素材採取は楽しい!

 フォースローグ王国には魔物から人々を守る結界が張られている。聖属性を持つ者が国を巡り、その結界の柱に力を注げば魔物に攻められても騎士団が到着するまではなんとかしのいでくれる。

 魔物はどうしても魔の森の中に湧いてくる。そしてこの魔の森は国を囲むように点在していた。普通の森でも魔物は湧くが、どっと溢れてくるのはいつも魔の森で、定期討伐隊が組まれるのも魔の森だ。定期的に魔物を狩って、結界の消費を減らす。

「魔物狩りの頻度を減らす手助けになれば良いと思ってね」

「良い魔導具ですね。聖結界はなるべく消費されないに越したことはありませんものね」

 聖属性を持つ者は、そう頻繁には現れない。

「なら、知らせの魔術式も付けるのはどうですか?」

「知らせ?」

「はい。結界の側に置くのではなく、魔物の森の側に置いて、掛かった数で討伐の時期を決められるのではないかと。森の中で多くなってくれば自ずと掛かる魔物も多くなりますから。で、統計をとって、掛かる頻度などで討伐の時期をさぐれば」

「ふむ……やってみろ、デクラン」

「わかりました。少し考えてみます」

 魔術式を埋め込む時に、効果を増す素材やら、定着させるための素材やら、本当に多種多様な素材がある。

 悩みながらも、デクランはペンを走らせている。

「メイナード様は、素材採取もご自分でなされるのですか?」

「フォレスト先生、だよ。学園では」

「失礼いたしました。フォレスト先生」

 軽く膝を曲げて謝罪すると、彼は頷く。

「そうだな、素材屋や騎士団が採取したものを買い取りをしたりもするが、自分で集めることも多い。……採取に興味があるのか?」

「はい!」

「違いますよ、先生。リリアンヌ嬢はスカーレット様が魔導具を作る時に使う素材を集めるつもりです」

 お見通しでございます。

「スカーレット様はご自身の安全を最優先させる方です。危険があるところにご自身が向かえば周囲に迷惑がかかるとお考えです」

 代わりに私が頑張らないとね!

「ふむ……素材は作るものによって変わる。なので色々と揃えておくのがいちばんではあるが。時期的に来週あたりに採取できるものがあるな。時期ものは外すと一年待つ羽目にもなるから。汎用性のある、便利なものだ。比較的安全に採取できるのもいい。サッギオ草という」 

「生息地を調べて……採取に行ってきます!」

「生息地も採取方法も教えるが……行動力がやたらとありそうだな。不安だ」

「素材の一覧があるような本はありますか?」

「確か図書室にあったはずだ。司書に聞けばよい。きちんと届け出はするように。いや、取る予定のものを私にも報告しなさい」

 心配性?



 さっそく午後から図書室で素材を調べていると、入口が騒がしくなった。耳障りな女の声がする。

 まあ奥のこのテーブルまでは来ないだろう。と思っていたら、足音が近づいてきた。

「ごきげんよう、リリアンヌさん。その本が必要なの。貸してちょうだい」

 イヤイヤ目線を上げると、発狂聖女様だ。

「もう少しで終わるので、お待ちいただけますか?」

「いいから貸し――」

「ではあちらのテーブルで待っていましょうか、殿下」

 後ろで眉をそっと顰めたアーノルドがマーガレットの言葉に被せる。

「そうだね、まだ午後は始まったばかりだし?」

 クリフォードも同意すると、ギルベルト殿下がマーガレットを促す。

「話をしていればすぐさ」

 男子三人に促されて彼女は渋々移動する。側近候補であるから、殿下となるべく行動をともにしているのだろうが、あれはあまり良いとは思えない。何か妨害する手段はないだろうか。

 そんなことを考えながら、手はページを捲る。

 彼らもこの素材集を欲しているということは、採取に向かうのか?

 悪い予感を覚えつつ、本をマーガレットの下へ渡しに向かう。

「ありがとう」

「リリアンヌ嬢も素材採取に興味が?」

 クリフォードに聞かれれば答えるしかない。

「スカーレット様が魔導具に興味をお持ちですから、今のうちにわたくしが集められる素材は集めたいなと思いまして」

「そなたの仕える者としての志には敬服するよ」

「殿下にそのようにおっしゃっていただけるとは」

 クソ喰らえである。

「そうだ、マーガレット。ついでにリリアンヌに集めさせればよいのではないか?」

「いえ、さすがに申し訳ないです。それに量が必要ですからお一人でご自分の分とこちらの分では、持ち帰れないかと」

 マーガレットは思慮深いなぁなどとほざいてる。アーノルドとクリフォードの瞳から光が消えてる。

 それでは失礼しますと退出しようとすれば、よし、とギルベルト殿下が声をあげる。

「もう面倒だ。全員まとめていくぞ。アーノルドはリリアンヌと手続きを頼む」

 は? という気持ちを前面に出した顔でアーノルドを見ると、彼は眉間のシワを揉んでいる。

「リリアンヌ嬢の採取場所違うでしょうし、無茶を言ってはダメですよ、殿下」

「そうですわ、殿下。リリアンヌさんに迷惑をおかけしてしまいます」

 アーノルドだけでなく、マーガレットからも止められて不満顔の殿下。どうしたものかと思っていたら、二人には見えない机の下で、クリフォードが手を振っている。

 行ってしまえということかな?

「それでは、申請書を書かねばならないので失礼いたします」

 そう挨拶をして立ち去った。



 お断りしたんですよ?

 なぜ殿下がいる……。

 今日行こうと思っていたのは、魔物もめったに出ないワレスカ平原。王都の南の位置にあり、学園から出てる魔導列車トラムで南門まで行って、そこから馬を借りる手配をしていた。

 申請書を整え月の日に提出したあたりからおかしくなったのだ。

 見せろと言われていたので無視するわけにいかず、一応予定をメイナードへも提出。

 火の日に教室でデクランから、メイナードとデクランも同行する旨を告げられる。

 えー、と渋っていたら、それを横で聞いていたフィニアスも面白そうだから行きたいと言う。となるとイライジャも行く。

 そして、行く先がワレスカ平原、そしてさらに南のユエル湖だと聞きつけた殿下がやはり一緒に行こうと。


 えええー、もう行きたくない。


「マーガレットは馬に乗れるか?」

「ごめんなさい、殿下。私馬は乗れなくて…、留守番している方がいいのでしょうか……」

「なら私と相乗りだな」

「え! 嬉しい」

 とか、この頃からこんなに親しかったのだろうか? 私は陽の日はほぼスカーレット様について行ってたので学園で起こったことは知らない。

 遠くに護衛さんたちが控えている。さらには近くに普通に護衛がつけられていた。まあ、王太子殿下がご学友と遊行に行かれるのならそうなります。

 大層な素材採取だなぁと内心ため息をついた。

「リリアンヌ嬢は乗馬も上手いんだね」

「スカーレット様と遠乗りもしました」

 あ、そう言えば殿下乗馬嫌いだったはず……ちらりと見やると、なんとか乗っているが、固いな。ごりごりに固いし、ずっと常歩なみあしで行くつもりか?


 引き離してやれ。


「フィニアスさんもお上手ですよね! 勝負です!!」

 わーい!

 久し振りに全力で駆けたら、フィニアス、イライジャはもちろんだが、案外メイナードは着いてきていた。

 だいぶ引き離して姿が見えなくなったところで、そろそろ採取に取り掛かることにした。

 ところどころ生えている木に手綱を結ぶ。

「あ、ザッギオ草がありました!」

 めんどくさい輩と離れられてルンルン気分で初採取である。素材を痛めつけない上手な取り方も調べてあるし、道具も揃えてきた。

「先生これでどうですか?」

「ああ、上手く採れている。いるんだが……なぜ突然こんなにも走り出した?」

「えーと、殿下の乗馬技術ではわたくしのスケジュールをこなすことができないので?」

「……申請書に同行者を書いたろ?」

「わたくしは他の人の名前は書いてません!」

「「えっ?」」

 驚きのフィニアスとイライジャ。

「私は先に出していましたし。勝手に付け加えたなら、それはわたくしの預かり知らぬところなので。とにかく、今日はかなりの過密スケジュールなので、一緒にいらっしゃるつもりなら覚悟してくださいませ!」

 そう言って見えるところにあるザッギオ草の五割をいただいていく。

「さあ、次の場所に行きましょう。サフラの実なんですが……」

「サフラの実なら、あの木だな」

 遠くに背の高い木があった。

「では行きましょう!」

 素材採取楽しい。馬に乗るのも楽しかった。

 サフラの木がとても背が高く、実は見えているが届かない。私の何倍もの高さがある。

 チラリ、とフィニアスを見る。

 イライジャも見ていた。

「ではリリアンヌ嬢、今後素材採取の際は必ず私かイライジャを伴うと約束してください」

 サフラの実も時期物だ。まさか手が届かないほどの高さがあるとは!!

「わ、わかりました」

 フィニアスはニコリと笑い、手を空に掲げる。彼の手袋も特別製のようだ。私も早く手に入れなければ。この冬に、お父様におねだりする予定だった。

「【風刃】」

 風の刃が枝を襲う。落ちてきた実を受け取ろうと手を伸ばす前に、再びフィニアスが唱える。

「【風衣】」

 落下途中の枝についた実がふわりふわりとゆっくり降りてきた。

「風使いは重宝されるな」

 メイナードが言いながら、腰の鞄からスリングショットを取り出し地面の石をそれで引いた。

 パンッ! と音がして実が落下してくる。

「【闇泉】」

 地面に向かって唱えると、地面に真っ暗な楕円が描かれた。そして、落ちてきた実を飲み込む。

「闇泉は、植物なら時間を止め、動物は生命が絶たれる。リリアンヌ嬢の採取品も全部入れておきなさい。私の闇泉は全て繋がっている。学園で開いて取り出せるのだ。高位の闇使いが重宝される所以だ」

「……すごい、鞄要らずですね!!!」

 便利ぃ!! 何その魔術! 知らないんだけど!

「火魔術で同じようなものはないんですか!?」

「残念ながらないな」

「くぅ……」

 闇属性欲しい。

 魔力を伸ばして伸ばして伸ばしていけば、闇が発現するかもしれない。

 ミジンコとか言ってられない。やはり毎日ミジンコでも練って増やしていこう。あと、週に一度のは、もっと容赦なくやる。

「闇、絶対欲しいです」

「でもリリアンヌ嬢は火だろ?」

「欲しいと思えば、何でも手に入ります! 諦めちゃダメです!」

 イライジャの言葉を否定し、己に言い聞かせる。

 何が起こるかわからない。闇を、闇泉を手に入れてみせる!

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