乗馬会と言う名の出来レース
「うちの可愛いリリーはどこに行ってしまったんだろう」
開口一番にひどいことを言われた気がする。
「わたくしはまごうことなきリリアンヌですけれど、そうですね、ちょっと数年、年をとってしまったとでも思ってくださいませ。色々分別がついてきたのです」
「知らぬ間に私のリリーは、年をとってしまったのか……それで? 情報が欲しいって?」
「はい。オズモンド殿下と見繕われそうな令嬢の情報が……というか、こういった情報を集める伝手が欲しいです」
「伝手は自分で作るものだが……私はいつでもリリアンヌの味方だぞ?」
んんん? つまりアシュリーお兄様に聞けと?
「……わたくしこの先、スカーレット様のためにシッカリと地盤がためをしておきたいのです。その中のひとりがオズモンド殿下です。カタリーナ様とお似合いだと思いません?」
「オーラン伯爵の長女だね。家格的にはギリギリだが、オズモンド殿下は婚約者を亡くされた。公爵の娘だったため、他の家門も手を出しにくい。王宮内では他国の姫君を迎えるのもありだという話になっている」
「友好国のアーランデ国ですわね」
ポロリと漏らせばアシュリーは予想以上に驚く。
「知っているのか!?」
「あ、いいえ。えっと、姫君を迎えるという話ならアーランデかな、と」
「ああ、そうか。そうだな……」
危ない危ない。ちょっと未来の記憶で先走りしてしまった。
「ラングウェル公爵様やオーラン伯爵様が、外野を退けられればさほど問題はないだろうね」
「うーん、それよりもわたくしカタリーナ様のお気持ちだと思うのです」
「カタリーナ様の?」
「はい。せっかくなら本気でとは言わずとも、それなりに好意を抱いている相手と幸せになっていただきたいのです。政治に利用されるのは可哀想ですし」
「……スカーレット様の地盤がためが優先ではないのか?」
それだと、あの女になびきそうなのだ。
「それはそうですけれど、それよりも、カタリーナ様にも、オズモンド殿下にも幸せになっていただきたいのですよ。二人が愛し合うのが一番です」
驚いた表情のまま、アシュリーはしばらく動かなかった。
まあ、貴族の結婚なぞ家同士の思惑がほとんどで、だからこそあの謎の状況が出来上がったと思う。
本当に、何度思い出しても意味がわからない。分別のある貴族令息なら、あんな風に取り巻きじみた行動を取るはずがないのだ。
「愛し合う、か。そんなリリーは誰か良い人はいないのか?」
「わたくしのお相手は、スカーレット様のためになるような情報を得やすい城仕えの文官あたりがいいなと思っております。家格が合う子爵の息子か、なんならすでに文官として頭角を現している方の第二夫人を狙いたいと先日お父様にお願いしました」
「うん、聞いてるよ。父上が泣いていたよ……」
今もこれからも、私はスカーレット様に付いていきます。
「リリーにも運命の相手が見つかるといいね……」
「そうですね」
ファーマー伯爵の長男が確かお兄様より一つ上の方で、かなり有望だったはず。同じように文官として登城している。将来的に引退した父親に領地経営を任せ、自分は城の中で権力を広げたいタイプだった。そこら辺を狙っていきたい。すでにいくつかピックアップしてあるが、あくまで未来の情報なのであまりこちらから働きかけるのはまだ早い気がする。
「で、お兄様。オズモンド殿下の何か良い情報はございませんの? あ、あと、宰相様の息子さんが確か同い年で、婚約者の方もいらっしゃいましたよね? 騎士団長様も同じく。そこら辺の情報も知りたいです!」
「リリー、私はお前の幸せを望んでいるんだよ」
困り顔でアシュリー兄様は色々と教えてくれた。
本当によく知っている。
さあ、乗馬会ですわよぉ〜!
普段は母たちの茶会の傍らでの集まりだが、今日は警護がガチガチなので母たち抜きです。
参加予定の令嬢たちは皆この事態に驚きつつも受け入れてくれた。
もちろん色々あったろうが、ならば欠席でなどというわけにはいかなかったのだろう。
学園に入学する前に令嬢と王子が一緒に乗馬することは異例中の異例で、これがオズモンドのためであることは誰もが理解していた。
第二王子の婚約者となることがどのようなことか、親に言い含められているのだろう。その座を狙う者と絶対に選ばれてはいけない者が半々くらいだった。
ギルベルト殿下は、さすがではある。乗馬は好きではないらしいが、それなりにさまになっていた。
馬での事故があってはならないとラングウェル公爵が人を手配するはずが、王宮からたくさんの警護と警備が来たので、その必要はなかった。王子の馬も運ばれてきている。他の令嬢たちは馬場にいる馬をそれぞれ借りた。
順番に乗っていたのがやがてギルベルト殿下とスカーレット様は用意されたテーブルでお茶を始め、オズモンド殿下へ近づいてならない令嬢もそれにならう。
私はそちらのテーブルには興味がないので馬に乗り二人の仲を見守ることにした。
しかし、カタリーナの性格が悪い方向へしっかり出てしまっている。たぶん警護の中には品定め要員も多数いると思われるのに、二人がまったく接近できないのは良くない。
ここは私が一肌脱ぐしかない。
入っていくことができないなら、呼び寄せるまで。これがお兄様からアドバイス頂いた方法だ。
公爵の馬場は、柵のある場所からさらにその先の広い草原へと続いている。
「カタリーナ様、よろしかったら少し走りません?」
「リリアンヌ様……」
「さあ、いらして」
先頭して先の草原へ向かうと、カタリーナは大人しくついてきた。
「ここの馬は賢いので、行ってダメなところは承知しておりますから大丈夫ですよ」
最初は
令嬢たちはそこまで乗馬が上手くないのは事前調査でわかっている。とはいえ、十二歳十三歳では十分なレベルだ。
反対にオズモンド殿下とカタリーナはかなりできる。
あの二人の共通の趣味が馬だっただけだ。
「お疲れ様、リリアンヌ」
スカーレット様が手を振るうと席が作られお茶が用意された。
「そなたは馬も扱えるのだな」
ギルベルト殿下が不思議そうな顔をしながら言う。
子爵令嬢のくせに、ということだろう。
スカーレット様のお相手ということで目をつぶっていた部分が多かったが、そういえば身分の差別がひどかったなと思い出す。逆行する前は公爵令嬢のそばをうろついている子爵程度の認識だったろうが、これからは身分不相応のくせにスカーレット様に大切にされる令嬢といった扱いも覚悟しなければならない。
脳内サンドバッグが捗りそうだ。
「訓練しましたので」
「リリアンヌは多趣味なのですよ」
「広く浅くが信条です」
何かを極めるのは難しい。他のことをやりながら極められるほど器用でも才能があるわけでもない。知識は前回のアドバンテージがあるが、実技はまた一からだ。
スカーレット様のためになるようにと考えた結果、極めるとするなら魔術。他は程々に。
用意された軽食をつまみながら、次の秋からいよいよ入学となる学園の話に花が咲いた。
兄や姉のいる令嬢もいて、どんな教科が大変らしいとか、実技試験にも色々あると聞いた話を披露していた。
私は、そうそうそれねー! と心の中で同意するに留めた。下手に口を滑らせかねないので、まあ、とか本当に? などと言って合わせるだけだ。
事実兄から学園の話はほとんど聞いたことがない。
「学園へ入学したあとも、私の婚約者であるスカーレットを助けてくれ」
と、偉そうにギルベルト殿下がのたまうと、令嬢たちはもちろんです、喜んでと頷いた。
ギルベルト殿下はこのあと予定があると早々に退場。私たちはお茶とお菓子を楽しみつつ、いろいろな話をした。
やがて、帰ってきたオズモンド殿下とカタリーナの間にある雰囲気に、皆が今回の乗馬会の趣旨を正しく理解したのだった。
季節の巡りが早すぎる。
入学まであと数ヶ月しかないというのに、準備がしきれない。
フォースローグ王国立中央学園、通称王立学園は身分を問わず有能な子どもを受け入れている。
という建前の下、試験を行う。
ただ、どうしても魔力は貴族が持つもので、つまり稀に平民の中でも魔力量のある者も受け入れられる。中央学園は基本貴族のためのものだった。
他にも学び舎はあるが、そちらで魔術の授業はない。貴族であるなら中央学園に入学するのが当然だった。
寮生活となるので、病弱なことを理由に自宅で家庭教師をつける者もいるが、その後の魔術師となる試験への点はよっぽどの才能がない限り辛くなるし、何より人脈が物を言う貴族社会において、この学園での生活はかなり重要なものとなった。
前回は、私はスカーレット様に関わりそうな者だけをチェックし、調べた。
しかし今回は同学年となる全生徒の情報を集めた。
これは、お兄様でもさすがに荷が重いだろうと、一番効果のありそうなところに尋ねることにした。
そう、ラングウェル公爵様だ。
「リリアンヌ嬢はいったい何をするつもりなのだ?」
「情報は宝です。知っておいて損なことはありません」
貴族はどうにかなるのだ。仲良い令嬢たちはそれなりにできたし、今度はそこから話が集まってきている。
それよりも貴族でない者たちの情報がほとんどない。
そして、あの女、マーガレットの情報も。
周りをチョロチョロとうろつくようになってから集めはしたが、その頃になるとどうも彼女を慕う者たちによる妨害が入っていたのか碌な話があがってこなかった。
なんとか入学前、直後の時期に今度はこちらが下準備をしなければならない。
「入学試験前に気になる人物をピックアップしたら、調べていただけますか?」
やれやれと、ラングウェル公爵はため息をついた。
今日は魔塔に向かう日なのだが、公爵邸にやっては来たものの、少し頭痛がすると魔塔へ向かうことをやめた。そしてスカーレット様を送り出したあとのこの会話だ。
「先日クロフォード子爵から泣きつかれたよ。娘が第二夫人を望んでいると」
「その方が時間がたっぷりありますからね」
「学園に入る段階ではまだ婚約していない令息もたくさんいるだろう。君の器量ならば伯爵家に嫁ぐこともできるはずだぞ?」
「領地に籠るタイプだと困るのです」
「スカーレットは王都にいるからか?」
「はい!」
再びため息をつくラングウェル公爵。
「何を言っても無駄な気がしてきたな……もうすぐ試験もあるが、大丈夫なのか?」
「まあ受かる程度の点は取れると思っています。スカーレット様の恥になるようなことは致しません」
三度、ラングウェル公爵はため息をついた。
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