認識の違いは致命的

「リリアンヌが青炎を放った経緯を、他の生徒から聞いておかないといけないわね」

「今言ったことが全てですよ?」

 扉の外で少しだけ話し込む。

「イライジャさんのために怒ったのね」

「さすがにお気の毒でしたから」

「あなたは本当に、出会ったときからずっと他者に優しいのね。……だからといって不当に悪者になる必要はないわ? あなたを守るのはわたくしなのだから」

「わたくしがスカーレット様をお守りするのです」

 そこは譲らない。

 さて、待望の魔力練り時間だ!

 思う存分、上振れも上振れに魔力を練り上げる。

 三十分の約束だが、気づけばあと五分で部屋を閉めなければならない時間になっていた。相変わらず魔力練りは時間泥棒である。

 ものすごい顔をしたメイナードと目があったが、見なかったことにした。



 翌日就寝時間前、アンジェラから楽しい話を聞いた。

 なんでも、マーガレットがイライジャに謝罪をしたそうだ。


「別にもういい。俺も試験は終わった」

「ですが、申し訳なくて」

「もういいよ。次の授業があるから」

「待ってください! なんで、なんでイライジャさんは、そんなに冷たい態度なのですか?」

「冷たい? 親しい友人でもないし、他のみんなと同じような対応だと思っていたんだが?」

 と。


「おおう、手厳しい!」

「イライジャさんのパンチに聖女様がショックを受けて教室を飛び出して行ったわよ」

「え、飛び出したの?」

「取り巻きがすごい目でイライジャさんを睨んで追いかけて行ったわ」

 いやー、それは見てみたかった!!

「彼ら、朝からリリアンヌの悪口聞こえるように言ってたから、そりゃリリアンヌと仲の良いイライジャさんにしてみたらまとめてムカつくわよね〜」

「別に仲良しなわけでは――」

 なくはない。

 よく食事も一緒にしているし、席も近くに座る。悪くはないな。

 まあ、身分が絶対的に違うのでそう言った話にはならないが。

「今、一番の賭けの対象はあなたよ、リリアンヌ! あなたの結婚相手を誰もが気にしている!」

「物件としていいのは自覚してる。テストも良い結果を残せたし、魔力多くて将来は国王妃のスカーレット様のお付になる予定」

 ぶち壊す予定。

「先日デクランさんから告知もあったしね。勝負は三年。それまでにいかにスカーレット様の益となれるか」

「我ながらひどい告知だねー」

「婚約者が決まってない伯爵位あたりが、どうしたらいいかを家族と話してるらしいわ」

 貴族の結婚は家同士の問題だ。うちはラングウェル公爵の庇護にあるので他からは無理難題を押し付けては来ないだろう。ただ、父は第二夫人を望む私を憂いていた。冬休み帰ったときにしっかりそこら辺は話し合ってこなければ。家のためにも結婚はする。ただし、考えるのもお話を受けるのも全部三年になってからにしてほしい。何が起こるか分からないのだから。

「明日の薬草学実技、マーガレットも取ってるんでしょ? 気を付けてね」

「むしろアンジェラが取っていないことに驚きよ。あなた、実技は魔術初級だけ?」

「ふふ、私は嫁ぎ先を探しに来てるのっ!」

 まあ、アンジェラは可愛い。性格も明るく話しやすい。流行にも敏感で話題に事欠かない。

「伯爵家次男王宮づとめタウンハウス住みが第一希望。地方になんて行きたくないもの〜」

 そういった野望を持つ女子も多い。



 薬草学実技はスカーレット様も試験を受ける。私はせっせとスカーレット様の回復薬調合のサポートをしていた。

「リリアンヌ! あなたも早くやっておしまいなさいよ」

「スカーレット様が完成してからで構いませんよ。調合鍋の数も足りていませんし」

 材料は全て用意されていて、あとは手順と素材の扱いにかかっている。

「何をしているの? リリアンヌ?」

「いえ、準備されているボロネロ草の品質がイマイチなのを弾いています」

「あら……本当ね」

 ボロネロ草の鮮度の見分け方は先日メイナードのところで嫌と言うほど叩き込まれた。

 だいたい材料の半分くらいが効果の得られない鮮度だった。

「とりあえずこちらをお使いください、スカーレット様。傷んている物は先生に見ていただきます」

 そんな話をしていると、部屋の中央あたりの調合鍋で真っ白な光が溢れる。

 わぁと驚きの声が上がる。

「すみません、いつものクセで」

 どうやらマーガレットが聖魔術を使ったようだ。

「自分の鍋の管理を忘れないように。マーガレットさんは瓶に詰めて持ってきなさい」

 素晴らしい、さすがだと褒めそやす声がいくつも上がっている。

 まあそんなものは気にせず、今問題なのはボロネロ草の品質である。

「先生、こちらのボロネロ草なのですが……」

 トレイに乗った物を見せると、先生は目の色を変える。

 薬草学の先生は初老の長いヒゲをお持ちのワイヤード先生だ。かなりお年のはずだが背筋がピンと伸びた、かくしゃくとした方だ。

「これはひどいね。よく気づいた。ただ……今日はもう予備のボロネロ草がないんだ。どうしようか……」

 思い悩んでいるとマーガレットが五本も詰めて持ってきた。

 なぜそんなに一人で回復薬ポーションを作っているのか? まあいいけれど。一人二本くらいのボロネロ草なのに。

 先生も同じことを思ったのだろうが、眉をピクリと跳ね上げただけで特に何も言わなかった。

「リリアンヌさんは少し待つよう」

 そう言ってマーガレットから薬を受け取ると品質チェックをした。

「基準を満たしている。合格だ。合格者は教室から出ていって良し」

 ただそれだけの評価に、一瞬不満そうな表情を見せたが、すぐさまいつもの謙虚な姿勢で微笑むと一礼をした。

 収まらないのは周りの生徒たちだ。

「先生! これほど素晴らしい回復薬ポーションにそれだけの評価なのですか!?」

 取り巻きの一人が声を上げるとそれに続くように他の生徒も続けようとした。

「静かに! 試験を受ける気がないのなら出ていきなさい」

 ピシャリと言われて、それでもなお動かない生徒に、ワイヤード先生はため息を付いて言葉を続けた。

「この試験は、手順や処理の方法の確かさを求めるものだ。その上で品質が良いなら尚良し。基礎の基礎。この調合ができぬのなら次のものは作れない。品質の話をするのならば、聖魔術を使ってもあの程度しかできなかったマーガレットさんは合格ギリギリ。素材の処理の仕方が雑だ」

 これは、ひどい。

 取り巻きのせいで背後から斬りつけられてる聖女様が可哀想だ。

 耐えろ表情筋。

 私は耐えてみせる! 耐えて……みせる。

 自分たちのせいでとんでもないことが暴かれ、いたたまれなくなった取り巻きは、ワイヤード先生の席にもどれという号令ですごすご帰って行った。

「さて、というわけで、処理と手順なのだよ、リリアンヌさん。どうする? 後日新しい素材を準備するのでその時に試験を行うか、それともその品質が悪い素材で私がずっと手順を見て判断するか」

 あとでとなると何かの時間が潰される。それは嫌だ。

「先生が手間でなければずっと見て頂くほうが助かります」

「ならばそうしよう。この鍋を使いなさい」

 メイナードのところで素材の処理も習っていたのが功を奏し、この手際では品質が悪くなるところがないと合格をいただいた。まあ、素材が悪すぎるので回復薬ポーションとしては劣悪な部類だ。

「素材が悪いと腕が良くてもこんなに違いが出るのね」

「びっくりですね」

 スカーレット様と出来の悪さに驚いている。

 ちなみにスカーレット様は素材も腕も良いので素晴らしい回復薬ポーションが出来て先生に褒められていた。

「リリアンヌのおかげよ。素材の良いところばかりを私がもらってしまったから」

「試験は手際の部分だったので問題ありません。むしろ早めに気づけてスカーレット様の分だけでもきちんとしたものが使えてよかったですよ。先生も理解してくださいましたし」

 ふふふと笑い合っていると、なにやらキャッキャしている声が真後ろで聞こえた。

 アーノルドとアイネアスが自分たちの作った回復薬ポーションを交換している。

 そうそう。この授業で作った物は基本自分でもらって良い。瓶だけ使い終わったら学校に返却するのだ。

 そして、好きな相手に自分の回復薬ポーションを渡すということが流行っていた。マーガレットがスカーレット様の前で殿下に渡していたなと思い出す。

 コリンナもあとでクリフォードに渡すのだろう。

 なんとなく周囲の不穏な気配を感じるので、私はさっさと瓶詰めされて劣悪回復薬ポーションを流しに捨てた。

 あ、とか声が聞こえるが無視だ。

 男性側からのアプローチに応える気もない。なぜなら、妃陛下の側近という立場は消え失せるのだから。その時婚約でもしてたらあちらの不利益になりかねない。お互いのためにも二年末のあの日まで、私は、誰とも特別にならないほうがいい。

「参りましょう、スカーレット様」

 これで試験は全て終わった。体術は昨日すでに終わっていて、まあまあの成績を残せたし、身体強化は褒められた。

 成績が出揃えば、休みになる。

「スカーレット様もすぐタウンハウスへお帰りになられるんですよね?」

 帰らないなんて、ラングウェル公爵が許さないだろうけど。

「そうね。けれど、休暇中も魔導具のことでフォレスト先生の研究室に通う予定よ」

「お供します!」

「リリアンヌもこの冬は忙しいと言ってなかった?」

「別に私は必要ないこともあるので、スカーレット様優先ですよ」

「だめよ、リリアンヌ。予定をすっぽかしたら。グランド商会の工場の話もしていたじゃない」

 よく覚えていらっしゃる。

「王妃教育もあるから、そうね、一度いつものお茶会を開けるなら開きましょう。また手紙を送るわ」

「スカーレット様ぁ……」

「新年は城にご挨拶に行くでしょ? その時も会えるわ」

 あー、そう言えばそんな面倒な催しもあった。学園に入学できる年から登城が許されるのだ。その時期は長兄も領地からこちらにやってくる。反対に夏の学年切り替わりの長期休暇は領地へ向かう。懇意にしている公爵領でパーティーがあれば出席するために向かうこともある。

「読書会もしたいわね。休暇の最初がいいかしら、それとも新年の後の方がいいかしら?」

 そんなことを話しながら寮の建物へ着くと、ちょうどマーガレットがギルベルト殿下へ回復薬ポーションを渡すところへ出くわした。

 焦ったようなギルベルト殿下の様子に、この回復薬ポーションを渡す意味と受け取る意味は十分承知しているのだとわかる。

 

 さあどうするの、殿下!!


 なんだか最近楽しい現場によく出会うので、休暇に入るのが惜しい。

 

 



 


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