第三話

 私がカリファへ振り向くと同時に、カリファは私に抱きついていた。


 「イシュタル!イシュタル……絶対に生きてるって信じてたけどずっと怖かった。だから、生きてて良かったよお」


 「私もカリファが生きてて嬉しいよ。連れ去られた時は胸が張り裂けそうになった」


 このままずっと抱きしめていたい。この温もりを永遠と感じていたい。

 だが、この部屋で一人、私たちの永遠とも呼べる一時を邪魔するものがいた。


 「雑種が!神聖な玉座の間に穢れてた者が入るなど身の程を知れ!!」


 メルカトルは再び、私たち目掛けて散弾銃を放つが、私も再度、羽で銃を撫でる。

 すると、たちまち銃弾は固形であることを忘れて、砂状となり崩れ落ちた。


 「雑種風情が……おい、何をしている!?侵入者がいるのだぞ。王国軍の底力を私に見せるがいい」


 メルカトルは私に怯えているのか、猛々しく見せるように声を張り上げる。しかし、部屋に隅々まで反響するだけで、増援ほ来ない。

 雑種風情に怯えるとか案外メルカトルにも可愛いところがあるもんだ。まあ、全くもって惚れはしないが。それどころか気色悪い。


 「な、なぜだ。なぜ誰も来ないのだ」


 「あーそれなら、私が全員殺したよ」


 私はメルカトルに血で汚れきったマチェーテを見せつける。玉座の間の外でどれだけの悲劇が起きているかはさすがのメルカトルでも理解しただろう。


 「まだだ、我のシナリオはこれからだ」


 メルカトルはギラギラと輝くコートを捲り、ポケットからロザリオを取り出す。

 あれは草原で用いていたロザリオか。あの時は身の毛のよだつほど恐怖していたが今は特に何も思わない。


 「これの前に貴様ら竜人族は無力だ。この奥の手を用いて草原での地獄をもう一度味わせてやろうぞ」


 ロザリオは赤黒く煌めき、玉座の間に濁った帳を降ろす。

 メルカトルは勝ちを確信したのか、私たちのもとへ1歩、また1歩と近づく。

 この行動を勇気と見るか、無謀と見るか。まあ、私からしたら無鉄砲にも甚だしい。

 カリファは不安そうな表情を私に見せるが、私は笑ってカリファの頬を触った。

 

 「想いは生きる力だ。私の想いは奇跡だって起こしてみせる!」


 私は翼を羽撃かせる。翼から漏れる七色の粒子は、赤黒い帳を虹色に埋め尽くす。


 パリン!!


 帳はガラスが砕けるように消失し、太陽が再び私たちを照らす。

 竜人族に対しての奥の手だそうだが、どうやら無駄足だったようだ。

 私は胡乱な目でメルカトルを睨みつける。


 「雑種がよくもよくも只では済まさんぞ!」


 「特別にお前の敗因を教えてやろう。お前を自己愛しかないのだよ。娘すらも愛す想いの無いお前が勝てるわけないだろ」


 「何を言っている。我は娘を愛すことを片時も忘れたことはないぞ。必要なものは大事にする主義だからな」


 メルカトルはこの後に及んで、ガッハッハッと高らかに笑う。

 その態度こそが愛してない反証になるだろ。もういい、この男の話を聞いてるのも腹立たしくなってきた。

 私がマチェーテを振り上げると、それをカリファは止める。

 何か言いたげな表情だ。

 私はカリファをメルカトルの前へ出した。

 

 「お父様、いやクソ親父!私の太ももの怪我すらも気づかなかったお前が愛してるだって笑せるな!それに必要だから愛するのではなく、愛してるから必要なのだ。私はイシュタルをいつまでも愛してる。例え、翼がもげても、記憶失っても私はイシュタルを愛し続ける」


 最後の言葉を言い切る頃には涙がポロポロと零れていた。最初から必死に抑えていたんだろう。私も釣られて目の前が滲んでくる。


 「さようなら、お父様」


 カリファは私の裾を引く。合図はそれだけで充分だった。

 私はマチェーテを振りかざした。

 一撃喰らわすと即座に動かなくなった。だが、私は斬り付けることを辞めない。何度も何度も斬って斬り尽くした。

 やっと果たせたよ。父さん、みんな。

 私は勝利の雄叫びをあげる。

 

 「イシュタル、終わったね」


 「カリファまだ終わってないよ。むしろこれから始まるんだ。新しい王が誕生するんだよ」


 私はカリファにてを差し伸べる。

 次のエミール王国の王は決まっている。カリファがこの国を変えていくんだ。私はそれをいつまでも支え続けよう。


 「そうだね、ありがとう」


 カリファは私の手を握る。そして、戦場となった玉座の間を退出した。

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