結婚式が開かれる街
第一話
「今から結婚式が始まるのよ。あんたたちもぜひ参加しちゃいなさい」
私たちが街に入ってすぐ、ふくよかな体をしたおばさんに話しかけられた。
カリファは結婚式というワードにどこかワクワクしており、体を横に揺らしている。
結婚式か。言われてみれば私は一度結婚式に参加したことがない。父さんはよく母さんとのハネムーンの話を饒舌に語っていたから、相当面白いものなんだろう。
「参加したいのは山々だが私たちはたった今街に到着した部外者だぞ。赤の他人が勝手に参列したら迷惑ではないのか?」
「あ、それもそっか。イシュタル賢いね」
私の当たり前の意見にカリファは大きく首肯する。
先の村でのあの威厳はなんだったのか。感情の移り変わりの早さに正直驚きを隠せない。
一喜一憂している私たち横目におばさんはどっと笑い出す。
「なに言ってるの、そんなの問題ないわよ。この街はね結婚式を催す時は街総出となって盛り上げるのが古くからの習わしなの。もちろん、旅人が混ざるのも大歓迎なのよ」
「あー王都で聞いたことある。街ぐるみで結婚式を開く街があって、その盛り上がりは王国一の祭りって表現されるくらいだとか」
カリファはなるほどと手を打ちながら、私に渇望の眼差しを向けてくる。参加していいか?と伺っているのは目に見えていた。
このおばさんの私たちの対応を見るに指名手配として私の資料がまだ送られてきてないと踏んで良いだろう。
「しょうがないな。一日だけなら余裕はあるだろ」
「やった決まりだね!」
カリファは嬉しさが溢れんばかりとスキップする。
おばさんは「ついてきな」と言って街の奥へと手招きしながら歩いていった。
街はカラフルに彩られていた。その鮮やかさと言ったら、ケシの花が咲き乱れていた村に匹敵するだろう。レンガ調の家には七色の三角旗が引かれ、その下には香ばしい良い匂いのする屋台があった。住民全員が色とりどりに装飾された服を着用していて、子どもから大人まで楽しそうに踊ったり、談笑したりしている。
「これが国一と呼称される結婚式か。たしかにすごいな」
わたしはすごいという淡白な感想しか出なかった。しかし、これは呆れているのでなく、むしろ尊敬の眼差しに近かった。
「そういえばおばさん、今日のメインである新郎新婦はどこにいるの?」
「ん?それならほら、そこの噴水の所にいるよ」
おばさんは街の真ん中にある噴水めがけて指を指した。
そこには周りとは一際目立つ純白のドレスに身を包まれた新婦が二人いた。
私は見間違いではないかと目を擦ってから再度確認するが、状況は一変せずやはりそこには麗しい新婦が二人いた。
「なあおばさん、私には新郎が見当たらず、新婦が二人見えるのだが」
おばさんは私に向けて豪快に笑い出す。このおばさんの笑いには嫌味ったらしさはなく、見てるこっちも笑いたくなる。
「そうかそうか確かに新婦が二人いたら変かもしれないね。でも、こうは思わないかい?結婚という儀式は男と女がつがいになるってだれが決めたのかって。別に女と女、男と男が結婚したっていいじゃない。誰にも迷惑かけるわけでもないし。当の本人が愛し合っていたらそれでいいんじゃない?」
おばさんのその言葉に私ははっとした。私は結婚という概念を固執し過ぎていた。それを言ってしまったら私ら竜人族の祖先は竜と人の間に産まれたと言われている。
「たしかにそうだな。私の考えが甘かった」
「なに、私が言ったような考えに納得してくれる人のほうが少ないさ。それにもう一つ、右にいる新婦を見てみな」
私は右に佇んでいる新婦を目にする。その新婦は美しいの一言に尽きる女性だった。立ち方から所作、相手への配慮の仕方まで非の打ち所のない完璧な人物だと人目見ただけで理解できる。それに加え、どこか妖艶さを醸し出している緑の瞳に、腰まで届く滝のような髪、背中から生えた半透明の羽までもが彼女の美しさを体現していた。
「えっ?羽?」
私は思わず口をあんぐりと開けてしまう。この大陸に存在する種族で羽を持つ種族は大きく分けて2つ。私と同じ竜人族とエミール王国の隣国に位置する国、サリオンにいる種族、エルフだけだ。
「お、やっと気づいた。あの娘、フレイちゃんっていうんだけどね。なんでも左にいる娘がサリオンに旅行しに行ったとき、偶然出会って一目惚れしたらしいのよ」
「へえ変わった運命もあるもんですね」
「あらあなたたち二人も私から見たら甘い香りがするような関係だと思うけど」
おばさんは口元を抑えまるで乙女が恥ずかしがるように喋る。
「私が」と言って自分に指差し、「あいつと」とカリファがいた方向を指差す。おばさんは二回とも静かに首肯した。
「おばさんさすがに冗談はよしてくれ。あいつなんか眼中にないんだから」
「あらそう?満更でもなさそうだけど。それより、その連れの娘はどこ行ったのかしら?」
私は元々カリファがいた方向へ向くが、そこには既に誰もいなかった。
街中の人が集まっているせいかそこらかしこにカリファの姿があるように見える。
「あいつ、どこ行った?」
「んーあの娘自由気ままな性格に見えるし、食べ物でも貰いに行ったんじゃないかしら?」
「その線で合ってそうだな。ありがとうおばさん、ちょっと行ってくよ」
そう言って、私はおばさんに手を振る。おばさんは私に手を振り返すと近くにいた子どもたちと踊り始めた。見た目に寄らず軽快に踊る様はさながらサーカスの看板娘だ。
いつまでもおばさんに現を抜かしているわけにはいかないと、私は首をぶんぶん横に振って屋台が設置されている方へと駆けた。
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