試験期間がやってきた
内心のウキウキを必死で隠して、驚き、気弱そうなふりをして聞き返す。
「まあ、マーガレットさんの? それは、どんな……」
心の中でなら山程言うけれど、私は迂闊ではない。表で悪口を言ったことはない。
「見知らぬ馬に乗るのは愚か者だと言ったそうじゃないか!」
「見知らぬ馬に……乗られたのですか?」
「はぁっ!? 先々週起こったことも忘れたのか!?」
え、やだ、楽しくなってきた。
「もしかして、採取のときのお話でしょうか?」
「それ以外にあるか?」
「ならば見知らぬ馬というのは魔物のケルピーのことですね。その時のことなら、そうおっしゃったのはフォレスト先生ですね」
「はっ?」
「フォレスト先生が、見知らぬ馬には乗らないようにと、ケルピーに乗ってあと少しで沈められるところだったマーガレット様におっしゃっていました」
愚か者までは言っていないけど。
「そんなことがあったのですか!?」
あ、スカーレット様にはさすがに聞かれなかったので報告してなかった。というか、聖女が魔物に乗って殺されそうになったとか、あんまり大っぴらにするようなことではないと思うのだ。これでバレてしまったけど。
「スカーレットは知らぬのか」
「今初めて聞きました。そんな危ないことになっていたのね」
「申し訳ございません、スカーレット様。吹聴するようなことではありませんので」
スカーレット様の自他とも認める腰巾着である私が、他所に悪口として漏らす前に、スカーレット様に話さないことなどあるか、いやない。
と、ここでまったく別の話が飛び込んでくる。
「わたくしが耳にしたのはリリアンヌさんが傷ついたマーガレットさんを置いて採取に出かけたという話でしたわ」
コリンナが言うと、ギルベルトはそれがあったかと顔を上げるのでぶっ叩く。
「まあ! 外傷があったのですか!? それは知りませんでした。大丈夫だったのでしょうか……?」
「い、いや、傷はない」
「それは良かったです」
「あら、では嘘だったのですね、ひどい噂ですこと。まあ、リリアンヌさんが酷い方ではないのは存じ上げておりますので、わたくしのところで心ない噂は止めておいて差し上げたのですけれど」
「お風邪は大丈夫でしたか? かなり水に濡れてしまっていましたけど」
ぐっ、と詰まるギルベルト殿下。
さあ、どうする!!
「服は……そなたの魔術で乾かしたから、大丈夫だった」
「それは良かったです。けれど、あまり話すことではないとわかっていたはずですし、フォレスト先生や、フィニアスさんイライジャさん、デクランさんとも、今回のことは話しておりませんでしたし、漏れるとしたら護衛騎士の方からですか? 秘密保持ができないのは困りますわね」
スカーレット様がふぅとため息をついた。
「ギルベルト様。噂の出どころは存じ上げませんし、何があったのか詳しく知りません。ですがリリアンヌは他者を不当に貶めるようなことは致しませんわ」
「うむ……」
「そのようなことを言う者がいらっしゃいましたら諌めるか、お知らせください」
ということで解散になった。
得られたもの。
聖女が愚かにもケルピーに乗って死ぬところだった事実が公になった。
ざまぁしかないな。
朝食の時間帯にあれだけ大声で話していたら昼までに生徒全員が把握していそうだ。
そしてスカーレット様は考えただろう。魔力が増えれば属性が増えるという話がCクラスから広まったことと合わせ、噂の発信源もそこにあるのではと。
マーガレット周りの不穏さに気づいただろう。
本格的に試験勉強が始まった。図書室が賑わいだした。私も図書室でと思っていたのだが、混み合っていて席の確保も難しくなる。
以前は部屋やスカーレット様のお部屋にお邪魔して勉強していたが、今回はフィニアスたちとの約束を果たさねばならない。仕方ないので談話室を借りることにした。
「ならばクラブで使う部屋を開放致しましょう。図書室が大賑わいになるのは毎回のことですし、正直一年生より三年生のほうが図書室を利用したいでしょう。ただしこちらはクラブと違って放課後から二十時までですよ」
この談話室は、他の談話室と比べてもかなりの広さで、五十人くらいは余裕で入ることができた。一応クラブのメンバー優先にしたら、一人で勉強できないタイプの面子が開放時間にぱらぱらとやってくる。
少し前から勉強をしていたイライジャは、かなり頑張っているように感じる。
「リリアンヌ嬢に教えてもらったからこそ、無様な成績は残せない」
「ただ、一年生最初のテストですから、皆そんなに悪くないと思いますよ」
平均点は高いだろう。
「ケアレスミスが差を広げるんだろうな」
ケアレスミスの多いイライジャがぐっと呻く。
「あ、そう言えば、Cクラスで、試験問題が盗まれたとか、そんな話を聞いた」
イライジャがかなり声を落として言う。
「それは、難しいと思いますよ? 正直、先生方魔術で対応されているでしょうし」
「馬鹿げた話だとは思うけどね。少しリリアンヌ嬢が心配」
「私?」
「リリアンヌ嬢、勉強してる素振りがないだろ? 満点取ったら言いがかりをつけられそうだ」
あー、ありそう。
「うーん、手を抜いたほうが良いということですか?」
「いや、そうじゃない。そうじゃないんだ……」
難しいなと、呟くイライジャ。
「ならば、満点の者が山程いれば、テスト問題が簡単だったということになるね」
フィニアスがニヤリと笑った。
フィニアスは表向き男爵令息だ。
Aクラスはどうしても基礎学力を幼い頃からつけやすい高位の貴族が多いので、男爵令息の彼は誰からも話しやすい相手だった。その上性格はとても穏やかで、聞き上手なので彼の言葉は割と皆に浸透する。
試験問題が盗まれたという噂がある。
彼からもたらされたその話に、Aクラスの生徒全員が乗った。
「フィニアスさん、やっぱり成績良いですよね? 私が教える必要ありませんよね?」
「一年生の最初の試験だからね。試験範囲も狭いし、基礎の基礎だ」
クラスのほぼ全員が百点満点中九十五点以上の成績を打ち立て、さらに全教科満点者が五名もいる。
私はもちろんだが、スカーレット様にフィニアス、コリンナ、アーノルドだ。
「まあ、さすがに次からは難しそうだが、今回は余裕だろう」
アーノルドが言うとコリンナが頷いた。
「これで、誰か個人が試験問題を事前に手に入れたという話はなくなるでしょう。Aクラスのほとんどが成績優秀者ですもの」
名前とともにクラス名も書かれた上位順位表が張り出されていたのだ。
フィニアスがクラスで少し話題に出すと、仲の良い者どうしで話が伝わり、今回のAクラスが本気を出すといった結果になった。
が、一人その輪に入っていない者がいた。
誰もが彼に今回の話をしなかったのだ。
それは盗まれたと話が上がったCクラスの者と親しい人物。
ギルベルト殿下である。
私は内心大爆笑で転げ回っている脳内をなんとか黙らせ会話に参加していた。
「イライジャさんもとてもよい成績でしたね。努力が報われて良かったです」
「おかげさまで。もうこれ以上の点は取れないと思う……」
イライジャはCクラスの中ではトップだった。
入試の結果順にクラスが決まっているので、どうしても上位はA、Bクラスが占める。それにしてもAクラスが並んでいるのは壮観であった。
「今夜からはクラブ活動ですね。頑張りましょう!」
「明日からは実技の試験も入ってくるけど、そちらは大丈夫なのかい?」
「実技は成績に響かないですし、気楽なものですよ」
それに一年の実技は余裕である。
私が取っている実技は、五つ。
火の魔術初級、土の魔術初級、格闘術(身体強化術含む)、魔術方程式実技、薬草学実技。
魔術方程式は、浪漫だ。新しい方程式を模索し日々霧の中を進む学問である。
浪漫を愛し浪漫に愛されるものがどっぷり浸かる。
私は方程式の実技は実際作るというよりも、この分野に進もうと思う人がどのような思考過程で新しい魔術式を作り出すのかに興味を引かれたのだ。
この授業だけは魔力の少ない平民出身の生徒もいた。ユージンもその一人だった。
「商品の生産過程を魔導具や術式で簡略化できないかとおもっているんですよね」
彼はとても身の程をわきまえており、頭の回転もよく話していて楽だ。
余計な言葉を尽くす必要がない。
「魔導具の座学の授業も面白いですが、こちらも楽しいです」
シンボルをいくつか書いて新しい術式を産み出すのが今回の試験だ。とはいえ、先人が山程書いて失敗してきたものなので、教師も思考の過程と流れを見たいというだけだ。
「リリアンヌさんのは、これは……?」
「私は、火がメインです。でも、闇泉のような便利な空間収納が欲しい! なので、火属性でも持てる空間収納魔術式を考えようと……努力してみました」
「火で空間収納は無理ですよ……属性の原理は習ったでしょう?」
「うう……頑張ってみたかったんです」
「努力と心意気は買いますが、この魔術式では単にその場に置かれたものが焼かれる運命ですね。良いステーキが産まれそうです」
ぐぬぬ……。難しかった、魔術方程式実技。
ユージンの魔術式はかなり褒められていた。既存の遠くまで声を伝える拡声の魔術式からヒントを得て、ごく小さい範囲に声を飛ばすことのできる魔術式を作ろうとしていた。
「発想が面白いですし、これは、研究の余地がございます。ぜひこのまま実用化まで詰めて行きましょう」
発想の才能ってあるんだなと思いました。
そして、なぜか火の魔術式実技にマーガレットさんがいらっしゃいますよ。
え、何しに来たのこの聖女様?
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