第二話
カリファの好物を良く知らない。だが、美味そうな物に目がないのは人の性だと私は思っている。
そのため、私は竜人の鋭い嗅覚をこの上なく用いて探した。
噴水の周りに屋台は目視するだけでも10店舗以上はある。その中でも一際目立つ匂いがしたのは、ちょうど真ん中にある屋台だ。
看板には『ラーメン』と書いてある。どんな料理なのかは見当もつかないが、その屋台の周りには人の蟠りができているから、相当人気なのだろう。
手刀を切って前進むと、そこには勢いよく麺をすするカリファがいた。
「やっぱりいた」
「あ、イシュタル!これすっごい美味しいよ!!」
私に話して間もなく再びラーメンをすすり始める。
話しの合間にも食べたいくらい美味しいのか。
「そーだ忘れてた。これイシュタルの分。特別に貰っておいたよ」
カリファは自分の器の横に置いてあったもうひとつの器を私に渡してくる。
器の中には、金色に輝くコシの効いた麺を醤油の豊かな香りがする茶色の液体で満たされていた。その上には、これまたよりどりみどりな野菜が盛り付けられており、ますます食欲をそそられる。
「君が私に持ってきてくれたの?」
「当たり前じゃん、旅の相棒なんだから。それより、やっと貴様呼びやめてくれたんだね」
カリファは私のカリファへの呼び方を指摘する。
思わず、私は口を抑える。自分でも気づかないうちに呼び方を変えていたらしい。
「これは気のせいだ……。まあ、君の父親とは随分思想が違うと分かったからな」
少なくとも、カリファは竜人族を根絶やしいしようなんて下衆の考えを持ってないことくらい、感受性皆無の私でも分かる。
「それではいただくとしよう」
私は一口、麺を運ぶ。瞬間、私の体に衝撃が走る。
口裏に広がる醤油の香ばしいうまみは、私の脳内に直接突き抜けて、私の脳内は幸福で満たされる。そして何よりこのラーメンが凄いのはその絶妙なマッチ具合だ。麺ののど越しの良さに加え、野菜の新鮮さが引き立つ中、醤油ベースのスープが全ての味を占めている。
「おいしい……」
私はあまりの美味しさに声が漏れる。
カリファは自分が作った訳でもないのにどこか自慢げだった。
「屋台のおっちゃんが言う話ではね、このラーメンはサングリア王国よりも東にある国の郷土料理で、最近まで修行に行ってたそうなの」
「へえーだからこんなにうまいのか」
私とカリファは最後の一滴までスープをすする。飲み干して、ふーっと一息ついていると、
「本日、旅の間に私たちの結婚式に来てくださってありがとう」
今回の主役であるエルフの新婦、フレイがこちらへ近づいてきていた。
遠目から見ていても麗しい人物だったが、ここまで近づかれると、神々しさまで感じてしまう。
エルフの特徴として周りを飛び交う鱗粉に近いものがある。これはとある文献によると、エルフには他の種族には見えない自然のエネルギーを目視できるらしい。エルフ本人の話では鳥や金魚が混じった抽象的なものだそうだ。エルフは喜怒哀楽の感情の起伏が激しくなると、周りに斑点として浮き出てくる。
今回の結婚式みたいな、人生の晴れ舞台ならなおさらだ。
「こちらこそこんなにも楽しい結婚式に参列させてくださってありがとうございます」
よくよく考えてみれば、カリファは由緒正しい出身だ。晴れ舞台での所作はお手の物だ。
フレイはニコニコ笑いながら、私の方を一瞥する。すると、急に顔をひきつらせた。
まさか、私の指名手配の資料がすでに届いていたのか!
私は腰に携えたマチェーテに手を置き、抜刀の構えをとる。ここまでご厚意にしてもらって申し訳ないが、街中の人を皆殺しにするしかないのか?けれど、恩を仇で返すなんてものは一族の恥だ。
「後で話したいことがあるのですが、よろしくて?」
神妙な面持ちでフレイは私に話しかけてくる。話したい内容にはだいたい察しがつく。ここで、私が拒否する理由もないので、素直に首肯した。
「分かった。今日はフレイさんの結婚式だ。時間が空いたら声を掛けてくれ」
私はフレイに気遣いながら話すと、フレイは納得したのか、静かに頷いて婚約者の元へと帰った。
「話って何かやらかしでもしたの?」
心配したのか、カリファは私の顔を覗いてくる。
「エルフは自然のエネルギーを見れる。大方、私の周りに変なエネルギーが混じっていたんだろう」
祭りのほとぼりが冷め、結婚式のメインディッシュである花火の打ち上げの準備をしていた頃、フレイは私たちを家へ招待した。
「何も無い家だけどどうぞくつろいで」
「お言葉に甘えさせてもらうよ」
フレイの家はキッチンとリビングが繋がれた1LKで一人で住むには少し広い。リビングには2人用のソファと椅子2つがテーブルを囲み、接客用としてしっかりと機能している。
私はソファに座った。それに前に習えでカリファも横に座る。
「さて、何から話そうかね」
純白なドレスの橋を片手で抑え、私たちにお茶を運ぶ。
ソファとは向かいにある椅子に座って、くつろぎ始めた。
「まず、あなたに敵意は無いこと前提で聞いて欲しい。単刀直入になるけど、あなた竜人よね?」
やはり、と聞かれるのを身構えていたが実際に言われると驚きを隠せない。
「ああ、そうだ。こっちのカリファは普通の人間だが、私は正真正銘竜人だ。しかし、よく気づいたな。角と翼は隠しているから、何処にでもいる人間と変わらない見た目なのに」
「エルフは自然のエネルギーを可視化できるのはご存知のことだろうけど、生物から溢れるエネルギーも分かるの。実は、以前サリオンで竜人の生き残りと出会ってね。竜人のエネルギーの形は知っていたの」
「同胞は皆死んだと思ってたが生きてたのか……」
「これはオフレコでお願いしたいのだけど、サリオンではサングリア王国のような排他的な国と違って、竜人族を密かに匿っているのよ。」
フレイのその言葉に私は机を叩いて飛び上がる。この世の全てが敵だと思っていた私にとって受け入れのある国は願ったり叶ったりでさながら砂漠のオアシスだ。
私の驚きすら想定内だったのか、フレイはお茶をゆっくり飲みながら話し続ける。
「そこでなんだけど、明日、サリオンへ私と行かないかしら?」
私は思わず黙ってしてしまう。フレイをまだ信用出来ないというのもあるが、それ以前にこの国で復讐を果たせていない。
それが私の心にどうしても残ってしまう。
静寂が流れる中、打ち破ったのはカリファだった。
「またとないチャンスだよ。私のことはほっといて行ってきなよ、イシュタル」
「しかし、君との取引が……それにまだ私は……」
「イシュタルの気持ちも分かるわ。そうね、明日の朝まで待つわ。横にいるカリファちゃん?は一緒に着いていくことは出来ないのは覚えといて」
フレイが話し終えると、窓から誰かがノックする音が聴こえた。
私たちが窓へ首を傾けると、そこには街の花火職人の代表が手招きしている。
「フレイちゃん、花火の準備が終わったからそろそろ来てな。メインディッシュは派手に飾ってやるからよ」
「おやっさんありがとう。すぐ行くね」
「あいよ」と、花火職人のおやっさんは足早に帰っていく。
何となく気にしてなかったが、夕日が映える時間はとうにすぎ、夜の帳が降りていた。
「さあ、結婚式の終幕よ、最後まで楽しんでいきましょ」
カリファは、「おー!」と呑気に盛り上がっているが、私は乗り気なれなかった。
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