魔術の試験でマウントの取り合いですわ!
魔力量がそこまで大きいわけでもないが、全属性持ちであるマーガレットは、確かに火の魔術の授業にも時折顔出した。イライジャの側に来ては例の塩対応を食らっていた。
そういえば、彼女は前回はイライジャと楽しそうにおしゃべりしていた。何が変わったのかはわからないが、私のせいで変わったのはわかる。私の未来改変計画も上手くいっているようだ。
だが、試験に来るのは初めてだ。ギルベルト殿下の光魔法の試験に出ていると思ったのに、どんな心変わりなのだろうか?
私はと言えば、火球の威力に驚いて、それ以来かなり控えめに課題をこなしていた。
「ごきげんよう」
マーガレットが来ると、数人が笑顔で駆け寄っていく。男爵位の生徒が多いが、子爵位も混じっている。
そしてその人数のままイライジャの下へ来るのだ。
仲良くなるのならば阻止せねばと最初は思っていたが、そっけない態度はまったく変わらないので最近は巻き込まれ防止に距離を取っていた。
子犬のような目でこちらを見られるが、それもすぐ群衆の向こうへ消える。
「さあ、それでは試験を始めます。Eクラスから始めましょう」
今回の試験は、火球と、もう一つ何かを上手く発動させればオッケーだ。ほとんどが火矢を選び的へ飛ばす。
先生はその魔術式の正確さ、速さ、大きさを見て採点する。
一人、二重の火壁を作り賞賛されていた。私も素直に拍手する。速さも魔術式の小ささも素晴らしかった。
そしてマーガレットの番が来た。
基本の火球はなんなくこなす。もう一つは何を選ぶのかと思っていたらイライジャに何やら話をしている。彼はしぶしぶといった体で己の剣を抜いた。
「【火付与】」
彼女の両手の間から、火の雫がぽつんとイライジャの剣に落ちる。するとそこから炎が湧き上がり、火を纏った剣が生まれた。
周囲がどよめく。
三重の火魔術だ。
周りの生徒たちが褒めそやす。が、イライジャは無表情だった。
そりゃそうだろう。
今日のために、無理だ無理だと言われながらもイライジャはこれを習得しようと頑張っていたのだから。やっと安定してきたと思ったらドヤ顔で先を越されたのだ。内心泣きたい気持だろう。可哀想に。
重ねの魔術はその名の通り重ねる。
少しだけずらして魔力で描き上げ、最後の発動のタイミングでずらしていたものをカチリと合わせるのだ。同じ大きさで描き切り、一部のズレもなく組み合わせる。だから、重ねが増えるほど難しくなる。
しかも付与は一時間ほど続く。他の魔術は一回の発動だったり魔力の供給を断てばいいのだが、付与はそれでは付与として不十分で、継続の魔術式が二段目のほとんどを占めているのだ。
つまり、イライジャは付与で試験を受けられないということだ。
「どうですか、イライジャさん。わたくしがこれからも付与してさしあげま、す……」
一番喜んでもらいたい相手であるイライジャが、予想外に冷たい眼差しでマーガレットを見ていることに気付いて、語尾が消え入る。
イライジャはウェセト先生の前に来ると軽く一礼して、
「付与ができなくなりましたので別の時間に再試験をお願いしてもよろしいでしょうか?」
「……それは仕方ありませんね。イライジャさんがよろしければ今日の放課後にでも見ましょう」
「では後ほどお伺いします。失礼します」
その場を去ろうとするイライジャに、マーガレットは何か言おうとして言葉が出ずに唇を噛んでいる。
やる前に確認しないのが阿呆だ。サプライズなんて、する側の自己満足がほとんどだ。
「先生! わたくしやはりこの時間で土魔術の方も試験を受けたいので、先に見ていただいてもよろしいですか? 皆さまごめんなさい。失礼しますね。【火球】」
間髪入れずに的が弾ける。我ながらよい火球だ。コントロールもバッチリ。
そしてもう一つ。
第一式を展開。少しずらしてもう一つ。
ここで先生が気付いた。
「皆さん下がりなさい! すぐに! わたくしより後ろへ!」
第三式、さらにさらに第四式。
「【青炎】」
低くそう告げると、高温の青火の海が私の眼前に広がった。熱風が皆を襲う。魔力の供給は一瞬だったので、炎はすぐに消えた。
「それでは失礼いたしますね」
軽く膝を折って挨拶すると、少し先で目を見開いているイライジャの下へ駆け寄る。
「土魔術の試験会場までエスコートしてくださいませ!」
私が言うと、イライジャが破顔した。
「今日はイライジャのためにありがとう」
夕食後魔術を練っていると、隣に座ったフィニアスがそう言った。
イライジャの為ではないとは流石に言えなかったのでふふふと笑って返した。
物理的に殴るのはアウトなのでああいった手段に出ただけだ。聖女だからって何でもしていいってことはないと思う。
端的に言えばムカついた。
イライジャの努力が可哀想だった。
「再試験はどうでした?」
「無事合格していたよ。イライジャ、あれしか練習していなかったしね。……少し剣を貸してくれと言われて悪い予感がして断ったが、周りからもせっつかれて無理だったらしい」
「イライジャさん、優しいですもんね」
「そうだね」
そう言ったまままだふんわりと笑っている。
「ん??」
「一番優しいのはリリアンヌ嬢だけどね」
「わたくしは……優しくはないですよ?」
どちらかと言うと暴力的です。
相手がマーガレットでなければあんなことをしたかもわからない。
私の返事に笑ったまま、フィニアスは本来の目的である魔力練りを始めた。
アドバイス要員として私は八時まではすぐやめられる簡単な魔力練りをしながら周囲に目を配る。入口には新しい入会希望者がいたときのために名簿を置いたテーブルと、お友達の伯爵令嬢が座っている。部屋の最奥には、読書中の教師がいる。今日はメイナードだった。何故かその隣にはデクランが座っていた。助手気取りなのだろうか。
と、入口に高貴な色合いが現れる。スカーレット様だ。私は迎え入れるために駆け寄った。
「お疲れ様です、スカーレット様。お席は確保しておりますよ」
「リリアンヌ、悪いけど付いてきてもらえる?」
「はい! スカーレット様とならどこへなりとも」
「ギルベルト様に呼ばれたのよ」
え? なんだろう?
場所はすぐ隣の聖女様のサロン。魔力練りクラブよりはかなり小さな部屋だ。テーブルが四つ。そこにぎゅうぎゅうと生徒が座っている。
「来たか」
奥のソファに腰掛けこちらを睨むギルベルト殿下。隣には俯いているマーガレット。
ピンときました。
ワクワクタイムが来たぞぉぉ!!
「呼ばれた意味は十分わかっているな?」
私を見て言うので首を傾げる。
「意味はわかるのですがイライジャさんがいらっしゃらないのがわかりませんね。謝罪をするのならば早めの方が良いと思いますよ」
「はっ? 謝罪をするのはそなただろ!?」
「え? イライジャさんの剣を勝手に使ってイライジャさんが試験を受けられなくなったのを謝罪するのではないのですか?」
「なんだ、それは……」
ですよねー。やっぱり自分に都合の良いことしか話してないな!
ニヤニヤがとめられないがそこをぐっと我慢してチラリとスカーレット様を見ると、あわわ……無表情。あれ、怒ってる? え、どこに? 私に?
すると、スカーレット様がこちらを見てニコリと笑った。
「いいわよ、リリアンヌ」
違う、怒ってるの向こうへだ。よかった。スカーレット様に怒られたら一週間は軽く立ち直れない。
めっ! て怒られるのと、ガチおこされるのはメンタルへの影響が天と地ほどもある。
許可が出たので、思う存分やらせてもらいます!
「ギルベルト様、いえ、ギルベルト殿下、これで二回目です。一方の言い分を聞き、決めつける。玉座を望むお方がこれでは困ります」
言い返そうとするが以前のことを思い出したのか何かをこらえている。
「いったいどんな話を聞かされてスカーレット様を伴いわたくしを呼び出して謝罪をさせたかったのかはわかりませんが。まあ、ギルベルト様の立ち位置によっては、それが正義なのかもしれませんね。さて、ギルベルト様は今どうしてわたくしに謝罪をお求めになるのでしょう? ギルベルト様の立場を明確にしていただけますか?」
私の問いに、ギルベルト殿下は逡巡して視線を彷徨わせた。
しかし、黙っていられなくなったのは周囲の者たちだった。
「マーガレット様は素晴らしい付与をされたのです! それを当てつけのようにさらに高位の魔術を振るうなどと!」
「魔力が多いことを笠に着て! 何かと聖女様よりすごいとアピールしてくるなんて、身の程をわきまえなさい!」
殿下の話に割り込んでくるなどと。馬鹿だなぁ。男爵位、子爵もいる。皆が頷いていると、私が口を開くよりも早く、スカーレット様の声が響いた。
「身の程をわきまえるのはあなたたちの方です。今は、リリアンヌ子爵令嬢と、ギルベルト殿下がお話中です。人の会話に割って入るなんて、躾のなっていない!」
ああ、なぜスカーレット様がこの場にいてしまったのだろう。
せっかく、私の方に視線の先が向いていたというのに。これでは、また前回と同じようにスカーレット様が馬鹿どもの対象になってしまう。
せっかく、せっかく上手くいっていたというのに!
なんとかしてこちらに視線を向けさせたい!
私は一歩前に出ると、カーテシーを見せつける。
「今のお話でギルベルト様が皆様からお聞きになったことは察することができました。謝罪をお求めでしたね。光の魔術で試験を受けられると聞いていたはずのマーガレット様がやってきて、なぜか人の剣を取り上げ、勝手に付与し、おかげで剣を取られたイライジャ様が試験を受けられなくなったことに腹を立ててしまいました。お恥ずかしい限りですわ。苛立ち故にそのまま試験をとっとと終わらせたく、予定していた通り四重魔術式の青炎を振るいましたの。それが、どうやらお気に障ったようで申し訳ございませんでした。たかが四重魔術式でマーガレット様より上位に立ったなどということになるとは思ってもみませんでした。唯一の聖魔術の使い手に勝るものなどないというのに。まさかこのようなことで謝罪を要求されるなんて夢にも思いませんでしたわ。マーガレット様、お気をつけあそばせ。周囲の者の行いが、あなたの品位まで下げることになりましてよ? ギルベルト様。もうすぐ魔力を思い切り練っても良い時間になるのでよろしいでしょうか?」
苛立ちは全部私が受ける。
時間を気にしているのは本当だ。
急いで早口でまくし立てたので、ギルベルト殿下は反応しきれなくなっていた。
「スカーレット様参りましょう?」
「ええ、行きましょうか。ギルベルト様、失礼致しますね」
スカーレット様が私を見て微笑んでいた。
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