聖女様から呼び出しを受けまして
マーガレットとの仲が予想以上に早く縮まっている。
にしてもだ、腕組みはないだろう。
全員からの、え? という視線にさらされ、ギルベルト殿下は慌てて腕を離そうとするが、剛の者マーガレットがそうはさせない。
「えー、殿下、急にどうされたんですかぁ」
これ、護衛の面々も見ている。わざと周囲に見せている護衛の人がもう、俯いてるよ。
他のアーノルドやクリフォードたちとの仲が進んでいないから、より殿下との関係が進んでる?
「急ぎましょう。門限までに帰らねばなりません」
学園は王都の西の端にある。祭りが開催されていた中央広場からは歩いて三十分以上かかるのだ。
「そうだな、急ごう」
無理やり腕を振りほどいたギルベルトが先陣を切ると、アーノルドがその左側に、クリフォードが右側に立って並んで行く。
絶対防御である。
主人がアレな側近って大変だな。というか、これもしかして、私あの時煽りに煽ったけど、そんな事せずとも陛下が帰ってきたらクソ殿下は何らかの処分受けてた?
いや、あの時周りにいた男どもの聖女持ち上げがすごかったから、やはり手は打っておくべきだ。というか、私が耐えられない。あの瞬間のマーガレットの勝ち誇った笑みを思い出すと、今でも殴りかかりたくなる衝動を抑えるのに苦労する。
そんなマーガレットはかなり不満顔であるが、突然こちらを振り返ったと思うと、イライジャの隣に並んで歩き出した。
「花火、とても素敵でしたね」
そう、マーガレットは彼らとも仲が良かった。
「そうだね」
しかし、いつもの雰囲気と違う塩対応のイライジャに驚く。
マーガレットも少しだけ目を見開いた。
「皆さんで見ていらっしゃったんですね」
「そうだね、皆で見ていたよ」
にべも無い言い方に鼻白むマーガレット。しかし本当に彼女の心臓は強い。
「フィニアスさんはどの花火が綺麗でしたか? 私はフィニアスさんの青い瞳とそっくりな、中盤に上がっていた花火がとても美しいと思いました」
横並びに歩いている。王都の道幅は広い。マーガレット、イライジャ、私にフィニアスといった順で並んでいるのに、私をすっ飛ばしてフィニアスに声をかけられるその胆力に感嘆する。
「……そうだな、花火はあまりそこまで見ていなかった」
「えっ……」
マーガレットがそこまでか? と思うほど顔色を変えた。
そこからは皆だんまりだった。
黙ってはいるが、フィニアスには手首をまだ掴まれていた。人混みの波もだんだんと収まり、今はそこまで必要ではないと思うのだが、まあ、いきなり振り払うのもなんなのでそのままにしている。
だが、途中でそれに気づいたマーガレットと目が合い、ものすごい顔をされた。
え、こわっ。どういった感情?
見開いた目が怖い。
やがて、道は一本になる。他にもたくさんの生徒たちが楽しそうに笑い合いながら帰路についていた。皆概ね満足な様子だ。
今年始めての一年生はもちろん、二年や三年生も笑顔なのは、何回行っても楽しい証拠だ。
まあ、殿下やマーガレット関連のモヤモヤはあったが、概ね楽しかった。もし可能ならば、昼間のうちにでもスカーレット様と行きたいなとも思えた。雑多な露店を巡るだけで楽しいだろう。問題はスカーレット様の雰囲気が美しすぎることだ。本気の護衛を頼まないと無理だ。
門では本人確認のための魔導具に手をかざす。そしてそのまま玄関ホールから、向かって左が男子寮、右が女子寮となる。
ホールの奥には談話室があり、普段は二十時には閉められるが、今日はまだ空いていた。そこからスカーレット様が現れる。
「おかえりなさいませ」
「ああ、帰った」
……それだけか? え、この人マジか。ヤバイ。土産の一つもないのか。や、手ぶらなのには気づいていたがポケットとかから、ささっと出てくるものだと思っていた。さすがにこれはちょっと。
というか、もう二十一時を回っている。わざわざ待っていてくれたのだろう。
そして気づいた。
気づくのに遅れた。
スカーレット様は、前回も誘拐事件以降は自分が危険な状況に置かれないよう注意を払っていた。
今回も、あの淑女宣言をしたとき、自分に隙がないようにと言っていた。収穫祭の警備は完璧とは言えない。だから、スカーレット様が収穫祭に赴くことはないのだ。
愚かな自分にうんざりする。
「それじゃあ皆、おやすみ」
スカーレット様に、婚約者に土産の一つも買ってきていないギルベルト殿下はとっとと自室へと向かった。平民の生徒や、マーガレットとも同じく立ち去る。
彼らの姿が見えなくなってから、私はおもむろに取り出した。
「スカーレット様! お土産です。カタリーナさんとお揃いなのです」
「あら、まあ可愛らしい」
そう言って、横髪にそっと差し込む。
「どうかしら?」
「御髪に映えて可愛いです。スカーレット様のお待ちのアクセサリーに比べたら、あれですけど」
「そんな事ないわ。ありがとう、リリアンヌ」
ふふ、嬉しい。
「カタリーナの分を買って、あなたのは?」
ん? と頭の上にハテナを多発させていると、フィニアスが寄ってくる。
「リリアンヌ嬢の分はこれだよ」
えっ?
差し出されたのはスカーレット様のと色違い。中心が青で、周りは琥珀のような花弁の髪留めだ。
「スカーレット様の分ばかり選んでたから」
「お揃いにしてくれたのね、嬉しいわ」
「……ありがとうございます」
受け取って着ける。
「髪色によく映えてるわ」
褒められて、なんだか照れくさい。
「さあ皆様! もうすぐ二十一時半です。部屋に戻りなさい」
教師が手を打ち鳴らし、急き立てた。
「それではおやすみなさいませ」
「おやすみ」
口々に挨拶をして、その日は別れた。
翌日陽の日は朝からスカーレット様とカタリーナは登城し、妃教育だ。
私はなぜかマーガレットに呼び出しを喰らいました。
朝、食堂でゆっくり朝食を摂っていると、昨日殿下たちと一緒に祭りを回っていた生徒が寄ってきた。
「リリアンヌさん、マーガレット様がご相談があるとかで、このあとお時間はございますか?」
私はさん、で、マーガレットは様、か。
だいぶ教育されてるなぁ。
「直ぐですか? それなら一度部屋に戻っても良いでしょうか? 同室の子に勉強を教える予定だったので」
断りを入れなければと、トレイを運んで部屋に向かう。使いの女子生徒には外で待っていてもらった。
「ごめんねアンジェラ。マーガレットさんが頼み事があるとかで、出てくるわね」
話しながら戸棚の奥からブローチを引っ張り出して着ける。代わりに昨日もらった髪留めは外してテーブルの上に置いた。
ちなみにアンジェラは夢の中だったが、話しかけられてもぞもぞと動き出す。休日は昼近くまで眠っているのがアンジェラだ。昨日も二十二時ギリギリに帰ってきた。
「それじゃあ、良い子にしていてね」
部屋を出るとニコリと笑う。
「お待たせしました」
そして、案内されたのは女子寮の裏だった。
まさか外に連れ出されるとは思いもよらず。
案内した女子生徒はマーガレットにお礼を言われて嬉しそうに去って行った。
「来ていただいてありがとうございます」
「いいえ、聖女認定されたマーガレットさんのお願いですからね」
私の言葉にピクリと眉を震わせる。
「実は聞きたいことがあって……リリアンヌさんは、本当は収穫祭に行くはずではなかった、ですよね?」
ドキリと胸が跳ねる。
確かに、前回はそう。私は一年のときも二年のときも収穫祭には参加していない。
「そうですね。お誘いいただいて、スカーレット様にも後押しされて行くことになりました」
「それは、イライジャから?」
呼び捨て!? そんなに仲はよろしくないように見えたのだが。
「イライジャさんからお誘いされて、ですね」
「アーノルドも一緒に?」
また。
これは流石に指摘しても当然だろう。というか、私の彼女への指摘はずっと当然なのだ。
「アーノルド様、もしくはさん、ですよ。確かに学生の間は身分は関係ありません。ですがだからこそお互いを尊重し、せめてさん、をつけなければ――」
ごくごく当たり前の指摘に、マーガレットは突然激高した。
「考えれば考えるほど、あんたが全部イレギュラーだ! 入試のときからそうよ! 私のタイミングは完璧だった。あんたのせいでフィニアス、イライジャの好感度がゼロに近い! あんたのせいで何かおかしなことが起きてる! なんで、なんで! グラドン商会の化粧下地からコスメから、一番の稼ぎどころを持って行かれるし、お前が異常なんだ!」
言ってることがところどころわからないが、グラドン商会の件は、私ナイス、らしい。この女がダメージを受けているようだ。
「ねえ、どうしてあのとき校舎にいたの?」
「あのとき?」
「入試のときよ! あそこで私はフィニアスと……それに、なんであんたが首席なわけ? あれは殿下固定だったはずでしょ?」
首席に関しては私がやらかしているのだと思う。私の成績が上がり、殿下とスカーレット様の成績が下がっているのだ。
「魔力練りのときも出しゃばって! 聖女として魔力を伸ばすことは必須だから、あんたのやり方を学べとか、教師や、果ては教会の奴らにまで言われるし」
マーガレットはガリガリと爪を噛む。
「フィニアスなんてとっておきの目の色の話をしても全くの無反応。そんなわけがないのよ。確かに足りなくて、決め手にはならないことだってあるけど、いつでも一定の反応は見られるのに!!」
ガシガシと頭をかきむしる。
そしてハッと顔を上げこちらをまじまじと見つめた。
「なんなのあなた、……もしかして、※※※!?」
「えっ? なんと?」
突然ノイズが掛かったように聞き取れなくなった。
「いや、まさか。まさかね。それにしてはギルベルトは……」
こちらこそまさか、だ。さすがの私でもギルベルト殿下の名前を呼び捨てにはしない。
「マーガレットさん?」
「いい、もういいわ。とにかく、私の邪魔はしないでちょうだい! モブはモブらしくしてろ!」
そう吐き捨てて、聖女らしからぬ女性は私の下から去って行った。
謎のモブという言葉を残して。
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