第4話 イモとブドウ酒とジジイ




 エルフの少女、フランと出会ったレオは彼女の先導で森を抜け、彼女の言う「ジジイ」の元へと向かっていた。


 フランはレオの数歩先を、無言のまま自身の背丈よりも大きな斧を肩に担いでトコトコと歩いている。なんとも異様な光景だ。


 雑草と石を取り除いただけの簡素な道を歩きながら、レオは辺りを見回す。

 視界いっぱいに青々とした緑が広がり、少し離れたところに村らしき集落が見えた。

 その村のずっと先、山を超えた視界ギリギリの所に巨大な樹が見える。あれが世界樹だろうか。ここから見ていてもすごい迫力だ。



 「でっけーなぁ…雲まで届いてるんじゃないか」



 ──世界樹。昔読んだ本によると、イニティム大陸の象徴的存在で、この世界が始まった時から存在するとされる巨大樹。

 世界樹からは「マナ」と呼ばれる魔力の素になるものが放出されているという。


 一通り景色を堪能すると、レオは再び前を歩くフランの方へ向き直る。二人の間に会話はない。先ほどのこともあって非常に気まずい。



 「……あのう、フラン…さん?」



 レオが声をかけると、白い髪の隙間から覗く耳がぴょこんと動いた。こちらを振り向かずにフランが素っ気なく答える。



 「……フランでいいよ。どうしたの」

 

 「さっき言ってたジジイってのは、俺のことを知っている…のか?」


 レオが尋ねると、フランは立ち止まり、こちらを振り向く。相変わらず不機嫌そうな顔。こわい。



 「それは知らない。知らないけど、もしこの辺りでレオって名前の魔人と出会うことがあったら、燃やさずに傷つけずに連れてこいって言われた」


 「……もし言われてなかったら?」



 恐る恐る聞いてみる。フランはレオの顔をじっと見た後、再び前へと向き直り歩きながら続けた。



 「燃やしてたし叩き斬ってただろうね」



 ──ありがとうジジイ!あなたは命の恩人だ!


 レオが胸中でまだ出会ってもいない人物に心からの謝意を述べていると、フランがボソリと続けた。



 「──私、魔人族は嫌いだから」



 そう呟いた彼女の声は、怒っているようにも、悲しんでいるようにも聞こえた。




──────




 「着いたよ、ここがジジイの家」



 道中で目に入った村に到着し、複数の家屋が密集する地帯を抜けると、他の建物より一回り大きい二階建ての家が見えてきた。



 「……なんか急に緊張してきたな」


 レオは人と話すのは得意ではない。何せ引きこもりだったからな。



 「ジジイは多分裏の畑にいるよ、こっち」



 フランが手招きをして先導し、石造りの家の外周をぐるりと周ると、家の裏には、個人のものとしては規模の大きい畑があった。

 収穫の時期だろうか? 畑一面に雨を凌げるほどの大きな葉が茂り、地面からゴロゴロとした作物が顔を覗かせている。イモだろうか?


 その畑の中央に、フランのいう「ジジイ」であろう人物がいたのだが…いやはやびっくりした。

 レオは勝手に、腰の曲がったヨボヨボの老人をイメージしていたのだが、そこにいたのは、逞しい肉体をした巨漢であった。背丈も、袖のない黒い上衣から覗く筋肉も、あのラークより大きく感じられた。

 白髪の髪を豪快に立ちあげ、左頬に大きな古傷が見える。日によく焼けた肌もあってか、あまり老人とは思えない風貌だった。


 「じいさん、戻ったよ」


 フランが老人に声をかけると、彼はこちらを振り返り、そして豪快な笑顔を見せた。


 「おぉフラン戻ったか! ちょうどええとこに来た! 見ろ、今年もイモが立派に育っとる! 収穫手伝ってくれ! 今年は豊作じゃぞ〜」


 老人が嬉しそうに笑っていると、フランが気まずそうに口を開く。


 「いやあのね、じいさんが言ってたレオって魔人連れてきたん……」


 「知らんがな!! はよせい!!」



 フランは、レオをちらりと見た後、嫌そうな顔をしながら畑の方へ歩いて行った。


 あれ、ちょっと待ってくれ、俺はどうしたらいいんだ?

 そう思いながらぼーっと突っ立っていると老人の怒声が聞こえてきた。



 「おいそこの! なにしとる! お前もじゃ! はよせんかい!!」



……え、えぇ〜〜〜〜。




──────




 「……何やってんだろう、俺」



 レオは、収穫を終えた畑のそばに、大の字になって横たわっていた。

 あれからどれくらい時間が経ったのだろうか、太陽はてっぺん近くまで登っていた。

 唐突に手伝わされることになった俺は、必死にイモを掘った。それはもう必死に掘った。農作業なんてやったことないのに。

 途中で「もっと丁寧に扱え!」と、三回ほど頭をどつかれた。オヤジにもぶたれたことないのに。



 「オヤジって…優しかったんだなあ…」



 レオは大空を眺めながら、どうしているかもわからないラークのことを思う。あら?こんなことしてる場合じゃないんじゃないか?



 「……君もついてないね」


 声の方に目をやると、顔や手に土をつけたフランがすぐそばに腰掛けてこちらを見ていた。


 「せっかく水浴びしてきたのに…ドロドロ…不愉快」


 「……あの人は?」


 「表で荷車にイモを積んでるみたい」


 「そっか……はぁ、つかれた」


 レオは大きなため息をついた。元引きこもりにはしんどい作業だった。もう動きたくない。


 「……このままだとまずいかも知れない」


 フランが顔をしかめて言う。まずい?それはまたなんで──



 「おいそこの二人、まだ休むには早いぞ」



 フランにわけを聞こうとしたその瞬間、鬼の声がした。あっ、なんだか嫌な予感がする。



 「表の荷車にイモを積んであるから、村中に配ってこい! さぁ立った立った!」



 え、えぇ〜〜〜〜〜……




──────




 「あらぁ!可愛い魔人ちゃんねぇ。フランちゃんのお友達かしら?」


 「…んん、まぁそんな所…おばさんこれ、今年のイモだよ」

 

 「ジョゼフさん所ののイモ、毎年助かるわぁ〜。ちょっと待っててちょうだいね」



 年配の女性が家の方へ戻っていく。イモ配りもこの家が最後だ。イモが無くなった荷車には、お礼としてもらった他の作物や干し肉、酒樽などが積んである。今の女性もそれを取りに行ったのだろう。ところで、あの理不尽極まりない鬼の名前はジョゼフというらしい。



 「……君、もう少し村の人達と喋りなよ。私ばっかり喋ってる」


 「初対面で何話すんだよ…俺は人と喋るのが苦手なんだ」


 「名前くらい名乗りなよ。可愛い魔人ちゃん」



 フランがイタズラっぽく笑う。ぐぬぬ、何も言い返せない。

 でも、フランのこんな顔を見たのは今日初めてだった。ちょっと可愛い。

 二人がそんなやり取りをしていると、女性が大きな樽を抱えて持ってきた。



「はいこれ! うちで作ったブドウ酒よ、ジョゼフさんに持っていてね!」


 レオが慌てて酒樽を受け取る。



 「…ありがとうございます。あの、俺、レオです。レオ=ドラグロード」



 レオが辿々たどたどしく名を名乗ると、女性は一瞬キョトンとした後、すぐににっこりとした笑顔を見せた。


 「レオちゃん、素敵な名前ね! フランちゃんと仲良くね!」


 「…はい」



 女性に見送られながら、いくつもある酒樽のせいか、来る時よりも重たくなった荷車を引きながら帰路につく。気づけばもう夕方だ。とても疲れた。腹も減ったがまず横になりたい。



 「君、なんか魔人っぽくないね、そのツノ、飾りだったりする?」


 「飾りじゃないし俺はれっきとした魔人だよ…──ていうか! 荷車に乗るな! 重いんだよ歩け!!」


 「なっ……!? 私はそんなに重くない! 燃やすぞ!」


 「うわあ炎を出すな! 酒に引火する!!」



 二人は、オレンジ色に染まり始めた村の中を、賑やかに帰っていくのであった。




 「──いやぁ二人ともありがとうなぁ! 助かった!!飯の用意が出来とるぞ!」



 二人が家に着くと、ジョゼフが鍋いっぱいのシチューを作って待ち構えていた。中には肉や、レオ達が収穫したであろうイモをはじめとした野菜たちが入っている。食欲をそそるいい匂いがする。



 「じいさん、ブドウ酒や干し肉もあるよ。村のみんながくれた」


 「本当か!いつもありがたいのう、よし、それも持ってこい!今日は宴じゃ!」


 ジョゼフとフランの二人が楽しそうに酒樽を運んでいる。

 というか、エルフって酒を飲むんだな……。



 「おい若いの! お前も飲むか? この村のブドウ酒はなかなかなもんじゃぞ! って、んん???」



 ジョゼフがレオを見て怪訝そうな顔をする。




 「──お前、誰じゃ!!?」



 えええええええーーーーーー!!!!!?



 レオとフランの叫び声は、村中に響き渡ったという。



 ──宴は、始まったばかりである。

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敗北魔王のリベリオン 中尾タイチ @yhs821

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