第二話

 時を遡ること、10分前。

 

 重役の一人、エイジは木の上で待機していた。

 作戦の全貌なんて彼かしたら知る由もない。ただ、魔女がそう言ったからで理由は充分だった。

 エイジは魔女からあるアーティファクトを頂いていた。魔女の説明曰く、竜人の力を一時的に封じ込める帳が降りるそうだ。ターゲットが近づいたら開けろとの命令だ。

 アーティファクトの形を例えるなら、お菓子の六角箱だ。箱の上には八卦の模様が描かれている。

 ぼーっとしていると、早いものでエイジの奥からコツコツと歩く音が聞こえる。

 エイジは森の奥を凝視する。そこには仲睦まじく歩いてくる二人の女がいた。


 「どっちが……竜人だ?」


 エイジはアーティファクトを持った手を震わせる。書物に載っているような厳つい竜人が来るのかと踏んでいたからだ。

 

 「右の女か?それとも左か?」


 当初の手筈では、エイジがアーティファクトを発動したと同時に、周りにいる五人の仲間が麻紐で縛り付けるはずだった。しかし、どちらが竜人か分からないとなると話は別だ。


 「考えろ…考えろ……そうだ!」


 エイジの脳内に妙案が浮かぶ。ここからは味方が理解して臨機応変に対応してくれるかは賭けになる。

 エイジはアーティファクトを開放した。

 瞬間、右にいる女が若干体をピクつかせる。エイジは瞬時に理解した。右にいる女が竜人であると。

 エイジは首をコクンと右の竜人へと傾ける。

 意思を汲み取ったのか、周りの仲間は麻紐をへと飛ばす。そして、勢いよく左の女を上昇させた。一つの麻紐は女の口に巻き付いて声すらも出させない。


 「おい、何やってんだよ。竜人はあっちだって」


 エイジは縛り上げられなかった方の女へ指を指す。

 仲間はサムズアップのハンドサインをして集落へと戻った。

 あー終わった、とエイジは内心絶望していた。しかし、魔女はこれも予言の範疇なのだろうと淡い期待を持って帰った。



 「う、うーん」


 私はあの後、昼間の森を何かに引っ張られて運ばれた。

 イシュタルすら反応出来なかったのは、きっととんでもない理由があったのだ。イシュタルの身の安否が心配で仕方がない。

 木の上を飛行するように運ばれるの新鮮だったが、視界の端に映る男たちが気になる。こいつらが私を攫った犯人で間違いなさそうだ。

 移動時間は10分といったところだろうか。目の前に巨大な木に連なる家が現れる。

 男たちは大木の右上にある牢屋へと運ぶ。そこにはまだ、誰も入ってなかった。

 大木の上にあるのだ。てっきり木造建築でもあるのかと思っていたが、予想の斜め上をいき、金属製の堅固な建物だ。

 案の定、私は牢屋に閉じ込められた。

 ここまでは納得だ。むしろ、ここでいきなりもてなされた方が気持ち悪い。

 しかし、それ以上のことはされず、男たちは別の居住地へと戻っていった。

 

 「とりあえず……」


 私は牢屋の柵を思いっきり揺らすがビクともしない。イシュタルならいとも容易く破壊できるだろうが、人間の私ではこの牢屋には非力だ。

 とりあえず、大人しくしていよう。下手な行動して相手の機嫌を損ねたらそれまでだ。

 私が静かに座禅していると、


 「案外、くつろいでるのじゃな」


 どこからともなく、甘い声が聞こえた。こんな声を一日中聞いていたらどんな人でも服従したくなるだろう。

 それより誰だろうか?

 私は声の主へ、顔を振り向く。

 そこには魔女がいた。




 何も起きないでくれ。

 そう願いながら私は足早に森の奥へと進んでいた。

 全速力で行けば、数分もかからない内に着くだろうが、どんな罠があるか分からない。ここは慎重に行くべきだ。

 500メートルほど進んだ後、森の姿が変化する。森に無知な私の素人目でも分かる。明らかに木の大きさが変化している。

 この大きさになるまで長い時間かかっただろう。

 更に道なりに進むと、集落にすんなりと着いた。

 ここで、草むらに身をかがめて隠れる。ここで見つかったら本末転倒だ。ここからは状況を見極めてカリファを探そう。


 「なあ、魔女様の話聞いたか?」


 「話って何だよ。竜人の襲撃か?それなら長の皆さんが捕まえてくれたんだろ?」


 木の根元に住む住民の話し声が聞こえた。

 竜人の襲撃だと?私はそんな野蛮な行為するわけないだろ。

 きっと住民の勝手な妄想だ。しかし、情報は何よりも価値がある。もう少し聞いてみよう。


 「違う違う、捕まえて牢屋にぶち込んだらしいんだが、魔女様が拷問を止めたらしいんだよ。なんでもその女と話があるって」


 「はあ?魔女様は何考えてんだか」


 男はポリポリと頬を掻いて戸惑いの表情を見せる。

 とりあえず、カリファば無事のようだ。

 私は安堵のあまり、文字通り胸を撫で下ろした。

 しかし、疑問な点がある。

 なぜ魔女はカリファの拷問を止めたのだろうか?尋問をするのなら、拷問をした後の方が楽なはず。


 「なあ、牢屋までちょっと見に行かないか?」


 男は右斜め上の大木の枝を指す。

 私は指行先をなぞると、一際目立つ鉄製の牢屋があった。集落全ての建物が金属製で出来ているが、その中でも牢屋は異常だ。まるで、注目してもらうためにも見える。


 「さすがに不味いだろ。バレたら、それこそ俺たちも牢屋行きだぜ」


 「だよな」と、男たちはガハハと笑いながら家の中へ入っていった。

 私が行くべきところは決まっている。


 「今、助けてやるからな」


 私は木の根元にしがみついてよじ登る。

 普通の木よりも登りやすい木だ。きっと、木が大きい分、木目がボルダリングのように掴みやすくなっているのだろう。

 家の死角になるよう、慎重に見極めて登る。森に建造されているから、生活水準は低いのかと思ったが、予想よりも高度な技術で作られている。

 カリファを攫うほどの民度もたかが知れてると想像してたが、近所同士での会話は普通の町となんら変わらない。

 あっという間に牢屋の裏側まで到着した。幸いにも牢屋の裏は壁で出来ていてバレていない。



 魔女は私の前まで来ると、にっこりと笑いだした。甘い声とは裏腹に魔という名に恥じない不気味な笑い方だ。

 無地のワンピースにボザボサの髪と魔女にしてはみすぼらしいが、そうと言われたら様になっているようにも見える。


 「朕は竜人を連れてこいと言ったのだが、全く使えん奴らじゃな」


 「あなたが魔女であってるの?」


 「いかにも。朕がこの集落の魔女じゃ。朕からも質問をさせていただこう。


 「断る」


 何を言うかと思ったらそんなことか。考えるまでもない。

 魔女も私が拒否するのを分かっていたのだろう。何食わぬ顔をしている。

 たが、魔女の意図が全く読めない。イシュタルが欲しいのなら、私を拷問するのがセオリーだろう。


 「ざっくりと切り捨てるのお。もう少し朕の話を聞いてもよいのに」


 「あなたの話なんか聞く価値ないでしょ。竜人の力を欲しがる人なんていつもそう。高飛車な態度で上から目線。そろそろ飽きてくるのよ」


 「飽きるか」と、魔女は思いの外、悲しそうな顔をするが、すぐに不気味な笑顔を取り戻す。


 「そうか、面白いの。だが、交渉決裂じゃ。君には生贄になってもらう。おい、足に撃て」


 魔女は後ろで警備していた二人の警備員に命令する。

 瞬間、私の太ももに激痛が走る。

 すぐに激痛を通り越して、熱が私の足全体を襲う。

 私の足目掛けて猟銃を放ったのは明確だった。命中したのが嬉しいのか如何にもな得意げな表情をしているのがなんとも腹立たしい。

 私は着ていた上着の裾を破り、血が滲む太ももを縛る。

 応急処置だが、ひとまずは安心だろう。

 それより、ますます意図が分からなくなった。竜人の力を欲しているのかに思われたが、私を生贄するという言葉は何の相関関係もない。

 少しカマをかけてみるか。


 「さっきから竜人が欲しいだとか私を生贄にするとか話に一貫性が無いのだけど」


 「さっきから魔女様に無礼だぞ。魔女様はこの集落に竜人の天災が来ると予言され、あろうことかその脅威から守ろうとしてるのだ!」


 なるほど話が読めた。この魔女が根も葉もない嘘を集落に告げたのか。それならここまで用意周到だったのも伺える。

 私はまだ痛む足を引きずり牢屋の柵は近づく。


 「だーかーらーこの魔女の話に一貫性が無いって言ってんの。頭でも湧いてるんじゃないの?」


 「きさま!!」

 

 まだ煙が立っている猟銃を再度、次は脳天に銃口を突きつける。

 魔女は私を殺す気がないと踏んで煽りを強めたが、しくじったか。

 私は咄嗟に目を瞑る。

 ザクッという鈍い音が響いた。

 私の体はどこも痛まない。

 目を開けると、鬼の形相をしたイシュタルが私の目の前にいた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る