どんとなった花火はとっっても素敵でした

 学生服で行けば、金持ち貴族ですと喧伝しているようなものだ。城下町へ行くための服の手配から始まる。

 それでも見目の良い子どもたちがうろちょろするので、祭りの時の兵士は大変な思いをするそうだ。

 外出届を出す際には、一緒に行くメンバーを書き、さらに注意事項が連なっている文章を渡される。

 私は今回グラドン商会に頼んだ。正確にはユージンに。彼とはなかなかよい信頼関係を築けている。私が子爵の第一継承者であったなら、彼を婿に迎えるなどしてもよかったと思うくらいだ。

 残念ながらそうではないのでビジネスパートナーとして上手くやっていきたい。

 深い緑色のワンピースにグレーのフード付きマントを羽織る。

 布のブーツもなかなか履き心地は悪くなかった。お金は銅貨で用意し、金貨は決して持ち歩かないこと。財布は必ず二つに分けて持ち、スリに遭っても追いすがらないこと。

「お金は諦めなさい。最大銀貨二枚分までしか持っていってはいけません。それで十分に足ります!」

 寮内に臨時に設けられた両替場で教師たちが生徒に口を酸っぱくして何度も何度も同じことを言う。注意事項に書いてあったことと同じだが、それでもやめなかった。

 商人の子らなどの平民の生徒から見るととても滑稽だったらしいという話をあとからこっそり聞いた。

 

 収穫祭に行くメンバーには一悶着あった。

 もちろん殿下である。

 予想通りというが、ここは前回と同じだ。聖女とその取り巻きたちに誘われて祭りへ遊びに行くのだが、アーノルドはフィニアスやイライジャとともに行こうと準備していた。しかしギルベルト殿下は当然のようにアーノルドも聖女たちと行動すると考えていたようだ。

 そうなると、私がフィニアス、イライジャの二人と出かけることとなる。婚約者を持たない私がそれはまずかろうという話になった。

 それならいっそのこと全員で行けば良いなどと殿下が言い出したのだ。

 嫌だよ面倒くさい。

 聖女の取り巻きだけでも男女合わせて十名以上いるのだ。

「あまり大所帯で移動するとどうしても目立ち過ぎますし、迷惑になりそうなので、それならばわたくしはやはり祭りには行かなくても……」

 と辞退しようとしたところへ、クリフォードがやってきた。

「ギルベルト様の見える護衛がてら俺とコリンナが一緒に行くから、アーノルドはそちらで楽しんでくればいいさ」

 こいつこんなに気の利くやつだったか? と思えば、コリンナがこちらを見てウィンクしていた。

 いいように転がされてるな。でもそうやって上手くクリフォードを頼りながら動かしているのを見ると、あちらはだいぶ上手くやっているようだ。

 マーガレットといっしょに行動などといった罰ゲームをくらいたくはないので、素直に感謝する。

 スカーレット様と同じく翌日の予定があるため外出を遠慮したカタリーナに見送られ、私たちは夜の街に繰り出した。

 十九時過ぎから魔導具で作られた花火が上がる。それが城下町の収穫祭の目玉だった。露店を見て回りながら、気になったものを手にとってみたりする。

 食べ物を売る店もあるというので、今日は夕飯抜きで来た。

「とってもいい香りがしますね」

 アイネアスの言葉に五人は頷き、匂いのもとを辿った。

「串焼きか。銅貨一枚。アイネアス、食べるかい?」

「はい!」

「私も食べたいな。リリアンヌ嬢は?」

「もちろん!」

 空腹には暴力とも言える香りだ。

 串からそのまま食べるようなことはしたことがなく、辺りを見渡して食べ方を学ぶ。イライジャが上手に食べていた。

「美味しいですね……後でお返しします」

「いいよ。ほら、イライジャなんて最初から奢られる気だ」

「ごちでーす」

 まあ、後で何か代わりに飲み物でも買おう。

 十八時を回り、かなり薄暗くなってきた。人もかなり増えている。

 そして私は今、真剣に雑貨の露店の前で悩んでいた。

「スカーレット様にはどちらも似合いそうで……」

 小さな髪留め、もちろん安いガラス細工だ。ただなんとなくではあるが五つの花弁が可愛くて、また大きすぎず結い上げた端に留められるし、銅貨三枚程度で高過ぎず、祭りの戯れで買ったくらいにちょうどよい。問題は色だ。

 百近くずらりと並ぶそれは、手作りで一つとして同じ色味がないのだ。カタリーナのはぱっと一目で決めた。彼女には濃紺がとても似合うから、すぐにこれだと思うものがあった。

 ただ、スカーレット様は何でも似合う。候補を五つまで絞ったが、そこからが進まない。試しに、フィニアスたちに聞いてみたら皆が皆別のものを指してさらに混乱した。店主は好きなだけ悩みなさいと笑っている。

「もう全部買っていったら?」

 笑うイライジャをジロリと睨めつける。

「それはプレゼントの仕方としては最悪の部類です」

「そうだね、お兄さん、女心が解らない類だね」

 そう言われてかなりショックを受けたようだ。

「中央のガラスが、スカーレット様と同じ瞳の色か、それか、殿下の青い瞳の色か、じゃないかな?」

 フィニアスに言われてはっとする。金髪に映える薄い赤の花弁にしようと思っていたが、中央のガラス……青は嫌だな。

「これにします!」

 薄紫の方を選ぶと店主に金を払う。

「まいどあり。それだけ悩んだんだ、相手もさぞかし喜ぶだろうよ」

「ええ」

 品物を受け取ると、フィニアスが苦笑していた。露骨だっただろうか?

「腹も満たされたし、土産も買った。あとは花火だな」

「中央広場を望める高台がオススメスポットらしいです」

 ユージンからの情報だ。

「何か甘いものを買っていきましょう、アーノルド様」

「そうだな、そうしよう」

 二人は自然と腕を組んでいる。

 予想以上の状態に、私は満足げに頷いた。

 さすがだ、シュワダー•レフサー! 良い仕事をしている。あれの続編なんかは出ないかな? たまに人気が出ると続編があるので、兄に聞いてみよう。そしたら続編が来るかもしれない。不思議なカラクリ。

「リリアンヌ嬢、手首を、掴んでもいいかな? 人が多くなってきた。はぐれそうで怖い」

 手袋越しといえども、手と手を繋ぐわけにはいかない。それは結婚相手やかなり親しい婚約者同士の間でのやりとりだ。アーノルドたちですら腕を組む。

 かといって、婚約者でもない私が腕を組むわけにもいかない。

 そんなときは男性が女性の手首を掴む。

「俺としてもその方が安心だな。リリアンヌ嬢、小さくて可愛らしいから」

 イライジャにダメ押しされれば頷くしかなかった。

 確かに動けば人に当たるような混雑具合になってきている。二人の背が高く遠くからでも見えるとは言え、追いかけられるかはまた別だ。

「甘いもの、どうする?」

「せっかくだから買って行って食べながら花火を見たいですね!」

 ユージンに聞いていたオススメ甘いものの中で、ちょうど行く先にあった、とうもろこしの粒を乾燥させて火で炙ると弾けた物。サクサクのポップコーンとやらを買う。それに水飴と牛乳を煮詰めた物を絡ませた、キャラメルポップコーンだ。塩だけだと甘くないお菓子になるらしい。イライジャが受け取って、手を引かれて移動すると辺りはすっかり日が落ちていた。

 高台はそれなりに混雑していた。おすすめスポットだから仕方あるまい。

 そこには先客がいた。

「クリフォード? ギルベルト様は?」

 アーノルドに問いかけられ、困り顔のクリフォードとコリンナだった。他の本来いっしょに行動するはずだった面子もいた。

「それか、マーガレットさんがかなりおはしゃぎになられて……」

 一緒になってテンションが上がってしまった殿下は、片っ端から露店を二人で楽しんでいるらしい。

「そろそろ目玉の花火ですよとはいったのですが、少ししつこかったのか、お怒りになられて」

 もう他の者は先に花火に行っていろと追いやられたそうだ。

「あれま」

 イライジャの呆れた声にアーノルドがぎゅっと眉間のシワを寄せた。すかさずアイネアスが指で彼の眉間をぐっと押す。ラブラブじゃーん!

「まあ、護衛が最低五人は着いているから大丈夫だろう」

「花火が終わったら、学園へ続く道のところで待っていたらいいのではないですか?」

 クリフォードが怒られることはないだろう。正式な護衛でもなんでもないのだから。婚約者を伴っている限り、クリフォードが守るべきはコリンナだ。

 私の提案に一同はとりあえず花火を楽しむことにした。

 実は、花火を見たのは初めてで。

 ドォンと、お腹に響くような大きな音がしたと思ったら、火の玉が空へ昇り、さらに大きな音を立てて火花が散る。その火花が色とりどりなのだ。

 一発一発、まったく違う花火が空を彩る。

 ああ、これは、来年はわがままを言ってスカーレット様も誘いたい。いや、冬休みにどこか、領地でもいい、スカーレット様に見せて差し上げたい。うん、ラングウェル公爵を利用しよう。私がいかに花火に感動したかを語り、スカーレット様にも見せて差し上げたいと、切々と語ってやろう。

 とまあ、そんなことを考えたのはすべてが終わってからだ。花火が上がっている最中は、すっかりその輝きに魅せられていた。

「すごく、すごく素敵でした。お誘いくださってありがとうございます」

 花火を見れただけでも大収穫。誘ってもらわなければこんな素敵なものは知らなかった。

「瞬きせずに見入っていたね」

「あんなに綺麗なものを初めてです」

 私の言葉に、フィニアスがふわっと笑う。割と普段はキリッとしている彼がそんな風に笑うのかと少し意外だった。

「最初に誘ったの俺なんだけどー?」

「イライジャ様もありがとうございます」

「様、はいらないんだけどね」

 まあ、学園は基本身分の差はない。それでも、彼らが何者か知っている私はつい、様をつけてしまう。

「イライジャ、さん?」

「及第点かなぁ……」

「じゃあ私はフィニアス、と」

「は? なんで自分だけ呼び捨てにしてもらおうとしてるんだよ!」

 そんなやりとりが有耶無耶になったのは、クソ殿下がマーガレットと腕を組んで現れたからだ。


 いや、さすがに早すぎない?




 

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