閑話:国境の端にて
閑話
鬱蒼とした森を抜けると、だだっ広い草原が顔を覗かせた。
カリファは大丈夫だと言うが、いつまでもお粗末な応急処置で傷をそのままにしておくわけにもいかない。
どこかに薬師のいる村はないだろうか。いや、目の前に断崖絶壁の山脈が連なっているだけだ。
「この先はドワーフの国、インパルスだよ」
私の背中ですやすや眠っていたカリファが目を覚ます。
体を傾けすぎてしまったか。目をこすっているカリファは傷が癒えてるように見えるが、それに関しては本人じゃないと分からない。一度、具合を伺ってみるとしよう。
「起こして悪かった。傷はまだ痛むか?」
「ううん、もう全然平気。ほら!」
カリファは私の背中から降りると、見事な仁王立ちのポーズをする。が、その健闘も虚しくすぐに倒れこんでしまう。
倒れた場所が草原で良かった。頭から勢いよく転んだが、傷一つついていない。
「いてて、危なかったあ」
「全然平気!じゃないのよ。ほらしっかり安静してなさい」
私は再びおんぶする。
結論から言うと、普通にまだ痛いらしい。
まあ妥当だ、なんせ猟銃の銃弾が貫通したんだから。猟銃は他の銃より威力が桁違いだ。
しかも、あの警備員が持ってたのはライフル銃。猟銃の中でも一発の威力は折り紙付きだ。
「ドワーフの国なら、いい薬がありそうだな」
「この先の関所を越えたところには加工品で有名な都市があるから、そこならいい薬が売ってそうだね。ただ…」
カリファは饒舌に説明する。
カリファの地図地理に関する知識には頭が上がらない。以前、聞いた話だと、家で隔離されるのが暇すぎて家中の本を読み尽くしたそうだ。
私は本を読むのが元来嫌いだから尊敬の念すら覚える。
だが、カリファの歯切れ悪さが気になる。サングリアとインパルスは険悪な関係なのだろうか。
「どうしたんだ?薬が手に入るのなら、そこを目指すのが一番だろ。何か問題あるのか?」
「だってイシュタルがこの国を抜けたら取引は終了なんでしょ」
「あっははははははははは」
思いもよらなかったカリファの発言に私は笑いが止まらなくなってしまう。
そうか忘れていた。私はカリファを殺すんだった。
カリファは顔を真っ赤にして恥ずかしかっている。このまま知恵熱でも発症してしまいそうだ。
「ちょっといつまで笑ってんのよ」
「すまないすまない。そうだこれを言うのを忘れていた。別に私はカリファと別れるつもりは無いよ。むしろ、その、恥ずかしんだが、もう少し一緒に旅をしたいんだ」
私も気がつけば顔を真っ赤にしていた。
くそ、前々から伝えたかったことなのに、面と面向かって話すとこうも恥ずかしいのか。
でも、言えたことで私の中の狼が尻尾を巻かずに逃げなかった。
カリファを支えている両腕も異様に熱い。
さっきよりもカリファの抑える腕の力が強くなった気がする。
草原の名もしれぬ雑草は風に揺られ私たちを祝福しているようだった。
二人の間にしばしの沈黙が流れる。それを破ったのはカリファだった。前もそうだった気がする。
「それじゃ、インパルスに行こっか」
「そうだな。そこで美味しいもので食べよう。実は私は美味しいものに目が無いんだ」
「うふふ、たしかに結婚式のときに泊まった家で作ってたスープ、食べたそうにしてたもんね」
他愛ものない話がこんなに楽しいとは思わなかった。
和気あいあいとしながら、私は一歩踏み出した。踏み出、あれ?
体が動かない。
まるで、紐の外れた木偶人形のようにピクリともしない。
体中がピリピリと痛む。
この感覚どっかで感じたことあるな。まさか!?
「やばい、本当にやばいよ。カリファ」
「どうしたの?さっきから微動だにしないけど」
「体が言うことを聴かないんだ。この感覚、思い出した。王都の牢屋で付けられていたペンダントだ」
「あの、ペンダントって王国が莫大な金を使って発注したオーダーメイド品なんだよ。それと同等の物ってそれこそ国ぐるみの仕業なんじや……」
「さすが、私の娘だ。状況を判断能力は軍師レベルだね」
その声一音一音に背筋が凍る。
この野太い声を忘れもしない。忘れるてはいけない。
我ら竜人族の仇……
「メルカトル・デープラー!」
「私に対して呼び捨てとは、武を弁えろ雑種。竜人族が安々と口にしてはいけない名だぞ。それに、私の愛しい娘をそんな汚い手で触れるなど万死に値する」
「愛しい、だと?だったらなんでカリファの体がこんな震えているんだよ!?」
私は敢えて口に出さなかったが、メルカトルだと理解した瞬間、私の首元に顔をうずめて震え続けている。
それだけで、カリファとメルカトルの家族関係が崩壊しているのが分かる。
「それは貴様のような雑種が触れているからであろう。可哀想に、今そこから連れ出してやるからな」
メルカトルが「やれ」と言って、手を二回叩くと、例のペンダントに酷似したロザリオを持って近づいてくる。
私が悪魔でメルカトルどもらが英雄気取りでもしているようだ。
ロザリオが近づくにつれ、私の体は動けないだけじゃなくなる。
とにかく熱い。喰らったことはないが、熱々に熱せられた金属を押し付けられたみたいだ。
頭もズキズキ痛む。竜人族にどんな恨みを持ったらここまで対策するんだよ。
王国軍のリーダーらしき存在の男が私のもとへ歩いてくる。その男は純白の司祭服を着ている。
これだと、本当に私が悪魔になってしまうではないか。
この場から離れようと、もがこうとするが以前として1ミリも動かない。
「神に祈る間をやろう」
「竜人族を殺しておいて、聖職に就いているとかとんだ茶番だな。さっさと地獄に堕ちろ」
「やはり、竜人は穢れている。だから、私たちが根絶やしにしないといけないのだ」
聖職者もどきは懐からナイフを取り出す。その小刀の至る所にペンダントと同じ装飾が施されている。
どうなってしまうかは分からない。だが、あれに刺されたら不味いのは確かだ。
背中の羽をばたつかせたいが、それすらも叶わない。
「カリファ様、助けるのが遅れて申し訳ありません」
「私は助けなど頼んでいない。早く失せろ!」
「気が動転しているのですね。無理もありません」
聖職者もどきは周りにいる王国軍の複数人にカリファ様を運べと命じる。
そうすると、いとも容易く私からカリファが引き抜く。カリファは抵抗するが、大の男の力には適わず、メルカトルの元まで運ばれる。
「カリファーーー!!!!」
「ゴミムシが言葉を慎め」
聖職者もどきは私の心臓目掛けてナイフを刺す。
「あああああああああああああああああああああ!!!!!!」
痛い、痛すぎる。この世どれにも例えることができない。人は想像を絶する痛みを与えられると失神するというが、脳内に直接来るこの痛みは私を失神させようとしない。
「ふん、永遠とも思える苦しみを味わっていろ」
カリファが、カリファがどんどん遠ざかっている。一緒に旅するって言ったのに。
痛みに耐えていると、気がつけば、目の前からカリファの姿が消えていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます