文化祭は波乱の幕開け

 段々と授業の難易度が上がりつつある。特に魔術関連は、座学はシンボルを学ぶことが多く、実技は自主性が試される。

 火の日と木の日の放課後は訓練場に強制連行だ。騎士としての火魔術を習うと、イライジャも一緒である。

 毎回フィニアスがちょっと不満そうにするのはやめて欲しい。

「俺に嫉妬してるの。可愛いでしょう」

「なんと返していいかはかりかねます」

「もう少し反応してあげて欲しいなぁ……フィニアスはね、一途だよ」

「私のスタンスは変わりませんよ。二年が終わるまでお待ちください」

「不憫だなぁ」

 スカーレット様の進退の方が大切なのだから仕方ない。

「ただ……私はスカーレット様のお側から離れる気はないです。それだけはお伝えください」

 イライジャの表情が引き締まる。

「それに家格が、少し問題あるかと。そういったものもご検討ください。でも動くのなら二年生末からです。それ以前には始めない方がいいですよ」

「どういうこと?」

 それは教えられない。

 同じように進むとは限らない。今回、ギルベルト殿下との仲が良すぎる。他の男性に配っていた気を全部ギルベルト殿下に注いでいるのかと思うくらいだ。そうなると、スカーレット様が婚約破棄されたあと、想像より悪い事態になるかもしれない。

 ラングウェル公爵家と王家がぶつかることはないだろう。が、聖女とひいてはそのバックにある神殿とラングウェル公爵家がぶつかることは大いに起こりうる。さらに第一王子の加勢までつくのだ。

 神殿という存在、聖女という存在は大きい。この世界を生み出した精霊神。それを奉るのが神殿だった。平民たちもことあるごとに祈りに神殿を訪れる。

 最近は、マーガレットが陽の日に神殿を訪れ平民たちとも接していると聞いている。貴族らしからぬ彼女だが、平民から見れば可愛らしく接しやすい聖女様なのだろう。

「リリアンヌさんは一重と二重はほぼ覚えたのですね」

「はい。今は三を中心に覚えています。どちらかというと土を覚えてそれとのコンビネーションを研究する日々です」

「コンビネーション?」

 ウェセト先生が首を傾げる。

「例えば、土盾で足止めをしたところに火柱とか。なんなら土籠の罠を仕掛けておいて、捕まえたところに火柱とか」

「まあ、基本ですね」

「えー、リリアンヌ嬢。俺とコンビネーション技使おうよ。土盾で足止めして左から火球投げつけたのを避けたところに俺が斬りかかるとか」

「イライジャさんと同僚になる確率は限りなくなさそうなのですが……」

 うちの国の騎士団入らないでしょう。

「確かにイライジャさんはそうでしょうが、今度開催される文化祭で闘技大会が開催されますよ。まあほとんど二年三年の催しで、杖を得たばかりの一年生は出ることが少ないですが」

 そういえばあった。前回は……ギルベルト殿下が騎士の部に出場して相手に忖度させていた。本当に権力振りかざすことだけは得意なのだ。

「一人で戦う騎士の部、魔術師と騎士の二人で戦うペアの部がありますね」

「リリアンヌ嬢、どう?」

「……フィニアスさんに怒られません」

「……たぶん怒られます」

 一緒に放課後火魔術の訓練するだけで不満顔なのに。

「よし、じゃあ、俺とフィニアスで出場するから、優勝したらフィニアスのお願い一個聞いてあげて?」

「婚約はしませんよ」

「そーいうんじゃなくて、一日限りのちょっとしたお願いとかそんなやつだよ」

「まあ、無茶なものじゃなければ」

 なんだかんだと忠臣だなぁと思う。



 文化祭ではクラスで研究発表がなされる。メインは結局闘技大会なので、こちらはなんとなくで作られている。とはいえ、ある程度のことはしなければならない。

「何か良い案はあるか?」

 クラスの教室はないので、この時期は談話室を借りたり、全員参加の座学の後などで少し意見をかわしたりするのだが、今回はいつも魔力練りに使う部屋を放課後借りて話し合うこととなった。

 ええ。私が借りに走りました。今日は月の日で、まあこの後どうせ魔力練りをするので構わないが、ギルベルト殿下に顎で使われるのにはイラッとする。

「何もないなら……」

 とギルベルト殿下、何やら案をお持ちだったようだが、私は今回家族やラングウェル公爵に許可を得て持ち込むことを決めていたものがある!

「はい! ギルベルト様!」

 お行儀良く挙手をすると、まあ、聞いた手前私を指名せざるを得ない。

「実は、この冬、我が領では平民の死亡率が激減しました。特に流行り風邪による死亡がぐっと減ったのです。統計の数字がようやく出そろいまして、対策と数字を是非発表させていただきたいです」

「……それは単に上に報告すればよいのではないか?」

「できればこれらの技術を無償で広めたいのです。平民は国の地盤です。彼らが働いてくれているから、我々の生活もある。文化祭には親族もやってきますから、全領地に知ってもらう良い機会なのです。検討の期間も必要ですし、夏になる前のこの季節に知っていただけると、次の冬への対策に間に合うかと。あと、その土地に合わせた活用方法もあると思うので、そこら辺の意見を皆さんからも是非吸い上げて、発表出来ればと思います」

「実際にはどのような物なのだ? 簡単に説明してくれ」

 というので簡単にわかりやすく説明してみた。


 結局衛生面なのだ。何をするにも手洗いうがい。病気の元を取り込むのを防ぐのが第一だと。身ぎれいにしていれば風邪を引く確率はぐっと減る。そこで街のあちこちに設置する範囲洗浄の魔導具。これの設置の仕方を、もっと効率的な案があるなら採用したい。

「面白いですね」

 とはアーノルド。今回持ってきた具体的な数値に興味を引かれたようだ。

「平民はどうしても冬に死ぬ。ポーションはあるが金がかかる。冬は神殿での受け入れもなかなか難しい数になる。春の作付けの時期に働き手を失って農地がそのままになることもあると聞きました。この試みで平民の死亡率が減らせれば国が豊かになる」

 なーんて、はい。アーノルドは事前に手を打った私の仕込みです。

「この魔導具、誰の開発だ? 見てみたいな」

「魔塔の方に注文したようです。ただ、これからたくさん意見をいただいたら形態なども変えていくのもいいかもしれないと思っています」

 デクランは仕込んでませんが、普通に魔導具ということで興味を持ったようだ。

「数字はリリアンヌの方からこれだけしっかりとした物が得られていますから、わたくしたちはすでにクロフォード領で使われた魔導具をさらに設置場所や形など考えるのはいかがでしょう? これだけの案を出してくれたクロフォード領のためにもなりますし」

 スカーレット様も後押ししてくれる。嬉しい。

 自然と皆の視線がギルベルト殿下の元へ向かう。

「……まあ、よいのではないか? 民のためになる発表になるだろう」

 ということで、そうなった。


 資料は出揃っている。

 それをわかりやすく図式化した展示物の作成をギルベルト殿下が中心となり行い、魔導具の新しい形を模索するのがスカーレット様、そしてデクランが中心となった魔導具チームだ。

 ギルベルト殿下とはいえども、実際動くのはアーノルドだった。さすが文官のトップを目指す彼は、わかりやすい資料作りに長けていた。

 そして魔導具チーム。これが、予想以上の働きをしてくれたのだ。

 いくつも案を出した上に、まさかの魔導具作りもやってのけていた。



 文化祭当日、出来上がった発表会場の素晴らしさにクラスの皆が満足そうだった。

 一応説明係を当番制で時間で割り当てた。私の当番は二時間くらいあとなので、せっかくならと他のクラスの展示を見て回ることにした。

「スカーレット様、どちらを回られますか!」

「魔導具係の最初の当番はわたくしなの。リリアンヌはよかったら見てきてちょうだい」

 それは私の詰めが甘かった!!

 資料係の方を担当していたため、魔導具係の当番をチェックし忘れていた。ちなみにギルベルト殿下は陛下がいらっしゃる時間を担当する。良いところを見せたいらしい。スカーレット様もその時間に魔導具係をするものだと思っていた。

「フィニアスさん、リリアンヌと一緒に回ってきてくださらない?」

「もちろん、頼まれなくてもお誘いしようと思っていたところだよ。リリアンヌ嬢、エスコートする許可をいただけるかな?」

 外堀が埋められていく。

「二時間しかありませんけど」

「なら早めに行こう。午後からは闘技大会に出るしね」

 そう言って左腕を差し出される。

「ほら、行ってきて」

 促されて渋々フィニアスの腕に自分のものを絡ませる。

「お願いします」

「うん」

 ニッコリと笑うフィニアスの笑顔が眩しい。空色の瞳は今日も奥に赤を湛えていた。




 どこの発表もなかなか面白い。

「魔導具か魔術式に関するものが多いですね」

「既存のものをよりよくといった感じかな」

 学年ごとに教室が使われているわけではなく、その規模に応じて貸し出されているので三年生の発表の横に一年生の物もある。途中アーノルドたちやクリフォードとも会った。皆、婚約者を連れている。

「あっ……」

 男子生徒がこちらを見てショックを受けたような顔をして立ち去った。

 フィニアスを見るととても満足そうだ。

「……わたくしイライジャさんに伝えていただくようお願いしたと思うのですが?」

「確かにリリアンヌ嬢への根回しは言われたとおりにするけど、余計なものの排除は今からだって構わないだろ?」

「うーん、わたくしのどこが良いのですか?」

「え、今聞く? もう少し静かなところで二人きりがいいな。ここは……耳が多すぎるだろう」

 顔を赤くして照れているフィニアスは普段の少し大人びた雰囲気が消え、年相応の男子だった。

「命を救ったからとかではないのですね……」

「そんな理由では絶対ないよ」

 キッパリと言う彼からは、先ほどの照れはすっかり消えていて、むしろこちらがなんだか恥ずかしくなる。

 そんなやりとりをしているところに、ばったり出くわしました、私のご家族御一行様。お父様は目を思い切り見開き、お母様は眼光鋭く、アシュリーお兄様はとっても笑顔。

 私はフィニアスの横顔をちらりと盗み見た。

 こちらもとてもいい笑顔だった。

 


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