ジャスティンお兄様とお買い物は初めてです
まさかのオズモンドどカタリーナが観劇に行くことになり、予定通りクリフォードやアーノルドも婚約者と向かうことになった。第二王子の気軽さなのだろうか? まあ、第一王子さんやらかしてらっしゃいましたが。
フィニアス、イライジャとの仲もさほどよくなさそうだし、これでマーガレットの周りに群がる男たちはほとんど排除できたことだろう。
特に積極的に仕掛けに行ったわけでもないデクランが、なぜかマーガレット周りに現れないのは気になるが、まあ、上手く言っているのなら問題はない。
本日は手袋のお買い物です!
新年が明けて、休暇が終われば授業が再開する。一番初めにやるのは杖の作成だ。しかし、私は時には体を張ってスカーレット様を助けなければならない。とっさの対応は杖を取り出す暇も惜しいことだってある。
ということを父に訴えてお買い物だ。
「お兄様が一緒に来てくださるとは思いませんでした。ありがとうございます」
「女性陣はお茶会で忙しいしな。父上はもうすぐ新年の挨拶があるから」
そしてアシュリーお兄様は殿下周りのあれやこれやを調べるため、お城に出かけた。
ラングウェル公爵には、こっそり尋問されて、劇場のアレ以外は話すことになった。劇場のはちょっとネタが新鮮すぎて命の危険を感じたから秘匿した。この際フィニアスから話してもらいたい……。
「色は白だろ?」
「本当は黒がいいのですけれど……」
「女性は白だろ。王宮魔術師になったら黒でもいいと思うが」
「白って気をつけないとすぐに汚れるんですよね。洗浄魔導具で洗ったらだめだし」
「手袋自体が魔導具だからな。手洗いだ」
「学園で手洗い面倒です……」
「替えを含め三つかな」
お兄様は私のボヤキを無視する。
黒なら多少くすんでいても平気なのになぁと思っていると、馬車が止まった。有名な手袋店で、大通りに面しているので場所を停めやすい。
「帰りはまた呼ぶ」
ジャスティンお兄様はそれほど魔術に明るくないが、風魔術を使うので知らせの類は上手かった。
扉を押すとドアベルが鳴る。
いらっしゃいませのセリフとともに、ゾワゾワっと鳥肌が立つ。
なぜ貴様がここにいる……。
聖女サマが神出鬼没すぎて本当にびっくりだ。
隣にはクリフォードがいる。なんで? コリンナと上手くいってたんじゃなかったのか!? 不安が足元から立ち上る。
「リリアンヌさん!」
違ったわ。
クリフォードが、明らかに助かったといった顔で私に呼びかけてきた。瞬時に様々なパターンを考え、自分の対応を導き出す。
驚きから無表情へと顔を作り変えた。
「ごきげんよう、クリフォード様、マーガレットさん」
私のとても貴族的な対応に、さらに慌てている。
「あら、リリアンヌさんごきげんよう。今日はまた別の男性とご一緒なのね」
やめろおおおお! とんだ墓穴を掘りに来る!! その墓穴には一緒に入りたくない! 劇場のことはタブーだろう!!
兄の目よ!!
うちの家族過保護なんですよ!!
「騎士団長のご子息、クリフォード•ベルジーク様と男爵令嬢のマーガレット•トルセイさんです。こちらは兄のジャスティンです」
「リリアンヌ嬢にはいつも助けてもらっています」
「どうぞこれからもリリアンヌをよろしく。さあ、選ぼうか」
お兄様は私の紹介で気付いた。彼女が噂の聖女であることに。
関わってはいけない相手だと気付いたのだ。
しかしクリフォードはここで逃してなるものかと会話を続けようと必死だ。
「リリアンヌ嬢も手袋を新調するのかな? 俺もなんだよね」
「クリフォード様の手袋を選んでいるところなの」
「マーガレットさんとは店の前で会ったんだ。何か用事があってこの辺りにいたんだろう? まだまだ時間はかかるから、付き合ってもらわなくて大丈夫だよ?」
「ふふ、そんなことおっしゃらないで。私に選ばせてくださいな」
本当に、巻き込まれたくないな……。
目の前で繰り広げられる攻防に、お兄様も困っていた。が、たぶん面倒になった。
「それでは、我々はあちらで」
逃げる〜!
「リリアンヌ嬢……一緒に選ぼ……」
そこで誘ってくるメンタルもすごい。お兄様を見れば無表情。でも私にはわかる。とてもめんどくさいというお顔をしている。
だがまあ、仕方ない。コリンナ嬢のためにも付き合うしかない。兄も腹をくくったようだ。
「白の手袋を。リリアンヌは魔力放出以外に何をつける?」
「悩んでいるんです。オススメはありますか?」
クリフォードに話を振ってみる。
「咄嗟に反応するための反射は付けておいて悪くないと思う。無傷ではないけどね。致命傷は食らわない」
それは、スカーレット様の盾という面では最高の仕様だ。
「とはいえ、リリアンヌ嬢がそんな局面に立ち合うことはないと思いたい」
「そうだな。そう何年も使うものではないからな。学生の間だけ使うものとして考えなさい」
「そうなると?」
なにか付けるのは一つ。
「毒に反応するものもいいんじゃなくって?」
なんとか会話に入りたいマーガレットの提案だが、まあ悪くない。
「毒物は、直接触れずともグラスを持てばわかります。食べ物も魔銀のナイフやフォークなら反応があります」
「毒見もそのうちするかもしれませんし!」
「リリアンヌに毒見はさせないだろう……」
お兄様は発想に呆れているが、可能性がゼロではないはずだ。
というか、私が外では積極的にする予定。外にはあまりいかないけれど。
「そうですね。毒反応にします。マーガレットさん、有意義な提案ありがとうございます」
あとは手袋のデザインを決めて、刺繍の意匠を考える。
「自分で入れないのか?」
「わたくし刺繍苦手です。時間が惜しい」
私のセリフにお兄様はため息をつく。
レースのひざ掛けなら一日で作ることはできますが? 誰しも得手不得手があるのだ。
「私は刺繍得意ですよ、クリフォード様。新しい手袋に刺繍をさせてくださいませ!」
その発言にお兄様がギョッとする。
お兄様がマーガレットの洗礼を受けている……。
クリフォードは女性に優しい。基本的に紳士なのだ。しかしこれは、さすがのクリフォードもしっかりと線引きしておくところだと思ったのだろう。
「マーガレット男爵令嬢、私には婚約者がいる。婚約者以外の女性に刺繍をさせることはあり得ない。今の発言は私の婚約者にもだが、私に対しても失礼だ」
クリフォードが『私』と言い出した。これは結構本気のときだ。
「で、でも……で、でも……私皆さんと仲良くしたくて……」
「これは仲良くする方法ではない。常識の一線を越えている。申し訳ないがお先に失礼します」
最後の台詞は私とお兄様に向かってだ。
これを置いていかれるのはキツいが、こうでもしなければクリフォードは彼女を送っていく羽目になっただろう。逃げられた感がすごい。
「仕上がりはどのくらいですか?」
とりあえず何事もなかったかのように自分の注文を終わらせることにした。
「宝石類はよろしかったですか?」
「学生の普段遣いのものですから」
「本当に? 後でフレデリカに私が怒られそうなのだが?」
「ええっと、フレデリカお姉様にはわたくし説明いたしますよ!」
「ビジューで多少飾った方が今の流行りではございます」
「ほら、リリアンヌ。流行りは取り入れておけ」
「手洗いするのはわたくしなんですよ!?」
「オススメの洗剤をお教えします」
などと、マーガレットそっちのけで手袋の話をしていると、彼女はワナワナ震えだした。
「お先に失礼いたします」
「ごきげんよう」
吐き捨てるようにして出ていく彼女に私は手を振る。
いやぁ。毎回驚かせてくれますな!!
「アシュリーがリリーと呼ぶだろう? ユリの刺繍にこのビジューをつけるのはどうだ?」
「それは、素敵なご提案ですね。良いセンスをお持ちです」
雄しべのところにビジュー。たしかに可愛らしい。
「ほら、色を選びなさい」
「お嬢様は明るい色の御髪ですから、深い色合いでも似合いそうですね。肌の色も白くていらっしゃいますから」
「濃いピンクでもいいんじゃないか?」
ピンクはあのときの彼女のドレスの色として不快感が湧いてしまうようになった。
「ピンク色は苦手です」
「それは、知らなかったな……じゃあ、緑にしたら父上が喜ぶぞ」
「お父様の目の色かぁ……それならスカーレット様の紫にしたいです」
「それはやめなさい……もういいではないか、空色にしよう!」
「まあ、青は好きですけど」
「手袋によってビジューを変えることもてきますが」
「あ、それはやめてください。二日連続つけたらバレるので」
「二日連続つけるな!」
「緊急事態があるかもしれないではないですか!」
洗い忘れとか、洗い忘れとか、洗い忘れとか……。
屋敷に送ってもらえるよう頼んで、兄と並んで店を出た。
「さて、何か他に見たいものはあるか?」
「他にですか?」
「今日は一日リリアンヌに付き合えと厳命されている」
「想定していなかったのでまったく考えつきません」
「リリアンヌを家に置いておくとすぐ魔力を練り始めて、それが怖いとフレデリカが言う」
「えっ! これって魔力練りの妨害工作!?」
その通りと重々しく頷くお兄様。
「適当にこの辺りを見て回るか……」
メインストリートの一角で、それなりの店が並んでいる。平民にはかなり敷居の高い店ばかりだ。
本屋やインクなどの筆記具、宝飾品に靴など。色々と回り昼もだいぶ過ぎたので、昼食をという話になった。
「……お兄様とこんなふうにお店を回るなんて初めてですね」
「まあ、うちは子爵とはいえそれなりに財がある。家に呼ぶ方が多いからな」
「お店巡りも楽しいものですね」
「普通は学生時代婚約者と回るものだ」
「フレデリカお義姉様と?」
「ああ。そして下見と称してその前に男たちで彷徨くんだ。昼間なら変な路地に入らなければ問題ないしな」
そう言いながら、兄が昔お義姉様と行った店に入った。
案内された席に座ると見知った顔が。
デクランが、まさかのさっき別れたマーガレットとランチの真っ最中である。
ええええと心の中で叫びながら平静を装っていたのだが、兄には即バレた。というか、兄も動揺している。
「リリアンヌ、後でもう少し詳しく話しなさい」
いや、私も説明してほしいです。
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