春の採取へ御一行様

 今回は例の聖女サマを囲む会の談話室だ。もちろん録画の魔導具を付けていく。魔石がいくらあっても足りなくて困る。

「ごきげんようマーガレットさん。お願いしたいこととはどういったことでしょうか?」

 部屋の中で一番質の良い一人がけのソファに、マーガレットはまるで女王の振る舞いで座っていた。その周りを取り巻きがぐるりと囲む。

 今回はギルベルト殿下はいない。剣技の授業の時間だった。

「お呼びだてしてごめんなさい」

「いえいえ、学園内は身分は等しく学生ですから構いませんよ」

 外じゃ許されないけどねという私の意図は流石に伝わったようだ。

 一瞬ムッとするがすぐ取り繕っていた。

「実はね、今度採取へ行くときに、ボロネロ草を採ってきていただきたいの」

「ボロネロ草……回復薬ポーションですか?」

「そうなの! また作りたいんだけど、材料がね」

「そうですね……でしたら卸価格でお売りしましょうか。どのくらい必要なのでしょう?」

 正直いくらなのか見当がつかないが、そこら辺はグランド商会のユージンに聞けばわかるだろう。

「は!? お金を取る気!?」

「えっ……依頼ではないのですか?」

 びっくりだ。なぜか向こうも驚いている。

「というか、その回復薬は何に使うのですか?」

「神殿を頼ってきた怪我人に使うのよ!」

「なら神殿で準備をしたら良いのではないですか?」

 なぜ私が?

 頭の中を疑問符が駆け巡る。

「聖女様が人々を救う回復薬を作るのですから、材料を寄付するくらいのことができないのですか!?」

 墓穴男ことニコラスが食ってかかるが、正直言っていることがイマイチピンとこない。

「寄付は家から十分にしておりますし、そういった寄付で得られたお金でボロネロ草を買うのだと思っていました。寄付は何に使われるのですか? 年間かなりの額を貴族たちから集めていますよね?」

 何をさせたいのか本当によく分からない。

「学園から取引を切られたグレイスさんのご実家から買って差し上げたら良いのではないですか? 質の悪いものが混じっていてもマーガレットさんの聖なる力である程度の品質は保てるでしょう?」

 私の言葉にグレイスは顔を朱に染める。

「あなたのせいで!!」

「わたくしのせい?? 何がでしょう。グレイスさんのご実家の納めたボロネロ草がもともと酷い品質だったのか、それともわたくしとスカーレット様のボロネロ草にだけ酷い品質の物を混ぜたのかは存じませんが、どちらにせよあの試験の日準備を手伝っていたのはグレイスさんたちですから、先生もそこら辺ことはよくわかってらっしゃったのでしょう?」

 あのときのワイヤード先生の顔は正直かなり怖かった。

「もしグレイスさんが混ぜたのであれば、娘に実家の家業を潰されたのですね。残念なこと」

 そこまで言うとグレイスはわっと泣き出した。

 よおーし、もうひと押しだ!

「マーガレットさんにそうしろと命じられたなら、その損失をマーガレットさんに払っていただけばよろしいのでなくて? 神殿から薬草類を買い取っていただければ家業も息を吹き返すのでは?」

「私はそんなこと!!」

「そうです、マーガレット様がそのようなことを命ずるわけがないでしょう!」

 知ってる。彼女は絶対やれとは言わない。あくまで匂わせるのだ。困ったと相談するのだ。

「では、グレイスさんが一人で勝手に行ったことなのですね」

「私は、知りません」

 マーガレットの言葉にグレイスがばっと顔を上げる。驚いたその表情に絶望が混じっている。

 まあ、試験に使われるのボロネロ草に品質の悪い物を混ぜたことはかばいようがないのだろう。私の伝え方が悪かったのですと嘆いてみせることもできない。あれには悪意しかないのだ。

 どうせ魔術の試験の青炎、イライジャ関連の腹いせなのだ。

「まあ、別にそんなことはどうでも良いのですが、わたくしがボロネロ草を何の対価もなしにお渡しするような必要を感じられないのです」

「人助けの手伝いをする気はないと?」

 墓穴男が偉そうな態度で聞いてくる。なんなんだいったい。家格でも成績でも人間性でも筋力でも私の方が上だぞ。

「人助けはしておりますよ? 貴族としての務めを果たすようにはしております。先日のうちの発表をご存じありません? ロンバート子爵領でも導入を検討しているとお聞きしておりますよ」

 ここにいる者の実家のほとんどが導入を検討している。

「ついでに採ってくるくらいなぜ出来ないのだ?」

「ならばあなたがついでに採りに行けば良いではないですか。ニコラスさん。なぜわたくしが、お友だちでもない方の頼みを軽々しく聞かねばならないのですか?」

 マーガレットが大きく目を見開いて口を手で覆う。

 え、何そのショック受けましたみたいな演技。

「無礼な! 聖女様になんてことを」

 いやいやいやいやいや、普段から敵意丸出しなのはそちら様でしょう?

「学園において身分は関係ありませんよ。それがたとえ聖女であったとしてもね。というか本当になぜわたくしに頼むのですか? 理解に苦しむのですが……マーガレットさんの周りにはお友だちがたくさんいるではありませんか。一人では不安でも本当に、たくさんいらっしゃるのですから、ボロネロ草の生息場所くらいなら準備をしていけばとんでもない魔物が出るわけでもないので大丈夫ですよ。友だちでもないわたくしにたのまず、まずはお友だちにお願いしてくださいませ」

 とは言いましたが。

 まさか完全に同じ日に採取をぶつけてくるとは思いませんでした。しかも、全部で五十人って何その団体様。

 準備をしてメイナードの研究室に集合だったのだが、そこで今日のマーガレットたちも一緒に行くと告げられた。

「え。五十人? 先生が引率なのですか? ならもう別行動で……」

「違う。私は事前にそなたらと一緒に行くと決まっていただろう? 他の教師が二人あちらにつくこととなった」

「それはご愁傷様ですね。なるべく距離を取りましょう。早急に馬で引き離しましょう」

 ちなみにデクランを誘ったところ、クリフォードが魔物がでるかもしれないし、警護の実戦訓練になるかもしれないからと付いてきた。付いてくるからには採取係ですよ。それに、フィニアスが同行するのだ。草原とはいえ距離を取った警護の者がついてくるだろう。

 魔導列車トラムも大変なことになった。貴族用の第一車両は当然のように五十人が乗り込もうとしている。私たちはそうそうに離れて三両目に移動した。一緒に乗っていた平民の皆さんには申し訳ないことをした。

 貴族に対して何かしてしまうことを恐れ、かなり距離を取るため後ろ側が窮屈そうだった。

「帰りは便をずらしましょう」

「どうせ奴らはボロネロ草のみだろう? 昼前に帰るんじゃないか?」

「採取しつくさねばいいのですが」

「五十名もいるからな、採取の基本をたたき込むと教師陣が言っていた。大丈夫だろう」

 魔導列車トラムを降りると貸し馬のところに向かう。事前に予約を入れていたので私たちはスムーズに受け取ることが出来た。しかも私はこれで三回目だ。馬屋の店主とも顔見知りで良い馬を借りることができた。

 しかし、マーガレットたちは何やらもめている。そして教師たちとも言い合いをしていた。

「おい、とっとと行くぞ」

 メイナードが危険を察知したのか私たちを促し一人さっさと馬に乗った。もちろん私もすぐそれに従う。

「馬の予約してなかったんだね」

「していたとしても五十人だぞ? 貸し馬屋も困るだろう」

「歩いて二時間も行けば群生地に行けますから。大丈夫でしょう。先生方は予約してらっしゃったようですから、生徒だけ歩けばいいんですよ」

 死なない死なない。実習用の格好をしているのだから行軍には問題なしだ。

 春は芽吹きの季節。春と夏の素材はかなり多い。

「今日も急ぎで行きますよ!」

 私が声をかけると皆がそれに応えた。


 今回は先日の泉よりさらに遠くへ向かった。途中魔物の群れに出会ったが、フィニアスの探索であちらより先に気付き、対応することができた。イライジャとクリフォードがいて前衛には困らないので無傷で始末する。

「やっぱり剣はいいですよね」

「教えようか?」

 イライジャの言葉に私は首を振る。

「本当に絶望的に剣技に才能がなかったです。それにやはり日頃から毎日鍛錬しているかで、すでに差が開きすぎていますから」

 こぶしを鍛えるしかないが、対魔物ではやはり得物がある方がいいのだ。

「弓矢は?」

「的に当てるのって難しいですね」

 的から来いって気持ちになる。

「魔術メインだからいいではないか。あれもこれもは中途半端になるぞ」

 闇泉に素材を投げ込みながらメイナードが言うので、私はしぶしぶ頷いた。

「そろそろお昼ですね」

「フォレスト先生お願いします!」

 私たちは日が暮れる直前まで採取を続けるつもりで、昼ご飯をお願いして食堂で作ってもらっていた。それを闇泉に沈めてある。

「日差しがきついですね……【土盾】」

 地面からぐっと土がせり上がり、最後に少し曲げてやると日陰が出来る。

「魔術の使い方が、なんというか……」

 メイナードが眉間に寄ったしわを押さえる。

「便利なんだから良いじゃないですか! ずっと日差しを浴びていると疲れるし」

 さらに地路を短く敷いて、少し盛り上げる。地面にそのまま座るよりはましだろう。

「じゃあ、リリアンヌ嬢はここね」

 フィニアスが上着を抜いて地路の上に置く。

「え、汚れてしまいますから、やめてください」

「洗浄すればいいから気にしないで」

「でも――」

「そこは素直に受け取るところだ」

 まさかのメイナードから言われて渋々座る。

「リリアンヌ嬢は、俺とコリンナのことにはあれこれアドバイスをくれていたけど、自分のこととなるとまったくだね」

 クリフォードが笑って言うと、まさかのデクランまで笑った。

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