一つの結論が導かれた

 宣言通り今日は魔塔だ。月の日の朝手紙を送って許可を貰った。魔導列車トラムを乗り継いでいこうと思っていたら、まさかのメイナードが一緒に行ってくれるという話になった。魔塔にも部屋を持っているメイナード。そちらの素材を移動したかったそうだ。

 そしてなぜかデクランも付いてくる。

「リリアンヌ嬢に付いてきたわけではない。メイナード様の素材整理のお手伝いだ」

 仏頂面でなぜか言い訳を始める。別にいいけども。

「時間によっては私は先に帰るから、その時はパーシヴァル様に送ってもらいなさい」

「はい」

「父上のところで何をするんだ?」

「パーシヴァル様というか、ユールさんのところで映像の映写の魔導具を借りて、その後は少し話し合いを」

「話し合い?」

「はい。わたくしが、魔術師として大成するための話し合いです」

「まあ……頑張ってくれ」

 学校の中では転移の魔術は使えないので、正門から出たところでメイナードが腕を振るった。

 転移は二属性あればできるようになるらしい。学生には明かされていない魔術式が多すぎて、困る。そんなときは魔塔の図書室だ。時間があればそちらにもお邪魔したい。

「まずはパーシヴァルの部屋に行きなさい」

 すぐさまユールの部屋を目指そうとした私をメイナードが引き止める。

 やっぱりダメか。

 そこからは大人しく最上階へ向かう。

 扉をノックすると勝手に開いたのでお邪魔する。

「お久しぶりです、パーシヴァル様」

「ああ、久し振りだな。とはいえ、二ヶ月ほどか?学生生活は充実しているようだな。デヴァルー先生から苦情が来たよ。どんな魔力練りをさせているのだとね」

「それは災難でしたね」

「まったく。私のせいではないのにな……地を使ったと聞いたが?」

「水に、ケルピーに対抗しうる人物がいなかったもので。マーガレットさんがケルピーに乗っていなかったらメイナード様がやれたのでしょうけど」

「メイナードもその場にいたのか。後で様子を聞いてみよう」

「状況はお聞きになっていないのてすか?」

「学園の内部は基本無干渉だ。今回はブレスレットを外したので一応連絡があっただけだ。で? 私に用というのは?」

「もちろん、ブレスレットのことです。今回緊急事態ゆえ土盾や土籠を使いました」

「ほう、土籠を?」

「で、その場にいた生徒に、魔力が増えれば属性が増やせることが伝わりました! つまり! ブレスレットはいらない!!」

「ダメだ。またデヴァルー先生から苦情が来る」

「でも、次の属性を得るにはこの倍必要だと聞きました。スカーレット様をお守りする最高の魔術師になるためには二属性では足りません!」

「二属性でも誇れることだぞ!」

「ご自分は三属性のくせに!」

「私だって二属性になったのは卒業してからだ! 突然どうして三属性を望むのだ? 何があった?」

「闇泉が便利すぎるので闇属性を持ちたいですー!」

 グスマン伯爵は、はあと大きなため息をついて額を押さえる。

「それが本音か。メイナードが使ったのだな」

「採取に便利すぎてもう……デクランさんは難しくてまだ無理と言いますし」

「当たり前だ。魔術式を習いだしたばかりの者に無茶を言う。アレは四重術式だぞ」

 そんなことを言っても欲しいものは欲しいのだ。

「闇泉があれば、スカーレット様のお荷物全部放り込めるし、何より素材採取に便利すぎる」

「気持ちはわかるが……」

「私の向上心を、汲んでください!」

 再びため息。

「デルヴァー先生のところで週に一度魔力練りをしているのだろう?」

「それだけじゃ足りません……」

「毎週魔塔に来るわけにはいくまい」

「そうですね、魔導列車トラムで移動は時間がかかります。といって、転移が出来るほど地を使いこなせておりませんし、魔術式が閲覧禁止図書にあります」

「学生の身で転移は禁止されている」

「本当なら毎日寝る前に気絶するまでやりたいのに」

「だからブレスレットをされているのだ……魔術の教師は一人じゃないだろう」

 ん? それはどういうと聞き返そうとして留まる。そうか。デルヴァー先生には週に一度でも寿命が縮むのにこれ以上増やせないと言われた。ならば、監督する人数を増やすしかない。

「ありがとうございます!」

「君をこれ以上押さえつけたらとんでもない抜け道をさがしだしてきそうだからな」

 なんだかんだで、グスマン伯爵は優しいと思う。面倒見が良いというか。

「ではこれで、わたくしユールさんのお部屋に伺いたいので」

「ユール?」

「はい。撮った映像を見る方の魔導具を貸してもらいたいなと」

「何か撮ってきたのか。あれは撮るときに魔力をそれなりに使うと、ユールが試作品を試すのに四苦八苦していたぞ」

「あとは、撮るたびに魔石から作る記憶媒体を新しく作らないといけなくて、その記憶媒体を作るのに使う魔石の量が結構なものなのも痛手ですね。……魔物狩りしたいなぁ」

「許可しない」

「わかってますよ……小さな、ホーンラビットや、サンドスナイパーとか、簡単に倒せるものとか……」

「そんなものからは魔石は出ない」

「わかってます、わかってますよ……でも極稀に出るから、もうそれを狙うくらいしか」

「そういった魔石は平民が日常生活で幸運にも得るものだ。我々貴族はそれを買うのが役目だ」

 うう、お金稼がないとダメ。

「ユールは平民だ。国から研究費は与えられるが、魔石を大量に使うなら資金繰りも厳しいだろう」

「そこは心得ているつもりです。お金と魔石の現物支給、どちらが嬉しいか聞いています。なんだかんだと断ろうとするので、今回撮影する方の魔導具を借りる代わりに借り賃を支払うということにしました」

「それは……助かるだろうな。魔石は魔塔からも回すとしよう」

「魔石屋への伝手がないので手に入りにくいんですよね」

 冬の間にグランド商会を一度訪ねたい。魔石屋への伝手も聞いてみよう。

 ユールは今日も熱心に魔導具の設計に集中していた。

「ぱ、パーシヴァル様!? リリアンヌさんも」

「ごきげんよう。研究は進んでいらっしゃいますか? 今日は見る方の魔導具を借りたくて参りました」

「ああ、あれですね。きれいに取れているといいですね。どんなものですか?」

「うーん……よくわからないのでもう一度確かめたくて。一緒に見ます? 守秘義務出てくるかもしれませんけど」

 速攻で拒否られて、グスマン伯爵に自室へ連れて行かれた。

「守秘義務とは? 君は一体何を撮っているんだ?」

「正直私にもわからないのです。なのでもう一度ゆっくり見て考えようかと」

 怪訝な顔をされるが、本当にこちらも悩んでいるのだ。

「マーガレット•トルセイ男爵令嬢を御存知ですか?」

「もちろん、噂の聖女だろ?」

「彼女に呼び出されたのでせっかくだから録画してみたのですが、よくわからないのですよ。何かに怒ってらっしゃるのですが……見ます?」

 しばらく逡巡していたが、好奇心が勝ったようだ。撮ったものを見るときは、白い布や壁に映し出す。今回は部屋の壁にした。

 撮ったものは消去しなければ何度でも見られるのだ。

 記憶媒体を写し出す、映写の魔導具に入れてボタンを押す。

「きれいに撮れていますね。これは、私が呼び出されて移動中です。ブローチ型にしたのでバレていません」

「許可なく撮ったのか」

「まあのちのちの証拠にしたいので基本的無許可ですね。じゃないと話してくれませんよ」

まあ確かにな、とグスマン伯爵はつぶやく。


『それはイライジャから!?』


 映像には音声も付く。その場所を丸っと再現しているように見える。本当に素晴らしい。

「呼び捨て?」

「興奮なされるとそのような物言いをするらしいです」

 そしてそれを指摘した私に、突然の激昂。


『考えれば考えるほど、あんたが全部イレギュラーだ! 入試のときからそうよ! 私のタイミングは完璧だった。あんたのせいでフィニアス、イライジャの好感度がゼロに近い! あんたのせいで何かおかしなことが起きてる! なんで、なんで! グラドン商会の化粧下地からコスメから、一番の稼ぎどころを持って行かれるし、お前が異常なんだ!』


「ここですね」

 再生を止める。

「私の存在に苛立ちを覚えているらしいのですが、何に腹を立ててらっしゃるのか……グランド商会の件も言い回しがなんだかおかしい」

 一番の稼ぎどころを持っていかれるとは……ニ番三番もあるのか? 一番のというからには他も控えているということ。私は未来を知っていたが、マーガレットはどこで知ったのだろうか? トルセイ男爵家が他に何か小金を得ていないか調べさせよう。

「好感度とはなんだ? 入学試験で何があった?」

 試験の時の出来事を、フィニアスと会ったところは省いて軽く説明する。

「あのときも怒られたのですよね、モブと」

 謎の単語モブ。

「好感度もよくわかりませんが、言葉そのままだとすると、フィニアスさんやイライジャさんがマーガレットさんを好きな度合ということでしょう」

「つまり、彼女はフィニアス、イライジャのことが好きだと?」

「いや……殿下と仲がよろしいですよ、最近は」

「は?」

 それ以上は説明しようがなく進める。


『――それに、なんであんたが首席なわけ? あれは殿下固定だったはずでしょ?』


「王族が入学するときは新入生代表挨拶は王族ときまっているのですか?」

「いや? それより、今回は殿下の成績が悪すぎて、教育係が軒並み馘首になったと聞いたぞ」

 えぇー。まあ、勉強してないもんなぁ。今度のテスト大丈夫だろうか?

 そして問題のシーンだ。


『フィニアスなんてとっておきの目の色の話をしても全くの無反応。そんなわけがないのよ。確かに足りなくて、決め手にはならないことだってあるけど、いつでも一定の反応は見られるのに!!』


 ここだ。

 当時はあまりにもマーガレットの反応が予想外すぎて、聞き漏らしていた。


 フィニアスの目の色の話だ。


 ちらりとグスマン伯爵の表情を盗み見する。

 眉をひそめていた。

 不可解、そんな言葉がぴったりな顔をしている。

 フィニアスには秘密がある。未来を知っている私にはその情報はあるが、皆にはないはずだ。知っているのは、ギルベルト殿下。スカーレット様が知っているかはわからない。王妃教育のときに告げられている可能性はある。

 だが、マーガレットは?

 単なる男爵令嬢でしかない彼女が知るわけもないのだ。

 いや? 聖女だから知らされていた?

 即座に脳内で否定する。

 彼女が聖属性だと知らされるのは試験のときだ。そこから神殿が動き出す。つまり、試験のときフィニアスに近づこうとしたのはそれ以外から情報を持っていたからか。

 次世代の国政の中枢を担うであろうギルベルト殿下、アーノルド。オズモンド第二王子。騎士団に深く関わって行くであろうクリフォード。魔塔主に近いデクラン。

 そこまでならまだわかる。彼らを虜にして、手玉にして、スカーレット様を追いやるのも、聖女の力を利用して、女性としての最高位を狙うのも。

 ただ、狙ったようにフィニアス、イライジャへ視線が向くのが異常すぎる。

 まさか?


『なんなのあなた、……もしかして、※※※!?』


『いや、まさか。まさかね。それにしてはギルベルトは……』


『いい、もういいわ。とにかく、私の邪魔はしないでちょうだい! モブはモブらしくしてろ!』


 まさか――。


 得られた結論に、私は深く考えを巡らせた。




 

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