家族の時間は危険な時間!

 家族勢揃いの晩餐は、それは和やかな雰囲気で始まった。

 忙しい忙しいと、一緒に食事がなかなか難しいアシュリー兄様も、今日は母の命で時間きっちりに帰ってきた。

「明日からの三日間はお茶会で埋まったわ。ティファニーは?」

「わたくしは今妊婦なので免除です。ふふふ」

 そう、アシュリー兄様のところは現在二人目を妊娠中。一人目がやっと立った頃なのに!

「つわりが軽そうでいいわねぇ」

「期間中に二回くらいうちでお茶会をして友人には来てもらおうと思っているので、お義姉さんも参加くださいね」

「つまり五日間が埋まったと……あとで予定のすり合わせをしたいわ」

「招待状は整理しておきましたよ」

「助かるわ〜ありがとう」

 お義姉さんたちは仲が良い。

「私の方の予定もありますから、まとめて相談しましょう」

「「はーい」」

 お母様との関係も良好だ。

「はい! 一日フレデリカお義姉様をお借りしたいです! あとわたくしスカーレット様のお茶会優先するので頭数に入れないでいただきたい。明後日は魔塔に行きます」

 気付いたら予定がギチギチになってしまいそうなのですかさず私の希望も述べておく。

 すると、フレデリカお義姉様がぱちんと手を叩いた。

「そう、そうそう! リリアンヌが男とデートをするんですって!」

「なに!?」

「なんだって!!」

「誰ですの!?」

「詳細を述べなさい」

「僕の可愛いリリーを誑かしたのは誰だ?」

 五人が同時に詰めてくる。

 相変わらず激しいな、我が家。

「えー、まず誤解をときたいので、説明させてください。わたくし、冬の素材採取に行きたいという話は通しておりますよね? ハンスについてきてもらって」

「それは聞いている」

 と、お父様。

「秋にも素材採取に行きました。先生がついてきてくださったんですが、その時に一緒に採取をしていた方が楽しかったから同行したいと言う話です。ただ、そうなると護衛を入れておきたいので、フレデリカお義姉様に同行していただきたく、お願いしました。あとついでに地魔術を見せていただきたい」

「リリアンヌは火属性ではなかったのか」

 領地に行ってたジャスティン兄様には話が伝わっていなかった模様。

「それが、リリアンヌはすでに二属性持ちなの」

「なにっ!?」

「すごいわね、リリアンヌ」

 外ではきちんとさん付けしてくるフレデリカお義姉様は、家では少し砕けた話し方になる。

「本当は学校で冬の間に覚える魔術式を書き写してくるつもりだったのです! 急に帰るぞと言われても困りますっ!」

 私にも予定がある!

「まあそんなことはどうでもいいじゃないか。それで、同行を望んだのがどこの馬の骨だって?」

 えええ……お父様がなんか圧掛けてくるんだが? あれ? 第二夫人は反対だったんじゃないの? 喜ぶかと思ったのに。

「フィニアス•カスティル男爵令息です。Aクラスですよ」

「フィニアス•カスティルだって!?」

 とはアシュリー兄様。

「ん? 知っているのか?」

「いや、ええっと、試験で満点を取ったと聞いた」

「なに? すごいじゃないか」

 常に半眼で、睨んでいると評判の、ジャスティン兄様の目が見開く。

「そう言えばリリアンヌの成績は?」

「わたくしも満点でしたね、一応」

「えっ!? まずその報告からだろう! リリアンヌ!」

 お父様がなんだか感動していらっしゃるが、まあ聞かれなかったので。

「お兄様も知ってらしたのでは?」

「や、まあうん」

 しかし、フィニアスに対する反応を見るに、アシュリー兄様は知っている。

「カスティル男爵……聞いたことがないな」

「一代限りの、とかか?」

「それならむしろ知っているはずです。アシュリー、何か情報はないのですか?」

 母に問われていやーとか、知らないなぁなどととぼけている。

「フィニアスさんはどんな方なの?」

「物腰柔らかな方ですよ。風魔術師ですね。魔術の授業は一緒ではないのでどの程度の使い手かはわかりません」

「男爵……調べておきなさい、アシュリー」

 いや、お兄様困るからやめてあげて。

「お父様お母様! わたくし結婚のお相手は三年生から探したいです。それまでは放っておいてくださいませんか?」

「そんな悠長なことを言っていたら、めぼしい物件は軒並み売れてしまいます!」

 ギンッと睨みつけるお母様。眼光鋭いです。だがここで負けてはいられない!

「この先何が起こるかわかりません。落ち着くまで様子を見なければならないのです!」

 なんとか説得しなければと吐いた言葉に皆が一瞬押し黙る。

 やがて口を開いたのは父だった。

「リリアンヌや。何かが起こるのかな?」

 この家族の怖いところだ。何だかんだと言い合っているうちに、気付いたら余計な口を滑らせてしまう。

「リリアンヌ、一から説明なさい」

 ということで、聖女周りの不穏な話を洗いざらい吐かされましたとさ。でも他にもどこからか話は流れていると思うのだ。

「アシュリーお兄様はどこまで把握してらっしゃいました?」

「収穫祭と、秋に素材採取に行った際、聖女が聖魔法でケルピーを退治したあたりの話は聞いている。殿下とかなり仲が良いという話もな。しかし学園内のことで、初めて作った回復薬ポーションをの下りはまだだった」

「まあ、事が起こってすぐですからね」

「周囲は諌めないのか?」

「スカーレット様は?」

「障害があると燃え上がるんですよ、こういったことは。なので、冬の休暇に入るし、放っておけばよいと言う話になってます、スカーレット様周りの令嬢たちは。殿下の周りは知りません。というか、陛下から注意が下るのでは?」

「冬の間に注意はされるでしょうが……」

 母が眉間に深いシワを刻んでいる。そんな様子にハラハラと父が心配そうな視線を向けていた。

「聖女を側室になんて言ってきたら、神殿が面倒なことになるぞ」

 ジャスティン兄様も眉間にシワを刻んでいる。

「ラングウェル公爵様に、早めにお知らせすべきじゃないか?」

「え、ジャスティン兄様は王都を火の海にしたいのですか?」

「いや、さすがに愛娘とはいえそれほど怒り狂いは……するのか」

「神殿と全面戦争くらいは起こるかもしれませんね」

 怖いなぁ。とっても怖い。

「というかもう知っていて当然なのではありませんか?」

 とはフレデリカお義姉様。

 それは陛下のお命が危ないかも。いや、そう思うからこそ、ラングウェル公爵には話が回らないよう必死で隠しているかもしれない。

「どうなんてすか? アシュリー」

 母に問われてアシュリー兄様は頭をゆるく振る。

「俺だってそこまで知らないよ〜」

「……正直ここまで良くしてくださっているラングウェル公爵に黙っていて後でバレたときも怖いです」

 私が言うと、全員がこくこくと頷いた。

「タイミングを図らねばならんな」

 お父様の言葉に皆頭を悩ませた。




 宣言通りに魔塔で休みの間ブレスレットを外してもらった。無理な魔力練りはしないよう再三言われたが。

 そしてさらに二日後。素材採取である。

「フィニアス•カスティルです。今日はよろしくお願いいたします」

「フレデリカ•クロフォードです。地魔術を使います。よろしくお願い致しますね。こちらはハンス。少し前まで採取専門の冒険者でしたから、今日は彼の指示で参りましょう」

 なんと、イライジャがいない。

 当然のように付いてくるものと思っていたので本当に驚いている。

 今回は王都の北の門から出て山の麓へ行く。この時期は魔物もさほどいないらしくこの人数でも十分安全にいけるとお墨付きをもらった。

「ハンス! あれじゃない?」

「そうですね。半分ほど摘みましょうか」

 素材採取はやっぱり楽しい。馬を思い切り走らせるのも楽しかった。

「ティファニーお義姉様にもお土産に素材を持って帰りましょう」

「二番目のお兄さんの奥様、だよね? 魔導具を作るの?」

「ええ。今は子育てをしてらっしゃるけど、王宮に仕える魔導具師よ。研究するよりも作るのが好きなタイプね」

「なら、このあとの処理の仕方も知っていそうだね」

「ええ。ハンスに聞きながら、わからないものはお義姉様に聞くつもり。保存はフォレスト先生のところへ持っていくのが一番だけれど」

「私がこのまま預かってフォレスト先生に渡す?」

「そんなことしたら、下処理全部フィニアスさんがやらされるわ」

「確かに!」

 と、笑う姿は年相応。

 風を使って高いところの素材を取ってくれる。

 ハンスへの態度も平民相手と言って高圧的にならず、先人に対する敬意を持って接している。

 とにかく紳士なのだ。

「とても良い子じゃない」

 フィニアスとハンスが素材について話している間に、フレデリカお義姉様がつつつと寄ってきて囁く。

「そうなのですよ。とても良い方なのです」

「問題は身分?」

「うーん、それよりも接点がいまいち」

「接点?」

「交流不足というか、眼中にないというか」

「えっ!? それは、彼が?」

「どちらもですかね」

 スカーレット様は必要以上に男性に関わらない。一番接触している男子生徒は、実はデクランである。婚約破棄後のオススメ物件ナンバーワンなのだが……。

「どちらも!? ……リリアンヌ、あなたの目は節穴なの?」

「ん? え?」

「リリアンヌ、わたくしに任せて!」

「んん?」

 お義姉様がなにやら燃えてらっしゃる。

 その後の採取も順調に終わった。しかし、馬に積んで帰るとは言え、持てる量に限界がある。

「やっぱり闇泉が欲しい!」

「バカをおっしゃい! あれ、確か四重術式でしょ? かなり難しいわよ」

「闇が発現したら一番最初に覚えますっ!」

 私は拳を握りしめた。

「リリアンヌ嬢は、家で魔力練りの許可は出たの?」

「はい。一応。無理はするなと言われていますが」

「無理ない範囲で頑張ってね」

 北門から入り、馬貸しへ馬を返す。だいたいの帰宅時間を伝えていたので馬車が迎えに来ていた。

「では私は魔導列車トラムで帰りますね」

「あら、乗っていきなさい。学園まで送るわ。学生さんを預かったんですもの。当然のことよ」

 多少の押し問答があったが、結局馬車に乗り込む。ハンスは御者席だ。

「冬限定の素材がたくさん採れました。お義姉様ありがとうございます。フィニアスさんも一緒に来てくれてありがとう」

「いや。私もとても楽しかった。次は春の素材だね。また同行させてくれ」

「春は、また学園からかしら。そうなると大所帯で行くことになるかも」

 スカーレット様は行かないが、デクランあたりは行きたがるかもしれない。そしたら闇泉のメイナードを引っ張り出すのも一つの手だ。

 そんなことを話していると、あっそうだ! と突然フレデリカお義姉様が手を叩く。

「リリアンヌさんは、明後日は何か予定はあったかしら?」

「今のところは特に?」

「フィニアスさんは?」

「何も予定はありませんが……」

「実はわたくし観劇のチケットをいただいたんだけれど、明後日お茶会の予定が入ってしまったの。もしよかったら二人で行ってらっしゃいな。平民も入ることのできる劇場だけれど、いただいたチケットは貴族専用ボックス席よ!」

 観劇にはあまり興味はないのだが。

「演目は、今をときめく恋愛作家シュワダー•レフサーの人気作品を原作とした恋物語ですって!」

「シュワダー•レフサー!?」

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