闘技大会はかっこよさの見せ所
足下のおぼつかない令嬢たちだったが、この後三時半から闘技大会だ。学園には訓練場の他に、こういった催しを行う円形会場がある。中央が低くなり、周りが段々と席になって、遠くはなるがどこからでも中央の舞台を見られる物だ。
三時からなので急いで展示場の貴重な物だけは片付けなければならない。魔導具は外に出しておくわけにはいかなかった。
席はクラスで決まっているので問題なかった。一年生は上の方でまあ、遠い。
そのためにオペラグラスを用意している。
皆で協力し、すぐ終わらせ、私はスカーレット様とともに円形会場へ向かった。出場する選手はもうすでに集められている。
「基本的には三年生が本命らしいですわ」
あちらこちらで囁かれる。
「剣技の授業では一年生でも何人かお強い方がいらっしゃるのでしょう?」
「クリフォード様は騎士団長の息子と言うとこでかなりの腕をお持ちなようですよ」
「イライジャ様がペア戦に出られるそうですし、三年の――」
確か、前回はクリフォードが三年の生徒に負けて、その生徒が忖度してギルベルト殿下に負けたはずだ。忖度、今回もするのだろうか?
何もかもが変わってきているのでどうなるかわからない。
どうなるかわからないと言えば、フィニアスたちだってペア戦に出ていなかった。イライジャは騎士戦にすら出ていなかったのだ。
対戦カードすら変わりそうだ。
席に着くと左前方に両陛下が見えた。
先ほど展示場にもいたが、クリフォードの父、騎士団長の姿もある。将来騎士団に参加するのならここで上位入賞を果たしておきたいだろう。ちなみに、騎士戦では魔術の使用は禁止されている。ペア戦では出場者に魔術や衝撃を吸収する魔導具を着けさせて、魔術による怪我や衝撃による怪我を追いにくくしている。そしてその魔導具の数値が一定溜まると負けだ。
会場がその行く末にざわつく中、騎士戦が始まった。
前回と流れが変わっていたが、覚えている限り出場メンバーもその組み合わせも変わりないように思える。
ギルベルト殿下は幼い頃から剣技だけは真面目に取り組んでいたそうで、腕は悪くない。順調に勝ち進んで、先ほどすれ違いざまに聞いたように、クリフォードと三年生の試合が始まった。隣に座っているコリンナが、ハンカチを握りしめつつオペラグラスを覗き込んでいた。この様子を見ると、本当に二人の恋を取り持てて良かったなと思う。
相手の三年生は十六。クリフォードは十四。二歳差は大きい。振るう剣も、受ける剣もまったく揺るがない。これは仕方のないことだと思うが、段々とコリンナの口元が歪んでいった。
やがてクリフォードの肩に着けている魔導具が青から赤に変わり勝敗が決定した。二人の選手に惜しみない拍手が送られる。見ていて二人とも実力を十分に出している試合だとわかった。
そして次は前回相手に王太子として圧をかけたギルベルト殿下との対戦である。
連続して試合をしたからと言われていたが、今回も手を回したのか? そこら辺は私も知らない。
試合は一方的にギルベルト殿下が攻める形で続いた。防戦というよりは、相手の剣をいなしてそらしているような防御だ。
「やはり前の試合でかなり体力を使ってしまわれたのですかね」
カタリーナが言うと、周りの生徒たちもそのようだと頷いた。
やがて、明らかにギルベルト殿下の息が上がってきたところで、急に反撃が始まった。
剣を振り回しすぎたギルベルト殿下は危うい防戦一方となる。やがて、重い一撃に足下をとられ、後ろに転んでしまったギルベルト殿下の眼前に、三年生の剣が突きつけられる。
「そこまで!」
こうして騎士戦はギルベルト殿下が二位、そのあとギルベルト殿下の相手と対戦して勝ったクリフォードが三位となった。
さて次はペア戦だ。
こちらは魔法が飛び交うので中央の舞台に結界が張られる。火球などはそこへ吸い込まれるように消えていくのだ。
すでに予選は終わっていて、八組十六名の戦いとなる。
一年生で出場しているのはフィニアスとイライジャだけだった。
彼らは第二試合だ。
騎士戦は真剣勝負だが、このペア戦はコンビネーションが鍵となるし、多彩な魔術が飛び交って見ていて楽しいものだ。
第一試合は三年生と二年生。順当に三年生の勝ちだ。
三年側の魔術師が火属性、二年側の魔術師が風属性だったのも敗因の一つではあるが、トーナメント方式なのでこの順番も運のうちだった。
そして、フィニアスとイライジャの出番だ。
フィニアスの身分は王国中に知れ渡っており、学園でも周知の事実だ。そんな彼にすぐアプローチした令嬢たちも多いと聞く。歓声の中に女子生徒の声も多い。
そんな彼がこちらの方を見て大きく手を振った。
きゃあと一層声が上がる。
私の周りの令嬢たちが一様にこちらを向いた。
私は無表情で前を向いて……いるのも限界がある。
「わかってますから」
「フィニアス様が周りをうろつく男子片っ端から潰してらっしゃるの知ってます?」
「それでもリリアンヌさんの態度が微妙だから、まだ淡い期待を描いている令息もたくさんいらっしゃってよ?」
「新入生が入ってくる前にある程度固めておかないと、フィニアス様も大変ですもんね」
「わ、わたくしはちゃんとお返事してますよ」
と言うと、周囲の視線がざっと集まる。
うええええええ!
無言で促され、渋々続ける。
「以前から申し上げているとおり、二年の終わりまでは婚約者は決めません」
「頑なよね~」
とはコリンナ。
「わたくしはスカーレット様の元を離れる気はありません、ともお伝えしました」
その言葉に周りがざわつく。
「それは、実質お断りしたということですか?」
カタリーナが困り顔で言うと、スカーレット様も続ける。
「わたくしのせいでリリアンヌが幸せを逃すのは嫌よ?」
「わたくしの幸せはスカーレット様にお仕えすることですよ!?」
周囲が渋い顔になっているが、そこは私の譲れないことろだ。
というか本当に、この先どうなるかわからないから、それでフィニアスの立場が危うい物になるのは嫌なのだ。
「問題はリリアンヌさんがフィニアス様をお慕いしているかどうかです」
「貴族の結婚に好きも嫌いもありませんよ?」
私の返答に周囲の令嬢が声をそろえる。
「「「それをリリアンヌが言うのか!!!」」」
えっこわっ!!
「リリアンヌさんこそシュワダー・レフサーをもっと読み込んだ方がよろしいんじゃなくって!?」
「いっそのことシュワダー・レフサーに隣国の王子と子爵令嬢ものを書いていただきましょう」
「それは良いアイデアですわね。今夜すぐファンレターを書きます」
多分シュワダー・レフサー血涙流します。
「直接ファンレターだと嫌がられて終わりの可能性がありますわ」
ん、え?
「そうですわね……リリアンヌを題材にとか、本気で拒否られそうですわ」
「それより、あの座長様にお手紙を書くのはどうかしら?」
「あら、本より先に劇になるのね。よろしいんじゃなくて」
お、おお!?
「外堀から埋めましょう」
え……これはもしや?
「皆さん、シュワダー・レフサーが……」
お兄様これはもしや……!
「観劇のボックス席融通で確信を得ましたわ」
コリンナの台詞に仲良しの令嬢たちが頷いている。
「ほら、皆さん。試合が始まりましてよ」
スカーレット様がそう言うと、話はここでいったん終わりになったが。お兄様……大変です。
「あれに気付いたらアナグラムにも気付くわ。気をつけてとお伝えして」
お兄様ぁ!!
衝撃の事実に心を震わせながら、私は改めて試合を観戦した。
コンビネーションの練習をしたんだと言っていた通り、二人の連携はかなり様になっていた。聞いた話だと、フィニアスもそれなりに剣技には長けているらしく、イライジャの動く先を予測するのも容易いそうだ。
「勝者イライジャ・フィニアスペア」
的確にダメージを与えて危なげなく勝っていた。
「本当に息がぴったりだこと」
「良い連携ですね」
スカーレット様のコメントに私も追従すると、前の席の令嬢たちが振り返る。
「それだけ?」
「皆様が、なぜそんなに圧をかけてくるのですか……」
放っておいてよ!! なんで!?
「みんなリリアンヌのことが心配なのよ?」
「もう少し放っておいて欲しいのですが……」
「周囲の淡い期待を抱いている層もお気の毒よ」
それは、向こうの勝手だ。私は宣言した。スカーレット様の利になるものをもってこいと。
「今は試合に集中しましょう! ね?」
私の言葉に皆がしぶしぶ向き直る。すでに次の試合が始まろうとしていた。
フィニアスたちは次の試合も勝ち上がり決勝だ。相手は三年生。属性は風の苦手とする火である。
始めの合図とともに、イライジャは剣士の元へと攻撃を仕掛ける。が、すぐさま火球が飛んできた。イライジャはそれを避けるでなく両断した。
「属性的に不利ね」
スカーレット様のつぶやきに頷きながら、オペラグラスを持つ手に力が入る。
火球や火矢で相手を思う方向へ動かしそこへ騎士が迎え撃つ。フィニアスがその火球からそらす形で風道を使い、火の力を増大しつつもイライジャへ向かう火の球を外へ反らす。
騎士の戦いを邪魔しようとする火球を始末していっている感じだった。
そして、決着は唐突に訪れる。
どうしても派手に動くのは騎士同士だ。中央で二人が対峙している。魔術師は少し離れた場所でそのサポートを行う。たまに魔術師本人に向かってくる攻撃を避けながら。
その三年生二人の足取りが何故か危うくなってきた。やたらと肩で荒く息をして、やがて剣士が剣を落とす。イライジャはその首筋に己の剣を向けた。
「勝者イライジャ・フィニアス」
判定がそう宣言するとフィニアスはすぐさま新しい魔術式を描き出す。
「あ、あ。さすがですね、フィニアスさんは……エグいな」
「なに? どういうこと、リリアンヌ」
スカーレット様の質問に私は種明かしをする。
「フィニアスさんが、攻撃をしのぎながら別の魔術式を展開していたんです。ほら」
微かにパリンと音がすると、三年二人の周りを風が吹く。
「結界内の空気の供給を絶ち、多分フィニアスさんの周りには別の結界を張っていたんだと。イライジャさんがやたらと後半攻撃とともに相手を下がらせ自分も下がっていたのと、フィニアスさんの位置が剣士たちに近すぎるなとは思っていましたが。火魔術を使えば使うほど酸素が消費されやがては頭がもうろうとしてくるので。イライジャさんはそうならないようフィニアスさんの元に息継ぎに行っていたんですね」
ただ、あれは四重だ。右手では風道の魔術式を描いていたから、左手で複雑な方を書き切っているのだ。それも気付かれないほど極小のものを。
「素晴らしいですね」
私がそう言ったとき、ちょうどフィニアスが笑顔でこちらに手を振った。
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