利用されるのはまっぴらごめん!
翌日、授業を終えた私はスカーレット様とともにメイナードの研究室を訪れた。
ノックをすると扉が開く。
「失礼します、フォレスト先生。こちらが、私のお慕いするスカーレット様です!」
「リリアンヌ、授業を何度か受けているので初対面ではないのよ。スカーレット•ラングウェルです。今日はよろしくお願いいたします」
「ああ、よろしく。さあ始めようか」
スカーレット様はもちろん、私もしっかり筆記用具持参だ。スカーレット様が忙しい時は私が素材の処理までやれるようにしておかねば。
メイナードの説明はとても丁寧でわかりやすかった。見て盗めなタイプでなくてよかった。
途中デクランもやってきて、四人でせっせと昨日の分の素材を全部処理してしまう。
「ボロネロ草はマーガレットさんに届けなければなりませんね。こちらは処理などは必要ないのですか?」
「あれはむしろ採ったらすぐ処理する方が効果が増す。自分で取りにこさせろ。その方が調薬のタイミングで来れば品質も保証される。ただ、まあ一ヶ月以内で頼みたいな。冬休暇前の試験が始まってしまう」
「そのように伝えておきます」
面倒だけど明日の朝か昼にでも捕まえよう。彼女が失礼なことを言わないか心配だが、メイナードも貴族だ。適当にあしらうだろう。
そう、メイナードも貴族なのだ。あの容姿で平民はそうない。しかし、フォレストという家名は初めてだ。ただ、家名は割と簡単に作れる。本来のものとは違う通り名というものだ。
例えば、ラングウェル公爵に連なるものだが、あまりにも遠縁になってしまい、ラングウェルを名乗るのもおこがましいと、家名を己で新しく名乗ることがある。貴族名鑑には正しい名前で記される。
ただ、これを男爵位レベルでやることはない。公爵、候爵あたりでしか行われない。
つまりそこら辺の貴族なのだ。
貴族なら誰でも知っていることなので、そのメイナード相手に男爵令嬢でしかないマーガレットが不用意なことを言うとは思いたくないが、なにせあのマーガレットなので、少し心配だ。
「フォレスト先生、わたくしもこちらへ学びに通ってもよろしいでしょうか?」
「ああ構わないが、特にこちらから教えるようなことはしない」
「スカーレット様は魔塔でもユールさんと一緒に魔導具を作っていましたから、何か作りたい魔道具を決めて先生に質問すればいいですよ」
「了解いたしました。それでは近日中に魔道具の設計図をできる範囲で書いてお伺いします」
メイナードとデクランの言葉に、スカーレット様が答えると、私も宣言する。
「ではわたくしもスカーレット様と参りますのでよろしくお願いします」
「関係ない者が来るのは邪魔だ」
「えっ……関係なくないですよ?」
「魔道具の学びに関係のない者は邪魔だ」
「わ、わたくしスカーレット様の素材調達係ですので!」
「君は図書館で魔術式の一つでも覚えなさい」
ひどい!!!
寮への帰り道、私は全身でガックリ感を出していた。
「ひどいです」
「わたくしも、リリアンヌの時間を奪ってしまうのは忍びないわ。先生がおっしゃられるようにあなたの時間はあなたのためのものですもの」
そう笑うスカーレット様は夕焼けに照らされてとても美しかった。
「では、言い方を変えましょう、リリアンヌ」
笑みを引っ込めて、私に向かってはっきりとした口調で告げる。
「将来私の身を守る筆頭護衛魔術師となるために、あなたは学園で一番の魔術師になるための努力をなさい」
雷に打たれた。
そんな風に思えるほど、私は私の中の意識が音を立てて崩れ去り、そして新たな世界が組み上がるのを感じた。
私は自然と片膝を付く。
「リリアンヌ•クロフォードはスカーレット様の御身を全力で守るために魔術師としてこの世に君臨することを誓います」
「言葉がデカい。何を言っているんだ君は」
後ろを歩いていたデクランが呆れた声を漏らす。
「君臨って……君臨するのは王か魔王だぞ」
「それくらいの心持ちでスカーレット様にお仕えするということです。スカーレット様がフォレスト先生の研究室へ足を運ぶ間、私は図書館や訓練場で魔術の訓練をすることにします」
「そうね、それがいいわ。ギルベルト様の護衛騎士の方が、リリアンヌの地魔術を褒めていらしたわ。わたくし、リリアンヌが地属性も持っているなんて知らなかった」
「そ、それはまだお見せするほどのものではないと思っていたので……」
「次は闇が欲しいのですって?」
「はい! フォレスト先生が使われていた闇泉がとても便利なので絶対に欲しい!」
「なら一層頑張らないとね」
「はい! わたくしはやりますよ、スカーレット様」
「楽しみにしているわ」
「歴史は暗記なので、教える術はございません」
私の宣言にイライジャが絶望する。
「まあせめて流れを覚えるのは大切だと思いますけれど、名前や地名や年号はもうどうしようもありませんよ。というか、基礎は基本的に暗記ですね。あとは覚え方?」
「頑張ります……」
このあたりは本当に詰め込むだけなので復習程度。
べそべそしてるイライジャが可哀想だったし、これでは対価にならないので、教科書のいくつかのページに栞を挟む。
「あの先生の好みの傾向を考えると、ここらへんが多分でますよ。信じるか信じないかはイライジャさん次第です」
確か前回ここらへんが出たはず。
「信じるよ。リリアンヌ嬢のヤマは信じるしかない!」
そう言って、イライジャは教科書と睨み合いを始めた。
次は、なんだかニコニコしているフィニアスだ。
「ここの文章題なのだが」
さすがフィニアス……算術の文章題。え、これ難しい。
「算術はスカーレット様の方が得意なのですが……」
だが、引き受けたのは自分だ。たぶんここらへんをと色々やってなんとか解くと、とても感謝されたのでよしとしよう。
「先生お手製問題集、なかなか難しいのが揃っていますよね」
「そうなんだ。算術も他のはできたんだけどね、答えはくれないから助かった」
魔術の座学は、属性を選んでの試験だ。というのも、普通は自分の属性を選ぶが、平民で実技は取っていない者は属性を選べるのだ。初歩の魔術式を書くという、実技をやっていればどうしたって覚えなければならないことなので、試験の成績も基本皆良い。差をつけるなら最後に覚えている魔術式を時間いっぱい書きなさいという部分だ。
始めての試験だが、兄や姉がいる生徒はこの問題形式をほとんどが知らされている。
「少し難しめの風の魔術式を一つだけ覚えておくことをオススメしますよ」
「ええ、じゃあやっぱり俺は火の付与術式を……」
「火の付与は三重構造ですから、覚えるのは大変ですよ? まだ習っていないシンボルもたくさんありますし。火なら火壁あたりで十分かと」
あまり難しすぎるのを覚える時間があるなら、史実の一つでも覚えた方が有益だと思う。
「難しめ、か」
「二重の手前に乗ってるくらいの魔術式で十分だと思いますけどね。一年生ですから、わたくしたちは」
そんな私はスカーレット様に宣言した通り、国一の魔術師になるべく、魔術式の暗記に勤しんでいる。というのも正直今回の試験はたぶん余裕。なんたって、初試験なので難易度は低めだ。
そこへ図書室であるというのに騒がしい御一行がやってきた。司書の先生の眉がキリキリと吊り上がっている
いつか出禁になるんじゃないか? 普段なら諌めるスカーレット様は今日もメイナードの研究室だ。確か一緒に殿下たちも行ったはずなのだが。
「失礼な教師だ。あんなやつは辞めさせてやる」
おお!? なになに? 何をやらかしたんだこのクソ殿下は。聞き耳を立てる必要もなく、どかりと私たちの隣のテーブルに座る。
図書室の中央のこのテーブルは普段から空いていた。なんだかんだと談話室に移るまでは、ギルベルト殿下とその取り巻きは図書室にいることが多かったのだ。
「図書室だよ、もう少し声を落とさないと追い出されてしまうよ」
フィニアスが声を掛けると、ギルベルト殿下はムッと口を閉じる。でも耐えきれずに、多少の声のトーンを落として語りだす。その隣にはマーガレットがいた。
私は朝一番に、マーガレットに、ボロネロ草は受け取ったらなるべく早く調薬するほうが効果が高いこと。いつ調薬するかを決めて、受け取りに行く日をメイナードに連絡してほしい。私から伝えることも可能だと伝えた。
すると、自分で行くと言い出した。ならば研究室を知らないだろうし、関わるのは面倒だが、メイナードに迷惑がかかっても仕方ないので案内を申し出たが、まさかのスカーレット様が請け負った。昨晩、まさかまさかの、作りたい魔導具の設計を完成させて意見をもらいたいらしい。
ドハマリしていらっしゃいますね、スカーレット様。
さらにギルベルト殿下が自分もついていくと言い出したのでこれは私がついていく必要がないと言うか、ついていく方がおかしいのでお任せしたのだ。
何をしてきたのだ?
「マーガレットが効能の高い
そんなド失礼なことをぶっこいたのか……。メイナードは絶対、真面目な学生にはしっかり指導するけど、一度、こいつダメだってなったら塩対応になるタイプの人だと思う。
「スカーレットもスカーレットだ。研究室は先生の研究の場所ですから。もしよろしければ申請はわたくしもできますし、出しておきましょうか? だと! そこは、あの教師を説得するところだろう?」
イヤイヤイヤ、完全にメイナードの怒りをそれ以上買わないようにフォローに走ってくださっているでしょう。
「それで、どうした?」
「用件が終わったなら出て行けと追い出された」
大変ご不満な顔をしているが、そこで終わらせられてよかっただろ。王族の権利とか振り回さなくてよかった。たぶんスカーレット様が謝罪とかしてるんだろうな。ほんっと、クソ殿下だ。
「まあ、調薬室は試験も近いし空いていますよ。それでも早めに申請しておくことをオススメします」
図書室はお静かに。早く話を切りたくて言うと、お行儀悪く座っていたギルベルト殿下が顎をこちらに向ける。
「そなたが取っておけ」
え、やだよ面倒くさい。
「わたくしは別に調薬の予定はないので。マーガレットさんにはお友だちも多いですし、そちらに頼めばすぐですよ」
ニコリと返すと、ご機嫌斜めのクソ殿下の眉がさらに吊り上がる。
「命が聞けぬのか?」
「王太子殿下の命でしたら謹んでお受けいたしますが」
私の返しに目を見開く。
学園は身分がない場所だから、お友だちのお願いなら聞くが、そうでないならお断りだ。
「ギルベルト様、私自分で申請するので。これからも調薬は授業を取っていますし、申請の仕方は覚えておきたいです」
「マーガレットさんもお忙しそうですし、陽の日の午後にでもお友だちにフォレスト先生からボロネロ草を受け取って貰っておいたほうが時間も短縮できますよね。それに調薬した薬を詰める瓶の洗浄作業とか、どのくらいお作りになるのかは存じ上げませんが、しっかり計画を立てておくことをオススメします」
瓶を神殿から受け取って洗浄作業、詰める作業までしなければならない。人手がいりそうな作業だ。朝イチボロネロ草を受け取って神殿で調薬すればあとの作業は神官たちに丸投げできるというのにそれをする気はないのだろう。
たぶん、殿下の前で作りたいのだ。
そんな作業を手伝う気など一切ない。
「ならばその段取りを――」
「大変でしょうが頑張ってくださいね。わたくし今度の陽の日は朝から魔塔に参りますので」
おほほほと華麗に逃げておいた。
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