冬休暇の過ごし方
と、一瞬ワクワクしてしまったが、考えてみればスカーレット様は悲しむかもしれないので、私にできるのは殿下をものすごく冷めた目で見つめることだ。
それを受け取る意味がわかってるんだろうね? という意味を込めて。
「やあ、スカーレットも試験が終わったんだな。なんでも、できた
おお、新しい解釈だな。
「それは存じ上げませんでしたね、スカーレット様。わたくしたちがお世話になっていると言いますと……グスマン伯爵様? ウェセト先生? スカーレット様はフォレスト先生でしょうね」
「あら、本当だわ。今回の
「ぜひそうしましょう! お供します」
「それでは失礼致しますね、ギルベルト様」
「失礼致します」
二人で完璧なカーテシーでご挨拶をすると、くるりと踵を返す。
スカーレット様は、ギルベルト殿下のことを別に嫌いではなかったはずだ。それを私の我儘で、こうなることがわかっていて放置しているのは少し心苦しい。
だが、チラリと盗み見た表情が予想外のもので混乱する。
スカーレット様は口元に笑みをのぼらせ、楽しそうに見えた。
それは、どんな感情?
「完全に巻き込まれたのが私だな」
「ふふ、そうおっしゃらずにもらってくださいませ」
スカーレット様は宣言通りにメイナードに瓶を差し出す。
「まあ、何かのときに使わせてもらおう」
「そういう話なら、私のも貰っていただきましょう」
途中で会ったデクランからも一瓶進呈されて、メイナードは形の良い眉をひそめる。
「面倒事だ。……一番私に感謝の意を込めて
メイナードに睨まれるが、はて?
「魔導具の授業はとっていないのですが? それに私の作ったものは劣悪品だったので捨ててしまいましたね」
素直に答えたらなんかご立腹。せっかくの顔が凶悪なものになっていく。
「えっ……そんなに私の
欲しいと言うなら作るのは吝かではない。
「違う! あれだけ素材の処理の仕方を教えたのに劣悪だと!?」
「フォレスト先生、そうではありません。リリアンヌの手順は完璧でしたよ。ワイヤード先生からもお褒めの言葉をいただきました。最初から準備されていたボロネロ草が傷んでいたのです。ただ、もう予備のボロネロ草がなかったので、とりあえずその傷んだ物を使って作ったんです」
「……なぜ試験にそんな物を?」
さあ、それはたまたまではなかろうか? なんて思うわけはない。ざっと見渡したが、他の生徒に準備されていたボロネロ草はみんな鮮度の良いものばかりだった。私とスカーレット様の物だけがあの有り様だったのだ。しかも、鮮度の良いものと混ざっている。
何かしらの細工はあると思う。
まあ、事前に防げたし、試験は合格だろうし気にしていない。
「世の中不思議なこともあるものですね。まあ実技ですし、先生には褒められましたし〜」
メイナードはこめかみをぐりぐりと押さえていた。頭痛持ちさんだ。
「休暇中は先生もお休みされますか?」
「いや、私はこのまま学園に残る」
「では、通いますね」
「構わんが……スカーレットが寮に残るのはラングウェル公爵が許さないだろう?」
ここまで聞こえてるのか、甘々公爵の噂は。
「はい、ですから馬車で通います」
「ならば私も参ります!」
「デクランは魔塔じゃないのか?」
「私はもう先生に師事しているつもりですが?」
スカーレット様とデクランは、こうやってメイナードを介して会う頻度が高い。わりといい感じの二人だが、デクランが子どもが必要ないと言い切ったので悩ましい。こー、共同作業をしているうちにとか、ないかなぁ……。クソ殿下始末したあとの先も考えておきたいのです。
「そういえば、休暇中の食堂ってどうなっているんですか?」
スカーレット様のお食事確保の情報を得なければ!
「食堂は空いているが、基本滞在許可を申請している者の分のみだ」
「お昼にお弁当を作らなければなりませんね……せっかくですから先生の分も準備してまいります」
「別に一食抜いたくらいでは――」
とはデクラン。
「果物一つでもいいから持って来い」
どっちもダメだと思う。
それよりも確認しておかねばならないことがある。
「ブレスレットは外してもらえるんですか?」
「グスマン伯爵に言えば外してもらえるのではないか? 私は責任を取りたくないので遠慮する」
先生方に言っても無駄なやつか……残念だけど魔塔へ行くしかなさそうだ。
「転移の魔術を手に入れたい……!」
「学生は禁止されている」
残念すぎた。
放課後、私は一人地の魔術式を書き写していた。休みの間に覚えようと思っている。
明日には帰るスカーレット様は、今荷物を整理しているところだ。私は帰ってこいと言われるまで寮に残るつもりだった。グスマン伯爵にいつお伺いしていいかだけ、手紙を送っておこう。
「ここ、いいかな?」
「はい。お勉強ですか?」
フィニアスだ。手には数冊本がある。
「リリアンヌ嬢と同じだよ。冬休みに少し風の魔術式を覚えようと思ってね」
「風は便利ですよね。遠くへ声を運んだり、反対に音を遮断したり」
目はノートや本を追いながら、少し会話に花を咲かせる。
「リリアンヌ嬢の休みの予定は?」
「私はまず、このブレスレットを外して貰うために魔塔ですね。あとは、スカーレット様が一度くらいはお茶会を開こうとおっしゃられていました。グランド商会の化粧品工場視察と、新年には城に家族で行きます」
「そう言えば、グランド商会の令息と仲が良いんだっけ?」
「商売としての仲の良さですけどね〜彼には色々と準備してもらったりしましたし。化粧品工場の方もわりと順調そうです」
「素材採取は?」
「あ……ええっと」
「予定してるみたいだね」
冬しか採れない素材も多いのだ。何かあったときのためにブレスレットを外してもらってから行く予定を立てている。
「うちの庭師が元冒険者で」
しかも魔物を相手にすると言うよりも素材採取の冒険者だった。
「へぇ、そんな人が庭師をしてるんだ」
「わりと危険なところにも採りに行くタイプだったらしく、年齢的に引き際だろうと五年前に辞めたそうです。今回は危ない魔物も出ないような所なので、護衛がてらついてきてくれると」
「なら、私も行こう」
「本気ですか?」
「うん、前回の素材採取が楽しかったし」
大事故起こしてるけど楽しかったらしい。ニコニコ具合から断りきれなさそうだ。
「……わかりました。ご連絡差し上げますね。イライジャさんもですか?」
当然のように聞くと、フィニアスはスッと目を細めた。
「なぜここでイライジャの名が出てくるのかな?」
ええっと? フィニアスとイライジャは常に一緒。こちらからしてみれば当たり前だが、やらかした?
「前回イライジャさんも楽しんだと……」
「今回は私だけ……と言いたいところだけど、バレそうだな。イライジャも行くかもしれない。連絡は寮に」
「ご実家には帰られないんですか?」
「うん。寮の方が居心地がいいから」
「ブレスレットを外してもらったらすぐ行こうと思っていますので、よろしくお願いしますね」
フィニアスが来るなら護衛をもう少し。魔術を使える人を頼まねば。さて誰にするか。
ダラダラと図書館の主になるつもりが、翌日まさかの馬車が迎えに来た。
「ジャスティンお兄様! フレデリカお義姉様まで」
「ほら、帰るぞじゃじゃ馬娘」
「まだ帰ってこいと言われていないのに!」
「グズグズしないで荷物をまとめてこい。フレデリカ、手伝ってやってくれ」
「はい、お任せになって。行きますよ、リリアンヌさん」
領地からそのまま私を回収にきた長兄夫婦に無理やり支度をさせられる。ジャスティンお兄様は母似。つまりかなり険のあるお顔立ち。濃い茶の髪に緑の瞳をしている。隣に立つフレデリカお義姉様は笑顔が可愛い長身の女性だ。淡い茶色の髪に同じく緑の瞳。寄り添って立つとかなり威圧感がある夫婦だ。
「もう少し地の魔術式を書き写したかったのに……」
ぼやいていると、お尻を叩かれた。
「馬車に息子をまたせてるのよ、さっさとおやりなさい!」
同室のアンジェラはニヤニヤと眺めている。
「リリアンヌさんはどう? 学園生活楽しんでるかしら?」
「同室のわたくしとしては、いつも助けてもらっていますし、学園生活も忙しそうで楽しそうです」
「スカーレット様の周りをまとわりついてるだけじゃないなら良いんだけれど」
「常に一緒にいようとしているのは間違いありませんけどね」
「やっぱり? 自分の人生なんだから自分のことも楽しまなくちゃ」
「スカーレット様にも同様のことを言われ続けておりますよ」
「もー、好きな子とかいないの? 学園生活ってそっちが重要じゃない?」
「わかります!!」
こうやって話しているとアンジェラと同じタイプかと思いきや、フレデリカお義姉様はバリバリの魔術師だ。地属性なのでこの際お義姉様に聞くのがいいかもしれない。
「あ、お義姉様! 一緒に素材採取行きません?」
「リリアンヌさん……わたくし、なんのために冬タウンハウスに来るかわかっているの?」
「しゃ、社交のためですね……」
「すでにいくつかお茶会の予定が入っているし、お屋敷に着いたらさらにあちこちにお手紙を出したり、届いてるものを整理して茶会漬けなのよ!?」
「で、ですから、その気晴らしに……地魔術のお手本も欲しいし、あとあと、腕利きの護衛が欲しい」
「庭師のハンスについてもらえば十分じゃない? 現役退いたと言っても、彼、十分に強いわよ」
「その、私だけならハンスだけでいいんですけど……」
そこまで話していると、アンジェラがカッと目を見開いた。
「イライジャね! 彼も一緒に行くの!?」
「イライジャさんでなく――」
多分ついてくるけど。
「男!? リリアンヌさんに男の影があるの!?」
「言い方がひどいですお義姉様! 友人ですよ。前にもみんなで素材採取に行って、楽しかったらしいです」
「タウンハウスで詳しく聞きましょう」
フレデリカお義姉様はにっこりと微笑んだ。
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