時の人シュワダー•レフサー

 座長は主役を張っていた男優だった。茶色の髪の二十代後半に見える人だった。

「ああ! 我らがアイデアの泉リリアンヌ嬢! お初にお目にかかります。ロディックと申します」

 両手を広げてツカツカと部屋の奥から凄い勢いで駆け寄ってきたのでちょっとびっくりしていたら、フィニアスがスッと私の前に進み出た。

 ロディックはそのまま膝を折り、左手を胸に当てお辞儀する。

「本当に心よりの御礼を申し上げます」

「わたくし何かした覚えがないのですけれど」

「今回の脚本のシュワダー•レフサーですよ。彼に騎士と令嬢の恋物語の続編を示唆したのがリリアンヌ嬢だと」

 そういうことか。

「リリアンヌ嬢とシュワダー•レフサーは知り合いなの?」

 フィニアスの問いに、私とロディックは同時に首を振った。

「リリアンヌ嬢の兄上とお知り合いだね」

 そこは言っていいのね。了解した。

「お兄様に読書会で令嬢の心に寄り添ったものをおすすめしてもらって、令嬢たちの反応や感想をお伝えした感じですね」

「今回の演目は、すでに出版している本の続編としてシュワダー•レフサー本人が脚本化したものなのです。その続編も、リリアンヌ嬢が続編がないかと言う話をアシュリー様にされたのが伝わって、なのですよ。連日満員御礼の大賑わい。本当にありがたい」

 そう言いながら彼は首にしていたチョーカーを外す。と、髪色が黒に変わる。

 ん?

「もしかして、魔塔のユールさんのお知り合い?」

「……ユールをご存知で?」

「魔塔にも通っておりまして」

「おお! 最近金づ……支援してくださる貴族様がいらっしゃると聞いていましたが、リリアンヌ嬢のことなのですね。友人がお世話になっております。なおのこと、何か御礼ができればと思うのですが……」

 今、金づるて言おうとしただろう。まあいいけど。金づるになりたいのは確かだし。ユールはとても楽しい魔導具を作る。

「ならば、今日使った特別観覧席をくださいな」

 私はニッコリと笑った。



「カスティル男爵令息とは、か、家格が合わないのではないかなっっ!!」

「そうですね、合わないと思います」

 王子様と子爵令嬢無理ぃ。

 ロディックとは良い話し合いができて、今日はそのまま帰宅した。フィニアスはきちんと私を送り届け、家族に挨拶をし別れた。

 そして夕飯の席である。

「でも、彼とても紳士的よっ!? 人柄も良さそうだし」

 とはフレデリカお義姉様。

 素材採取のときで、かなり気に入ったようだ。

 まあ、皆が私の行く末を心配してくれるのは大変ありがたいのだが、何度でも言う。

「そういったことは、殿下周りが落ち着いてからです」

 むむっと口を噤むフレデリカお義姉様。それに、二年の冬にフィニアスは……そうだ。そっちもちょっと考えなければ。

 あとで秘密日記に加えておこう。

「リリアンヌ、明後日ラングウェル公爵夫人とお茶会があります。スカーレット様が、かなり急だけれど、子どもたちも集まることができればという話になりました」

「もちろん参ります! 他の用事を蹴ってでも参ります!」

 わーい。スカーレット様とのお茶会久しぶりだ〜。あ、コリンナを呼んでもらえないか手紙を書こう。まあ、あまりに急なので無理なら無理で、観劇希望日を聞き出すだけだ。できればクリフォードといっしょに行ってもらいたい。

 早速このあとお手紙を書いて、無理を言って今夜にでも届けてもらおう。明日朝読んでいただければ十分だ。

「ふふふ、お茶会楽しみです」

「リリアンヌは、本当に、スカーレット様が好きなのねぇ」

 ティファニーお姉様の発言に皆が何度も頷いた。私ももちろん頷いた。

「まあ、リリーが楽しそうだからいいけど〜」

「アシュリーは情報収集をお願いしますね」

「了解です」

 母の言葉にお兄様がため息をついた。



「リリアンヌ、ソワソワしすぎですよ」

「だってお母様」

「だって、ではありません。あなたは……外ではきちんとした言葉遣いができているのですか?」

「大丈夫です、お母様。スカーレット様の顔に泥を塗るようなことはできませんもの」

「はぁ。誰に似たのかしら……」

 今日は久しぶりのスカーレット様なのだ。もう一ヶ月会っていないような気分だ。早くお会いしたい!

 馬車が公爵邸に着くと、パーティー会場に案内される。普段は案内係なのだが、なぜかラングウェル公爵自らが出迎えてくれた。

「最近はどうかな? クロフォード夫人」

「おかげさまで順調に過ごさせていただいております」

「何やら化粧品の工場を支援したとか」

「ええ。先日奥様に品物をご紹介させていただきました。また新しいものが出たらお持ちいたしますわ」

「それはありがとう。ところで、私に何か報告することはないかな」

 振り向くと同時に発せられた言葉に下手を打ったのは私だ。とっさに、なんのことでしょうといった表情を繕えなかった。

 ああ!!! 人生経験の差! まずい。これは、何か身を切ってでも誤魔化さねば!


「リリアンヌ嬢?」


 問いかけに圧がこもりまくっている。アシュリー兄様! 知らないんじゃなかったのですか?

「フィ、フィニアス様とは別になんでもないんです!」

 申し訳ない、フィニアス! 犠牲になってください!

 返ってきたのが望む返答ではなく、また予想もしていなかったことでラングウェル公爵も対応に一瞬遅れる。

 ここへ畳み掛けるしかない!

「お義姉様がボックス席のチケットを頂いたのですが、お茶会で行けなくなったそうで、わたくしたちに行ってみないか? と。ええっと、そもそも素材採取に行きまして、その帰りの馬車でのことですね。素材採取は、スカーレット様の魔導具の素材です。冬の時期にしか採れないものも手に入れました。またお持ちしようと思っています」

 と、素材採取も危険なワードだ。戻らねば!

「この観劇が、シュワダー•レフサーのものでして、かなり盛況でした。一緒に行ったわたくしのメイドが最後泣いて泣いて大変なくらい。今日ご令嬢たちにもおすすめしてみようかと思っています!」

 ふ、ふう。言い切った。言い切ったぞ!! 

 というか、観劇の話題もかなり危険だ。例のギルさん突撃事件。あれはまだ両親にも話していない。

 ニーナも、迂闊に言っていいことではないと判断したようで、口を閉ざしている。良く出来たメイドだ。

「お父様に許可を得て一日エスコートしていただきました」

「カスティル男爵令息か……」

「御存知ですか? 寡聞に存じ上げなかったものですから」

「知ってはいる……リリアンヌは彼との婚約を望むのか?」

「いいえ?」

 即座に否定すると、大人二人が戸惑っている。

「わたくし以前に申し上げた通り王宮勤めの方の第二夫人を望んているのです」

 大人二人が渋い顔をしている。

 私はぶれてない。周りが勝手になんだかんだと騒いでいるだけである。

「学園でも、婚約などのお話は三年生になってから、スカーレット様の利になる方との結婚を望んでいますと告知して――」

「そんな話は聞いていなくてよ、リリアンヌ!」

「まちなさい告知というのは何の話だ!」

 というので、デクランと話した下りを説明した。

「そうか、それで急に我が家にスカーレットの意向を伺いがやたらと問い合わせされるようになったのか……」

「反対に我が家には一切話は聞こえて来ていませんね。リリアンヌがそんなに殿方に望まれているということも存じ上げませんでした」

 お母様が渋い顔をしている。

「アシュリーを問い詰めましょう」

 お兄様、ご愁傷さまです!!

 王宮勤めの文官だから、話は入ってきているはずなのだ。

「まあ、了解した。因みに、カスティル男爵令息は、人となりは問題ないと思う」

「家格が合いませんね」

「リリアンヌは、跡取りではありませんし、添い遂げたいと思うのなら別に反対はしませんよ。援助も致します」

 そっちじゃないんだなぁ。

 ラングウェル公爵はじっとこちらを見るのでニッコリ笑っておいた。フィニアスを知っているなら、その裏も知っているのだろう。

 そしてこれで私も知っていることは伝わったはずだ。

「まあ、リリアンヌ嬢の結婚話はスカーレットも気にするだろうし、またゆっくり話し合うか……で、私が聞きたいのはギルベルト殿下と聖女のはなしなのだが?」

 ヒィィィ!!! やっぱり知ってんじゃん!! 王都が火の海にぃ!! 神殿との全面戦争ううう!!!



 詳しくはお茶会の後、スカーレット様に気付かれないように尋問する聞くと宣言されました。

「いらっしゃい、リリアンヌ」

「お久しぶりですスカーレット様。お元気そうで何よりです」

 私が一番家格が下なので一番初めに来る。その分スカーレット様とお話できるので嬉しい限り。

「冬の素材をまた運ぼうと思っていますので、フォレスト先生のところへ行く日を教えてください。日にちが合う日にお届けします」

 せっかくならスカーレット様がいる方が良いです。

「またあとでメモを渡すわね」

「はい! 魔導具作りは順調ですか?」

「ええ、とても楽しいの。リリアンヌが昔わたくしに言った言葉を覚えてる? 趣味は心の渇きを満たしてくれると」

「二人で趣味の会をするきっかけになったときですよね」

「ええ。リリアンヌ。わたくし、今、本当に楽しいの。空いている時間はいつも、魔導具のことを考えている。特段渇いているつもりはなかったけれど、今私の心はこの上ないくらいに潤っているわ」

 頬を染めて話す幸せそうなスカーレット様に、涙がこぼれそうになった。気合で引っ込める。

「スカーレット様の今が充実したもので、わたくしも嬉しいです」

 本当に、本当に嬉しい。

 この楽しいひとときを、私が必ず守ってみせます!


 令嬢たちはシュワダー•レフサーの劇に興味津々。さらにボックス席を確保したと伝えたら、大歓喜で誰がいつ行くかを段取り始めた。婚約者がいるならば一緒がいいだろうとお相手の空いている日を考えて、なんとかみんな見られるように段取りを組む。

「オズモンド様が問題よね」

 比較的融通がきく、家族と見たいという令嬢は間に入ってという話になった。

「さすがにオズモンド様が来られると警備などが問題になりますから、打診はしますが、無理な時は家族と参ります」

 スカーレット様は、忙しいので行くのは難しいかもしれないとのことだった。警備が完全でない場所には行くつもりはないのだろう。

 正直今回はその方が助かる。ギルベルト殿下と行ってほしくない! 行くならもう公爵様と行って欲しい!

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