今回の杖は!?
無事授業は始まり、今日はとうとう杖獲得の日だ。
何故かこれに関してはアシュリーお兄様すら口を閉ざしている。
私も……まあ知ってる。知ってますよもちろん! でもなかなかに壮観なのでみんなも初めてを楽しめばよいのだ。私は一度目あまりの光景に面食らって呆然としたまま終えてしまったので、今回は楽しもうと思う。
一年生は魔術の実技を受けている者は講堂に集められた。ユージンのような、学力と、今後のコネのために学園に入学している魔力を一定量以上持たない平民は杖を得ることはできない。
「それで今日は杖を授かりに行きます。順番は関係ありません。杖は、必ずあなたのもとにやってきます。最後に選ぶのがあなたの杖です。選ばれ、選ぶのです」
うん、意味わからない。
そう、私も最初の時は思った。
デヴァルー先生がローブの内側からさっと杖を取り出し教壇をコツコツと叩くと、教壇の真ん中にスッと光の筋が入り、両側に割れて動き出す。
やがて現れた地下への階段に皆が声を漏らした。
「身分、などといってるとなかなか順番が決まらないので、前の席から順に行っていただきます。杖を得たら出口を通り、各属性の訓練所に行きなさい!」
思い切り腰を浮かせた殿下がゴニョゴニョ言いながら座った。
逸る気持ちはわかるので微笑ましく見ておくわ。
なんでマーガレットが隣に座っているのか不可解ですけどね。
アーノルドとクリフォードが、えええっと二度見していた。
スカーレット様は無だった。
「リリアンヌは落ち着いているのね。お兄様から何か聞いているの?」
二度目の余裕です、スカーレット様。
「いえ、これに関してはお兄様もお義姉様も何もおっしゃられないんです。ただ、順番は関係ないからとだけは教えていただきました」
周りのソワソワしている生徒たちにも聞こえるように言うと、少し空気が落ち着いた。
「何色の杖だろうな、ホワイトウッド、ブラックウッド……」
静かに待っているのが耐えきれなくなったギルベルト殿下が、何やら思い出して木肌の色を述べだす。
杖は基本木だ。魔力を帯びた木でできている。父は黄色みの強いかなり柔らかくしなる杖で、母は真っ黒の硬い杖だ。一度魔力を通してしまえば本人以外には扱えなくなる。
前回の私の杖は、鈍く艶めく少しねじれの入った濃い茶色のものだった。
「私は白い杖がいいです!」
「確かに、真っ白い杖は聖属性を扱う君にピッタリだろうね」
何だかんだとまだ仲良く話しているのだ。冬休みの間に矯正されなかったのか?
そんな事を考えていると私たちの番だ。スカーレット様とともに階段を下りて行く。
階段は人が二人並んでやっと通れるほどだ。
「こちらの転移陣に一人ずつ立ってください。空いたら自動的に転送されます。その先の床の陣に魔力を少しだけ込めてください。すると、杖に選ばれ、最後は自分の杖を選ぶのです。杖を持ったら次の間に自動で転移します。そのまま訓練場に行きなさい」
順番とは言え、並ぶ途中に自然な流れでスカーレット様を前に誘導しようとしたら、首を振って断られた。
スカーレット様の驚いた顔見たかったんだけどな。
前の生徒が消えて、私も陣に立つ。やがて周りが煌めき懐かしい空間へやってきた。
前回はあまりの姿に圧倒されて呆然としている間に決まってしまったが、二度目なので少しは落ち着いている。
私たちが降り立った場所の床には丸い陣があった。それは等間隔に円を描いて並んでいる。そして中央にはたくさんの、杖が漂っているのだ。
どれもが淡い光を帯びながら、中央の空間に円柱状になって浮かんている。十人が手をつないでも抱えきれないほど大きな杖の柱。
そして私たちのすぐ後ろには夜空が拡がっていた。時折星がきらめく、どこまでも夜空か続く空間に、杖の柱とそれを取り囲む円陣。その上に立つ我々。
『ユカノジンニマリョクヲソソゲ』
私には前回と同じように何処か年を召した老婆のようにも聞こえる声が響く。
けれど、スカーレット様には、前回は若い男性の声に聞こえ、皆が皆まったく違う声を聞いたそうだ。
すぐ隣の女子生徒が床に魔力を注いでいる。すると、床から光がいくつも飛び出し、柱の中に吸い込まれ、杖が飛んできた。
杖が選ぶ。
彼女の杖は五本。くるくると周囲を巡る。
そしてその中の一つに手を伸ばし、触れた瞬間姿が消えた。
驚いて呆けてる間に終わるのがこの杖の習得なのだ。しかしよくよく考えてみると、呆けてるからこそ、最後の選びを直感で行えるのだと思う。
皆口々に、手に吸い付くようだと言うのだから、最善を選んでいるのだろう。
『ユカノジンニマリョクヲソソゲ』
面白くてつい周りを見ていたら、催促された。
私は片膝を付いて床に手をやり魔力を注いだ。
すると光がいくつも――ん!? なぜ一本!!
「ぇぇぇぇ」
やってきたのは私の杖だ。
「選ばせてよ」
周囲をくるくると巡ることすらしない。私の視線の先にふわりふわりと浮いている。
鈍く艶めく、少しねじれの入った濃い茶色の杖。
「ちぇ、チェンジ……」
だが杖はさらに私に迫ってくる。
「わかったわ。今回もまたよろしくね」
最高の相棒と考えるべきか。棒だけに!
手を差し伸べると向こうから転がり込んできて、そこは中庭だった。
杖を持った偉大な魔術師の像。スカーレット様の遠いご先祖様だ。大賢者とも言われていた。
瞬間的な転移に少しくらっとするが、移動してスカーレット様を待っているとすぐにやってきた。
スカーレット様の杖も前回と同じく黒壇だ。上品な黒。そしてねじれの一つもない真っ直ぐな杖だ。
「先人たちがまったく教えてくれないのもわかる気がするわね。あれは、なんの情報もなしに対面するべき光景だったわ」
台詞も同じ。
「じゃあ行きましょうか」
えっ!? と一瞬驚いたがそれを顔に出さずに頷いた。
前回はここでギルベルト殿下を待っていたのに。
私が色々変えてきているのがスカーレット様にも影響が出てきている。以前よりギルベルト殿下に心を砕かなくなった。
それは正直な話喜ばしいことだ。私としては。
だが、私のせいで変わったことが本当にスカーレット様の望むことなのか、たまに自信がなくなる。
「それじゃあ、周りを火の海にしたらダメよ?」
「調整頑張ります」
スカーレット様の訓練場とは違うので、私は一人歩き出す。と、後ろから呼ぶ声がする。イライジャだ。
「待って待って〜リリアンヌ嬢、どうだった? わー、すごくツヤツヤしてて綺麗だね。俺のはね、これ! すごく赤い」
「本当ですね。こんな赤い木もあるんですね……というか、留学生で杖って取得できるんですか?」
「やー、それが不思議な話、どこでも同じらしいよ。故郷にも同じ杖を得る間があるそうだけど、どこで取っても自分の杖が来るんだって」
「へええ……不思議ですね〜」
それは初めて聞く話だった。
「過去にも何回か留学先で杖を持った話は聞いてたけど、ちょっと不安だったのはたしかだね」
そう言ってイライジャは笑った。
「ちゃんと杖が来てくれて良かったですね」
訓練場で火球で試すが、魔力の動かし方が楽でさらに早く発動することができた。
「これなら付与の術式はもっと楽に書けそうだな」
イライジャが嬉しそうにしていた。
「戦闘時は手袋をして手からでしょうが、魔物狩りで戦うことがわかっていれば付与は杖で楽になりますね」
「杖を使う魔術式と戦闘時杖なしで使う魔術式をよく考えないとな」
私は魔術師の方に重きを置くので、初手の一撃をやり過ごし、杖を手に取る暇を作るような魔導具を持たなければと思う。拳も使うけどね!
しかし改めて見て、杖が以前と変わりないことになんとも言えない気持ちになった。
もしかしたら、変わるかもと思っていたのだ。しかし実際は再びの相棒である。
私自体は何も変わってないということか? 魔力量は増えたが質は変わっていないということか? だが土が増えている。
その日は杖を得るだけで終わった。教師陣からしたら、こんなソワソワしている生徒たちに授業を受けさせてもまったく頭に入らないし、実習ならば事故が起こるということなのだろう。
その通りだ。
午前中で訓練場は終わったが、その後の食堂がその話題で溢れている。
ギルベルト殿下はやはり冬休暇の間に注意が飛んだようで、食事はスカーレット様と一緒だった。
が、
「すごくきれいな白で気に入ってます〜」
なぜ殿下の隣にマーガレットが座っているのか?
食堂の机は長方形で、八人掛けになっている。長い辺部分に四人ずつ座る仕様だ。ギルベルト殿下とスカーレット様が並んで座り、さらに隣にマーガレット。通路を挟んで向こう側がマーガレットの取り巻きたちだ。
殿下の向かいにはアーノルドとアイネアス、クリフォードとコリンナが並んでいた。
スカーレット様の隣を私はカタリーナに譲る。
毎回この時間は嫌だなぁ。
時間をずらすことができるのは、夕飯と昼食。できるだけずらしていきたいところ。
しかし、……食べるの遅い。
この時間がすごく無駄なんだが……。午後からも訓練場は開放されている。しかも今日は総合訓練場も開放されているのだ。もちろん教師がその場には詰めていた。
スカーレット様に水魔術を見せて貰う約束をしているのだ。早く、早く!!
「リリアンヌ嬢はこのあとも火の訓練場?」
私の向かいで食事中のイライジャに聞かれたので、これ幸いとハキハキ答える。
「午後からは総合訓練場でスカーレット様の水魔術を見せていただく予定です」
「へえ、いいね。私も行こうかな」
「俺も行く!」
向かいに座るフィニアスとイライジャに、ギルベルト殿下が反応する。
「いいな、みんなで行こうか」
「ギルベルト殿下の光魔術が見たいです」
マーガレットがすかさず持ち上げる。
「じゃあ、まあ、みんなで行きましょうか」
アーノルドが、微妙な顔をしながら言うとそういうことになった。
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