国王陛下への回答とバンドウェンゴ歌劇座

 逃げ出したいが逃げ出せるわけもなく、私は両陛下の前へ行くとカーテシーをキメる。

「本日はAクラスの展示室へお越しいただき恐悦至極に存じます」

「よいよい、ここは学園内だ。そういった回りくどいことはやめて、この大層面白い試みを説明してくれ」

 現在の時間の当番はクラスメイトの伯爵令嬢だが、すでに魂が抜けていた。立って笑顔を貼り付けているだけの有り様。

 いやそりゃそうよ。

 新年のご挨拶に家族について行って、カーテシーを完璧にするだけだったのが、説明しろとか私でも嫌だ。

「それではお言葉に甘えて……数字的な説明はもう済んでいるのですか?」

 それにはラングウェル公爵が答える。

「ああ、学生ながら一生懸命説明してくれていたよ」

 友よ、そなたの命は無駄にしない。

「わたくしが領地にいた頃、ひどい流行病が冬に流行して、我が家に仕える侍女の家族が全員亡くなった話を聞きました。とても優しいその侍女を幼い頃から気に入っていたので、彼女が憔悴した様子は、見ていてとても辛いものでした」

 これは私が時を遡る前の話だ。

 本当にあったことだ。

 が、きっかけではない。本当のきっかけは今年の秋にマーガレットが聖女として、この王都の城下町の神殿で石鹸を配るとともに、身ぎれいにすることの重要性を流布することだ。それにより王都の冬の患者が激減する。

 ただそれを言えるわけがなく、さらに強制するのも難しかった。

 このままでは今年の冬に、妊娠出産で町へ帰っていたその気に入りの侍女の訃報をタウンハウスで聞く羽目になる。

 それは絶対に避けたかったのだ。

 なので私が今の私として目覚めた時、これだけはすぐに取り掛かった。

「ただ、屋敷の者はそこまでひどい風邪を引いたり、流行り病になることが少なく、町の者と何が違うか、考えるようになりました。出入りの業者などに普段の生活を聞いたり、観察していて、結論付けたのは、食事が違うことと、屋敷づとめの者はそれなりに身ぎれいにしている、ということでした」

 あの頃はどうしたら説得力が生まれるかだけを考えて行動していた。結論ありきの観察だ。

「栄養を摂り、適度な運動と清潔さ、それが病を寄せ付けないことかと考えたのです。病を患った者には近付くな、と言います。伝染る、とも。つまり汚れていると」

 国王陛下と妃陛下は私の話を興味深そうに聞いている。この王は聞くことのできる王だ。なのに息子の体たらくといったら。なんでああなった!

「最初に相談したのは長兄です。兄は私の拙い言葉を我慢してよく聞いてくださったと思います。栄養は中々こちらからの働きかけは難しいし、運動は労働をしているのでこれ以上は反対に働き過ぎで体に悪い。ならば清潔さかなという話になりました。子どもの妄想にそこまで付き合ってくれるのもなかなか珍しいと思いますが、領地の一つの町で試してみようかと言ってくださりました」

 そこで問題となったのが、体を清潔にと言っても平民にはなかなかこれが難しかった。

 聖女の言葉とは重みが違うのだ。

「常に体を身綺麗に、衣服も洗うようにといってもなかなか難しかったのです。彼らは個人の洗浄の魔導具を持っていませんから。そこで、思い切って少量の魔力、つまり平民自身の魔力で全身を洗える場所を作ってしまおうという話になりました。次兄嫁のティファニー様が魔導具を作るのが好きな方だったのも功を奏しました」

 町の何箇所かにそう言った場所を作り、なるべく毎日、せめて一日置きには体を洗浄するよう、義務付けた。ここは、試験の場なので町の者を集めて説き伏せ頼み込んだ。

 そしてその冬、その町だけは流行り病の死亡者はゼロだった。運が良かったのもあるだろうが、領地全体に広げることを決断付ける結果でもあった。

「この冬完全にゼロではありませんが、それまでの死亡者の一割以下になったのは、偶然と言うには無理な数字でもあります」

 そう締めくくると、国王陛下はうんうんと頷いている。

「きっかけは悲しいものだが、そなたの慧眼がこの先の悲しみを減らすことになったかもしれぬな……」

 さてここからだ。

「魔導具設置がすぐにというのはなかなか難しいかもしれません。魔導具はそれなりの費用がかかりますし、作るにしても材料集めがなかなか大変です。いっときに国中でそれを求めれば品薄になります。ですからそれと並行して石鹸を平民に配布して手を洗うことを進めるのはどうでしょう?」

 聖女様、あなたの功績横取りいただいちゃいますよ!!

「手洗い?」

「手が土で汚れたら、洗いますでしょう?」

「そう、だな」

「料理人が料理を作るときは石鹸で手洗いをしっかりするそうです。が、平民は洗いません」

「なに?」

 いやわかります。むしろ汚れたら洗浄の魔導具すぐ使いますからね、貴族。

「手をはたいて平気でそのまま飲み食いします」

「なんと!!」

「病気の元が手についていたらそのまま体の中に入ることになります。石鹸で手洗いするだけでもかなり違うと思うのですが……これこそ試していないのでわかりませんが、領地での洗浄の魔導具によるものと同じだと思うのです。身綺麗にすれば病を遠ざける一助となる。口に入れるものを持つ手を綺麗にする。平民は、タダでもらったものは使いますよ。自分で用意は余計な出費なのでなかなか難しいですが。そうですね、できれば聖女様からの呼びかけなんかがあれば平民はもっと素直になるでしょうね」

 最後にとびきりの笑顔でそう断言すると、国王陛下は深く考え込んだ。

 あとは大人たちの話だ。お父様と公爵様が国としての話をする。

 我々が魔導具公開まですることの意味を説く。

「石鹸と聖女の下りは聞いていませんよ、リリアンヌ」

 壁際に控えていた私にお母様が小声で話しかける。

「あれは思いついたので適当に」

「……わたくしはあなたを口から産んだのかしら。思いついたにしてはかなり説得力があってよ?」

「日々言い訳を続けたわたくしの鍛錬の賜物?」

「予定外のことはお父様も公爵様も困ります」

「一応、気を付けます。ところでお兄様は?」

 一緒に行動していたのではないのか、姿が見えない。

「アシュリーなら、ほら、あなたと企んでいたものの最後のチェックだと大講堂に向かいました」

 おお! とうとうアレが日の目を見ることになる。お兄様の印税をぶち込んだアレを!!

 結局陛下がいらっしゃる間には、ギルベルト殿下は戻ってこなかった。



 そのまま展示室で次々来る領地を持つ子爵や伯爵をさばいていると、昼が過ぎた。昼食を食堂で摂った生徒たちが口々にCクラスの展示を褒めている。そして案内係を交代すると、スカーレット様に付き従い大講堂へ向かった。

 スカーレット様のお茶会に参加している令嬢たちも一緒だ。

「前情報がなかったら、この時間に展示物の案内をしていたかもしれませんわ。スカーレット様に感謝です」

「わたくしではなくリリアンヌに感謝よ。わたくしはあまり城下には行けませんから、今日みんなが話していた劇が見られることが嬉しいわ」

「あの後普通にチケットを取ろうとしても陽の日には取れなくて。もう一度見られるのが楽しみで昨日はあまり眠れませんでした」

 わかるわかると令嬢たちがキャッキャしている。

 大講堂であの映写機を使い、先日リリアンヌたちが見た城下で人気の観劇の上映会を行う。兄が学園に話を取り付けた。劇の人気は学園側も知っていて、上映会はかなりスムーズにいったそうだ。劇場の運営にもクロフォード家として出資していたし、今度城下に上映場を建設していて、そちらにも出資した。お父様とお母様にはまだシュワダー・レフサーはばれてはいないと言っているが、ばれていそうだ。

 貴族が大衆小説を書いていることは弱みにはならないが、思想を隠しているということになれば拙い。事実私は兄に方向性を提示した物を書かせている。

 隠せるだけ隠しておくのが良いだろう。そういうことで、お父様もお母様も知らんぷりで単に出資する許可を出しただけというスタンスなのだと思う。

「リリー!」

 大講堂に入るとすぐお兄様が気づいて手を挙げる。

「ここが一番よく見える席だよ。お嬢様方もどうぞ」

 いつもは黒板があるところに大きな白い布がかけられていた。私の予想の三倍くらいある。

「お兄様、どんな大きさで上映するのですか?」

「ん? あの白い布ほぼ全部に映るようにだよ? いやー、あの魔導具師は優秀だね! こちらの要求にすぐ応えてくれる。観劇と違って臨場感が足りないだろう? なるべく大きくして、音は色々な場所から聞こえるようにしたいと言ったらかなり大がかりな魔導具になったよ」

 令嬢たちの目がキラキラしている。

「さっき少しだけ流してみたけど良い出来だと思うよ。期待してて」

 と、そこへ園内放送が入る。

『レディース&ジェントルメン! 我らバンドウェンゴ歌劇座の新しい試みが、午後一時より大講堂にて始まります。お代は無料! 城下で噂の『カサンドラの騎士と伯爵令嬢~二度目のすれ違い~』が上映されます。席は限られておりますのでお早めのお越しを!』

 あの座長だ。

 そしてすぐ講堂の外が騒がしくなり、主に令嬢たちがなだれ込んできた。

 上映が始まる前に、あまり騒がしくすると声が聞こえにくくなるのでなるべく耐えてくれという話や、途中で抜けることはできないという話があり、堂内が暗くなる。

 そして、本当に素晴らしい映像が流れだし、声を抑えた令嬢たちのため息や悲鳴が飛び交った。

 魔導具のせいなのだろうが、役者の声がかなり近くに聞こえるし、映像もはっきりと映っている。たまに騎士役の役者の姿が大きくなったり、全体の映像だけじゃなく、ピンポイントで大きく映したりして場が盛り上がっていた。

 これは、かなりユールが苦労したように思える。こんな機能はなかった!

 一時間半の映像が終わると、大きな拍手が鳴り響く。

「バンドウェンゴ歌劇座の劇は大変ありがたいことにチケットが取れにくいほどご支持いただいております。この度、過去の作品をこの新しい魔導具によって記録し、上映する、バンドウェンゴ上映場を建設いたしました。一ヶ月後から観劇のチケットよりはもう少しお安く楽しめるようになります。劇場では新作を、上映場では旧作を何度も。そうやって皆様に楽しんでいただけるようこれからも努めて参りますので、どうぞご贔屓に」

 こうして私は、映像記録の信憑性を皆に植え付けることに成功した。 

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