実習は大変なことになった……

 実習の時は騎士服に似たパンツスタイルだ。それにローブを羽織る。それぞれの家紋を入れたり改造されているが、形は皆同じだった。

「聖女でいらっしゃるマーガレット様に従いなさい」

 ニコラスが高々と叫ぶと、周囲の生徒が頷く。

 面倒くさい。

「構いませんよ。指示をください」

 私が素直に頷くと、彼らは皆満足そうだった。

 実習場は、学園の裏にある魔の森。魔物が湧いてくる森だ。国のあちこちにあり、その場所によって森を聖なる結界で囲むか、国を囲むかということになる。国全体には聖なる結界があり、外からの魔物に対して有効だ。学園の裏にあるこの森は、国の内側にある魔の森だそこから魔物がでてこないよう聖なる結界で囲っている。規模もそこまで大きくないので、学生の対魔物の訓練に使われる。

 もちろん、この実習は拒否できる。参加は本人の自由だ。魔術や武力でこの先力を発揮したい者だけでもいい。

 が、杖を得たばかりの一年生はほとんど参加する。特別強い魔物に遭うわけでもないし、最悪の場合の緊急結界魔導具を皆が与えられていた。それが発動されればすぐさま待機している教師や騎士団が来るのだ。

 皆魔術を放てることにワクワクしていた。

「では周囲の探索は風使いのグレイスにお願いするわね」

「お任せくださいマーガレット様!」

 各班は森の周囲に散らばって、合図とともに森の中央を目指す。問題なければ一時間で着く場所だ。そして、そこに待つ教師に到達した証をもらって元いた場所まで戻る。

「光魔術で出発地点のマーキングは終わりました」

「ありがとう、キャロル」

 彼らはズンズン進んでいく。魔の森は歩きにくい。草が地を這い、枯れ葉が落ちている。それがブワブワと積み重なっている上に、その下がしっかりした地面である確証はない。突然の穴に足を取られたりもする。

 足の取られ具合に苛立ったのか、マーガレットが命じた。

「先頭はリリアンヌさんで」

 むしろその号令が遅いくらいだ。

 こういった場所では指揮官は全属性の魔術式を知っていなければ行軍がままならない。

「【地路】」

 私が杖を取り出し行く先に式を展開する。これは二重式だ。足場の悪い場所で使うなかなか便利な地魔術。道幅は狭いが少しだけ地面が迫り上がり、落ち葉のない道ができる。

「そんな便利なものがあるなら早く出せばいいのに」

 マーガレットが言うと他の生徒も頷くが、私は首を傾げた。

「わたくしはこの班の編成では火魔術師として参加しております。地魔術師であるゴドフリーさんの仕事を奪うことになります。先生方はあちらこちらで見張ってらっしゃいますからね」

 ハッとしたように辺りを見回す。

 たぶん、先生どころか騎士団や、魔術師が見張ってると思う。優秀な生徒は早めに押さえておきたいだろう。

「ゴドフリーさんから提案があるかなとも思いましたので……」

「わ、私はまだ地路は展開できないので」

 悔しげに口を歪ませているが、それはそれで問題外だ。

「それでも地路を知っていたのなら提案してわたくしに聞くべきですね。私が二属性で地持ちなのは有名でしょうから……さあ進みましょう。探索は定期的にお願いします」

 最悪の空気の中、行軍という名の森の散歩が始まる。これが、騎士団のあとの三年生になると、それなりに魔物が残っているらしく、もう少しまともな行軍が必要となる。そういったことを学ぶ授業があるらしい。

 風による探索によると、この先に何かいるそうだ。

「大きさは? 魔力量は?」

 矢継ぎ早に質問するが、それをすぐに止められる。

「グレイスさん、大きさや魔力量からどんな魔物かわかりますか?」

「そ、それが、わたくしの探索ではまだそこまではわからないのです。たぶん闇鹿ダークディア闇狼ダークスコルあたりかと思うのですが」

「だそうです、リリアンヌさん。迎え撃ってください」

「どうやって迎え撃ちますか? 前方とは聞いていますが、私には正確な場所はわからないのですが」

 そう言われてグレイスは改めて探索する。

「右から!! あっ!」

 弾かれたように顔を上げたグレイスが顔を向けた方に、今まさに飛びかからんとする闇狼ダークスコルがいた。

「【火矢】」

 私の上から赤い炎でできた細位矢が放たれ、開けていた口の中を貫通する。さらにはそのまま燃やし尽くす。

「あと二体」

「方向を!」

「ほ、方向、えっ」

「【聖結界】」

 マーガレットが右手を天に向けて唱えると、辺りが一瞬明るくなり、そして私たちの周りに薄っすらと半円状の膜が降りる。その直後闇狼ダークスコルが結界にぶち当たる。相手も予想外の結界にモロに食らって地面へ落ちた。

「【火矢】」

 すぐさま私がとどめを刺す。

「そうですね、我々が進んでいるこの道の先を時計の十二時として、何時の方向から敵が来るかといった風に伝えるのがわかりやすいですかね。……しかし、俊敏な闇狼ダークスコルが出るのは危ないですね。早めに進んで先生方に伝えたほうがいいかもしれません」

「あっ、九時の方向から……」

 私が構えようとすると、横からニコラスが杖を振るう。

「【氷弾】」

 氷の塊がいくつも当たるが威力が今ひとつ。

「【闇茨】」

 トゲのついた闇の鞭がその体を貫く。

 これで最初に言ってた三体はクリアだ。

「【葬炎】」

 魔物の死体を焼き尽くす。

「はやく、進みましょう」

 マーガレットが青い顔で先を促した。焼ける匂いは決して気持ちの良いものではない。

 聖結界は場所固定のものらしく、移動中は無防備だ。

「探索で魔物が引っかかったら聖結界を張りましょう」

 そう言って進むのだが、グレイスは魔物を見つけるとすぐマーガレットに報告し、その度に聖結界を張る。だがなかなか接敵せずに結界を解くことが何度もあった。

「……グレイスさん、探索距離はどの程度にしています? 少し遠くまで探索し過ぎではありませんか? 魔力は持ちますか? まだ三分の一くらい残ってますし、帰り道もありますが。少し探索の頻度も高いと思います」

 少しではない。かなり高い。探索の風紋はグレイスしか使えないのだからペース配分はよく考えて欲しい。

「でも! 風紋を使わなければ魔物の位置がわからないじゃないですか!」

「それはそうですけれど」

 だからこそグレイスが倒れたら我々はおしまいなのだ。

 緊張のせいもあるだろうが、息の粗さが魔力量が減ってきたせいかとも思えて悩ましい。もともとそれほど魔力が多くないのかもしれない。

 正直こんなに魔物が出てくるとは思ってもみなかった。二年の時の実習には参加していないのでわからないが、一年は本当にお遊び程度だった。

 どういうことだ、これは。

「マーガレットさんは魔力量はいかがですか?」

「まだ平気です」

 曖昧な返答だな。プライドからの返答か、それとも本当に分からないか。

「最悪緊急用の魔導具を――」

「そんな真似できるわけがないでしょう! マーガレット様がいらっしゃるんですよ!」

「わたくしは大丈夫ですから、さあ進みましょう!」

 ニコラスが噛みつき、グレイスは先頭に立つ。だが、明らかにきつそうだ。

 火柱を思い切り使えば何事かと人が来るだろうが、なにせ木は燃える。それが厳しい。やるなら地で周囲を均し、火柱で延焼しないようにしてからだ。

 キャロラインは少し不安そうにその様子を見ていた。

 こんな状態でもマーガレットはそれ以外の指示を出そうとしないので、私は諦めて闇魔術師のトレヴァー男爵令息に向き直る。

「音闇は使えますか?」

「あ、ああ。使える」

「なら、この道沿いにお願いします。音でこちらを察知している魔物はそれでかなり避けられるかと。闇狼は匂いでしょうが、これ以上の追加を少しは避けられるかと。キャロラインさんは何か役に立ちそうな光魔術はありますか?」

「ええっと、反射が。初撃しか反射できないけど。あと時間も十五分くらい」

「では、マーガレットさんの聖結界が最後の頼みの綱なので、グレイスさんの探索に魔物が引っかかったら聖結界でなく反射をかけてもらって、マーガレットさんの魔力を温存する方向で参りましょう。反射は何回くらいかけられますか?」

「あれは、そこまで魔力を使うわけじゃないから、四十回くらいなら」

「わかりました」

 探索で魔物を見つけた後に使って、全員にかけたとして六回だ。魔力量はかなりあるようだ。

 グレイスは探索の回数を減らそうとはしなかった。

 地魔術は私のこともあって調べているが、地路を使えないのなら役に立ちそうな魔術式はなさそうだ。接敵時土盾を使って自衛くらいは出来るだろうか?

 数回接敵するが、二匹程度なのでなんとか撃退する。

 というかやはり、闇狼がおかしい。

「十一時の方向に三……四匹! 闇狼だけしゃなくて……」

「距離は!?」

「すぐそこ!!」

「【火矢】」

「【闇茨】!!」

「三時の方向からも!」

「【氷弾】」

 しかし、ニコラスの氷弾は、正直弱い。

「【光矢】!」

 すぐさまキャロラインがサポートに入る。彼女はわりあい戦い方がわかっているようだ。

「九時!」

 私の真横。熱い息がかかる。それまで気付かないほど早くそれは素早く距離を詰めてきた。とっさに頭をかばうため振り上げた腕に噛みつかれる。

 バリン、と陶器が割れるような音とともに闇狼を倍以上にしたさらに黒い狼が弾かれる。

「聖結界を!」

 だが、マーガレットは恐怖故か動かない。唯一剣を使うニコラスも、剣を抜きすらしていない。

「【土籠】」

 本来の捉える使い方でなく、守る方の籠を作る。土の柱の目は粗いがまあましだ。他の生徒を全部籠の中に収める。

 しかしそのせいで敵への対応が遅れた。

 やはり剣の才能はないと言いはしたが、剣は持つべきだ。

 魔力での身体強化を左腕に注ぐ。噛み砕かれなければ次の手を打てる。腕だけならなんとかなる。

 そう覚悟した。

 右手の上で腕を犠牲にしたと同時に火矢を五本ほどお見舞いすれば――。

「それはだめ!!」

 炎をまとった刀身が、大きな闇狼の首を真っ直ぐに抜ける。

 まだ首が胴体から離れたことを知らない狼は、ゆっくりと私の腕に噛みつく。

 が、またもやバリンと音がした。

 反射だ。

 首だけが反動で飛んで行く。

 発動仕掛けている火矢の魔術式を空に放った。

「怪我は!?」

「助かりました、イライジャさん」

 両手を私の肩に置き、頭を垂れるイライジャに礼を言うと。彼はウンウンと頷く。

「よかったぁ……反射強いね」

「そうですね、キャロラインさんもありがとうございます」

 土籠の魔力を解くと、地面に接する形に作っていたので彼らもすんなり地面へと降りることができた。

「やたらと闇狼が出るから危ないと思っていたんだけど、さっきのやつのせいかな?」

「そうかもしれませんね」

「もうあと少しらしいから、一緒に行こう。班員ももうすぐ追いつくと思う」

「そうですね、人数が多いほうが安心です」

 たぶんグレイスはもう探索しない方がいいだろう。

「イライジャ様、助けていただいてありがとうございました。私もう、本当に怖くて怖くて……」

 マーガレットはまだ諦めないらしい。なぜそんなに必死に取り入ろうとするのだろう?

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