第三話

 私が投げたマチェーテは警備員の男の脳天を貫く。頭上からは溢れんばかりに血飛沫を飛ばしていた。

 我ながらその命中精度には感服である。だが今は緊急事態だ。自分の剣さばきに見惚れてる場合じゃない。

 即刻、私は脳天からマチェーテを引き抜く。

 もう一人の警備員は明らかに動揺しているが、魔女は微動だにしない。

 どんだけ鋼のメンタルを持っているんだよ。


 「カリファを傷つけたこと後悔させてやるよ」


 「て、敵襲だーーー!!!」


 生きていた警備員は動揺して思うように動かない体の力を振り絞り、声を張り上げる。

 すると、警備員の悲痛な叫びを聞きつけて、わらわらと強靭な肉体を持つ男が沢山向かってきた。

 まるで、石の裏にいる虫だな。

 気持ち悪い妄想してしまった。体にゾワッと悪寒が走る。


 「うるさい。先に手を出したのはお前らだ。覚悟はできてんだろうな」


 こいつらはカリファを傷つけた。もう体裁だとか大義だとか何ふり構わってはいられない。

 私は死んだ男の脇腹に獲物を突き刺す。これは皆殺しにするという決意表明だ。臆して後退りしてくれたら有り難いのだが。

 

 「よくもラウルを!」「集落に仇なす天災とはやはりお前だったのか」「殺してやる殺してやるぞ」


 集落の男たちは同胞を殺された恨みを募らせて、怨嗟の雄叫びを上げる。

 うん、無理だった。むしろ神経を逆撫でしたみたいだ。

 私が動かずにいると、それを好機と踏んだのか、一斉に突進してくる。

 私はマチェーテを死体に突き刺したまま、素手で挑むことにした。

 これは竜人の力ある前提の話だが、一対多の場合は刀剣を用いるよりも拳を握った方が効果的だと考えている。

 多人数を相手するには敏捷性と判断力が重要になる。その中で一撃の威力が強いが小回りが効かない私の獲物は少々役不足だ。

 それに比べて、拳は当たり前だが自身の体から生えている。その分、小回りも効きながら他の武器の追従を許さないほどの自由度がある。

 問題点の威力の乏しさも竜人の力なら申し分ない。

 集落の男たちは扇状に散開する。

 知能を使って戦いに挑んでるが少し荒削りなところがある。ガタイの良さは並大抵の人間のそれとは比較にならない程だが、戦闘経験はいまいちのようだ。

 この中だったら、穴は右か。右にいる青年は周りよりも特段ぎこちない。

 少しばかり心が痛むが、有効活用させていただこう。


 「死にさらせ!ゴミどもらが!!」


 私は気合を入れ右の青年に押しかかる。

 蹴った床は私の力に耐えられなくバキっと割れていた。

 相手がまだ状況飲み込めてないうちに脇腹に一発、顔面に一発アッパーを打ち込む。青年はガードする間もなく吹っ飛ぶ。あまりの苦痛に痙攣していたが次第に動かなくなった。

 私が予想していた通りすぐに陣形は崩れ、まるで叩いてくださいと言わんばかりに無茶な突進をしてくる。

 まずは左にいる先の警備員だ。この中で唯一飛び道具を持っていて脅威になりかねない。

 私は翼で遠心力を高めて回し蹴りをする。バレル粉々に砕け、反動に耐えきれずに両腕もあらぬ方向に曲がる。

 次に私は中心の敵を狙った。辿り着く前に後ろから大鉈で切りつけようとするが、私は足を止めることなく、右、下、左斜前とすらりと避けた。

 そして標的へ接近する。そして息する間も与えずにふくよかな腹に風穴を開けた。アヘンが咲いている村でも似たような技を繰り出したが、あっちの方がまだやりごたえがあったな。

 

 「動くな!」


 私の背後から怒声が響く。

 前の敵を警戒しながら一瞥すると、カリファの頭を抑えて首に大鉈をかける男がいた。どうやら私が猛攻を避けた後、カリファを人質に取りに行ったらしい。


 「おいカリファに傷一つつけてみろ。楽には死なせんぞ」

 

 私は一歩前へ踏み入る。


 「だから動くなと言ってるだろ!」


 大鉈を持った男は大鉈をよりカリファの首に更に近づける。

 だが、私が目指した場所には既に着いていた。私の足元には小さな石が落ちている。おそらく子どもがここで遊んでいて持って帰るのを忘れたんだろう。

 私はその小さな石を器用につま先へ乗せ、ボールを蹴るように男へインサイドシュートをした。

 ドスッという小さな音と共に、大鉈を落としながら男は倒れる。私が蹴った石は男の眼球に入ったのだ。声にもならない悲鳴を上げており、顔は苦悶の表情に満ちている。

 ここまで狙い通りに行くと、さすがの私でもガッツポ―ズをしたくなる。だが、まだ戦闘は終わっていない。

 私が再び集団へ体を戻すと、何やら準備をしていた。

 気になるのはそれだけじゃない。攻撃の余波で二次被害を喰らった男もいたはずだが、明らかに頭数が増えていた。

 

 「懲りないやつらだな。天道是が非かなんとやらだ。そろそろ死ね」

 

 「侵略者が。お前こそさっさと死ね!」


 アーティファクトだと?カリファが攫われたときに感覚が鈍っていたのはこれか。王国のペンダントといい、アーティファクトといい、竜人族への特攻武器が多すぎだろ。

 男はおそらくアルコールが入ったであろう酒瓶を投擲してくる。

 悪あがきにも甚だしい。

 しかし、妙だな。空瓶にしてはアルコールの匂いがキツい。念には念を入れて弾くとしよう。

 颯爽とマチェーテの刺さった死体からマチェーテを抜き取り、マチェーテの腹で空瓶を打ち返す。

 だが、これこそが投げた男の狙いだった。

 私が打ち返した瓶には無色透明な液体で満たされており、割った瞬間、しきりに辺りを燃やし尽くす。


 「な!?急に燃えただと」


 「イシュタル、きっと火炎瓶だよ。最近、王国でも話題になっていた武器で割れると中に入っているアルコールが発火して一帯を火の海に埋め尽くすんだ」


 「しかし、それだと。この森も燃えてしまう」


 「その通り!」


 火炎瓶を投げたであろう男が私とカリファの会話の間に入り込んくる。

 男の目は血走っており、正気じゃないのは確かだ。火炎瓶を投げた男以外は居住地の大木が燃え始め、戸惑っている。


 「お前は強い。だから奥の手である火炎瓶を使って集落を燃やしてでも殺さねばならん。魔女様がいれば集落はまた復活するであろう」


 男は火炎瓶を持った手とは逆の手を魔女へと伸ばす。

 魔女は私と男の戦いを達観した様子で眺めている。この悲惨な光景も予言の一つとでも言うのか?

 いくら正気を失っても魔女を崇拝する心を持っているのは尊敬の念をもってしまう。

 まあ理解は微塵もできない。いくら大義を持ってしても故郷を燃やすような外道な行為はメルカトル王が私の一族を滅ぼしたのと同義だ。


 「やはり理解できんな」

 

 「竜人ごときに理解などされとうは無いわ」

 

 男は再び火炎瓶を投げる。騙し討ちや牽制に使うのは効果的だと思うが、種や仕掛けさえ分かってしまえば何も恐怖することは無い。

 私は豪速球で飛んでくる火炎瓶を、そっと赤子を抱くように受け止めた。


 「なん……だと?」


 「案外奥の手も大した事ないな。簡単にキャッチしてしまった。まあ持っていてもいらないし、これ返すぞ」


 私は手首をスナップさせて投げる。男が投げたときと速度を合わせようとしたが、予想以上に加速して目にも止まらぬ速さで男たちがいる中心に落ちる。

 投げた張本人が言うのもなんだが、そこからの光景は地獄そのものだった。

 爆心地から燃え盛る火の海は私に襲いかかろうとした男たちの誰の例外もなく燃やす。

 あまりの痛さに屈強な男からは想像出来ない情けない泣き声を出す人もいた。しかし、炎が木を燃やす音にかき消され、悶え苦しむ姿しか見えなかった。


 「イシュタル、これは流石にやりすぎじゃない?」


 「カリファの身に危険が迫っていたんだ。こうするしかなかっただろ。それに火炎瓶で焼死しなくても私のて死ぬところだったんだ。結果は変わらんよ」


 カリファはどこか嬉しそうに私の顔を見つめる。

 何か変な虫でもついてるのか。カリファはよく私の顔を見るよな。


 「やっと、呼んでくれた」


 「え?」


 「やっとイシュタルが私の名前を呼んでくれた!」


 まだ足が痛むだろうに、カリファは私に向かって無我夢中で抱きしめてくる。ほのかな甘い香り、鉄臭い血の匂いが混じって何とも言えないが、気分はとても良い。

 いつまでもこうして抱きしめたいくらいだ。

 

 「コホン、いつまでそうしているつもりじゃ」


 「私たちの間に水を差すな、魔女よ。集落は崩壊した。生き残った住民も今頃森から逃げているであろう 」


 「そんなことはどうでもいいんじゃ。


 ボサボサした髪を捲りあげて私たちに額を見せる。そこには私と似たような角が生えていた。

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