新入生代表スピーチは殿下だったはずなのだが?

 連れて帰ってきたその人がイライジャで、またこっそりため息を付く。

「彼女は?」

「それが、行ってしまわれて……」

 よくわからない単語を並べて罵られたのだが、それが説明できない。

「足は大丈夫だったのだろうか?」

 挫いたのは完全なる嘘だったし、フィニアスの気を引きたいがためというのもわかっているが、曖昧に微笑んでおいた。説明ができない。

 本当に、彼女に関しては説明ができないことだらけだ。

「まあ、それじゃあ馬車へ行こうか」

 再び歩き出し、紹介される。

「こちらは私の友人の、イライジャ•エフモントだ」

「リリアンヌ•クロフォードです」

「俺を待ってるはずがいつの間にやら素敵なお嬢さんとお知り合いになっているなんてね」

「たまたま行きあっただけだよ」

 軽口を叩いているイライジャと、フィニアスはとても似た色をしている。黒に近い、少しだけ茶色みがかった髪の毛に真っ青な夏の空の青い瞳。背も高い。二年後にはさらに伸びていた。

 顔立ちはフィニアスが少しきつめに見えて、イライジャは言動通り愛嬌がある。まあどちらも整ってはいた。貴族なら好みの差はあれ、そんなものだ。

「フィニアスは適性はどうだった?」

「私は風だ。まあ想像通り。お前は火だろう?」

「想像通りだな。リリアンヌ嬢は?」

「わたくしも火ですね。母がそうなので」

 属性はわりと母方のものを引き継ぐことが多い。あくまで多いと言うだけで、両親とまったく違うものが発現することもある。

「火なら、属性ごとの授業で一緒になるかもね」

「そうですね。そのときはよろしくお願いします」

「うんうん! 俺絶対魔術の才能あるからさ、教えてあげるよ」

「お前は騎士を目指すのだろ?」

「魔術も同時に使えるようにする。補助系でなく、攻撃力増す方向で」

 会話だけ聞いているととても平和で、もうすぐ十四になる男子だった。

 ただ、これがマーガレット側につくととても面倒なのだ。誰か適当な相手を見繕ってと思って考えてはいたのだがなかなか上手い相手がいない。

 この二人、実は裏事情がある。

 スカーレット様が婚約破棄された頃にはそれは周知されていたが、この時点ではまったく誰も知らなかった。ギルベルト殿下は知っていたと思う。だからよく一緒にいたのだろうが。

 薦めるお相手を探すのも難航して、後回しにしていた。

 マーガレットがこの時期から関わろうとしているのはかなり不安だった。もしや、他のメンバーもすでに接触があったかもしれない。

 これは、学園生活が始まったら早急に策を練らねば!

「あちらに我が家の馬車が来ております。ご親切にありがとうございます」

「こちらこそ。入学したらよろしく」

「よろしくね、リリアンヌ嬢」

 こうして、かなりの不安を抱えて試験は終わった。



 さて、またもややらかしました。

 試験問題はすべてそっくりそのまま同じで、勉強熱心なスカーレット様と、入学後間違えた問題をきっちり復習したのでやろうと思えば全問正解できました。

 ただ、それではまずかろうと適度に間違えたつもりだったのですが、……足りなかったようです。

 なんてこったい、今、私は新入生代表として壇上から皆さんへ語りかけています。

 どうして!

 問題の八割しか解かないようにしていたのだ。もしかして他の方々が予想以上に低かった? 過去のスカーレット様はもっと点を取っていたはずなのに!

 間違えた問題の配点が低かったり、スカーレット様の魔導具への熱の込めようが入学試験勉強の妨げになっていたり。

 後者がものすごくあり得そうで、悩ましい。

 と言うか!! 過去、ギルベルト殿下が新入生代表を務めていたはずなのに!!

 一報が入ったとき、貴族令嬢らしからぬ大声で、なんでー! と叫んでしまった。

「――この学び舎であらゆることを吸収し未来への一歩とすることを誓います。新入生代表、リリアンヌ•クロフォード」

 学生、教師陣からの拍手の中、壇上を下りて席へ戻る。

 学園ではなるべく爵位による差別化を無くすため、制服を着る。まあこの制服もなかなかに高いのだが、この中央学園に通わせることができるような平民は金持ちでもあった。

 普段はドレスなので、この制服の動きやすさに感動する。

 女子生徒はベージュのジャケット、膝より下のチェックのスカートに黒のタイツだ。足は見せない。

 男子も同じくベージュのジャケットとスラックスだ。そこに多少の個性を出すのがおしゃれで、皆色々と工夫していた。

 二日前に入寮が始まり、家格で分けられた部屋へ、私も入った。ここは以前と変わりなく私の同室は同じ子爵令嬢のアンジェラ•ベアリング。クセの強い赤毛を毎朝整えることに命を懸けている、そこまで問題行動を起こすようなことはしないタイプだ。

 反対に、スカーレット様の同室は変わっていて、カタリーナだった。家格で多少の部屋の大きさは変わる。公爵令嬢同士が同じ部屋に入ることはない。さすがに派閥の問題で事故が起こるのを防ぐためだ。しかもスカーレットは次期王妃である。カタリーナが最適と判断がくだされたのだろう。

「素敵だったわ、リリアンヌ」

「ありがとう、アンジェラ」

「まさか同室の子爵令嬢が入学試験トップだとは思わなかった」

「うーん……勘で書いたところがかなり当たったみたいなのよね」

 入学試験がトップで、次の学内試験がそれほどでもないと不正を疑われそうで恐ろしい。まぐれを強調しておかねば危険だ。

「勘も運も実力のうちよ。試験の時は頼むわね」

 何を頼むというのだ。

 滞りなく入学式が終われば、次はクラス発表だ。

 これも基本成績が可視化されるように割り振られる。

 以前は入学試験はそこそこでしかなかった私は上から三番目のCクラスだった。二年かけてBの上位にはなったが、家格的にそれ以上は必要ないだろうと他のことにかまけていた。

 しかし今回はもちろんAクラス。入試の不正を疑われないため成績を維持し、最低でもクラスを維持しなければならない。

 寝る時間があるのか?

 自らを厳しい沼に突き落としてしまった。

 Aクラスにはスカーレット様はもちろん、ギルベルトやデクラン、あの場にいた者がかなり揃っている。いないのは騎士団長の息子クリフォード•ベルジークとイライジャ•エフモントそしてマーガレットだ。この三人はCクラスで一緒だった。

 あの脳筋バカめ……、目の届かないところに行かないで欲しい。早急にこちらの問題を片付けねばならなそうだ。

「リリアンヌ、すごく立派だったわ」

 スカーレット様からのお褒めの言葉、身に余る光栄!

「スカーレットの単なる従者と思っていたが、頭は良いのだな」

 スカーレット様をエスコートするギルベルト殿下の言葉にはほんのり苛立ちが見える気がする。あくまで色眼鏡バリバリのリリアンヌ目線だが。

「勉学に励んでスカーレット様の一助となることがわたくしの目標ですので」

 クラスを決められているとは言え、そのクラス専用の教室などはない。授業は必須と選択があり、学力に差のない最初の授業はほとんどが大講堂で行われる。そこから専門性の高い授業をあちこちの教室で受けるのだ。一年のうちはほとんどが大講堂だった。選択科目の説明などがこのあと大講堂である。

 クラスが関わってくるのはイベント時だ。

 クラスごとに野営実習などがある。まあ、貴族の子どもたちが行う実習なので至って甘いものだ。

 中央の、黒板が一番見える場所にスカーレット様と座る。ギルベルト殿下はその後ろだ。

 席があらかた埋まったところで教師がやってきて、それぞれの教科について説明をし、時間割を配る。自分でカリキュラムを組んで提出することになる。

 今回はどうしよう。とにかく取らなければならない必須科目は時間が決められている。その上で魔術系は、属性でその日の教室が違った。間に選択科目を詰めていくのだ。選択科目はその教師の独自の試験があった。

 順位をつけるのは必須科目のみだ。

「スカーレット様は選択科目はどうなさいますか?」

「わたくしは魔導具に関心があるので、そちらを中心に組んでみようと思っています。カタリーナは?」

「わたくしは、植物学が気になっています。薬草なども取り扱うようですし」

 スカーレット様と一緒に行動するのは決定だが、丸をつけている教科が見事に偏ってて、過去とまるきり違うのが面白い。これは、未来が変えられるという兆し!

「ギルベルト様は?」

 入学すれば爵位は関係がない、とは言われるものの、さすがギルベルトやスカーレット様は『様』がつく。ただ、殿下と呼ばれることはしばらくない。

「私は剣技が気になるからそちらを多めにかな。座学は事前に城で学んでいるからな」

 なら高得点とってくださいよ、ギルベルト様。

 そうだ、思い出した。

 クソ殿下勉強嫌いで、入学前にスカーレット様が城に向かう日一緒に勉強することが多かったそうだ。それがたぶん、毎週の魔塔通いで城へのご機嫌伺いの頻度が減っていると言うか、皆無なんじゃないだろうか?

 二人の試験の成績が下がったのそのせいだ!

 納得だ。

「ギルベルト様の役に立ちそうな魔導具を開発したいですわ」

「楽しみにしてるよ、スカーレット」

 うーん、この頃はまだ普通に仲良しなんだよなぁ。魔術の共通授業あたりであの女の聖属性が周知されて、そこら辺からおかしくなっていった。

 王族ならもうその情報は入っていて然るべきだとは思うのだが。

 ちなみにその授業、すぐある。奇しくもリリアンヌが制限されている魔力練りの授業である。

「リリアンヌはどうするの?」

「わたくしはスカーレット様と同じもので!」

「あらダメよ」

 当然ですと頷きながら言うと、スカーレット様がニッコリ笑いながらまさかの発言。

「えっ……」

 予想外の言葉に呆然と目を見張る私に、ギルベルトが笑った。

「驚きすぎだろう」

 つられて周りのものも表情を崩す。

 すでに、ギルベルトの周りには宰相の息子アーノルド·ヘルキャット、騎士団長の息子クリフォード·ベルジーク、そして魔塔の息子デクラン•グスマンが揃っている。

「な、なぜですか! スカーレット様!」

「だってあなた、魔導具にはそこまで興味はないでしょう? 学園での学びはとても重要よ。あなたはあなたの興味があることに集中なさい。わたくしはあなたから魔導具という興味深いものを教えてもらったわ。今度はリリアンヌ自身の興味のあるものに向かうべきよ」

 私の興味はスカーレット様なのだが?

 しかしここまではっきりと拒絶されてはすがることもできない。魔導具に興味がないのは本当にその通りです。

 改めて選択科目と睨み合う羽目になった。

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