未来改変下準備を始めます!
授業が始まるとしばらくは忙しくなるし、と、スカーレット様主催のお茶会を開くこととなった。メンバーはいつもの面子に加え、宰相の息子アーノルド•ヘルキャットの婚約者であるアイネアス•エジャートンと騎士団長の息子クリフォード•ベルジークの婚約者であるコリンナ•シェラードだ。
新しい学校生活の始まりだ。話題は多岐に渡る。今回もまた私は秘密兵器を携えてきた。
そう、この面子が集まったとき必ずある、恋愛もの読書会である。
過去、いや、未来、私はアイネアスとコリンナ二人と婚約者の変化について話していた。いわばスカーレット様と同じマーガレット被害者なのだ。
婚約者たちが浮足立っているその様子をどうしたものかと相談した。
そのとき変化の様子と本来の気質などかなり詳しく聞き出していた。
まず、宰相の息子アーノルドは、他人にも厳しいがそれ以上に自分にも厳しかった。自分を律するタイプだ。
容姿にもそれが表れていて、茶色がかった黒髪に、アイスブルーの切れ長の瞳。冷たい印象を与える。それがギルベルトの周りをうろつくマーガレットを突き放すでもなく、まさかの街へ一緒にお忍びに行ったのだという。あまりの変わりように直接聞いてみたが、マーガレットは悪くないだの、自分の疲れに気づいてくれたのは彼女だけだとかだけだとか、詳しくはわからないが、何かきっかけがあったのだろうと察せられた。
クリフォードはやや茶色がかった金髪に、茶色の瞳だ。アーノルドよりは多少柔らかい雰囲気はあるが、ひとたび剣を振るえば大柄な体格も相まって、その威圧感に足がすくむ。
そんな彼はマーガレットの
つまり、これを婚約者である二人がやれば円満なままいけるのではないか?
カタリーナのときもそうだったが、婚約者同士がお互いに想いあっていないと、マーガレットがいつの間にか二人の間に入ってくる事態となりそうなのだ。
そこで、二人にピッタリの本をお兄様に聞いた。具体的すぎるとボヤくお兄様を応援してたら、またもやシュワダー•レフサーである。
ええ、私もさすがにここらへんのからくりはわかってきましたが、そこは暗黙の了解。ありがたく受け取るに留めた。
これからの学園生活について楽しく談笑した後に、私は必殺のシュワダー•レフサーを二冊取り出す。
「あら、リリアンヌももう購入したのね」
「わたくしも出入りの商人が届けてくださいましたのよ」
「しかも二冊同時発売でしょう? 早く読み切りたい思いと、ゆっくりじっくり味わいたい思いで複雑です。まあ、その日のうちに読み切ってしまいましたけれど」
元からの茶会友だちたちはもう読んだらしい。
「わたくしたち、入学前から読書会を開いていましたの。そこで人気の作家なのですよ。恋愛ものなのですが、いつも素敵なお話なのです」
スカーレット様がほんのり頬を染めて薦めるので、二人も気になったようだ。
「もしよろしければお貸ししますのでどうぞ」
「確かこちらはお相手が騎士の方でしょう? コリンナ様は感情移入しやすいかもしれませんね」
カタリーナのナイスアシストにより、騎士と伯爵令嬢ものをコリンナに、文官と子爵令嬢ものをアイネアスへ貸すこととなった。
「もうわたくしたちの恋愛指南書のようになっているんです。お二人とも婚約者様がいらっしゃいますから、参考になさって」
ふふふと皆が笑い合う。
うーん、本当にすごいな、シュワダー•レフサー。みんなの心を鷲掴み。
「貴族の結婚は、どうしたって家の思惑が混じることになります。ですがそんな決められた結婚の中にも、お互いに想い合い、思いやるような愛もあると思うのです」
私の言葉に二人は軽く目を見張る。
「うふふ、リリアンヌ様は
本当に、そうですね、と令嬢たちが同意する。
は?
何を言っているんだ、こやつらは?
私ほど
「リリアンヌにも素敵な人が現れるといいわね」
スカーレット様のお言葉とともに、今回のお茶会はお開きとなった。
そして、大講堂での魔術の授業だ。
前方の教壇から少し離れて階段状に机が作られている。私はもちろんスカーレット様の近くに。ただ、子爵なので他の令嬢たちよりは少し離れた位置に座っていた。爵位は関係なくとは言えどもここは並び順を違えてはならない。
ギルベルト殿下たちは、そのすぐ後ろの席に並んでいた。
教師陣がずらりと壁際に並ぶ。練りに失敗したときのためだ。危険な状態となれば、緊急措置として、体内の魔力をギリギリまで抜かれる。その後丸一日は動けなくなるが、魔力が体内をむちゃくちゃにして廃人となるよりはマシだろう。
前回も両手では足りないほどの生徒が倒れた。
魔術担当の教師から、魔力の練りとその重要さについて、そして練り方について説明がある。
魔術に携わるのならば誰もが魔力量の増大は望む。魔導具に魔力を供給することも多い。
王国は魔導具王国と呼ばれるほどに様々な魔導具があるのだ。
日々魔力を供給する場がある。
教師から始めるように指示があると、皆が恥ずかしがりながら手袋を外す。
男子はほとんどが黒の手袋だ。それに宝石や複雑にカットしたガラスを縫い付けたりしている者もいる。
女性はドレスに色を合わせたり、制服の場合はほとんどが白か黒。レースをあしらい細かな宝石を縫い付けたり様々だ。
私は汚れが目立つので白より黒の方が好きなのだが、女性は宝石や刺繍が映えると白の手袋がほとんどだった。
両親が用意してくれた手袋も白だ。
ちなみに、男性婚約者に自分で刺繍を入れた手袋を贈るのが、来年流行る。
「なかなか難しいのね……」
スカーレット様が両手を合わせて眉をひそめている。
周りの生徒も皆真剣だ。
まあ最初は誰しもがやりにくさを感じる。そのうち慣れてくると、自分にとって最適の方法が見つかるだろう。私は休みの日にタウンハウスへ帰った時、母から助言を受けて、そこから格段にやりやすくなった。
「リリアンヌ嬢はやらないの?」
後ろから声をかけてきたのはイライジャだった。
私は曖昧に笑っておく。
正直、この程度の魔力練りをしてもまったく増えた気がしない。
「あれ、その手首のブレスレット、この間はしてなかったよね。プレゼント?」
どちらかと言うと枷だ。例の魔力練りを制限する魔塔主お手製ブレスレットだ。
それも曖昧に笑ってみせると、フィニアスが少し驚いたように言う。
「婚約者からか」
婚約者からならよかったが、残念間違っています。
「婚約者はおりませんので」
私の回答に何か質問を重ねようとしたフィニアスだが、後ろから聞こえてきた声に口を閉じる。
「難しいです、何かコツとかってあるんですかぁ?」
イラッとした感情が体の中を駆け巡る。
そう、何故かフィニアスたちの後ろ、ギルベルト殿下の斜め後ろあたりにマーガレットが座っているのだ。
「私も初めての魔力練りだからまだ上手く出来てはいないんだ」
明らかにフィニアスに話しかけてきていたので彼が答える。するとマーガレットは次はイライジャに目で問う。
「体の中をグルンと巡らせる感じ?」
教師が先程提示していたごくごく一般的な曖昧な表現だ。
うーん、などとさも悩んでいる風のマーガレットは、ふぅとため息を吐いて手のひらを離す。
「難しいです。そうだ、先日はありがとうございます。迎えの馬車の時間もあるし、足も少ししたら動くようになったので、お先に失礼しました。こちらのご令嬢に伝えてくださるようお願いしたのですが……」
何を? よくわからない罵られ方をして置いていかれたのだが。
「ん、ああ。足が大したことなくてよかった」
マーガレットの言葉に、イライジャが頷いて私をちらりと見やる。肩をすくめておいた。
そうか、こうやって人の信用を落とすのか。フィニアスが私を信じるか、マーガレットを信じるか。
これは、当時周りにいた男子学生たちの信頼も得る必要がありそうだ。
ギルベルト殿下以外の。
ちょうどそこへドサリと重い音がする。教師が慌てて動き出した。連鎖的に何人も倒れた。その様子に生徒の表情に怯えが見える。
「恐れるな。彼らは自分の限界に挑戦した強者だ。限界を知らなければその先には行けぬ」
ドン! と机を拳で叩く。
突然のギルベルト殿下の言葉に皆がハッと顔を上げる。
「始めたばかりですもの。失敗しながら成長するものです」
スカーレット様も言葉を続けると、改めて生徒たちは手を合わせ魔力練りを始める。ざわついていた雰囲気が改善された。
「素敵なお言葉でした! 生徒が皆勇気づけられましたね」
絶妙なタイミングでそう言うのはマーガレットだ。
背中まである艷やかな黒髪。じっと見つめると吸い込まれそうな黒の瞳。対して陽の光を浴びたことがあるのかと問いたくなるような透けるような肌に、紅をさしてもいないのに血色の良い赤い唇。
両手を握りしめ、ギルベルトを潤んだ瞳で見つめる。
これが彼女の勝負顔なんだろうなと内心頷く。
スカーレット様は美しい。対してマーガレットは可愛らしかった。仕草や表情が保護欲をそそられる。
「ここで留まっては先へ行けぬからな」
手放しで褒められたクソ殿下は、それは嬉しそうだ。
婚約者の前で鼻の下を伸ばすなと顔面に二、三発拳を叩き込む、妄想をした。
「ギルベルト様は魔力練りはマスターされていらっしゃるのですか? あ、失礼いたしました。私はマーガレット•トルセイと申します」
「ああ! 君が、か」
ううん、この下り。少し流れは変わっているものの覚えている。
違っていたのはクソ殿下に話しかける前にフィニアスに話しかけることはなかった。あの廊下での出来事が、私がいることによって変わってしまったのだろう。
「聞いているよ、一つの世代に一人現れるか否かと言われている聖属性持ちだと」
ギルベルト殿下の声はよく通る。
えっ、と生徒たちは声を上げ、講堂のすべての視線はマーガレットに集まった。
「神殿で聖女認定を受ける手続きを行っている途中だとか」
「そんな、聖女なんて……私はたまたま属性がそうであっただけで、まだ魔力もそんなに量はありませんし……」
俯いて自信なさげに言うマーガレットに、ギルベルト殿下は首を振りながら言葉を続けた。
「魔力は増やせる。努力次第だ」
「ギルベルト様……私、頑張ります!」
教師が手を打ち鳴らした。
「そうですね、何よりまず魔力量。魔力量がなければ自分の属性を使いこなすことなんて出来ません。なので、無理せず日々少しずつ魔力を練って増やしていくのが大切ですよ」
一年生て可愛いな。
教師の言葉に真剣に取り組み出すところなんか、若いなぁと思う。
壁際で待機していた例の私の魔力検査のときにいた教師がこちらへ寄ってきた。
「リリアンヌさん、あなたもきちんと練りなさい」
「……こんなミジンコみたいな量練っても練った気がしないんです。ブレスレット取ったら、私の本気をお見せできますよ」
「ブレスレットを外したら退学です」
コソコソと話していたのに耳聡くフィニアスは聞きつけたようでギョッとしている。そんな様子にチラリと目をやり、教師、デヴァルー先生は声を張り上げる。
「リリアンヌさんが上手に魔力練りができているので、コツを発表してもらいましょう!」
ふざけんなババア!!
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