知らない馬についていくのは愚か者です

 その後もあちこちへ走っては止まり、走っては止まりと採取を繰り返す。メイナードも積極的に採っていた。途中寄り道ばかりの私たちを、ピクニック感覚で楽しんでいる殿下たちが追い越して行った。

 固いなぁ。

 馬も走りにくそうで可哀想だった。

 そして目的地の一つでもあるユエル湖に到着した。

「そう言えば、マーガレットさんは何をご所望だったんですか?」

「あー、なんでも回復薬ポーションに必要なボロネロ草を採取したいとか。マーガレットさんの作った回復薬ポーションは効果がかなり良いと評判らしいよ」

「聖属性の効果でしょうかね?」

 そんな話も知らなかった。というか、回復薬ポーション作り、神殿でやらされてたのか?

 薬草学は座学までが必修で、実習は選択だ。

 前回は時間をスカーレット様に回していて、私は選択をあまりとっていなかった。今回はカタリーナもいるし、興味も出てきて色々ととっている。

「それじゃあ馬を――」

 そこら辺に置いて湖の周りへ行こうといいかけたところで悲鳴が上がった。

 女の悲鳴、つまりマーガレットだ。

 先陣を切って走り出すとそれを叱られる。

「リリアンヌは後ろだろ!」

 イライジャだ。

 しかし走り出してしまったのだからもうそれは仕方ない。

「しかも身体強化使いこなしてるし!」

 一向に追いつけないことでそれに気づいたようだ。

 これは前回の知識引き継ぎで、魔力回路が開いた辺りから積極的に体を慣らしている。

 開けた場所に出たと思ったら、そこには殿下の腕を掴む護衛と、水辺で水を操ろうとしている護衛。

 そして、馬に乗ったまま湖の中を進むマーガレット。

「ケルピーか!」

「なんですか?」

 後ろからやってきたメイナードに聞き返すと、代わりにどこからか現れたデクランが答えた。

「水妖だ。ああやって自分に乗せた人間を水の中に引きずり込む」

「【闇煙】」

 ケルピーの顔の周りに黒い煙のようなものがまとわりつく。

 明らかに水の属性を持つケルピーとやらに、火の属性は通用しない。

 水には土だ。

 だが誰も土の属性は持っていないようで、水で進むことを妨げようとするも、相手はそれこそ水のスペシャリストである魔物だ。

「フォレスト先生、ブレスレットの解除の許可をくださいませ」

「火は効かないぞ! 一番相性が悪い。魔力でゴリ押ししようにも、水に浸かっている状態では……」

「わかっています! 早く! 許可を」

「メイナード•フォレストの名において、一時的にリリアンヌ•クロフォードのブレスレットを外す許可を与える」

 そう言って杖でブレスレットを叩く。

「ありがとうございます!」

 ブレスレットを外すと、私はさらに距離を詰め、手袋を少しだけ捲り放出孔をさらけ出す。

「【土盾】」

 湖が深いとは言え、その底には土がある。そこから勢いよく土が盛り上がってケルピーの前進を妨げる。

「【土籠】」

 そのままケルピーの立っている辺りの地面ごと、鳥籠のように周囲を覆って上へ引き上げる。

 湖から引き離す。

 水を操っていた護衛騎士が籠に向かって飛んだので、土籠の一部を開く。だが、これは場所が悪い。

「聖女様! お手を」

 嘶いたケルピーが後ろ足で蹴り上げようとしたところにマーガレットの声が響く。

「止めて!!」

 悲鳴のようなそれとともに、真っ白の光が眼前を覆った。眩しすぎて思わず一歩引く。

 そして、ようやく辺りが見えてきたときには、土籠の中でへたり込むマーガレットがいた。

「マーガレット、無事か!? おい! この土くれをどうにかしろ!!」

 消したらマーガレットが湖に真っ逆さまなのだが。

 土籠に飛び乗っていた護衛騎士がマーガレットを抱き上げるとそのままこちらまで飛んだ。そこで私は土籠を解除する。

 ドサドサと力を失った土が崩れ、湖を濁らせる。

 あれが聖女の力か。聖属性。魔を退ける力。

「見知らぬ馬には乗らぬことだ。例え、水辺でなくともな」

「ごめんなさい……人懐っこい白馬が珍しくて……」

「今言うことではないだろう! 気にするなマーガレット。それよりも、そなたの力はやはりすごいな!」

 両手を握り込むギルベルト殿下に、マーガレットは弱々しく微笑み返した。顔が真っ青で震えている。まあ、ずぶ濡れだからさすがに寒かろう。

「【火燥】」

 熱風がマーガレットを襲う。側にいて余波を食らったギルベルト殿下が烈火のごとく怒り出す。

「何をしている!」

「そのままでは風邪を引いてしまうので」

 私が冷静に答えると、マーガレットの様子を見て黙る。

「ありがとう……」

「リリアンヌ嬢、なんでそんなに魔術式知ってるの……それより、土? え、なんで?」

 イライジャが同じ火属性としてショックを受けていた。

「そうだ、すぐにブレスレットをしなさい」

 ぐっ、忘れたままにはさせてもらえなかった。どっかに投げ捨てて、緊急時で、とかやればよかった。律儀にポケットにしまった私の敗北だ。

「魔力は増やせる。増やせば、属性が増える。そなたらの両親にも多属性持ちはいるだろう? 魔塔主は三属性だ」

「次は絶対闇属性を手に入れます」

 私は決意を固める。

 メイナードは呆れた目で見る。

「さらに倍だぞ?」

「ブレスレットさえなければ……」

 何よりもこのブレスレットが邪魔だ!

「リリアンヌ嬢、火だけじゃなくて土もちゃんと使えてる……」

「でもやはりまだ発現したばかりで、使いにくいですね。魔術式は覚えても、使いこなすにはまだまだかかりそうです」

 土は思った程度の規模だった。火球のような齟齬はない。

「しかし、聖女の力はすごいな。一瞬で魔を滅ぼせるのか」

「私、そんな事何も考えてなくて」

「救いたいという気持ちが力となって発現したんだ。本当に君という人は……」

 なんか二人でうるうるしてるので、私はそれではとその場を立ち去ることにした。

「リリアンヌ嬢?」

 フィニアスが私に問いかける。

 こちらこそ、首を傾げた。

「どこへ……」

「えっと、採取ですけど」

「マーガレットがこんな状態なのに、貴様は!」

 え、なぜそっちに付き合わないといけないんだろう?

「ええっと、ギルベルト殿下はもうおかえりになられるのですよね?」

「当たり前だろう! こんな状態のマーガレットを放っておけるわけないだろ!」

「はい。それでいいと思います。ですから私は採取に……」

「人の心がないのか!?」

 あなたには言われたくないし、正直マーガレットのせいでこちらの予定を狂わされるのもごめんだ。

「ギルベルト様は一緒に帰られるのですよね? そうしたら、お付きの護衛の方も一緒でしょうし、普通に帰るのならば、特にそれ以上の戦力は必要ありませんよね? マーガレットさんが必要としていたボロネロ草も採取しておきますよ」

 まあガタガタ言われるくらいなら多少多めに他のものを採っていくくらいしてやろう。それで気が済むだろうから。

 案の定、ギルベルト殿下は態度を和らげた。

「確かに、マーガレットにはそれが必要だったな……わかったよろしく頼む」

 ちょろちょろですわ〜。

「ではお先に失礼いたしますね」

 軽く膝を曲げて挨拶すると踵を返す。フィニアスやイライジャもすぐあとを追ってきた。

 その後は滞りなく予定をこなし、文句を言われないだろうくらいのボロネロ草も集めて湖を後にする。

 ああ、闇泉てほんと便利!

「デクランさん、早く闇泉覚えてください」

「あの術式はかなり大変なんだぞ……書いては覚えられても魔力で描ききれるか」

「気合です。気合! わたくしだって土籠は今日初めてでしたよ!」

 想像力豊かであればなんとか!

「術式には順番がある」

 メイナードが言うとデクランも激しく頷いていた。

 本当に欲しいものがあるなら気合でいけるだろうに。

 帰り道、陽が沈むのを眺めながら南門まで馬を走らせる。馬貸しに馬を返すと、そのまま魔導列車トラムに乗り込んだ。この時間になると空いている。

 定期便魔導列車トラムは基本無料だ。王都をぐるりと回っている。混み合う時間はかなりキツイ。ただ一車両は貴族専用になっている。金を払って乗り込んだ。貸し切りだ。

「夕食の時間には間に合いそうだな」

「そうだね、急いで着替えないとだが」

 イライジャとフィニアスも採取して、移動してを繰り返したので、流石に疲れたようだ。

「素材は明日の放課後、受け取りに行っても平気ですか?」

「処理の仕方も教えよう。保存も、私の部屋でしておけばいい」

 管理の仕方がまだわからないので正直助かる。

「せっかくだからスカーレット様のご予定もお聞きして、一緒にお伺いしてもいいですか? 素材を扱うようになるのはスカーレット様なので」

「ああ、そうしなさい」

 そして私はフィニアスとイライジャに向き直る。

「素材は等分でよろしいですか?」

「いや? 私には必要ないよ」

「俺も魔導具作りはしないから」

「それはいけませんよ?」

 何だかんだでかなりの労力と時間を消費し、その上馬代やトラム代も自分たちで出しているのだ。

「気晴らしに遠乗りに行った認識なのだが?」

 フィニアスが笑っていう。

「次誘いにくくなります」

「それは困るな……」

「えー、楽しかったからまた行きたいんだけど」

 しかし、対価なしは本当に誘いにくい。素材を等分が一番わかりやすくて良いのだが、必要のない彼らにしてみたら対価にすらならないのだ。

「そうだ、もうすぐ試験だから、勉強をおしえてくれればいいよ」

「あ、俺もそれでいい!」

「ええっと、座学ですよね?」

 Cクラスのイライジャには役立てると思うが、フィニアスは、確かそこまで悪いわけではなかったはずだ。以前、後半手を抜いたとはいえ、Bクラスの上位でしかなかった私よりずっと成績が良かったはずだ。

「まあ、それで良いと言うなら構いませんけれど、対価になり得ますか?」

「もちろん。特にイライジャはかなり嬉しいはずさ」

「首席様に教えてもらえるなんて、Bクラスに上がるのも時間の問題だね!」

「結局は己の努力具合ですけどね」


 部屋に戻って洗浄の魔導具を使い、急いで着替えると食堂へ向かう。昼簡易的な携帯食は食べたが、正直不味い。美味しい食堂のご飯が食べたかった。

「スカーレット様!」

 凛とした姿がどこからでも目を引く。

「お疲れ様、リリアンヌ。……楽しかったようね」

「はい! 素材をたくさん採取できました」

 カタリーナは微笑んではいるが、疲労の色を隠せていない。私の視線の先を見て、スカーレット様も苦笑する。

「来週は乗馬があるわ。オズモンド様もいらっしゃるかもしれないわ」

 だから元気を出してと呼びかける。スカーレット様も大変なはずなのに、やはりさすがだ。

「スカーレット様、採取してきた素材は今すべてフォレスト先生が預かってくださっています。明日その素材の処理をしに行こうと思うのですが、ご一緒にどうですか?」

「是非。魔導具を扱うのなら必ず必要なことですもの」

「採ってきた素材は全部スカーレット様のものですからね!」

「それは悪いわ、あなたが採ってきたのでしょ?」

「わたくしは魔導具は作りません。また必要なものがあれば採ってきますから」

 笑顔の私に、スカーレット様は困ったような笑みを浮かべていた。

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