で女性は三名。どこのクラスも同じような感じだ。
アンジェラ、参加を後悔していないだろうか?
行動はクラスごと。一年生の野営実習はほんのお遊び程度だ。
東は割と背の高い木々が生えており、そこを抜けると草原になる。この林の中に食料となる鳥やうさぎがいるので、平民もよく狩りに来るそうだ。もちろん実習の日は出入り禁止。
Aクラスの参加メンバーは、私の他に風魔術師と水魔術師の女子生徒、ギルベルト殿下にアーノルド、デクラン、フィニアス。デクランと馬の合う魔導具作りが好きな地魔術師、伯爵位の火魔術師と風魔術師だった。女子生徒は二人とも子爵位だ。
食事のとき使い物にならない奴らばかりだ……。
前回私はCクラスで参加し、魔の森の件もなかったのでクラスのほとんどが参加した。騎士や男爵子爵位が多く、領地で狩りを趣味にしていた男子学生がおり、食事は大成功だった。
うさぎを採ったり、食べられる木の実などを収穫していたのだ。
多分今回はそういったことを率先してする者かいない。
不安しかない!
一応携帯食料はあるのだが、これが不味い。
獲物を確保できなければ不味い夕飯となる。
不味いご飯は嫌だ!
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