杖の威力舐めてました

 今日は、聖女の浮かれっぷりが半端ない。

 前回はこの頃スカーレット様との仲というか、マーガレットとの仲はそこまで進んでおらず、このあとも自然と二人を中心に、和気あいあいと魔術の試し打ちをしていた。

 それが、なぜこうなった。

 マーガレットの取り巻きの中でも、特に彼女を盲信しているのが、事あるごとにしゃしゃり出てくる男子学生、ニコラス•ロンバート子爵令息と、グレイス•バレンシア男爵令嬢だ。彼らがマーガレットのすぐ後ろをついて、やたらと褒めそやしている。

 白々しいやり取りを聞いているのが面倒だ。

 訓練場には、土の壁がいくつも横並びに立っていた。そしてその土壁に向かって杖の性能を試している。

「あまりやりすぎないように! 魔力枯渇で明日の授業を受けられなくなりますよ!」

 デルヴァー先生の声が響く。

 あちらこちらに魔術の先生方が立っていた。

 まあ、杖を手に入れたら試したくなる。当然だ。

「そこの土壁が空いている。そこにしよう」

 先陣を切って歩いていたギルベルト殿下が言うと、早速杖を取り出す。

「【光矢】!」

 一重の魔術式なので発動も早く魔術式の大きさもかなり小さくできている。

「すごいです! ギルベルト殿下! 発動も大きさも素晴らしいです」

「いや、杖はすごいな。かなり楽に書ける」

「マ「スカーレット様もぜひ見せてくださいな!」」

 ギルベルト殿下の台詞に重ねてやった。どう考えてもスカーレット様からだろうが!

 アーノルドクリフォードがそれに同調すると、スカーレット様は優美な動きで一歩前に出ると上を真っ直ぐ持ち上げる。

「【氷弾】」

 複数個の氷の粒が土壁にめり込む。水より土が勝るので、これはかなりの威力だ。水魔術は水温を下げるシンボルをうまく組み込むことによって氷になる。火魔術が青炎を出せるようになるのと同じだ。

「思ったより威力が大きくなったわ……リリアンヌは気を付けてね」

 気を付けます。火球が大きくなった事件はよくあることらしく、魔力を抑えたと思っても抑えきれていない事故だそうだ。訓練して己の魔力使用量を見極めなければならない。

「【水渦】!」

 杖から伸びた渦巻く水が土壁へ螺旋状の跡をつけた。水の二重式だ。

「素晴らしい!」

 ギルベルト殿下の言葉にマーガレットが頬を染める。

 わざわざ水を使うのが憎たらしい。スカーレット様へ対する嫌がらせでしかないではないか! スカーレット様は殿下が一重魔術式を使ったから、わざわざ同じ一重式を使ったというのに。

 ここは私が四重式でもと一歩前に出たところで、スカーレット様に呼ばれてニッコリ微笑まれた。

 バレてる!!

 フィニアスにも肩をポンッとされた。

 口を尖らせないのに必死だ。

 その後は順番に各々一重式を試したり、二重式に挑戦したりした。スカーレット様の水魔術が、以前よりも上手くなっている気がする。魔導具に関わり、魔力の流し方を知ったからだろうか?

「リリアンヌさんは、火はお試しにならないの?」

 火魔術の教師のウェセト先生だ。

 火は大惨事が怖くてこれだけそこら中に生徒がいる状態で使うのは危険だと判断しました。土壁ですら想定より大きかったのに。

 火を使ってないとバレている。見てたの!?

「ええっと、この、人の多い場所で想定より火球が大きかったら困るな、と」

「……ならば火柱は? 覚えているのでしょう?」

 火柱は円柱状の火の柱を相手の足元に展開する術式だ。いくつも立てて、相手の行動を制限したりするときにも用いられる。水は多少濡れても問題はないが、火は触れれば怪我をするので相手も慎重に動かざるを得なくなる。

 火柱は二重式だ。

 私は、ではと杖を構える。長い間使ったそれは、今回もぴったり手に馴染んだ。

「【火柱】」

 ドンッ、と地面が震え、大人二人が手を繋いで輪を作っても届かないくらいの太い柱が三本現れる。

 ヒェッ、と直ぐさま魔力の供給を切る。

 恐る恐るウェセト先生を見ると、先ほどとは違い杖を構えていた。というか、あちこちに散っていた教師が皆杖を持っている。

「ちょ、ちょっと魔力を多く流し込んでしまったようで……」

 スカーレット様はいつも通り微笑み、フィニアス、イライジャ両名は顔を輝かせ、ギルベルト殿下たちは呆然とし、聖女様は私に敵意増し増しだ。なんとか顔作ろうと必死だけど、崩れちゃってる。

 ウェセト先生はハアッと短く息を吐く。

「あなたの魔術指導をしなければなりませんね。これから火の日の放課後に火の訓練場へいらっしゃい。他にも見る生徒たちがいますが」

「ちょっと待ってください! リリアンヌさんの地魔術は私が見ているんです! 魔術の担当教官は私ですよ!」

 地属性の魔術教師のガノルバ先生だ。

「モテモテだね、リリアンヌ嬢」

「あまりもてては困るんだけどなぁ」

 イライジャとフィニアスが隣でそんな軽口を叩いている間に何やら先生方の間で話がついたらしい。

「ではリリアンヌさんは、放課後火の日には火魔術の訓練場に、木の日に地魔術の訓練場に来るように」

「ええっ!? お勉強の時間が……」

「魔力練りの時間を減らせばよいのですよ」

「だ、だめです!! 早く次の闇を、闇泉を手に入れるのですからっ!!」

「無い物ねだりはおよしなさい」

 ひ、ひどい! 生徒の自主性はどうなったの!

「それに、スカーレット様の魔術師となるのでしょう? ならば実践的な魔術の使い方を学ぶべきです!」

 正論で何も言い返せない。

「……よろしくお願いいたします」

 ウェセト先生とガルノバ先生がウンウンと頷く。たしかに必要ではあるけれど、闇属性会得してからでもいいかなって思ってたのに!

「ウェセト先生! 私も火魔術を習いたいです!」

 突然のマーガレットの申し出に、ウェセト先生は軽く目を見張ったあと、首をゆるく振った。

「マーガレットさんこそ魔力練りをされたほうがよろしいかと。聖属性は希少です。魔物から人々を守る結界に魔力の供給が今後の主な仕事となるでしょう。あなたの体を楽にするためにも、魔力練りに時間を費やすべきですよ?」

「で、でも、私は全属性だし、色々なことができる方が……」

「ならばせめて聖属性との親和性が高い光属性になさい。その方が威力が高いはずです。火や水よりよっぽど良いですよ」

 ハッキリと拒絶されているのにマーガレットはまだ納得がいかないようだ。

 でも、とかだって、と呟いている。先生がふうっと息を吐いた。

「わたくしは火魔術しか拝見しておりませんが、他属性の授業にも顔を出しているようですね。そのせいか初歩の初歩である魔術式すら描き上がるのが遅く、大きさも大きい。実戦にはまったく使えないレベルです。一つのものに専念しないと単に授業を受けただけになります」

「ま、マーガレット様は聖女なのですから守られる側です! 実戦など――」

「でしたらなおさら火魔術など学ぶ必要がないでしょう。火魔術は攻撃系統の魔術です」

 またもや墓穴男ニコラス撃沈。

「全属性で興味があるのはわかりますから授業に出るのは好きにしたら良いでしょう。ですが火魔術は、個人指導するに値する資質を感じられません」

 先生正論すぎます〜。

 ニヤニヤが表に出ないよう私の表情筋を叱咤激励している。

「光魔術は味方を支援する式が多いですから、多少展開が遅くとも問題ないでしょうし、後方支援としてあなたの身の安全も確保されますよ」

 もっともなご意見に、ようやくマーガレットも黙ることとなる。途中で引いていたらここまでダメージを受けることはなかっただろうに。

 その後つつがなく試し打ちは終了した。


 杖を得れば実技方面はさらに活発になる。

 魔術師を目指す者は得意属性の教師に師事する。

 寒さが和らぐ頃には、皆それなりの腕前になってきていた。

 そして行われるのは実戦実習だ。

 近くの魔の森への魔物狩りを学年ごとに行う。まあ、最初に騎士団がだいたい狩って強すぎるものは排除されているし、三年から順番に行うので一年が実習に入る頃にはほとんど何もいない状態だ。

 班は教師が属性バランスと能力を見て決める。

 だが、前回は殿下が横槍を入れ、自分の思うように班を編成した。

 そして、今回もそのようにしたらしいが、まさかの陛下からさらに横槍が入り却下されたようだ。

 これまでの所業でかなり警戒されている模様。

 そして発表された班分けに、私は教師陣を呪った。


 なぜ私がマーガレットと一緒なのか!?


 二十以上班があるというのに、なんでどうしてそうなるの? しかも、取り巻き筆頭二人つきだ。

「リリアンヌ……バックに神殿がいるのを忘れないようにね」

「教師陣からの悪意を感じます……」

「聖女は守らなくてはならない存在だから、守れそうなリリアンヌといっしょに?」

「魔の森の木々は燃えにくいとはいえ、火との相性はイマイチです。自分の炎に巻かれるのは嫌なので」

 魔物に対峙し火球や火矢を投げつけることはできるが、そこまでなのだ。なので基本は地魔術を使っていくことになる。火よりは地の方が危険は少ない。

 魔力を練りながらスカーレット様とそんな話をしていたら、イライジャがやってきた。

「リリアンヌ嬢、ちょっといいかな?」

 手に持っている紙をヒラヒラと振っている。

「何でしょう?」

「班分け見たでしょ? 酷いなぁと思って」

「私とマーガレットさんですか?」

「いや、むしろ、リリアンヌ嬢以外のメンツがもう全員聖女派」

 それは、気付いてなかった。

「マーガレットさんが聖、ニコラスさんが水、グレイスさんが風、この、光と闇の方は違ったような気がするのですが……」

「ここ数日はよく一緒にいるよ」

 うわー。

「だいたい十人くらいの班なのに、リリアンヌ嬢のところ七人なのは、たぶんリリアンヌ嬢の魔力依存なんだろうけど、なんか不安だから、俺の班は初期地点がわりと近いし、班員に話したらなるべく近くを探索しようって話になった」

「ありがとう、イライジャさん」

 私よりスカーレット様が先に感謝をのべる。

「それでも十分気を付けてね。なんかあったらフィニアスが暴れちゃうから」

 それは余計な情報かなぁ……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る