聖女の心臓には毛が生えているようです
アーノルドは自分とギルベルト殿下の間に座ろうとするマーガレットを止める。
「机はいくらでもある。他所へ座りなさい」
「構わないだろう、アーノルド。ここにも席があるのだから」
ギルベルト殿下に言われたらみんな何も言えなくなってしまう。
が、私は言う。
「本を持っていらしたら良いのでは?」
「まだどれにするか決まっておりませんので……」
うん、無理やり座る。それをわかってて言った。
先日のやり取りで、周囲の感情も大切だと思ったのだ。あの時足をくじいたと倒れた時、マーガレットと他のメンバーが仲が良ければ話が変わっていた。私に言伝を頼んだと、言われてもないことをでっち上げられたが、それでフィニアスから悪感情を持たれた様子はない。
今回も、私はアーノルドの側に回った。
アーノルドからすれば彼の言動を後押ししたのだ。悪感情はマーガレットに寄る。
一年の時は図書館に、二年になるとギルベルト殿下たちはいくつもある会議室の一つを、聖女のサロンと銘打って入り浸っていた。
それよりも前に、ギルベルト殿下以外のメンバーとはそれなりの信頼関係を築いておきたい。
私は貴族らしい笑顔を張り付け引き下がる。
雰囲気の悪さを気にすることなく、マーガレットは笑顔のままギルベルト殿下の持ってきていた本を物色する。
「守りになるような魔術式が良いのですが……」
「ならこれはどうだ? 光ではわりと有名な、一定時間魔物を寄せ付けぬ光の加護というものがある」
「ありがとうございます、ギルベルト殿下。これを覚えてみますね」
二人は見つめ合って笑い合う。
うーむ。この時期にこんなにも仲が良かっただろうか?
「マーガレットさんは、聖属性ではなかったのですか?」
スカーレット様は目の前の魔導具の本に没頭しているし、一度退けられたアーノルドは声をかけることができない。勇気を振り絞ったのはカタリーナだった。
「それがな、マーガレットはなんと、全属性だったのだ」
「全属性ですか? それは、すごいですね」
「学校の授業では聖属性の魔術は習えないので、他の属性を色々と試してみたいと思っています」
そう言って笑う姿は可愛らしい。そう、姿は本当に可愛らしいのだ。
「属性によってシンボルがかなり違ってきますし、全部の属性を学ぶより、一つのものを極めていく方が自身の強化になると思いますよ」
私が言うと、アーノルドが頷いた。
「何を学ぶにしても、色々と手を出すよりは一本に絞る方が身につきやすくはあるだろうな」
スカーレット様は本を読んでいる。
こういったときはあまり口を出さない方だが、どうやら本気で没頭しているようだ。
「そうですね、ただ、風の魔術にも興味があります」
「風なら、フィニアスだな」
「私も学び始めたばかりで、人に教えられるほど理解できていないよ」
そう、肩をすくめた。
「次は風の授業に参加させてもらおうと思っています」
「そうか。まあ色々と知っておくのはいいことだな」
会話が途切れ、自然とそれぞれが自分の本へと目を落とした。
私もとっとと以前学んだものからさらに先の魔術式を覚えたい。
土の基礎も知りたいのだが、あまり多属性であることを知らせてくれるなと言われているのでこっそり本を借りて部屋で読む予定だ。
火の魔術式の新しいものを石板に描いていると、イライジャが驚きの目でこちらを見てきたので、唇に人差し指を当てた。ナイショで願う。
ここらへんは本当に以前の記憶のおかげで先取りができて嬉しい。
その後は、二人で光魔術について和気あいあいと話していて、司書に怒られたり、スカーレット様はガチめに本を読みふけっていて周りが見えてなかったり、その状況に怯えるカタリーナと思うところのあるアーノルド。あちらのテーブルはなかなかのカオスさであった。
私は時折イライジャの術式に指摘をし、フィニアスと一言二言話す。
夕飯の時間になるとおかしな図書室での一幕は一旦終わることとなった。
そして自室に戻り再び食堂である。
「ギルベルト様! ご一緒しませんか?」
マーガレットが数名の生徒と席で食事を摂っている。食堂に現れたギルベルト殿下に大きな声で呼びかける。
スカーレット様と私は少し離れた場所へ座っていた。
婚約者であるスカーレット様を差し置いて恐ろしい娘だ。あの厚顔無恥さは羨ましいレベルだ。
本来ならばもちろん、スカーレット様のテーブルへ向かうべきギルベルト殿下は、少し悩んだ素振りを見せたあと、あちらに行こうとするところをアーノルドに何か耳打ちされてこちらへ向かってきた。
「少し他の生徒達とも話をしてみたい。今日はあちらの席で食事を摂ろうと思う」
「ええ、構いませんわ」
ニコリとスカーレット様が笑うので、私もすかさず後押しする。
「色々な立場の方とお話できる機会は学園にいるときくらいですからね」
すると我が意を得たりと何度も頷くギルベルト殿下。
「リリアンヌはよくわかっているな。その通りだ。身分に隔たりがないのは学生の間だけでな。アーノルドはこちらで皆と食事をしていなさい」
「……わかりました。こちらの席、失礼しますね」
しぶしぶといった風だが、殿下があちらの席に着くとギロリと私を睨んでくる。
ニッコリ返すとため息をつかれた。
「スカーレット様、ギルベルト様が申し訳ございません」
「婚約者だからって四六時中一緒にいる義務はないわ。気にしていないわよ」
「ですが……」
「正直な話、わたくしこのあと就寝まで図書室で借りてきた本を読みたいんです。リリアンヌもこのあとデルヴァー先生のところでしょう?」
「そうですね。ギルベルト様は食事中自分より先に席を立つのを嫌う方ですから、今日は助かります」
ギルベルト殿下の悪癖の一つだ。
なんでもその場を支配したいのかわからないが、食事であろうがちょっとした歓談であろうが、人が先に失礼しますと去るのを嫌う。謎なプライドをお持ちだ。そのクセ食事が優雅すぎて遅い。
アーノルドは額に手を当てため息をついた。
「だからって、リリアンヌ嬢のあれは……」
「婚約者をずっと蔑ろにするなんてこと、普通ならしませんから大丈夫ですよ。三回に一度、いえ、せめて五回に一度くらいと野望を抱きました」
テヘペロですわ〜!
たぶん二回に一度になる。
朝食は一緒に、時間帯のズレがある夕食は別で、みたいになっていくはず。
「お嬢さん方、こちらの席は空いておりますか?」
イライジャがフィニアスとともにやってくる。アーノルドは意図的に変えようとしているが、イライジャたちも変わっているのはやはりあの試験の日のせいなのだろうか?
「構いませんわ」
スカーレット様の許可で、お邪魔しますと向かいの席、アーノルドの横にイライジャ、さらにフィニアスが座る。
「殿下は随分と聖女様と打ち解けてらっしゃるんですね」
ちらりとアーノルドを見やるフィニアス。
「あちらの席の生徒達とも話したいそうだ」
「ここにいない男の話なんてどうでもいいよ〜、それより、リリアンヌ嬢たちはどうするの? 来週の収穫祭。あの日だけは少し遅くなっても許されるだろ?」
「スカーレット様が行かれるならお供します。行かないなら行きません」
「わたくしは……どうしましょうね。翌日の陽の日は登城日ですから、あまり遅いのは困りますので」
「ならば私も行きませんね」
「リリアンヌは遊んできたらいいのよ?」
「そうだね、もしよかったら一緒に行かない? 護衛は俺がいれば十分だし」
スカーレット様の行かない収穫祭には興味はないが、ちょっと流れに変わってきている今には興味があった。
「女性がいたほうがいいのなら、そうだ、アーノルドが婚約者と来ればいいんだ」
フィニアスの提案に、私は即乗る。
「それは良いですね。アイネアスさんは祭りには興味をお持ちですか?」
ここ、もっと親密度を増しておきたい!
「あ、ああ。行けたら行きたいとは話していた。ギルベルト様がどうなさるかだな」
「ギルベルト様が外出なされる時は護衛が付くはずですし、リリアンヌとぜひ一緒に行ってくださいませ。土産話待っているわ、リリアンヌ」
「わかりました! 何か面白い物があったらお土産に買って参ります」
祭りなんて、領地の収穫祭に参加したくらいだ。
あれは本当に、得た恵みを皆で分かち合い飲み食いするだけのものだから、珍しいものなんて何も無い。だが城下町の収穫祭は、言わば便乗お祭りだ。収穫祭は本来農村部であるものなのだから。出店もすごいという話を兄に聞いた。
ちょっと楽しみが増えたなと思いつつ、私は席を立つ。
「次の予定がありまして、お先に失礼させていただきます」
今日はご褒美魔力練りの日だ!
就寝時間まで、この忌まわしきブレスレットを外して我慢していた魔力練りを進めよう。だいたい生徒は毎日毎日魔力練りをしていて、私ができないなどというのがおかしい!
「ブレスレットをしていても通常の量の魔力練りはできるでしょう。それをミジンコの魔力と言ったのは貴方です」
デルヴァー先生はピシャリと言ってのけた。
女子寮にある教師が住まう区画の一室へ呼ばれた。研究室かと思っていたのだが、自室らしい。教師の部屋は前室と寝室に分かれていて、前室には簡単な給湯の魔導具も置いてある。
座り心地の良いソファに促され、杖を取り出しブレスレットを叩くと、簡単に外れた。
「まあそのミジンコの魔力練りもやっているようですが……一年のうちからそんなにも増やしてどうするのです? 睡眠はきちんと摂れていますか?」
「零時前には眠るようにしております」
「ならばよいのですが。さあ、就寝時間になってしまいます。始めましょう」
この就寝時間というのは、部屋に戻らねばならない時間だ。
二十一時すぎには必ず部屋にいるようにしなければ、停学処分を受けたりする。夕食が十七時半から始まるので、言うほど時間はない。
収穫祭の時は、二十二時まで時間が延びる。
私は手袋を脱ぎ、両手を合わせた。手と手の間に濃い魔力を作り出し、小さな針の孔よような隙間へ無理やり押しやるようイメージする。久しぶりの上振れ限界ドキドキ魔力練りで、二時間ほどしたときにはさすがに疲れた。
が、それ以上にデルヴァー先生がげっそりしていた。
「グスマン伯爵様が大変だと言っていた意味がわかりました。こんなにハラハラする魔力練りは見たことがありません」
デルヴァー先生の寿命を短くしてしまったらしい。
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