入学試験だったはずが、予想外の初聖女サマ遭遇!

 試験は筆記試験と面接、さらに魔力測定があった。魔力がなくとも優秀であれば学園に入ることはできる。授業も魔術関連の実技は免除される。大店の令息令嬢あたりがそうやって何人も入学する年もあった。

 今年の受験者は平民が二十人ほど。それとは別に魔塔からも数人受験する。その費用や学費は国が出すことになる。特に魔導具を扱う商店では、魔術に関する知識やつながりを欲するため、積極的に入学を希望した。

 そして、あの黒髪に黒眼をもつマーガレット•トルセイ。試験会場の中からその姿を探し出すべくあたりを見渡していると、声をかけられた。

「リリアンヌ様」

 ニコニコと、笑顔で駆け寄ってくるのはカタリーナだ。あのあと杏ジャムを使ったクッキーを、ジャムと一緒に贈ったという。そして今のところ内々に婚約を進めていると聞いた。

「一人で心細かったのです」

 それでも笑顔を貼り付けられるようになったのは大きな進歩だろう。以前のカタリーナなら不安を前面に押し出して繕うこともできずにいただろうから。

 やはりオズモンド殿下やその周りの城の者たちを相手にすることで、自信がついてきたのだ。

「お声がけありがとうございます。まだだいぶ早いので、見知った方たちはいらっしゃいませんね」

 事前に配られた受験票を持ち、張り出された教室で試験を受ける。だいたい家格で部屋が割り振られているので、スカーレット様やカタリーナとは一緒の教室にはなれなかった。

「リリアンヌ様は本当に落ち着いてらっしゃいますね……」

「カタリーナ様は大丈夫ですよ。お勉強もしっかりとなされていらっしゃいましたし、魔力量で貴族が落とされることはありません」

 別に魔術師を目指すのでなければ問題ない。

「面接はスカーレット様を思い出せば良いのです。あの凛とした態度を自分も出来ると思い込んで振る舞えば間違いありません」

 私の言葉にカタリーナは微笑んだ。

「頑張りますね」

 廊下で別れの挨拶をすると、私もまた自分の受験する教室へ向かった。

 そしてその姿を見つける。

 ほんのり口元に笑みを浮かべ、真っ直ぐと歩いてくる姿はたしかに男心をくすぐる愛らしいカタチをしている。

 ちょっとしたいたずら心で、私は彼女とすれ違いざま少しだけぶつかる。

「――が」

「失礼いたしました」

 謝罪の言葉を述べるが、あちらはチラリと私を見ただけでそのまま去っていく。

 学園内だから許されることだ。

 いや、正式にはまだ入学前なので本来は許されないことだ。相手の家格がわからないのならば礼を尽くすのが本当だ。

 男爵令嬢だからだろうか? そこまで教育が行き届いていないのかもしれない。

 それ以上に、私が謝罪する前に呟いていた謎の単語が気になった。

 どういった意味なのだろうか。


 ――モブとは?



 筆記は滞りなく終わった。まったく同じ問題だったので、適当に埋める。たぶん合格点は大丈夫だ。さっさと終わらせて軽く目を伏せているふりをして仮眠をとった。昨晩遅くまでラングウェル公爵が送ってくれた平民の受験者一覧を眺めていたので寝不足だ。

 面接も問題ない。大したことは聞かれない。どのような学生生活を望んでいるか聞かれるくらいだ。

 魔術師に興味があるとだけ言っておいた。

 そして、魔力量の測定だ。

 魔力回路の発達の診断も合わせて行う。もちろん男女別々の場所で行われるのだ。

 こういったことは決まって家格の高い者からなので、リリアンヌは大人しく教室の席でまたうたた寝をしていた。

 前回はここで適正魔術も測られ、マーガレットがその世代に一人生まれるか生まれないかと言われている聖魔術の適性を見出される。入学までに神殿が彼女を囲おうとしたり大変だったらしい。

 今回もその流れはあるだろう。いや、そうあってくれないと困るのだ。

 スカーレット様に対抗できるのはそのくらいだ。きちんとクソ殿下をたらしこんで婚約破棄してもらわねばならない。

 何度も何度も考え抜いた結果、スカーレット様にあの男はもったいない。

 マーガレットにくれてやればいいのだ。

 その後が困らないように私が算段すればいい。

 そんなことを考えていると、名前を呼ばれた。

 記憶にもある年配の女性と教師が待っている。

「名前を」

「リリアンヌ•クロフォードです」

「魔塔主であるグスマン伯爵様からすでに魔力回路は開いているとの書状をいただいています。また、十分すぎるほどの魔力量もあると」

「……伯爵様から」

「見張っていないと隙あらば魔力を練って増やそうとするとも」

「伯爵様ってば」

「あまり無茶をすると寮内での魔力練りは禁止にします」

「そんなっ!!」

「あなたには入学したら魔力練りの制限をするブレスレットを与えるつもりです」

「そのようなものは初めて知りました」

「ええ、初めてでしょうとも。よほどのことをしたのね。グスマン伯爵様が直々にお作りになったものですよ」

 余計なことをと内心罵るがそれを見せたら本当に禁止されてしまいそうだ。

「お気遣い痛み入ります」

「さあ、それでは適性を調べましょう。こちらの水に手をかざしてください」

 これも以前体験済みだ。特別な魔水で、魔力を通すと適正のある属性の色へと変化する。

 火は赤、水は青、地は黄色、風は緑、闇は黒、光は白。そして聖属性は光り輝くという。

 輝くのがどんなものか少し見てみたくはあった。

「あら?」

 水は赤みが強いがところどころ黄色が混ざっていた。

「本当に随分と増やしたのですね。火がもともとなのでしょうが、土の属性も発現しています」

「二属性は稀だと……」

「稀と言うか、魔力量が二つの属性を扱うには足りないのですよ。魔塔主でいらっしゃるグスマン伯爵様は三属性扱えますし、教師陣にも二属性持ちは多数おります。魔力がそれだけ増えているということです。入学前でありながら、ね!」

 検査をしていた年配の女性が困り顔で言う。 

「リリアンヌさん、あなたはこのことは吹聴しないように。無茶をする学生が出だすと困りますから」

 教師に釘を差される。

「魔術師を目指すのは良いことだと思いますよ。このまま行けば筆頭にもなれる」

「学園でよく学びなさい。今日はこれで終いです。お疲れ様でした」

 二人に送り出され、教室をあとにする。このまま外に行けば馬車が待っている。

 だがなんとなく、ほんのちょっとした気まぐれで、初めてとは思えない学び舎を散策することにした。

 すべてが懐かしい。

 どうしてこんな事になったのだろう?

 未だに過去に戻っているこの状況が現実なのか測りかねている。

 当初思っていたように、頭の打ち所が悪く、長い眠りについているのではないか? これは夢ではないかと何度も思う。

 なんとも言えない感情が込み上げてきて、校舎の外階段に座り込んだ。

 スカーレット様にあんな思いはさせたくない。私だって、あんな思いはしたくない。

 悔しくて、辛くて、見守ることしかできず、口から出るのは慰めとも言えない言葉ばかりだった。

 きっとなにかお考えがあるのですよ、今は少し気が迷われているだけですと、辛そうなスカーレット様に何度声をかけたことか。

 感傷的な想いに涙がホロリと溢れたとき、声が掛かる。

「大丈夫か?」

 まったく気づかなかった人の気配に、文字通り飛び上がると、慌てて目元をぬぐった。

 そしてその先にいる人物にさらに心臓が飛び跳ねた。

 フィニアス•カスティル男爵令息。あのマーガレットの取り巻きの一人。いつも一緒にいるイライジャの姿はなかった。

 急に立ち上がり足元が不確かで身体が揺れた。階段を踏みはずし視界が傾ぐ。

 思わず伸ばした手を掴まれ、反対の手で腰を引き寄せられた。

 安全な場所まで誘導されると、彼は頭を下げた。

「咄嗟とは言え手を掴んで申し訳ない」

「い、いいえ、助けていただいてありがとうございます」

 あのまま倒れていたら頭を打っていたかもしれない。ドキドキと心臓が早鐘を打つ。

「教室まで送ろうか?」

「いいえ、大丈夫です。もう帰りますので……」

「測定は終わっているんだね。迎えは来ているのかい? 馬車まで送ろう」

「いえ、そんな」

 イライジャは? なぜ彼が一人でいるのか? あり得ないだろう。

 

 彼は常にイライジャとセットだ。


 それは絶対なのに、なぜ?

「私はフィニアス•カスティル」

「リリアンヌ•クロフォードです」

 促されて隣を歩くしかなかった。

「面接が上手くいかなかった?」

 涙を見られていたようで、何度もためらいつつ聞いてきた。

「それは大丈夫だと思います」

「魔力の検査で気分が悪くなったかな?」

「そうですね、少し……」

 それもやってないが、そう言うことにしておく。

「あれは、検査官と合わないと、相当気分が悪くなるらしいからね。お大事に」

「ありがとうございます。フィニアス様ももう試験は終わられたのですか?」

「ああ、私はね。友人を待っていたのだがなかなか来ないので少し校舎を見て回っていたんだ」

「それは、待ち合わせをしているご友人に申し訳ないです。ここまでで結構ですよ?」

「女性を途中で放り出すような教育は受けていない。きちんと送らせてくれ」

 あまり話したことはなかったが、ギルベルト殿下とよく連れ立って歩いているのでどうしてもスカーレット様絡みで見かけることが多かった。

 しかし、直接話したのは初めてだ。

 と、そこへ廊下の角から突然人が現れる。ぶつかりそうなところをフィニアスに腕を引かれてなんとか避けられた。

 しかし、相手は勢い余って転んでしまった。

 

 マーガレット•トルセイだ。


「大丈夫か?」

 フィニアスが声を掛けると、マーガレットは勢いよく面を上げて、一瞬顔をしかめた。だが、すぐに弱々しそうに微笑む。

「え、ええ」

 しかしそこから動こうとしないので、フィニアスがもう一度声を掛けるはめになる。

「立てるか?」

「足が……」

「挫いたか、困ったな……」

 本当か? と思いつつも嘘だろうとは言えずにここは私が動くしかないのだろうか。

「誰か人を呼んできます」

「いや、気分の悪かったあなたにそんなことはさせられない。私が人を呼んでくるから二人で待っててくれ」

 それは嫌だと言う間もなく、フィニアスは足早に近くの教員がいそうな部屋へ向かっていった。

 その後姿が消えるやいなや、マーガレットが吐き捨てる。

「モブに邪魔されるとか信じらんないんだけど!? スチルシチュ返せ!」

 またモブ、だ。

「申し訳ございませんが、何をお返しすればいいのでしょうか……」

「もういい! 今日はスチル回収忙しいんだから、こんなところで時間食うわけにいかないのよ!」

 痛かったはずの足をものともせずに、マーガレットは一人怒りながら駆け足で去って行った。

 何が起こったのか説明が欲しい。

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