異国のお姫様への不満解消方法と、神殿呼び出し

 次の日から、予想通りで予想外の流れになった。

 朝食時、フィニアスが現れる。ジュマーナが当然のようにその隣にいる。

 フィニアスが死んだ魚の目をしていた。

 トレイを持ってこちらへ向くがイライジャと何か話したあと、別の席へ座った。

 イライジャがやってくる。

「迷惑かかりそうだから別に座るって」

「まあ、当然ですわね」

「いったいどういうおつもりなのですか? 彼女も、フィニアスさんも」

「ああああ……国政に関わるからどこまで話していいかわからねぇ……一つ間違いないのが、フィニアスはまったくその気がないってこと!」

 頭を抱えて悶絶する隣のイライジャが、最後はこちらを向いて言い切る。

「今、国に確認取ってるから! もう少しだけ待って、リリアンヌ嬢!」

 私は関係がないのでと言おうとしたところ、スカーレット様が頷いた。

「なるべく早くハッキリさせてくださいませ。少ししか待てませんから」

「さすがに学園内であれは、こちらも困りますわ」

「アーランデ国がどのように言われるかわかってらっしゃるのかしら」

「貴族はその国の代表でしてよ?」

「姫君がアレでは、ねえ」

 令嬢たちからの詰めが厳しいっ!

 正直な話、なんかこー、気分がモヤモヤとはする。するが、だからといって私が何かするのは違う気がする。

 なのでつい傍観姿勢をとってしまうことになった。


 それが間違いでした……。


 

 その後、ありとあらゆる場所にジュマーナは現れた。朝昼夜の食堂にはもちろん、他の座学や実技にも常にべったりで、さらに魔力練りのクラブにも同じように参加すると言い、フィニアスの隣を陣取っている。

 まあ、それが目的なのだろうから仕方ないのだが、日に日にいさめる言葉が弱々しいものになっていく。

 端から見ても、とても疲れていた。

 と、同時に、マーガレットもギルベルト殿下へのアピールが一層激しいものになった。

 まさかとは思うが、ジュマーナがやっているのだから自分も許されるだろうとかではなかろうか。婚約者がいる相手とそうでないとでは天と地の違いがあるのに。

 結局、スカーレット様周りの令嬢たちはイライラと不満がぶち上がっているということだ。

 なんとか緩和せねば拙かろうと、お茶会を開くことにした。水の日の放課後、小さな談話室を借りてスカーレット様主催のいつものお茶会が開かれる。すでにジュマーナがやってきて十日近く経とうとしていた。

「いつになったら始末をつけるのかしら」

「ご自身がどんな目で見られているかわかっていらっしゃらないのでしょうか?」

「それでも構わないということでしょう?」

 寮には側仕えは連れて入れないので、こういった席での準備は男爵や子爵位の令嬢がやることが多い。私はそういった準備をするのは好きなので、今日もお茶の準備に徹していた。

 お菓子や茶葉はスカーレット様が手を回してくださったものばかりだ。

「リリアンヌも少しは愚痴を漏らしたらどうなの!?」

「わたくしが何か言って皆さんの気持ちが収まるならいくらでも」

「収まらないわよっ!」

 まあそうだろうなぁ。

「少し困っているのは、フィニアスさんの手が回らなくなっているのか、お茶のお誘いや、図書室で勉強を教えてくれ等、話しかけてくる男子生徒が増えてきたことでしょうか」

「それは、困るわねえ」

 こうなると、フィニアスが良い虫除けになっていてくれたことを実感する。

「スカーレット様も! マーガレットさんはどうなさるおつもりですか?」

 まあ、そちらも気になるところではある。

「相手は聖女を冠しているのよ。それに何かするのはわたくしではなく陛下ですから」

 国王陛下が傍観するというならするしかなくなる。

 しかし、彼女たちの不満が爆発してしまいそうで怖い。

 こんな時はほんの一瞬ではあるが、目をそらすことも大切だ。

「まあまあ皆さん。今日はちょっとしたプレゼントがあるのでこれで心を落ち着けてください」

 私は部屋の隅に置いてあった箱を持ち上げ、テーブル脇に置くと、中身を取り出した。

「シュワダー・レフサーの最新作ですよ」

 現金なもので、令嬢たちは皆歓喜の声を上げる。

「いつもお世話になっているご令嬢たちへ、との伝言を預かっております。あと、バンドウウェンゴ歌劇座の座長さんから、もしシュワダー・レフサー作品を歌劇にするならどれがいいかのアンケートも承っております」

 その後はすっかりそちらへ話題が持っていかれ、多少なりとも不平不満がましになったかなと思った。


 学園は文化祭も終わり、これからは学年まとめの試験に向かって皆が机に向かう時期だ。陽の日も大切なのに、神殿から呼び出しを受けた。土の日の授業が終わったところで家から迎えの馬車がやってくる。今夜はタウンハウスで過ごして、明日は朝から神殿だ。

「リリアンヌ、不誠実な男など、捨ててしまえ!!」

「お父様はわたくしをお嫁にやりたいのかやりたくないのか立場をはっきりなさってくださいませ」

「娘が、ないがしろにされるのは我慢ならん!」

 乙女心なみに複雑な父の心らしい。

「さあ、そんなことよりあなた、準備はよろしくて? もうすぐラングウェル公爵様の馬車が来る時間ですよ」

 神殿にはお父様だけでなくラングウェル公爵様も来てくださるそうで、なんとも心強い。

 馬車に乗り込み開口一番。

「リリアンヌはおとなしくしていなさい」

「はーい」

 お父様ではなくラングウェル公爵から言われる。

 いつも大人しいいい子を目指しているのだが。

 今日の目的は、石鹸関連のことらしいが、聖女のことでちくちく言われる可能性はある。

「各領地への魔導具導入はどうなっていますか?」

「大方の領地に導入することになった。今は魔導具作りにどこも必死だな。今回のこれで平民の死亡者が減ったら、王から報償がでるとのことだったぞ」

「素晴らしい魔導具を作り出したスカーレット様たちにあげてくださいな」

「アイデアは君だ。そなたら家族の決断が平民の命を救うことになったのだ」

「まだ結果は出ていませんけどね」

 それに元のアイデアはマーガレットである。多少の罪悪感はあるが、聖女の功績を目減りさせておかなければならないので諦めてもらおう。

 神殿の役目の最たるものは、精霊神を奉ることだ。さらに各神殿では火の精霊神や、水の精霊神と、神殿によって奉る精霊が決まっているところもある。

 神への祈りを普段から捧げていることによって、回復薬ポーションを特別な祈りの部屋で作ることにより、効果の高いものが出来ると言われている。

 そうしてできた回復薬ポーションは、神殿にやってきた病人や負傷者に使われた。神殿は、診療院としての役目も果たしている。

 王城には敵わないが、それでも王都のなかで広い敷地を持つ神殿に馬車をつけ、出迎えた神官の後をついていく。

 そして通された部屋にいたのはまさかの大神官様だった。

「お呼びだてして申し訳ございません」

「いえいえ、大神官様はお忙しい身でいらっしゃいますから」

 今の大神官は五公のうちのオンズロード公爵家出身だ。

 神殿に入るということは貴族の身分を捨てると言うことだ。が、まあそう簡単にはいかないのが政治。

「初めましてリリアンヌ嬢。こんな可愛らしいお嬢さんからあのような素晴らしい案が生まれたのですね」

 ニコニコと笑う姿は好々爺。五十は超えていそうな様相だ。

「家族の協力あってのことですので」

 私もニコニコしておく。とにかく今日は笑っておく。それが私の仕事だ。

 お茶と茶菓子でもてなされ、最近の治療院の話や、平民の参拝数の話など、神殿に関わる世間話の範囲を一通り語り合ったところで、ようやく本題が始まった。

「平民の衛生面を向上させるための魔導具が、広まる前に石鹸で手洗いの習慣づけをというお話でしたね」

「ええ、思いつきだったので、まったく数値的な裏付けはないのですが、衛生面を保つという点では悪くないと思われます」

「ええ、ええ。先日の文化祭の日に思い付いたと聞きました。陛下にその場で提案したとか」

 私は軽く頷く。

 なんだろうこの、一つずつ確かめられている感覚は。

「石鹸というのはなぜ? 流水による手洗いでも良いのでは?」

「領地の料理人が、調理の前には石鹸で手を洗うのを徹底しろと厳しく言っていたのを覚えていたのです」

「なるほど……実はですね、聖女マーガレットも、同じようなことを言っていたのですよ」

 お父様と公爵様は純粋に驚いている。私は、軽く驚いたふりをしておきました。

 マーガレットからいただいた案なのだ。彼女が知っていても不思議ではない。

「聖女はどうやってその知識を得たのでしょうね。しかしまあ、やはりやってみる価値はありそうですね」

 公爵様の言葉に、大神官は軽く頷いている。これはもしや、私が彼女のアイデアを盗用したとでも思われているのか!?

「さすが聖女様ですね。それでは、石鹸を配りそれを平民の間に広めることを、率先してやっていただけるということでしょうか?」

 お父様が言うと大神官はさらに頷く。

「ええもちろん。聖女様は貴族の中でも特に病める平民に近い場所にいらっしゃる方です。彼らの苦しむさまに心を痛めておいでです。夏を迎える前から、率先して平民に広め、今のうちから習慣づけておきたいとのことでした」

 良いことではないか。石鹸調達の方法が問題になるかもだが、普段から栽培しているものもあるし、森の中にも野生のフェンダールの木は多数あるということを調べて知った。

「そこで、できれば石鹸の――」

「ああ、もちろん。現物支給になりますが、国の方でも予算を割いて石鹸を用意するつもりです」

「それは助かります」

 大神官はまたあの好々爺の表情を浮かべる。

 さて、話がこれで終わりなわけがない。ここから何かが始まる。

 皆が場繋ぎの紅茶を飲む。あまりに揃っていて笑いを抑えるのに必死だ。そして、始めたのはやはり大神官だった。

「それでは、石鹸を広めることは神殿主導ということでよろしいですな?」

 ピクリと、我々の眉が動く。

「神殿主導とは、どういうことでしょう? これは国が推し進める事業です」

「だが、神殿を中心として始めるものだ」

「平民が一番集まる、告知しやすい場所として神殿が選ばれただけです」

 功績の奪い合いだ。

 平民の心を掌握している神殿の方がはるかに分がある。ここでそれを認めては、なんなら各地の新たな戦場の魔導具すら、神殿の意向でと持っていかれる可能性があった。平民の耳に入りやすいのは貴族よりも神官の言葉なのだ。

「だが、元はと言えば聖女マーガレットの案だ」

 その通りです、と私は思うが、お父様や公爵様はそうは思えないだろう。

「たまたま同じだっただけでしょう?」

「だが、この話はもっと前に聞いていた」

「ほぉ、いつ頃ですか?」

「そうだな、ちょうどこの冬の時期だ。聖女マーガレットが冬の休暇中、病にかかる平民たちを見て嘆き、貴族と平民の違いを考え、原因は生活の中にあるのではと言い出したのだ。病にかかった平民たちとよく話し、そしてたどり着いたのが衛生だ。もっと衛生的にしなければと思い至っていた。その考えの道筋に、我々は感心したものだ」

 ウンウンと、満足そうに一人頷き、そして私を真っ直ぐ見つめる。

「つまりだ、リリアンヌ嬢のその考えは、聖女マーガレットの考えを漏れ聞いたのではないか?」

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