聖女提案の文化祭は初めての試み

 少しの間笑顔の睨み合いをしていたが、口火を切ったのはお父様だ。

「これはこれはフィニアス様。エスコートはあの時許しただけだと思っていたのですが?」

「お久しぶりです、クロフォード子爵様、子爵夫人、アシュリー様」

「お父様お母様、アシュリーお兄様ごきげんよう」

 私達二人からの挨拶に、さすがに礼を欠いたと挨拶をするところからやり直す。

「こんなに早くいらっしゃるとは思いませんでした」

「リリアンヌのクラスの発表が気になったからな」

 ああそれで、と納得する。あまり早くに来ても午後の闘技大会まで時間を持て余す。

「で?」

「で??」

 お父様の貴族らしからぬ問い方に、私が首を傾げていると、フィニアスがいい笑顔のまま続けた。

「リリアンヌ嬢が主と認めるスカーレット様からの許可をいただきました」

 スカーレット様、とお父様が絞り出すような声で呻く。

「あら、そうだったのね」

 お母様の険が少し取れた。たぶんお母様は手順を大切にしている。私のためを思って。

「わたくしたちはあなたのクラスの発表会場に参ります。二人はまだ回っている途中なのでしょう? いってらっしゃい」

「マティルダ!?」

「さあ、行きますよあなた。公爵様と待ち合わせをしたのでしょう。ほら、リリアンヌ、行きなさい」

 お母様がお父様を抑えてくれている間に、私たち二人はそそくさとその場を離れた。

「ご家族と一緒にクラスの展示を見なくてよかったのか?」

「両親はこれからクラスで貴族らしいやり取りを始めるつもりですから、わたくしがいない方がはかどります」

「でもあの情報は無償で配布したいと……」

「お金だけではありませんから。公爵様と待ち合わせとおっしゃっていましたので、そこでタッグを組んで色々と暗躍するつもりなのでしょう。お父様はそういったことがお上手なのですよ」

「なら、リリアンヌ嬢をもう少し連れ回しても怒られないかな。Cクラスが食堂で飲食店をやるらしいよ?」

「飲食店ですか……」

 いったいどういうものだろう。

 食堂へ向かうと何やら良い香りが漂ってくる。

 と、食堂の入口にイライジャが女子生徒に囲まれて立っていた。

「あ! リリアンヌ嬢! フィニアスも、遅いよ」

「イライジャ様! こちらのチケットをくださいな!」

「寮に戻ってお金を持って参りましたわ!」

「はいは〜い、みんなちゃんと並んで、こっちのテーブルでお金払ってね」

 イライジャに誘導されて女子生徒たちが紙切れを手に、楽しそうに中へと入っていった。

「こっちのメニュー見て、それか中に入って実物見て、食べたいものがあったらここでチケットを買って、商品と交換って感じ」

「文化祭で、販売を……?」

「一応各領地の特産品とか、その土地にしかない料理みたいな? 調べてその起源とレシピ。基本原価販売だから通ったて感じかなぁ。クラスの生徒は結構楽しんでやってたよ」

「それで朝食の閉められる時間が早かったのか……」

「そゆこと。事前に作っておけるものは昨日と一昨日で準備してね〜いやー、あの聖女様こういった采配に向いてるのかな。正直俺も楽しかったわ」

「マーガレットさんの案なのですね」

「収穫祭が楽しかったらしいよ?」

 収穫祭は、それはまあ楽しかっただろうな。

「ささ、どうする? 俺のオススメはこれとこれ」

「わたくしお金を持ってきていませんわ」

「イライジャに聞いていたから、私が準備しているよ。どれにする?」

 そこまでしてもらっていて断るのも失礼だ。メニュー表には全部で十の食べ物が並んでいた。甘いものから肉料理まで。

「よくこれだけの料理の知識がありましたね」

「あー、城下町の人に指導してもらってたよ」

「平民の方にですか?」

「うん。聖女様のお力だね。神殿で、今度文化祭をするという話をしたら協力してくれたんだって。俺はフィニアスとの鍛錬で忙しかったから、ほとんど昨日今日しか手伝えなかったけど」

 結局オススメのものを二つ頼むことにした。

 学園の食堂は広い。中へ入るとすぐのところに、確かに収穫祭の露店とよく似たものが並んでいる。

 食堂の料理はいつもお美味しいが、こういったものに慣れ親しんでいない貴族の子どもたちはみんな楽しそうにチケットを握りしめ並んでいた。その後は食堂のテーブルで食べている。

 壁に、料理の説明や成り立ち、レシピなどが展示されていてなかなか新しく面白い。

 味はまあ、料理人でなく生徒の作ったものだ。お祭りの中の食べ物としてなら楽しめた。丸い小さなふわふわした食感のパンケーキと同じようなものに、砂糖がまぶしてある。

「文化のお祭りなので研究発表などが当たり前だと思っていましたが、なかなか面白いアイデアですね」

 領地の文化を食という方面から研究発表しているのだ。

「来年はこういった発表も増えるかもね」

「ですね。生徒も楽しそうですし、昼食の時間になれば親族もこちらにいらっしゃるでしょう? 注目度が高そうです」

 前回はこんなことはしていなかったので、本当に何かが変わってきている。

「リリアンヌ嬢、そっちのも一つもらっていい?」

「もちろんです」

 お金を出したのはフィニアスだ。残りを全部食べてもいいくらいだ。

 食器も食堂のものを借りているらしく、私はお皿をすっとフィニアスの方へ押しやる。が、彼はちょうど私が食べようとつまんでいた分をパクリと食べた。

「フィ、フィニアスさん、それはだめ……」

「うん、甘くて美味しいね、これも。こっちのお肉も美味しいよ、食べる?」

 そう言って、フォークに刺した肉を出されるが、私はブンブンと首を振る。それはだめ! 

 フィニアスはフォークをこちらに向けたままにっこり笑っている。

 本当に、困ってしまうからやめて欲しい。

「ダメですってば!」

 顔が熱くて何か落ち着ける要素はと周囲に目をやると、入口の方が騒がしくなった。

 ギルベルト殿下とマーガレットが現れる。さすがに観劇のときのように腕を組んで歩いてはいなかったが、仲良さそうに寄り添っている。

 その後ろを今日も元気に取り巻きたちがついて回っていた。

 そしてこちらに気付くと近づいてくる。

 普段なら来てくれるなと願うところだが、今は大歓迎だ。

 反対にフィニアスはつまらなそうにフォークを置いた。

「フィニアス様も来てくださったんですね。お食事たのしんでいただけましたか?」

 向かいに座る私のことは完全に無視だ。この図太さが彼女の強みだ。

「とても面白い試みだと、リリアンヌ嬢と話していたところだ」

 そこをきっちり巻き込んでくるフィニアスに、マーガレットは笑顔のまま続ける。

「本当はアーランデ国のお料理も考えてみたかったんですけれど、あちらは香辛料をふんだんに使った料理が多いとかで諦めました。香辛料がなかなかに高くて。けれど、研究はしたので、よかったら今度お作りしますよ? 故郷の味が懐かしいでしょう?」

 おお、なかなかに押してくる。

 次はどう返す!?

 心の中ですっかり二人のやり取りを面白がる立場になってしまっている。これがデクランだったら、例の町でお食事事件があるので割って入る。フィニアスなら絆されることはないかなと思っている。

 そう言えばあの件もまだ聞けていない。なかなか二人きりになることがない。

「フォースローグ王国の料理をとても気に入っているから大丈夫だよ。お気遣いありがとう」

「そうですか? 遠慮なさらないでくださいね」

 さすが聖女様、お優しいと周りが囁いていたが、フィニアスはまったく意に介していない。

 二人の話に一段落ついたところでギルベルト殿下が私に向き直る。

「リリアンヌ、クラスの発表が予想以上の集客でな、スカーレットもなかなか休みが取れないようだ」

「あら、それは大変ですね。わたくしも少し早いですが教室に向かうことにします」

「そうしてやってくれ。私もある程度見たら帰る」

「私と一緒に回ってください、ギルベルト様」

 マーガレットが殿下の腕に手を絡ませようとするが、それをするりとかわす。

 さすがに今日は生徒以外の目が多すぎるからまずいとわかっているのだろう。なんなら決定的瞬間を陛下に見られてしまえとも思ったが、それでは私の計画が破綻する。今日はほどほど控えめにしてほしい。

「そう言えば、フィニアスはイライジャとペア戦に出ると聞いたが」

「ええ。ギルベルト様は騎士戦の方だとか。健闘を祈ります」

「ああ、そなたも」

「お二人の活躍を楽しみにしてますね! 応援に行きます」

 マーガレットが可愛く言うと、殿下はニコニコと頷いていた。

 それではと、マーガレットがギルベルト殿下を先導し、料理や展示の案内を始める。私とフィニアスはさっさと食べ終わりクラスの展示室へ戻ることにした。

 食堂を出る際、展示を見て回るギルベルト殿下とすれ違ったが、私がフィニアスと腕を組んでいるのを表情の抜け落ちた顔で見ていて怖かった。



 クラスが大盛況だというのは事実だった。

 なんなんだこれは。

「すごい人数だ」

 部屋から溢れた公爵子爵が、とてもお行儀よく順番を待っている。

 私たちはその横を失礼いたしますと何度も唱え、中へ向かった。

 そしてそこには錚々そうそうたるメンバーが揃っていたのだ。

 唖然としている私にいち早く気付いたのはお父様だ。またもや組んでいる腕にキリキリと眉を上げている。

「エスコートしていただきありがとうございました」

 私は軽く膝を折り挨拶すると、フィニアスも礼を取る。

「いつでも喜んでお受けしますよ」

 これでエスコートは終わり、部屋の事態を理解せねば。

 部屋の中は二つに分かれている。数値から導き出した効果などの展示と、その時使われた魔導具の説明とさらに新しく作られた魔導具だ。

 数値などの展示の方にはお父様とお母様、ラングウェル公爵夫妻もいる。

 そして問題の魔導具。

 スカーレット様とデクランはもちろん中心として動いていた。理解が深いので、見に来た領地持ちの貴族に説明するため二人がここから動けないのはわかる。

 だがなぜさらにメイナードと魔塔主であるグスマン伯爵がここにいるのか?

 そしてさらに、まさかの国王陛下と妃陛下に遭遇しました。

 今ここに特大火球ぶち込まれたら国が終わる!!!

 とはいえ、このまま入口で突っ立っているわけにいかず、私の担当である数値の展示の方へ気配を消して近付く。が、まあ消せるわけもなく、一番に声を上げたのはラングウェル公爵だった。

「やあ、リリアンヌ嬢。ぜひ陛下にこの設備を作ることになったきっかけを教えて差し上げてくれ」

 もおおおおお!!! この人はホントにもお!!!

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