言質はいただきました!!

 こういったことはしっかり否定しておかねばならない。

 まあ、事実考えを奪っているのですがね!!

「リリアンヌが人の案を奪っただと!? 今回の功績すら自分のものではないと言い張る娘だぞ!」

 お父様が先に怒ってしまって振り上げた拳の着地点に困ってます。

 さらに続けようとしたお父様を公爵が止めた。

「まあまあ、リリアンヌが人の案を盗むような子ではないことは私がよくわかってるよ……で? そう思う根拠がまさかそれだけですか? 盗んだ案だから、それをさらに奪っても問題ないと?」

 大神官の表情は相変わらず笑顔のままだ。しかしその笑顔が、全く感情ののらない作られたものだとよくわかる。貴族の、心の内を隠すときの笑顔だ。

「リリアンヌ嬢とは、学園でもずいぶんとやりあってるそうだね」

 やりあってる?

「心当たりがございませんが……」

 とりあえずとぼけてみる。

「聖女の能力を妬んで嫌がらせをしたと……」

 はっ!?

「聖女の能力など羨ましく思うところが一つもございませんが……だって、来る日も来る日も結界に魔力を注ぐだけでしょう? つまらないです」

 私の返答には三人が唖然とした表情になる。

 え! 聖女って他にすることあるの?

「あ、あれ? わたくしの認識が間違っておりました?」

「聖女は人のために尽くすよう、日々――」

「わたくしスカーレット様のために尽くしたいので正直その他大勢はどうでもいいです。まあもちろんお友だちが困っていたら助けたいとは思いますが。その上で今は魔術が面白いのでそこを勉強したいです。私やスカーレット様や家族が幸せな上に領民とか、学園のお友だちが幸せに暮らすのはもちろん喜ばしいですが、まず、スカーレット様ありきです!」

 私の力説に大神官はポカンと口を開けたまま固まってしまった。

 大人しくしていると言われたのに、結局なんだか大暴れになってしまう。うーむ。ならばついでに聞いておこうか。

「話は変わりますが、ポーションの材料のボロネロ草は、神殿ではどんなふうに入手しているのですか? 栽培地をお持ちだったと記憶していましたが」

 私からの答えられる質問に、大神官がハッと体勢を立て直す。

「ぼ、ボロネロ草? あれはまあ、そうですね、ええと、神殿内部の薬草園でも育ててはおりますし、ボロネロ草を育てている業者も、採取している者からの買取もあります」

「ですよね! 先日わたくしが素材採取に行くという話を聞きつけたマーガレットさんから、ついでに採ってきてくれないかと言われまして、まあ、採取の目的地にボロネロ草もあるので多少は時間に余裕があればと思ってお受けしようとしたのです。お値段を卸価格でと申し上げましたら、タダで寄越せとおっしゃられました。神殿は、年間多大な寄付をうけとっておられますよね? 寄付はこういったボロネロ草の購入などに使われているのではないのですか?」

「そ、そうですね……」

「まさか聖女に強請られるとは思ってもみなくて、わたくし驚いてしまいました。以前も回復薬ポーション作りを手伝えと言われまして。神殿で行えば神官たちがやる作業ですよね? なぜ学園でそのようなことをせねばならないのかも不思議でしたし。いったい何をお考えなのか、理解に苦しみます。それとも……もしや寄付はそういったことに使われていらっしゃらないのですか? 貴族や平民や善意の寄付はいったい何に使ってらっしゃるのでしょう? 少し疑問に思えてきますね」

「もちろん寄付は神殿でのそういったものを買うことに使っていて……」

「こうやってもてなされるお茶もかなり良いものですし……まあ公爵様をおもてなししてくださるためと言われればそれまでですが。神殿の運営はどのようになってらっしゃるのでしょう? 聖女様にボロネロ草を集らせるとか」

「た、集らせてなどない!!」

 正直、国政と神殿の仲はよろしくない。寄付はする。神殿が治療院を兼ねているから。だが、その上で政治に関わろうとする神殿を国は快く思ってはいない。建前では。貴族は平民と関わりの深い神殿を大切にする。数は圧倒的に平民の方が多い。扇動するのもお手の物だ。

 公爵の笑みが深まっている。

 止められないということはやっちまえということか??

「というか、こんな時に使うものではないのですか?」

「こんな、とき?」

「ええ、平民に石鹸を配り、衛生観念を叩き込む時です。それがやがては皆のためになる。こんな時に、寄付を使うのでは? 平民からもお布施を受け取っているでしょう? それを還元するのがこういった時ですよ。いいですよ、神殿が主導でなさってください。そうですね、そうしましょう! 平民に配る事業は神殿で、各地に順次洗浄の魔導具を作り、周知するのは国や領主が行いましょう。神殿がやるのだから、石鹸やその他の費用は、寄付で賄ってください。それくらいの寄付を我々貴族は十分にしておりますから。石鹸が足りなく、国の確保分を融通して欲しいと言うなら、ご購入ください」

 最後にニッコリ貴族スマイル。

「そ、それは」

「正論だな。毎年多大な寄付を神殿にはしている。石鹸代くらいそこから賄えるだろう。ずいぶんと良い暮らしをしているようだし」

 そう言って公爵が棚の上の花瓶をじっと見つめた。

「神殿の財産目録は、どうなっているんだろうな」

 大神官が、カッと目を見開く。

 先程までの好々爺はすっかり消え失せた。

「そこまで口を出す権利はそなたらにはない!!」

 バンッと机を叩くので私はビクリと肩を震わせるか弱いふりをしました。予測動作で把握してたし。べ、別に本当にビックリしたわけじゃないんだからねっ!

 隣に座るお父様が軽く体でかばってくれる。

「まあいいでしょう。では、石鹸事業はそちらが主体ということで良いですね?」

 そう言って公爵は立ち上がった。私たちもそれにならう。

「はっ!?」

「そちらの言い出したことですから従いますよ。それでは失礼いたします」



 で、馬車の中。

「石鹸事業をあちらに任せることになってしまって申し訳ありません……」

 なんか楽しくなっちゃって。

「いや、悪くない。今回懸念していたことは、こちらが全面に支援して、その功績をあちらに全部持っていかれることだったからな。いくら国が主導だと我々が言っても、実際配る神殿が表現の仕方や、なんなら一切国の支援のことは話さないといった手段を取られたらどうしようもなかった。それを、発案者は聖女であると言ってきた上で全部あちらに押し付けることができたのは上出来だ。しかも――」

 そこでラングウェル公爵は、くっと息を詰めて笑い出す。

「見たか、あの顔」

「仮面が剥がれ落ちておりましたね」

「神殿の財産に切り込むことができたのはでかいぞ」

 顔を押さえていた指の隙間から凶悪な瞳が見えた。

 こ、これが魔王ラングウェル公爵!!

 わりと気さくに話をしてくださるが、本当はとても怖くて恐れられている方なのだ。娘溺愛甘々パパだけを見ているとたまに忘れる。

「神殿の財政はやはり不明な部分が多いのですか?」

「もちろん。リリアンヌの指摘が正解だよ。精霊神を信仰しているし、貴族は魔術を使う。どうしたってつながりを切りきれない。しかも平民に根強く浸透している。貴族間だけでなく、貴族と平民、平民同士でも間に入ってとりもってもらったという話はごまんとある。そういった積み重ねがさらに神殿を増長させている」

 魔術式は世界のすべてのものに宿る精霊に呼びかけ行使するための手順といわれている。すべてを統べる精霊神の、聖属性を根源だとも。神殿が聖女を大切にする理由はそこだ。

「あの聖女様には神殿の権力を失墜させる道具になっていただきたいなぁ」

「神殿の権力を失墜させたいのですか?」

「完全に失墜させてしまっては平民の心のよりどころがなくなる。それは避けたい。だが今の大神官になってから少し調子に乗っている家門があってな。叩いておきたいのは事実だ」

 オンズロード公爵家か。五公の一つ。大神官の実家。

「まあ、リリアンヌはこちらのことはあまり気にしなくて良い。このまま聖女に調子を乗らせないよう適度に叩きなさい」

「公爵様! 娘にそのようなことは――」

「お任せくださいと言いたいところですが、マーガレットさんを貶めると、同時にギルベルト殿下の評価も下がってしまう可能性がありますが、それでよろしいのですか?」

 そろそろラングウェル公爵の真意も確かめておきたいところ。学園での話は伝えたし――吐かされたとも言う――、その上であまり手を回しているようには感じなかった。最近は朝も夜も聖女と一緒に食事を摂っている。

「スカーレットが傷つかなければ問題ない」

 お父様が息を呑む。

 それは、婚約者である王子はどうでもいいということか。

「私はね、スカーレットが幸せであれば良いのだ。その点は君と同じだよ。幸せには色々な形があるだろう? 貴族の結婚は特にね。認めたくはないが、リリアンヌ、君と同じ考えだ。先日の文化祭でも思ったが、スカーレットは本当に魔導具を作ることが楽しいらしい。趣味は心を救うだったかな? 君がスカーレットに昔言った言葉だそうだな。本当に、本当に感謝しているんだよ、リリアンヌ」

 つまり、王子と結婚してもスカーレット様の心が満たされていればいいだろうということか。残念だ。やはりラングウェル公爵家としては、スカーレット様の結婚は確定事項なのだ。その点はわかり合えない。

「正直こちらの正当性を確実にするために、こちらから手を出すことはないのです。基本後手に回りますが、努力はします」

「うん、そこは大切なところだな。君の出来る範囲で頼む。あと、子爵は今日の流れをアシュリーに伝えておいてくれるか」

「かしこまりました。アレはまたとんでもないことを思いつきそうで恐ろしいですが」

「お兄様の神殿嫌いが加速していますからね……」

 先日の魔毒のとき以来、寄付すらいらないだろうと言い出していた。

 お兄様はとても、根に持つタイプだ。


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